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姉の為に。  作者: たかだひろき
最終章 【決戦】編
182/202

第二話 【vs序列八位・地神】




「つまり、萩原くんは前回の大戦で戦った魔人と戦いたいのね?」

「はい」


 急造されたテントの中で、大柄な男の子――萩原くんに確認の問いを投げる。

 それに対し間髪入れずに頷き肯定してきた萩原くんの目には、迷いや不安はない。

 あるのは覚悟と決意。

 信念に似たそれが、黒い瞳に宿っている。


「会長が立てた作戦があることはもちろん知っています。ですが、魔人との相性などを考慮した上で、俺はあの魔人と戦いたいんです」


 萩原くんは、自分の心を素直に伝えてくれる。

 その言葉に嘘はないと、私の直感が言っている。

 色々と考えて悩んで、その末にこうして勇気を出して話してくれた。

 今の萩原くんになら、任せても問題ないでしょう。


「わかりました。萩原くんの意思を汲み、そうなるようにしましょう」


 元々、萩原くんと斉藤さんには――いや、十魔神と名乗った魔人と戦った召喚者たちには、同じ相手と戦ってもらう予定だった。

 でも、ここでそれを言う必要はないと判断し黙っておく。

 打算的かもしれないけれど、萩原くんのやる気を底上げする意味でも意見を尊重したと思わせておいたほうが効率がいい――と、この考えは葵に毒されているような気がする。


「……斉藤さんも、それでいいかな?」

「はい。萩原くんとは既に話をしていましたから、何も問題ありません」


 礼儀正しく応対してくれた彼女は、葵のクラスの委員長を務めている女子ーー斉藤佳奈美ちゃん。

 生徒会長として何度か話したことがあるが、初対面からずっと印象が変わっていない。

 セミロングの黒髪にぱっちりとした目。

 そこにある黒の瞳は、萩原くんに負けないくらい強い意思が宿っている。


「では、念のために作戦の確認をしておきましょう」


 萩原くんたちから言ってきたのだから、ある程度の作戦などは考えてあるでしょうけど、その確認も兼ねて、私はそう提案した。






 * * * * * * * * * *






 この神殿を見るのは二回目だが、やはり神聖さというか神々しさというか、見ているだけでそう言う類の感覚がある。

 俺と佳奈美の足音や衣擦れ、吐息の音しか聞こえない静かな空間だから、余計にそう感じるのかもしれないな。


「――良也」

「いたか?」

「うん。向こうも歩いてきてる」

「一応、別人だったときのために警戒はしておこう」


 尤も、その警戒は無駄に終わった。

 曲がり角の向こう側から姿を現したのは、俺たちが前回の大戦で戦ったウィリアム・ステノ。

 十魔神の序列八位を名乗った、話の出来る魔人だ。


「久しぶりだな」

「お久しぶりです」

「良也も佳奈美も元気そうだな。立ち振る舞いが、前よりもずっと洗練されている」

「ウィリアムさんは嬉しそうですね」

「お前たちと別れてからずっと、今日というこの日を楽しみにしていたからな」


 当然だろう? とウィリアムさんは言う。

 その言葉の中に、引っ掛かりを覚える。

 「俺たちと別れた日からずっと」と言うことは、俺たちの再開はウィリアムさんにとっては必然だったということ。

 それが指し示すのはつまり、この大戦は起こるべくして起こっていると言うことと考えられる。

 そうだった場合は――


「会長の予想通り、か」

「どうかしたか?」

「何でもないです。それより、戦いを始める前に決めておきたいことがあるのですが」

「聞こう」


 俺たちの予想通り、ウィリアムさんはきちんと話を聞いてくれる。

 その証拠として、明らかに隙だらけの体勢で俺の言葉を待ってくれている。

 ここで奇襲を仕掛けてもきっと対応されてしまうだろう。

 そう言い切れるくらいには、目と経験が養われている。


「俺とウィリアムさんの二人で、前回と同じ条件で戦いたい」

「前回の大戦と言うと……良也が俺からの攻撃を全て耐えたら勝ち、だったか?」

「そうです」


 俺たちは前回と変わらず、人殺しをしたくてここに来ているわけじゃない。

 地球に帰るための最低条件として大戦の勝利が掲げられているからこの場に来ている。

 もちろん、手を抜こうとか思っているわけじゃないが、それでも積極的に戦闘したいなどと思ってはいない。

 だからこそ、ウィリアムさんに提案した。

 俺が提案した条件は、前回の大戦でウィリアムさんが提案してきたもの。

 つまり、あの時と状況が変わっていないのならば、これを断るメリットがウィリアムさんにはないはずだ。


「悪いな良也。それには乗れない」


 だが、そんな俺の予想は虚しく、ウィリアムさんは首を横に振って提案を断った。

 予想外だったので唖然としてしまった。


「……理由を聞いても?」


 間抜けな顔をして呆然としてしまった俺に変わって、佳奈美がウィリアムさんへ問いかける。

 その質問で俺は我に返り、佳奈美と共にウィリアムさんの回答を待つ。


「簡単な話だ。良也だけではなく、佳奈美とも次に決着をつけると約束したからな」

「――そうでしたね」


 正直に言うと、そうだったっけ? というのが感想だ。

 前回の大戦ではとても血を流していたから、そんな会話をしたこと自体覚えていない。

 でも佳奈美が覚えているようなので、そういう約束をしたのは間違いないだろう。


「それなら……仕方ないですね」

「だが、俺はお前たちを高く評価している。俺が勝っても、お前たちを殺さないと約束しよう」

「……わかりました。それで行きましょう」


 戦いの前段階は、予定とは違う形ではあるが終わった。

 目的が変わっていないことも確認できた。

 後は、ウィリアムさんと戦い勝利を収めるだけ。


「十魔神序列八位。地神、ウィリアム・ステノ」

「召喚者、萩原良也」

「……同じく、斎藤佳奈美」


 互いに名乗り合い、そしてウィリアムさんの弾丸で戦闘が始まった。

 まずは様子見とでも言うように、土の弾丸が十個ほど飛来する。

 その全てを弾いて壊して防ぐ。

 隣に立つ佳奈美も、全ての弾丸を斬り裂くことで防いでいる。

 このくらいならまだ、前回の大戦と同じレベルだ。

 まだまだウォーミングアップの段階。

 ここからどんどんと苛烈になっていくことを考えると、まだダメージを貰うわけにはいかない。


「ふむ」


 倍増された弾丸が再び射出される。

 速度が上がり、硬度も上がっている。

 それでもまだ余裕で対応できる。

 俺たちは作戦通り、ウィリアムさんの動向を探る形で攻めていない。

 今なら確実に攻勢に移れるとわかっているが、それでも防衛に徹する。

 相手を観察し力量を把握する。

 前回の大戦では、本当の実力のウィリアムさんとは戦えていない。

 ウィリアムさんが手を抜き、実力を隠したからだ。

 隠した実力の全てとはいかずとも、片鱗くらいは見てからでないと攻めに転じたくない。

 隔絶した実力差があるわけではないだろうが、だからこそ一手の読み違えが敗北に直結する。


「次だ」


 弾丸の数が倍増したかと思えば、追加で槍が生成された。

 二手目で攻撃にバリエーションを付けてくると言うことは、裏返せば俺たちがきちんとウィリアムさんの攻撃に対処できていることの表れ。

 俺には恩寵があるし、佳奈美は身体能力と動体視力、そして鍛えてきた剣術――刀術がある。

 まだ張り合える。


「やはり上達しているな。なら――」


 口元を綻ばせるウィリアムさんは、バッと両手を大きく広げた。

 大の字――いや、小文字のTの字だ。

 瞬間、今までの倍――百を超える様々な形状の岩がウィリアムさんの頭上に生成された。

 弾丸に槍は当然として、板や箱などの簡易的な形状や、棍棒や剣などの武器等、思いついたものを全て出しましたとでも言わんばかりだ。

 どれを受けたらダメージになり、どれがダメージにならないか。

 それを判断するのは無理だと即断し、全て迎撃する方針を固める。


「スゥ――」


 大きく息を吸い込んで、体に入っていた無駄な力を取り払う。

 程よい緊張と、緩みすぎない程度のリラックス。

 “身体強化”、“鬼闘法”を使い、身体能力を底上げして、ウィリアムさんから放たれた魔術の迎撃を始める。


「ッ――」


 腰を落としどっしりと構え、目を凝らし思考を放棄する。

 迫りくる岩へ、ただひたすらに体を動かさず壊し(うけ)続ける。

 恩寵があるとはいえ、衝撃と痛みは感じてしまう。

 その痛みも軽減されているとはいえ、耐えなければならないことに変わりはない。


「ふむ。流石の防御力と言うべきか」

「ふう――」


 大きく深呼吸をして全身へ酸素を回す。

 痛みに耐えている間はどうしても息を止めてしまうから、こうして息を整える時間が必要になってしまうのがデメリットだ。

 こればっかりは、訓練でも治せなかった癖のようなもの。

 もしウィリアムさんがこの隙をついてきたときは、俺も覚悟を決めなければならないだろう。


「どう?」

「難しそう。防御に意識を割いている間は攻めに出られない」

「そうか」


 手加減をしていた前回の大戦なら、きっと今の段階で決着をつけられている。

 それでも本気を出してきたウィリアムさん相手に、今のままでは勝利を収めることはできなさそうだ。


「もう少し様子見する?」


 佳奈美の質問の裏にある思考は理解できる。

 理解した上で、俺はどうするか迷う。

 この僅かな時間でウィリアムさんの実力を測れたのかどうか。

 これがウィリアムさんの全力なら、俺たちも精霊の力を借りて本気で倒しに行くべきだろう。

 しかしこれがウィリアムさんの全力でないのなら、対応される可能性も――


「何を迷っている?」


 俺の沈黙を鋭く指摘したのは、佳奈美ではなくウィリアムさんだった。

 戦闘がなければ無音に近いこの神殿の中では、ただの話声でもよく通る。

 声を張り上げたわけではないウィリアムさんの言葉がしっかりと聞こえるのが、それを証明している。


「良也。戦いの最中に、他のことを考えているのか?」

「――まさか。あなたに勝つための方法を必死になって考えているところです」

「そうか。ならば全力で来い。こちらもそれに応えよう」


 ウィリアムさんの瞳を囲う光の輪が小さく輝いて、俺たちを確かに捉えている。

 全力で来いと、そう言われた。

 それが正しい判断なのかどうかはわからない。

 でも、一つだけ言えるのは――


「――佳奈美」

「やるんだね?」


 佳奈美の確認に頷いて肯定する。

 もしもウィリアムさんが全力ではなかったなら――なんてのは考えない。

 ウィリアムさんが本気で来るのなら、俺たちも全力で戦う。

 知人程度の間柄ですらなく、会話だって今日で二度目。

 そんな相手を信用するなんてどうかしてると言われるかもしれない。

 それでも俺は応えたい。

 彼の言葉に――ウィリアムさんの行動に。


「いくぞ!」

「うん!」


 掛け声を出し、俺と佳奈美は前へ駆ける。

 佳奈美だけでなく俺までもがウィリアムさんへと走り出したことで、ほんの僅かにウィリアムさんの表情が揺らいだ気がした。

 俺の防御は、地に足をつけている時のみに発動する恩寵ありきのもの。

 恩寵なしでも召喚者でトップを張れるだけの防御力はあるが、それだけではウィリアムさんほどの魔術をほぼノーダメで受けきれない。

 故に俺はこれまで動かず、ずっと受けて痛みに耐えてきた。

 でも、それでは負けないことはできても勝つことはできない。

 勝つためには、俺たちが契約している精霊とは別にもう一手必要だ。

 それが――


「捨て身の特攻か、あるいは作戦か――」


 小さく呟いたウィリアムさんの言葉。

 それを聞き流し、守りに固めていた魔力を脚へ。

 佳奈美にあって俺にない身体能力を部分強化で補って、ウィリアムさんへ迫る。


「――試させてもらうぞ」


 光る円を目に宿し、ウィリアムさんは不敵に笑う。

 両手を広げると同時に、視界の中だけで二十近く――後ろに現れた気配も込みで百近くの魔術が生成された。

 数だけで言えば今日一番。

 俺たちを取り囲むようにして展開された魔術は、さながら鳥籠のように行動を制限してくる。


「佳奈美!」

「うん!」


 名前を呼び、二人同時に急停止。

 佳奈美が反転し俺と背中合わせの形で立ち止まる。

 丁度、鳥籠の中心辺りで。


 刹那。

 ウィリアムさんの魔術が襲い来る。

 文字通り四方八方から、弾幕のように降り注いでくる。

 さっきのような様々な形状ではなく、円錐状に統一された弾丸のみ。

 形状が単純化した理由は簡単で、純粋に速度と硬度が増したから。

 これまでのやりとり全てが小手調べとでも言わんばかりに。

 期待と歓喜を笑みに宿すウィリアムさんは、魔術を絶え間なく撃ち込んでくる。


「――ッ」


 背中合わせになっている佳奈美から、苦しそうな声が聞こえてくる。

 被弾したわけではなく、想像以上に迫る弾丸に余裕を持って全てを斬り伏せられなくなっているだけ。

 受けて壊せる俺とは違い、受ければ漏れなくダメージになる佳奈美は一回の被弾が命取り。

 擦り傷程度でもパフォーマンスに影響は出るだろうし、当たりどころが悪ければ死に至る。

 ウィリアムさんに殺気や殺意がなくとも、そうなってしまう可能性はある。


「返事はしなくていい。できるなら行動に移してくれ」


 佳奈美に余裕がないのはわかっている。

 それでも、現状を打破するには佳奈美の力が必要だ。

 だから、佳奈美に与えてしまう負担を最低限に、考えた作戦を伝える。


「この弾幕は俺が引き受ける。だから佳奈美は、ウィリアムさんの懐に遠慮なく飛び込んでくれ」


 俺が守り佳奈美が攻める。

 召喚者の中で、翔と小野さんを除けば唯一のペアである俺たちの相性の良さ。

 それを遺憾なく発揮するための作戦。

 自己犠牲による勝利を良しとすることは、綾乃からは止めておけと言われていた。

 綾乃自身が自己犠牲を良しとしてきたからこそのアドバイス。

 でも、ウィリアムさんに勝つためならやってやる。

 一度選んだ選択肢は、今後一生を通して選択肢に入り続けるのはわかっている。

 それでも、今ここでやらなければならないんだ。


「――行くよ」


 小さく、聞き逃しそうになるくらいの声。

 佳奈美からそれが発せられた瞬間――俺がその声を認識したと同時に、佳奈美が飛び出した。

 絶え間なく降り注ぎ迫りくる弾幕を、持ち前のと動体視力と反応速度、それに対応できる身体能力で躱し斬り伏せながら詰めていく。

 十メートルは優に離れていたウィリアムさんと佳奈美との距離は、瞬く間に刀の届きそうな間合いへ。


「いい速さだ」


 褒めるや否や、佳奈美の進行方向の先の地面が隆起する。

 神殿の結界を貫いて現れた胴体ほどの太さの槍が、ウィリアムさんに迫る佳奈美の進路を阻むようにして現れた。

 槍の先は平たく、槍というよりは円柱状の岩という方が正しいが、下から上ではなく前から障害物のように射出されたそれは、当たれば佳奈美自身の速度も相まって相当なダメージになる。

 仮にダメージを抑えられたとしても、せっかく詰めた距離が台無しになるくらいには足を止めざるを得なくなる。

 もちろんそれは、当たればの話だが。


「くッ――」

「よく避けたな。じゃあこれは?」


 前から進路を妨害される形で現れた槍を、佳奈美は上へ跳ぶことで回避した。

 見事な反応速度だと思ったし、ウィリアムさんも似たような関心を得たらしいのは雄弁に語るウィリアムさんの表情でわかった。

 だが同時に、空中は動きがかなり制限される場所でもある。

 回避できるのはいいことだが、その後に繋げられないと言う点では良くない手だと綾乃は言っていた。

 その苦言を証明するように、佳奈美の周りを無数の弾丸が覆う。

 弾丸の生成速度はこれまでよりも数段早い。

 佳奈美が上へ跳んだのを見てからの行動ではなく、上に跳ぶことを予測していたんだ。

 佳奈美だけを覆うようにして展開された弾丸は、佳奈美の刀の間合いよりも外側にある。

 間合いの内側なら容赦なく斬り伏せられるから当然だ。

 だが同時に、その僅かな間合いの差は俺が距離を詰めるだけの時間ができると言うこと。


「佳奈美!」


 佳奈美の下に入り込むようにして、空中に身を投げ出す。

 近づく佳奈美にウィリアムさんが意識を多く向けてくれたおかげで、俺を囲んでいた鳥籠が手薄になった。

 だからこそ、俺はこうして佳奈美の援護に駆けつけられた。

 地面に足をついていなければ、俺の恩寵は発動しない。

 それは鍛えてきた筋肉と魔力で固めた肉体だけで防御をしなければならなくなると言うこと。

 朧げでもその事実に辿り着いているだろうウィリアムさんですら予想していなかっただろう一手。

 つまり、自己犠牲を払う価値のある一手だ。


「――」


 ウィリアムさんの表情に、驚きの笑みが浮かんだ。

 刹那、弾丸は容赦なく射出される。

 佳奈美の下にいる俺は佳奈美よりも大きな体を大の字に広げ、全身ではなく急所のみを魔力で固めた。

 全身に満遍なく魔力を広げるのでは、全体的に大ダメージを負うだけになる。

 なら、必要なところだけを守りそれ以外を捨てる。

 そこまで読まれていたのなら仕方ないと割り切るしかない。


「がッ、ぐぅッ」


 想像以上の痛みが各所に走った。

 恩寵がない時のダメージは既に訓練で経験していたはずなのに、その時よりもずっと痛く感じる。

 精霊に張ってもらった体の動きを阻害しない程度の水の膜も、ほとんど意味をなしていない。

 純粋にダメージの量が大きいのか、当たり所が悪かったのか。

 それでも、上にいる佳奈美がノーダメージで全ての弾丸を斬れたようだから問題はない。


「――良也」

「遠慮なく行け!」


 空中でその後に繋げられないのは、足場がないから。

 踏み込みができなければ力はまともに伝えられないし、そもそも空中では歩くなどの行動が取れなくなる。

 だから、空中に行くのは奥の手なんだ。

 なら、空中に足場があれば?

 踏み込める場所さえあれば、空中だろうが地上だろうが関係ない。

 そう、つまり――


「まさか――」


 佳奈美の行動を見て、下側――地面に立つウィリアムさんの表情が驚きに満ちるのがわかった。

 笑顔の余韻はある。

 それでも、驚き口をあんぐりと開けたそれは、俺の想像以上の反応だ。

 俺が佳奈美の下に体を滑り込ませた理由は二つ。

 一つは、佳奈美を囲う弾丸の半分を引き受けるため。

 いくら佳奈美でも、まともに動けない空中で全方位から時間差で襲い来る弾丸を防ぎきる術はない。

 そしてもう一つ。

 空中にいる佳奈美の足場になるためだ。


「――ハッ」


 驚いた顔もほんの一瞬。

 楽しそうな笑みを前面に押し出し、眼前へ弾丸が五つだけ生成された。

 狙いは俺ではなく攻撃の起点となる佳奈美。

 生成から射出までが瞬く間に終わっていた。

 この戦いの中での最高速の五つの弾丸。

 それは佳奈美の胴体を容赦なく貫通した。

 ()()()()()()()()佳奈美の胴体を。


「なッ――!」


 ウィリアムさんの顔が今日一番の驚きに染まる。

 驚き――けれどそれを理解し対応する。

 そのほんの僅かな、一瞬の隙を、佳奈美は逃さない。

 ウィリアムさんの背後に陣取った佳奈美が、握る刀を容赦なく振り下ろす。

 佳奈美の動きに反応したらしいウィリアムさんは、それでも完全には躱しきれなかったようで、肩口から血が噴き出している。

 それでも、致命傷ではない。


「ハハ――ッ」


 出血してなお笑うウィリアムさんは、佳奈美へと腕を伸ばす。

 銃口を向けられているのと変わらないその状況下で、佳奈美は腰を落とし冷静に刀を鞘へと納める。

 チンッと子気味良い金属の音が響くと同時、ウィリアムさんの手のひらの先に一発の弾丸が生み出される。

 先の奇襲の刀を躱すために後ろに跳んだせいで、ウィリアムさんは佳奈美の刀の間合いの僅か外。

 対しウィリアムさんの弾丸は射程圏内。

 よーいドンでは確実にウィリアムさんに軍配が上がるこの状況で、佳奈美は目を閉じている。

 その意図は――


「こういうことだろ――」


 弾丸が射出されると同時に、俺は佳奈美とウィリアムさんの間に割って入る。

 恩寵は発動できず、間に合わせるために防御すらまともにできていない状況で、それでも体を捻じ込んだ。

 当たり所を調整することすら叶わず、腹部に弾丸が突き刺さる。

 内臓に直撃したかのような衝撃と痛みで意識がほんの一瞬だけ飛んだ気がする。

 それでも、佳奈美の無言の要求には応えられた。


「――ありがとう」


 そう呟いたように聞こえた。

 刹那、佳奈美の刀が奔る。

 弾丸を放った反動で右腕を跳ね上げる形になっているウィリアムさんには迎撃ができない。

 切っ先は吸い込まれるようにウィリアムさんの右脇腹を捉え、胸、左肩と振り抜かれた。

 直後、剣圧による鋭い風が起こった。

 血飛沫は――出ていない。


「……足りない間合いを威力を犠牲に補ったか」


 じんわりと、ウィリアムさんの黒い服が更に黒く染まっていく。

 服ごと斬り裂かれた表皮から、血が滲み出ているのだとわかった。


「私たちの目的はあなたを殺すことじゃない。あなたも同じでしょう?」

「そうだな。尤も、今のは致命傷にされるはずの攻撃だ。つまり――」


 天を仰ぎ、ウィリアムさんはふぅと小さく息を吐いた。

 溜息とも深呼吸とも違う吐息。

 再び佳奈美と、そして俺の顔を見た時のウィリアムさんの表情はこれまでの中で初めて笑顔で――


「――俺の負け、と言うことだな」


 清々しいと表現するのが適切な笑顔を浮かべるウィリアムさんは、はっきりとそう言った。

 受け身もまともに取れず、神殿の壁に衝突して地面に突っ伏している俺は、その言葉を何度も噛み締める。

 噛み締めて、理解して、ゆっくりと立ち上がる。

 ここが現実であることを確かめるように一歩ずつ佳奈美に近づいていく。


「佳奈美」


 刀を鞘に納め、そして振り向いた佳奈美の目には涙が浮かんでいた。

 けど、悲しそうな顔ではなく、信じられないと言ったような顔をしている。

 佳奈美も俺と同じなんだ。

 俺と同じで、確信が持てていないんだ。


「……良也」


 手を取り、互いに頬を(つね)って、しっかりと痛みが感じられる。

 古典的な手法だけど、未だに使われる現実か夢かの確認。

 その認識を互いに共有できた。


「――やった、んだよね? 私たち」

「うんそう、そうだよ。やったんだよ! やれたんだよ俺たち! はははっ!」


 これが現実だと――ウィリアムさんに対し勝利を収められたことが事実だとわかり、出血も何も忘れられるほどの喜びに襲われた。

 不可避の感情に()てられて、全身でそれを表現せざるを得ない。

 目の前の佳奈美を抱きしめて、喜びの雄叫(おたけ)びを上げる。


「えちょ、良也! 恥ずかし――」

「――やったよやった! 勝ったんだよ俺たち!」


 これまでの十七年間の人生で一番と言っていいほどの達成感がある。

 それに比例する歓喜の感情だけが、今の俺の体を動かしていた。

 佳奈美を抱きかかえ、そのまま持ち上げてぐるぐるとその場で回ってしまうくらいには気分が高揚している。

 その自覚はできるけど、でも抑えられはしない。


「良也。俺の最後の一撃、精霊の守りがあったとはいえまともに受けてただろ。治療した方がいいんじゃないか? あと、佳奈美が恥ずかしさで顔真っ赤にしてるぞ」

「え? ――あ、ごめん!」

「ぅぅん。だ、大丈夫、だから……」


 いくら相性が良く、名前で呼び捨てにできる仲になれたとはいえ、異性に対して軽率に行動しすぎてしまった。

 男子に抱きかかえられるなんて、相手が相手なら犯罪ものだぞと遅すぎる理解をしながら、その羞恥から逃れるように治療に移る。

 事前に会長から渡されていた治癒のスクロールを自分に使って傷を癒していく。

 その途中でウィリアムさんも言っていた最後に受けた腹部のダメージを思い出し、治癒が終わるまでの数秒は激痛に悶えたが、それも今この瞬間だけは嬉しかった。


「それだけ嬉しそうにされると、こっちも全力を出した甲斐があったと思えるよ」


 壁を背凭れに、佳奈美から受けた刀傷を癒すウィリアムさんが優しい笑顔でそう言った。

 佳奈美と顔を見合わせて、つい数秒前の出来事を思い出して顔が熱くなるのを感じた。

 思い出したのは佳奈美も同じだったのか、火が噴き出るんじゃないかと思うくらいには赤面している。


「その様子を見るに、お前たちまだ恋仲じゃなかったのか」

「ち、違います!」

「――そ、そんな勢いよく否定しなくても……」


 違うのは事実だけど、強く否定されるとどうしてこうも悲しい気持ちになるのだろう。

 勝利に喜び舞い上がっていた気持ちが、その一瞬でスンッと落ち込んでいく。


「あ、えと、違くてね? いや違わないんだけどそうじゃなくて……」


 佳奈美がアワアワと必死に弁明しようとしてくれている。

 言葉に詰まっているそのほのぼのした様子を見て、ほんの少しだけ心が回復した――ような気がする。


「大丈夫。わかってるから」

「えと……うん、ごめんね?」


 つい口をついて出た否定だとはわかっている。

 本心がどうであれ、そう思えばダメージは減らせる。

 そう考えて、この話はお終いにしよう。

 でなければ俺の心が砕けてしまう。


「楽しかったよ。良也、佳奈美」


 治療を終えたらしいウィリアムさんが、俺たちの近くへ来て手を差し出した。

 きちっと指先が揃えられ、手のひらが僅かに上を向いているそれは、握手を求めるときのそれだ。

 先に気付いた佳奈美が、ウィリアムさんの手を握り返した。


「私も楽しかったです」

「敬語はまだ必要か?」

「これはその、癖みたいなものだから……」

「そうか。そう言うことにしておこう」


 嬉しそうに笑って、今度は俺へと手を出してくる。

 一度グッと強く自分の手を握ってから、開いてウィリアムさんの手に合わせる。


「ウィリアムさん」

「“さん”も、もう要らないだろう?」

「……だね。ウィリアム、楽しかったよ」


 種族が違う、陣営が違う、生まれた世界が違う。

 それでも確かに、俺とウィリアムの間には友情が生まれた。

 常識ではあり得ないことが起こってくれたおかげ、と言えるかな。

 勝つことの喜び、そこに至るための努力、そして芽生えた友情。

 この世界に来た時は「なんでこんなことに」と思っていたけど、今ならはっきりと言える。


「俺、この世界に来れて――ウィリアムに会えてよかったよ」






 * * * * * * * * * *






「どうかした? もしかして緊張してる?」

「……してる。当然だろ?」

「それもそうだね。実を言うと、僕も少し緊張してるんだ」


 俺の返事に同調するように、少しの笑みを見せながら言う彼は、やはり前の大戦で覚えた印象と変わらない。

 剽軽(ひょうきん)とは違うしチャラいとも違う、驚くほどこの場にそぐわない気軽さ。


「でも楽しみでもあるんだ――」


 笑みを浮かべていた魔人はその顔を下に向け、表情が見えなくなる。

 だらんと体の力を抜いたその格好は、一見すれば隙だらけの構え。

 いや、構えですらない、立つこと以外の全てで脱力しているそれは――


「また、お前たちと戦えるのが――!」


 叫ぶと同時、魔人は一足跳びに俺たちへと向かってきた。




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