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姉の為に。  作者: たかだひろき
第十一章 幕間
180/202

【覚悟】




 何度訪れても慣れることのない、厳かな謁見の間。

 禍々しい玉座に座る幼き魔王と、跪く配下の魔人たち。

 そして、連なる俺たちという構図。

 もう何度も見てきた変わらない光景で今、一つの不可解な情報の真偽が問われていた。

 それは――


「――つまり、アオイが死んだという事実に間違いないんだな?」

「はい。情報が出始めてから約二ヵ月と半月ほど。戦力把握よりも高い優先度であらゆる場所での諜報を行ってまいりましたが、その情報に間違いはありませんでした」


 似合わない玉座に頬杖を突きながら座る魔王に答えているのは、この世界に来てから得た俺の理解者であり大切なパートナーでもある、情報収集に長けた魔人、ノラ・パーカー。

 一部の魔人しか成ることのできない十魔神と呼ばれる階級で、序列第十位の実力者だ。


「そうか……その死因はやはり竜人か?」

「そのようです。どういう経緯で戦いになったのかは不明ですが」

「逆鱗に触れていた竜人と遭遇でもしたのだろうな。戦力補強のための一手だったが……アオイが死ぬのなら止めておくべきだったな」


 ノラと魔王。

 二人の間で会話が進められている間、俺の心と思考は別のところにあった。

 それは、自身の目的をどう果たせばいいのかという問題。

 綾乃との決戦を待ち望み、それを果たすために敵側である魔王軍へと寝返ったというのに、綾乃がいなくなってしまっては一生果たせなくなる。

 一番信頼を置いているノラが嘘を吐いているわけがないし、その話を信じていないわけでもない。

 でも、信じたくはないと、そう思ってしまう。


「どうする? 隼人」

「――え」

「貴様の目的はアオイとの一騎打ちだっただろう? それが果たせなくなった以上、貴様がボクたちに(くみ)する理由はなくなったと思うが、どうする?」


 敵対しないのであればノラのこれまでの働きに免じ、共にどこかへ逃避行を行うのも構わないと、魔王は言ってくれた。

 目的と目標を同時に失った俺としては、とてもありがたい提案だ。

 もうしばらくしたら始まるだろう大戦で目標もなく命を懸けるくらいなら、ノラと一緒に誰も知らない土地で静かに暮らすのも悪くないのではないか。


「……いいえ、魔王様。俺は、戦います」

「目的がなくとも戦えると?」

「確かに、綾乃との決着は俺の一番の望み――目的でした。ですが、魔王軍へ下ったのはそれだけが目的ではありません」


 跪きながら玉座を見上げる俺と、俺を見下ろし言葉を待つ魔王。

 その間で、一歩前に出て報告をしているノラを見る。

 この世界に来て、俺を救ってくれたノラ。

 召喚者を利用するために近づいてきたのが最初の目的だったとしても、俺がノラに救われたのは間違いない。

 俺にとって、いなくてはならなかったノラ。

 そんなノラを支えてくれた魔王軍に対して、少しでも恩を返したい。

 目的のために魔王軍(ここ)を利用しようとしていたとしても、そこに嘘はない。


「ノラと一緒に、戦います」

「――そうか。……ノラ」

「はい」

「直に開始する。諜報活動を終え、隼人と共に時を待て」

「ハッ!」


 魔王からの辞令を受け、ノラは俺の傍へと下がる。

 それを見届けてから、一瞬だけ間の開いた魔王へと、挙手で発言権を求める人がいた。


「何か言いたいことでもあるのか? アンナ」

「先程の葵様が死んだという話について、何個か」


 挙手をしたのは、綾乃の側付きであり実の父と共に魔王軍へと寝返った赤髪の女の子、アンナ。

 堂々とした立ち振る舞いで立ち上がった彼女は、実年齢よりも大分と大人に見える。


「言ってみろ」

「はい。まず一つ目ですが、葵様は一度、死から蘇っておいでです。これは、魔王軍の方々ならご存じでしょう」

「ああ。ナイルが心臓を消し飛ばしたのにピンピンしてたな」

「あれは葵様がお持ちだった先代賢者の蘇生術式の編み込まれたコイン――アクティブマジックがあったからこそで、葵様はもうお持ちでないでしょう」


 どこかから調達し予備を確保していた、という線は消えないが、それでももう持っていないと考えるのが妥当だと思う。

 もし仮にその貴重なコインを持っていた人間がいたとして、だ。

 死を待つしかなかった人間を蘇らせるなんて代物をそう簡単に手放す奴がいるとは思えない。

 そのコインの価値は、城一つなんて軽く賄えるほどには膨れ上がるだろうから。


「蘇生の線はないと?」

「あくまで、葵様が私と離れて以降に新たにコインを確保していなければ、ですが」


 俺の思考と同じ発言を、彼女は口にした。

 まぁやはり、そう考えるよな。


「ノラ。その辺りの話は?」

「私が調べている限りではないかと。その手の話は隠蔽してもしきれないものですから」


 蘇生という、干渉魔術以外に手段が存在しないあまりに魅力的なものの取引は、どう足掻いても噂になる。

 そうならないための手を打っていたら話は別だし、綾乃ならしてきてもおかしくはなさそうだけど……そのコインとやらがもう一枚存在するかどうかすらわからないわけだしな。


「では、アオイの蘇生はないと考えていいだろう。それで? わざわざそれを話すために挙手をしたわけではないだろう?」

「はい。今の話を前提とした上で、私は葵様が生きていると考えております」


 彼女がたった今話した内容から出た結論とは真逆の結論を、彼女は言葉にした。

 ほぼ全員が頭上に「?」を浮かべている中、魔王とその隣に立つ黒子のような女性だけは微動だにせずその真意を問いただした。


「その心は?」

「相手が思いもしないことをするというのは、相手の虚を突くのに持ってこいの戦術です。捻くれているくせに素直な部分も多くある葵様ですが、だからこそ、私たちの裏を掻くため――虚を突くために、自身の死を偽装するのでは? と考えました」

「なるほどな」


 言われてみれば、彼女の言う通りかもしれない。

 綾乃が死んだと俺が一番信じている人の口から聞き、それが絶対だと思ってしまっていたが、ノラすらもが騙されていたのなら間違いだという可能性も十分にある。


「だが綾乃葵の死を偽装して何になる? ボクたちが油断するとでも?」


 綾乃の存在は、魔王軍の中でも特に警戒するべき人物として名が挙がっている。

 何をするかわからない、どう動くかを読み切れない。

 今まで魔王軍が何らかの行動を起こす度に綾乃に邪魔されてきた結果が、その意識となって根付いている。

 そんなに警戒している相手が死んだなんて情報が出回れば、何かの罠かと警戒するのは必然だ。

 今だって実際、綾乃の死に対しての情報収集をノラたちが行ったわけだしな。


「それもあるかもしれませんが、恐らくはもっと別のところで意味のあることだと思います。例えば……意識が葵様に少しだけ向きやすくなる、などでしょうか」

「ミスディレクションのようなものか」

「現に、葵様の死の真偽を確かめることが、ノラ様たち潜入工作員(スパイ)の第一目標になっていたはずです。その時点で、効果として十分に発揮されていると思うのです」


 彼女の言葉に、魔王も納得するように頷いている。

 じゃあもし彼女の言葉が正しいものだとすると、綾乃は自分を囮に何をしようとしていたのか。

 綾乃が囮になると言うことは、綾乃の周辺が常に警戒されると言うこと。

 主力と言っていも過言ではない綾乃が囮になって、それでも綾乃がプラスになることなんてあるのか?


「――あ」

「どうした? ノラ」

「……綾乃葵の死が噂になるよりも前に、一名のスパイが魔人だと看破されたことがあったことは覚えておいでですか?」

「ああ。それが何か――まさか」

「綾乃葵の死が嘘――こちらを騙すための罠であるという前提の上で動いていた以上、不用意に近づけばこちらの存在に勘付かれる可能性もありました。ですので、綾乃葵の仲間やその周辺へは可能な限り近づかないように徹底しておいたのですが――」

「逆にアオイたちの動向を完全に把握できていない、と」

「……はい」


 ノラを含む情報収集に長けた魔人は、何人かいる。

 しかしその中に、戦闘を得意としている者はいない。

 組合員で言えば銅等級ほどの実力はあるだろうが、綾乃たちと直接対峙して難なく逃れることができるほどの強さは持っていないのが殆ど。

 故に、気付かれないことを前提に、勘付かれたとしても即座に逃げに入れるような立ち回りを心掛けていた。

 だからこそ逆に、綾乃の周りへの警戒が薄く――いや、最も強く警戒していたからこそ距離を置き、その結果として動きを把握できていなかったわけか。


「すみません。私の失態です」

「いや、ボクが指示を出すとしてもそうしていた。お前の責任じゃない」


 落ち込むノラへ、魔王が優しく声を掛けている。

 しかし、その表情は険しい。

 もしアンナさんの言葉が正しいとするのなら、俺たちはまんまと綾乃の手のひらの上で転がされていたわけだしな。


「いや? そこまで重く考える必要もないか」


 つい一瞬前まで険しい顔をしていた魔王は、あっけらかんとした声で言い放った。


「……と、言いますと?」

「考えてみろ。ボクたちは元々、アオイを警戒した上で作戦を考えていた。生きているか死んでいるかなんて、実際に始まってみればわかること。考えてもわからないことに意識を割くこと事が、アオイの術中かもしれない」


 魔王の言うことに、確かにと思わず頷いた。

 綾乃が死んだとか死んでいないとか、そんなことはどうでもいい。

 大戦が始まれば――綾乃のことだ。

 きっと前線に出てきて場を掻き乱した上で自分の思い通りに事を運ぶ。

 そこで決着をつけてしまえばいい。


「よし。これでアオイの死に関する話は終わりだ。となれば次の話は決まりだ。大戦の予定に関して話していこう。既に潜伏させている部隊は?」

「アルバード様が主軸となっている魔獣部隊は全て潜伏済みです」

「そうか。では予定通り始めよう。この会議が終わり次第、順番に送り始める」


 楽しそうな笑みを浮かべて、魔王は玉座から立ち上がる。

 子供らしい仕草で、しかし王としての威厳に溢れる立ち振る舞いで、仰々しく身振りする。


「この大戦を、終わらせるぞ」


 魔王の宣言に、十何人かの呼応が共鳴した。







「隼人」

「どうした?」


 部屋に戻り、移動までの時間をのんびりと待つ俺がベッドで仰向けなっているところへ、同室のノラが声を掛けてきた。

 顔を上げて立ったままのノラを見てみると、何やら真剣な顔をしている。

 その顔を見て、俺は体を起こして姿勢を正す。


「何かあったのか?」

「隼人……私と一緒にいるの、嫌?」

「――なんで? 俺、そんなこと言った?」

「ううん。一言も言ってない」


 珍しく弱音で、俯きがちに呟く。

 ノラの言っていることは何一つとして正しくない。

 俺は可能であればノラと一緒に人生を過ごしたいし、それはどうあっても変わらない。

 召喚され、側付きとしてノラが任命されてからはもちろん、ノラが実は魔人で、俺を操って召喚者を裏から牛耳ろうとしていたことを知ってからも。

 この気持ちはずっと変わらない。


「じゃあどうして?」

「さっきの会議で……魔王様の提案を断ったじゃない」

「……ああ、あれね。ノラと一緒にいるのが嫌だったわけじゃないよ。ただ単に、俺が魔人の力を得てまでこっちに来た理由を果たせていないからね。それを果たすために――」

「――でも隼人、私に何か隠し事してるよね?」


 唐突に――いや。

 ノラからしたら唐突などではないのだろう。

 これまでずっと抱えてきた不安が、さっきの俺の返事で爆発したんだ。


「……」


 本当のことを話すべきだろうか。

 いやでも、これを話したところで止められるのがオチだ。

 話したところでもどうにもならないと判断したから、俺はこれまでひた隠しにしてきたわけだし……。


「……」

「――わかった、話す。だから怒らないで聞いてくれ」


 ノラの無言の視線(あつりょく)に耐えきれず、両手を上げて降参を示す。

 ひとまず立ちっぱなしのノラを座らせてから、俺の本当の目的を包み隠さずに話した。

 俺が話し終えるまでの数分間。

 口を一切挟まずに黙って話を聞いてくれたノラは、予想通り不服そうな顔で俺を見てくる。


「……ずっと隠してたのは、私が聞いたら絶対に反対するから?」

「そう。だって反対でしょ?」

「当たり前じゃない。そんな自己犠牲的なこと――逆の立場になったら納得する?」

「しない。絶対に」

「だよね?」


 俺が蒔いた種――俺が犯した罪に対しての償いをするって話だから、自己犠牲とは根本的に違う。

 でも、ノラの言いたいこともよくわかる。

 その上でどう足掻いても反論できないから、今まで話すのを控えてきたんだ。


「私が反対したとして、隼人は()めるの?」

「……止めない」

「だよね」


 わかっていたからこその確認。

 それが間違いでないとわかったからか、ノラは小さくため息をついた。

 そのため息一つで、俺の心臓はキュッと縮んだような感覚に陥る。

 自分が悪いという自覚があるだけに、意識的か否かを問わない責める雰囲気は問答無用で俺の心を抉りかける。


「隼人は私のこと、好き?」

「――当たり前じゃん」

「……そっか」


 “好き”だなんて、そう簡単に言葉にできることじゃない。

 例え、そういう仲だとしても、二人っきりだとしても、だ。

 まだ経験が少ないからか、どうしても恥ずかしいという気持ちが湧いてしまう。

 その言葉を送る相手は間違っていないし、その気持ちに嘘もないんだけどな……。


「じゃあ隼人」

「はい」


 隣に座っていたノラが横――つまり俺の方へと体を向けて、真っ直ぐ見上げてくる。

 体を寄せて、ずいっと顔を近づけて。

 キスしそうになるくらいの近距離で、ノラは俺の目を真っ直ぐ見つめる。

 恥ずかしさで顔や耳が火照り、体は無意識的に逃げそうになる。

 でも、ここで逃げるのはダメだと自分自身に言い聞かせ、長い瞬きを一度だけ挟んでから俺を見つめるノラの目を見つめ返す。


「隼人がやりたいことなら()めない。きっと、隼人にとって大事なことだと思うから。でも、私を置いていくのだけは()めて」

「……つまり、ノラと一緒なら俺の作戦でもいいってこと?」

「いいとは言ってない。ただ、それならまだ納得できるって話。……ちゃんと、二人でいたいから」

「……そうだね。うん、そうだよね」


 ノラの考えは当然のものだ。

 立場が逆だったら、きっと俺だって同じ提案をしていた。

 そこに思い至らず一人で抱え込んでいたのは、そこまでノラのことよりも自分のことで手一杯だったから――なんて、言い訳は意味ないか。

 ノラが妥協してくれた。

 なら俺は、それに応えたい。

 いや、応える義務があるんだ。


「ありがとう。ノラ――」


 眼前に迫ったノラへ向けて、本心からの言葉を告げる。

 ノラはそれを聞いて嬉しそうに微笑んで、見つめ合っていた瞳を閉じた。

 閉じた後で、ほんの少しだけ顎を上へ。

 そして顔を近づけてくる。


「――ッ」


 ノラがして欲しいこと、その意図を悟り、いつの間にか収まっていた顔の熱が瞬間湯沸かし器のように再び熱くなるのを感じた。

 それでも、ここで何もしなかったら男が廃ることくらいわかっている。

 だから、深呼吸を大きく、でも静かに挟んで、ベッドについていた手をノラの肩へ。

 両肩をしっかりと掴んで、ゆっくりとノラへ顔を近づけていく。

 元が近かったから、移動する距離自体はとても少ない。

 でも、不思議と長く感じるその時間は、自分の心臓の五月蠅さを否が応でも感じさせられ――


「――ッ、ノラ!」

「うん、敵襲だね」


 あと一ミリと言うところで、城全体を包み込むような魔力の波動を感じ取った。

 精鋭の魔人が集う中では大したものではない“魔力感知”を持つ俺でさえ感じ取れると言うことは、この敵襲は端から隠す気はないのだろう。

 窓の外へ視線を向けてみれば、昼間でも薄暗い空が明るく――いや白く染まり始めていた。

 まるで、前回の大戦で見た神聖国の教皇が発動した神殿のような――


「……綾乃たちだ」

「え?」

「たぶん――いやほぼ確実に、この攻撃は綾乃たちだ。この光景に見覚えがあるから」

「人間側が攻めてきたってこと? でも海は? 海はどうやって越えて――」

「魔人が海を渡るのと同じ技術を使ったとか、何なら転移で運んできたとか色々考えられはするでしょ。それよりも、攻めてきたのならちゃんとやらなきゃ」

「……そう、だね」


 白に染まる空が、本当に神聖国の教皇が発動したものなのかはわからない。

 確証に足りうる何かがあるわけでもない。

 でも、綾乃たちが攻めてきたのだと確信を持って言える。

 覚悟は決めていた。

 驚きはしたけどそれだけ。

 やるべきことは変わらない。


「――行こう。決着をつけに」

「……うん」


 俺たちは手を繋いで、その神殿にゆっくりと飲み込まれていった。






 * * * * * * * * * *






「アオイは本当に死んだと思うか?」


 十魔神を集めた会議では「考えても意味がない」と結論付けたことではある。

 それでもやはり、知的好奇心故か気になってしまうもので、黒子へと問いかける。

 魔王軍の宰相であり、ボクのお婆ちゃんでもある彼女は、ボクの質問が知的好奇心からくるものだと理解して、敢えて乗ってきてくれた。


「微妙なところね……彼の性格を考えるに、アンナの言っていたことも納得できるわけだけど……」


 お婆ちゃんの言葉に、「だよな」と頷く。

 アオイは普通ならやらないようなことを多くやってきた。

 片腕を失ってなお、臆することなく魔王であるボクに挑みに来たアイツだ。

 それだけの覚悟がある奴の行動なら、普通から逸脱していても何らおかしくない。

 つまり、死を偽装して潜伏している可能性は十分にある。


「潜伏しているとして、そのメリットはなんだろうね? 正直、アオイがいるグループや召喚者、その周りだけが強くなったところで意味はないし……」

「私たち魔人を全て淘汰して大戦に勝利する、という目的だったのなら考えられなくもないけれど……」

「アオイは前回の大戦でボクたちを殺せなかった。カスバードと戦った時から変わっていなかったアイツが、この期間中に変われると?」

「それは難しいでしょうね」


 自己犠牲を覚悟して立ち向かってくるのと、相手を殺す決意を抱くのは全く以って違うものだ。

 どれだけ覚悟があろうとそことは繋がらないなんてことは、先の大戦でのアオイを見ていればわかること。

 ならばと、ボクの抱いた疑問に戻ってくるわけで。


「……わからないわね。人類を囮に本体を潰そうと潜伏しているのなら話は別だけれど――」

「――アオイの性格ならそんなことは出来なさそうだし、例えそれを実行するだけの冷徹さを会得したとしても、召喚者の配置的にそれはないよね」


 ノラの配下、並びに似た系列の恩寵を持つスパイたちから齎された情報によれば、召喚者は十九人が二か三人のグループを作って各国に散っているらしい。

 防衛戦力としては流石に弱いと自覚しているのか、それぞれ各国の軍人を大隊から中隊程度の人数を引き連れていた。

 いたと確信を持って言えるのは、遠隔映像でそれを確認したからだが……正直、それだけでは村一つすら守り切れないと思っている。

 こちらを舐めているわけではなく、きっと何かの策があってこそなのだろうが――意図は全く読めない。

 これもアオイの作戦の一つと考えるべきだろうか。


「罠……だとしても、アルバードの部隊なら殲滅できるでしょうね」

「余裕だね」


 人間基準でちょっと強めの奴らが千に満たない数いて、そこに召喚者が二か三人。

 それだけなら魔獣たちで蹂躙できる。

 仮に前回大戦で首都近辺に撒かれていた罠が点在していたとしても、今回投入する魔獣たちの実力は前回の比ではない。

 武装やら何やらも装備した状態なので、前回のものより威力が上がっていてもさして問題にはならないと言える。


「となるとやっぱり――」

「――ダレン」

「ん? なに――」

「敵襲よ」


 何がどうなって敵襲なのか。

 それは全く理解できないが、お婆ちゃんがキッとした声音で言ったのだから間違いはない。

 そう判断して、素早く玉座から跳び退く。

 瞬間、お婆ちゃんの言っている言葉の意味を理解した。

 城の頭上。

 この城を包み込むようにして、大規模な魔術が展開され始めていた。


「これは――結界だな。前回の大戦でも見た白の結界」

「……なるほど。綾乃葵が潜伏している理由はこれ――奇襲を仕掛けるためかしら?」

「かもしれないね。にしても俺たちの領土にまで進行してくるのは流石に想定外だった」


 ゆっくりと、だが確実に魔王城を包み込んでいく結界は、薄暗く覇気のない空の色を一変させていく。

 それを差し込む光から理解して、同時に意識が戦闘のものへと切り替わっていくのを感じた。

 余計な思考――“どうやって魔人の暮らすこの大陸まで来たのか”や“アオイが生きているとしてこちらに来ているのか”だとかが取り払われ、目の前にやってくるだろう敵を待ち構えることへのみに集約された。


「――ん」

「……どうやらこの結界は、私たちを分断するためのものでもあるらしいわね」


 ボクには何も起きず、しかしお婆ちゃんの身だけに起きた現象。

 白い粒子がお婆ちゃんの体の周りを立ち昇り、徐々にその姿を薄れさせていく。

 転移に似た現象だ。

 “魔力操作”に長けたお婆ちゃんですら抵抗できないとは、相当に練度の高い術なのだろう。


「ダレン。指揮は出せなくなる。自分でできるな?」

「勿論! お婆ちゃんこそ、慌てて口調が崩れないようにね!」

「――生意気よ」


 捨て台詞のように吐き捨てたその言葉で、おばあちゃんの姿が完全に消えた。

 それと同時、謁見の間として設計されたこの場所へと真っ直ぐ向かってくる気配を感じ取る。

 コツコツと足音を一定の間隔で鳴らしているその気配は、まるで勝利を収めた者が表彰台に登るかのようにとても堂々としている。

 気取っているわけでも、逆に油断しているわけでもない。

 魔王であるボクがここにいると理解した上で、敢えてここへと迷いのない歩みを進めている。


「素晴らしい。アオイとの再戦ができなかったのは悔しいけどな」


 少し残念だが、と呟く。

 ボクの元へと歩みを進めてくる気配は、格下のものではない。

 こいつを相手にした後でアオイと対峙するだけの気力や魔力は残せないだろうと確信できるほどの猛者。

 アオイとの戦いを考えて消耗を抑えようとすれば負けると理解できるからこそ、アオイとの再戦は諦めて魔王であるボクの前に現れる者を待ち構える。

 御伽噺では、魔王へ挑む者を勇者と呼ぶらしいが――いや、こんなことは考えても意味ないか。

 ただボクは魔王として、挑みに来るものを堂々と待ち構える。

 それだけでいい。


「流石マルセラさんね」


 ギィと少しだけ音を立てて部屋の大扉が開く。

 その隙間から、奇襲なんて考えていないと言われても納得できるほどに堂々と入ってきたのは、長く黒い髪を靡かせている女性だった。

 背丈はお婆ちゃんと同じほどで、体格も非常に似通っている。

 瞳は髪と同じ黒――いや、少しだけ銀色も混じっているか?

 そして極めつけは何と言っても顔立ち。

 お婆ちゃんと似通っているどころか、お婆ちゃんそのものと言っても問題ないくらいに似ている。

 同一人物ですと言われれば納得してしまいそうなくらいだ。

 もちろん、見知った人であれば違うと断言できる程度には別人だけど、それでも似ていると言えるくらいであることに間違いはない。


「あなたが魔王ダレン――で、いいのよね?」

「如何にも。ボクが魔王ダレンだ」

「そう。よかった。名乗られたのだから、私も名乗り返すべきかしら?」

「ありがたいな。君ほどの実力者の名前を知れるなんて」


 凛とした声音はとても心地よく、聞いているだけで惚れてしまいそうだ。

 顔立ちから背格好まで似ていたけれど、声だけはお婆ちゃんのそれとは違った――って、これはもういい。

 お婆ちゃんとの違いなんてのは、勝った後でいくらでも確認できるからな。


「私の名前は板垣結愛――」


 腰に提げた刀を引き抜き、抜き身の切っ先をボクへと向けて宣言した。

 あの刀は、アオイが持っていた業物だ。

 アオイが死んだから受け継いだのか、あるいはブラフか。


「――あなたを倒して、この大戦を終わらせる人間よ」

「……フッ」


 奇しくも、考えていることは同じだった。

 “大戦を終わらせる”。

 同じ目的でありながら、敵対する関係だったボクたち。

 きっと、立場や条件が違ったら、気の合った友人くらいにはなれただろうか――なんて、意味のない妄想だ。

 何にせよ、ボクが戦う相手は変わらない。

 今はボクの前に立つ強者の名を己が心に刻み、全身全霊を以って相対するだけだ。


「始めようか、板垣結愛。この大戦を終わらせるために!」


 魔眼を開き、体内の魔力をより活発に循環させて、心に刻んだ名を叫ぶ。

 それに呼応するように、板垣結愛は飛び出した。




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