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姉の為に。  作者: たかだひろき
第十一章 【大戦準備】編
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第七話 【vs中小路弥】




 中小路弥(なかこうじわたる)

 五千年前に初代勇者の参謀として主に全体の行動指揮を執り、多くの人間に発展を齎した人物であり、歴史に名前の残っていない偉人。

 そして、かつて俺がこの国に来た時、初代勇者の夢の中で見た()()()()()()()()()()()()()()()


「初代勇者の仲間……?」

「そう。そこで参謀をやってた男だよ。ここにいること自体は――まぁ別段異常って程ではないけど、なんで昔と見た目が殆ど変わってないのかだけが疑問だね」

「……よく知っているな」

「ちょっとだけ、あんたを知る機会があってな」


 わかっている相手の情報がそれだけな以上、それを知られるのは不利になりかねない。

 まして、相手は初代勇者と共に生きてきた人間だ。

 油断なんてした日には、俺たちの命が失われかねない。


「それで、どうしてあんたは俺らを狙う? さっきのが最後のボスなんじゃないのか?」

「ダンジョンの最終ボスはあのゴーレムたちだ。でもな。そもそも俺はこのダンジョンの敵対者として出張ってきたわけじゃない」

「……このダンジョンとは無関係ってことか?」

「想像に任せるよ。ただ、何も知らずに死んでいくのは悲しいだろうから教えといてやる。俺がこうして出てきた理由はたった一つ」


 殺意を収束させ、右手に握る漆黒の刀へと乗せて俺へと切っ先を向ける。

 恨みや憎しみとは違う、けれどそれに匹敵する眼力を持っている黒い瞳は俺だけを捉え――


「お前を殺し、その肉体と力で真希を助け出す」


 こっちの反応なんて(はな)から気にしていない。

 自分の目的のためだけに生き、その過程で他人に与える影響なんて些事とすら考えている。

 この世界に召喚され、結愛を見つけるまでの俺と全く同じ思考と行動。

 その強さと弱さは、たぶん理解できている。

 だからこそ、目の前の男の強さは尋常ではないとはっきりと感じ取れる。


「体を奪うだけじゃあそいつの力は引き出せないってこと、知ってるか?」

「なんの考えもなしに貴様の前に出てきたとでも?」

「そりゃそうか」


 肉体を入れ替えただけでは力は引き継げない。

 魂の器として肉体があるという理論はよく聞くし、それ自体に間違いはない。

 けれど、それが全てというわけでもない。

 肉体を入れ替えたところでその体に宿っていた力を全て引き出せるわけでもなく、元の体で扱っていた力を扱えるとも限らない。

 どちらの力もまともに扱えず変える前の方がよかったなんてことは、往々にしてありうることだ。

 尤も、肉体の入れ替え自体が特殊かつ異例なので、その“往々”は滅多に起こらないわけだが。


「用があるのはその男だけだ。それ以外の奴らに興味はない。この先にあるものを見に来たのだろう。さっさと進むといい」

「そう言われて「じゃあ行きます」なんて言えると思う?」

「結愛の言う通りだ。葵は大切な仲間だ。それを奪うというのなら、相手が伝説でも怯んでなんていられない」

「……そうか。まぁそうだろうな。俺でもそうする」


 ありがたいことを言ってくれる結愛とフレッドに追従するように、ソウファとアンジェも俺の横に立って男を見据える。

 アカは変わらず入り口の前に立ってくれているが、ああ言われた以上あそこから離れるだろうな。


「懐かしいな、シルフ。俺のこと、覚えているか?」

「……ええ。久しぶりね、弥。もうとっくにくたばっていたと思っていたけれど」

「真希を人柱にして後悔していたのはお前だけじゃないってことだ。どうだ? 俺と組むなら確実に真希を救い出せる」

「ここにいる葵たちの仲間と比較しても確率は高いと考えていいの?」

「召喚者二人――しかも一人は魔人の力を持っていて、もう一人はもはや人ですらない。そこに勇者(真希)の系譜と……そっちは銀狼と吸血鬼か。更に竜人に加えて大精霊がシルフ含めて三柱か。ハッ――()()()と比較しても引けを取らない豪華で異質なメンツだな」

「多種多様という点において、私は葵を高く評価している。真希が目指していた先を、葵は小規模であれ実現しているわけだから」

「真希はずっとそれを望んでたな。だからお前も居心地が良くて居座っているわけか」

「茶化さないで。聞いているのは私よ」


 男はやれやれと言った様子で肩を竦める。

 それでも、その立ち振る舞いには一切の隙は見えないし、今飛び掛かろうものならあの刀で体と頭が離れ離れになる。

 それを否が応でも理解させられるから、俺はただ黙って二人の会話を聞くことしかできない。


「この戦いでその質問に証明し(こたえ)てやる。だから邪魔はするな」

「……わかった。ということだから葵、私は力を貸せない」

「俺に対する試練でもあるってことだな?」

「ええ。この戦いに勝てれば、あなたを本心から信頼できる気がするわ」

「気がするだけかよ。せめて確証が欲しいところだな」


 とはいえ、相手側として戦うことにならなくて良かったと思うべきだろうな。

 男の話術が上手ければシルフと敵対していた可能性も――いや、そうならなかったことに対して思っても意味がないな。

 今はあいつと戦って勝つことだけを考えなければ――


「お前らも邪魔するな、なんて言っても聞かないだろうから、少し手荒だけど足止めさせてもらうよ」


 そう言った瞬間、地響きが鳴り響く。

 それはアカが背を向けていた扉――つまり、このボス部屋への入り口が開いている音。

 その先には、俺たちが置いてきた数多の魔物がいて――


「そいつらと戦っててくれ」

「――ッ! 全員、魔物に当たれ!」

「葵くんは!?」

「遅滞戦闘なら問題ない! 魔物を処理してくれれば後でどうとでもできる!」

「――了解」


 俺以外の全員に魔物を掃討してもらい、その間は遅滞戦闘に全力を注ぐ。

 今の俺なら勝てる可能性があるかもしれないが、実力が測れていない相手に無理はしない。

 初代勇者の仲間なら圧倒的強者であってもおかしくない。


「ふーっ……」

「準備はいいか?」

「待っててくれるなんて優しいところもあるんだな」


 冷静さを欠かないための軽口。

 だが、それに反応はない。

 変わりにというか、冷徹な眼差しだけが向けられている。


「行くぞ」


 瞬きをしたほんの僅かな時間で、男の姿は目の前に来ていた。

 男が右手に握った漆黒の刀は地面と水平になっていて、真っ直ぐ俺の首へと吸い込まれるかのように振るわれていた。

 スローモーションのように映るその光景は、まるで走馬灯のようにはっきりと、全てを認識出来て――


「っぶねッ!」


 “身体強化”、“鬼闘法”を使い、限界まで引き上げた反応速度でようやく対応できるほどの速度。

 男の体から魔力が一切漏れていないことから、今の一瞬の移動に“身体強化”が使われていないということがわかる。

 素の身体能力で俺の全力の反応が追いつくかどうかの瀬戸際という事実が、冷や汗となって俺の背筋を伝う。


「その程度か」

「――ッ!」


 額に向けられた銃口から顔を逸らし、放たれる弾丸を避ける。

 男の動きを認識も反応もできている。

 でもそれで限界。

 遅滞戦闘という目標が達成できるかどうかすら怪しい。

 それほどまでに圧倒的な相手。

 ゴーレム七体と一人で戦うのとどっちがマシかなんて考えなきゃいけないほどの強者。


「――ふッ」


 でも、戦えないわけではない。

 相手が強いだとか、俺より能力に優れているだとか、そんなのは今に始まったことじゃない。

 そもそも俺は、この世界においては誰よりも能力で劣っていたから今更だ。

 多くの人たちから色々なものを受け継いでようやく今の俺。

 そんな当たり前に一々怯んでなんていられない。


「シッ!」


 上段から振るわれた漆黒の刀を、魔力喰のままの『無銘』で受け流す。

 反撃に殴打でも食らわせてやろうと思った瞬間には、左手のリボルバーの銃口が俺へと向いている。

 特有の破裂音が鳴り、弾丸が俺の腹部を貫く――


「――転移か」

「すぅ……はぁ――」


 転移で距離を取り、気持ちと強張っているだろう体をリセットするために大きく深呼吸をする。

 ほんの数秒の攻防なのに、尋常じゃないほどの緊張と疲労が伴っている。

 魔王と対峙した時でさえ、こんなに疲れはしなかった。


「やっぱ、殺す気はなかったんだろうな」

「随分と都合のいい考えだな」

「あんたに言ったわけじゃない。ただの独り言だ」


 逸れかけた思考は男の言葉によって戻された。

 男に俺を助けるつもりなんて微塵もなかっただろうが、結果的に助かった。

 礼をするつもりなんてサラサラないが。


「今度はこっちから行くぞ」


 そう言って、俺は地を蹴る。

 男ほどの速度は出せずとも、一秒とかからずに三十メートルは空けていた距離を詰める。

 そのまま下段から斬り上げるようにして『無銘』を振り上げる。

 半身になって躱され、男は反撃に左手のリボルバーを俺へと向けてから発射することなく後ろに跳び退いた。

 直後、男のいた位置を風の槍が貫いた。


「――!」


 避けられた、なんて考えることはせず、常に思考は先のことだけに注力させておく。

 動きで、反応で、反射で。

 全てで後手に回らざるを得ないのなら、予め俺の取るべき行動を決めておく。

 どう動いてきたらどう動くのか、なんてスパイじみたチャートを組むのではなく、俺の行動で相手を思い通りに動かすという思考。

 心を読んでいる暇がないからこうするしかない。

 読み違えば遅滞戦闘は愚か敗北が確定する。

 それでも、綱渡りよりも危険なこの思考を成立させる以外に、俺がこの男と対等に戦う術はない。


 再び距離を詰め、今度は『無銘』を横薙ぎに。

 上へ跳び、再び銃口を俺へと向けてきた男へ、『無銘』を投げ飛ばす。

 驚きに目を見開く男の背後へ転移し、引き絞った拳を振り下ろす。

 確かな手応えを感じ、男を床へと叩きつけることに成功した。

 放り投げた『無銘』を回収して、土埃からの反撃に備えて距離を空けた場所へ転移する。


「舐めていたつもりはないんだがな……」


 たった一度の攻防で既に疲労感があった。

 そんな疲労感を打ち消すほどの威圧感が、濛々(もうもう)と立ち込める土埃の中から反省するような声と同時に感じ取った。

 緩慢で且つ隙だらけの動きで歩いて出てきたのに、放つ威圧感が尋常じゃない。

 背筋が凍る、総毛立つ、息が詰まる。

 この場にいてはいけないかのような異様な感覚に陥る。


 リボルバーに弾丸を手動で装填するその様は明らかに隙だらけだが、どうしてか今突っ込んではいけないと本能が警鐘を鳴らしている。

 油断はできないとわかっているから、その警鐘を信じて待機する。

 もちろん、思考と認識は一切止めることなく。


「どうやら、きちんと対応するべき敵だったみたいだな。見縊って悪かった」

「この不毛な戦いを終わらせてくれるならその謝罪で済ませるけど」

「俺の目的は変わらない。敬意と全力で以って――殺す」

「――だよな」


 わかってはいた。

 だから落胆とかはない。

 ただし、今までの戦闘が全力でないというのは絶望に等しい情報だ。

 流石に不味いかもと、理性と本能が警鐘を鳴らしている。

 男が動きを開始するまで秒読み。

 その数秒間でさっきの全読みを構築しなければ敗北は必至。

 考えろ考えろ考えろ――


「では、行くぞ」


 男が脚に力を溜める。

 前傾姿勢になって、曲げられた脚が伸びた時には俺の目の前にいるんだろう。

 それまでに、男の行動の全てを読み切らなきゃ――


「――!」


 男の姿が俺の視界から消えた瞬間、俺は右手に握っていた『無銘』を背後へと振るう。

 キンッと刀の打ち合う音がして、遅れて背後を視界に捉える。

 驚いたように目を見開く男がリボルバーの銃口をこちらに向けていた。

 その銃口から外れるようにしゃがみ、破裂音と共に放たれた銃弾は俺の頭皮を掠めていく。

 当然、一発で終わるわけがない。

 反動で上へ向いた銃口はしゃがんだ俺へと狙いを定め、再び直線上に俺の頭蓋を捉える。

 だから、俺はしゃがんだ時に溜めた脚力を上へと解き放つ。


 何度目かの弾丸が発射される音。

 弾丸の軌道、炸裂時のマズルフラッシュを眼下に捉え、天井に頭、背中、足裏をついて衝撃を抑える。

 大丈夫、全部読めていた。

 戦える。

 まだ、渡り合える。

 読み切るんだ全部。

 男の行動も思考も、一挙手一投足全てを――


「フッ」


 天井を全身で蹴り、また俺へ向けられた弾丸を躱す。

 ほぼ一直線だったがゆえに弾丸が軽く頬を掠ったが、幸いなことに痛みはない。

 だから、上段に構えた『無銘』を叩きつけるようにして振るう。

 西洋風の刀――刀身の分厚い剣へと変えた『無銘』は、右手で握る漆黒の刀に防がれた。

 でも、男に片膝をつかせることには成功した。

 反撃は当然リボルバー。

 柄を握る左手を開き、風の弾丸でリボルバー本体を狙い撃つ。

 威力は柄があるからそれほどでもない。

 風の纏まりも乱雑で狙い通りとはいかない。

 それでも、風圧によって逸らされた銃口の逸れたリボルバーはあらぬ方向へと弾丸を飛ばす。


 片膝をつき、体勢を整える前にリボルバーが左手ごと弾かれ、男の体勢は崩れた。

 その隙を見逃さず、『無銘』を手放してから右で殴打を見舞う。

 心の中で『爆拳』と叫び、胸部へと着弾した拳は男の体を弾き飛ばした。

 地面をボールのようにバウンドし壁に衝突した男は再び土煙の中へと姿を(くら)ました。

 さっきはここで追撃をしなかった。

 でもそれじゃあまたさっきの二の舞。

 後手に回るんじゃなく、常に先手を取り続ける。


 師匠の眼を開き、土煙の中を透視するように視認する。

 サーモグラフィカメラのように、土煙の中にいる男の輪郭をはっきりと認識した上で、宙に放った『無銘』を回収しながら土煙の中へと突っ込む。

 痛みから完全に立ち直れていない男へ追撃とばかりに二連の拳を腹部へ叩き込み、宙へ浮いた男の脇腹へ回し蹴りを放つ。

 ミシッと骨が軋む音を確かに耳で聞き取り、土煙から弾きだされた男は再び壁へと衝突し土煙を立ち昇らせた。


 しかし、今度は受け身を取れたのか、男の復帰が早い。

 でも、俺がやるべきことは変わらない。

 未来視じみた先読みを繰り返し、常に先手を取り続ける――


「はぁ……」


 溜め気をついた男は、暴風を撒き散らして土煙を吹き飛ばす。

 中から現れた男の瞳は酷く沈んでいて、まるで未来の俺(アヤノアオイ)を見ているかのような錯覚に陥りそうになる。

 でも、アイツほどの悍ましさは感じられない。

 だから大丈夫だと言い聞かせて、風で落ちた速度を一足で取り戻し、男の懐へ潜り込む。

 引き絞った拳を遠慮なしに打ち放つ。


「――」


 ヒットした衝撃が今までの三発とはまるで違う。

 それを認識した瞬間、俺は予め考えていた通りの行動へ移る。

 背後へと転移し、『無銘』の頭でうなじを打ち据える。

 ガズッと鈍い音を立て、男の体は前に倒れ込むようにして揺れた。

 そこに追撃の拳。

 背骨を狙い定め、地面に叩きつけるようにして繰り出す。

 会心の一撃。

 放射状に広がったヒビがその拳にどれだけの威力が込められていたのかを証明していた。

 でも、この程度で倒せるなんて思っていない。


 立ち上がる素振りを見せるよりも早く転移で眼前へと移動させ、引き絞った拳を叩き込む。

 回し蹴りを放った脇腹へとヒットさせ、肋骨辺りにヒビを入れたのが手に伝わってきた。

 多少の躊躇が生まれたものの、その迷いで今までの十数秒を無駄になんてできない。

 容赦はしない――それだけを念頭に置いて追撃に走った瞬間、壁に衝突する寸前の男と目が合った。

 地面をバウンドし、方向感覚なんてなくなっていてもおかしくない男と目が合う。

 それを異常だという本能を押し留め、全力の跳躍を行い接近する。

 ここで攻撃の手を緩めれば全てが無駄になるとさっき思ったばかりだから。

 体勢を立て直す速さからして今回は絶対反撃がある。


「――ッし」


 読み通り、土煙の中から狙い澄ましてきた()()()を全て避け、土煙の中へと突撃――


「え」


 男がリボルバーの弾丸を補充してから今の六連射の前に四発撃っている。

 けれど、あのリボルバーの装填数は六。

 数が合わない。

 装填を見逃した?

 いやあり得ない。

 だって、土煙の中でもきちんと男の姿は認識できていたから。

 じゃあなんで、今六発も弾丸が放たれた?

 そんなの決まっている。

 俺に気付かれることなく、男がリロードを下からに他ならない――


「――ッ」


 先読みの失敗。

 それを認識した刹那で、俺は転移による体勢に立て直しを図った。

 でも、それは叶わなかった。


「ぁ」


 土煙を斬り払いながら眼前に迫る漆黒の刃。

 魔力ごと捉えていた男の輪郭がぼけていき、違う体勢で刀を振るう男を魔眼で視認する。

 魔力の塊で“魔力感知”での認識を偽装していたんだ。

 俺の持つ“魔力感知”のレベルを知った上で利用してきた。

 戦い慣れているなんて次元じゃない。

 これが五千年前、初代勇者と共に神と同格の存在として持ち上げられた、初代勇者の仲間。


「――」


 死が迫っている瞬間は、不思議と時間の進みが遅く感じる。

 スローモーションのようにあらゆる事象を捉えられ、しかし自分の体もスローの世界にあるから動けない。

 死が目前にあるという事実だけを凝縮しているだけの、拷問を受けているかのような感覚だ。


 まだ結愛に好きだって言われていない。

 結愛の記憶だって取り戻せていない。

 ラディナに馬鹿やってないで戻ってこいも、アフィにラディナを傍で見守ってくれてありがとうも言えてない。

 やらなきゃいけないことも、やりたいことも、まだまだ沢山あるんだ。

 こんなところで死んでなんていられない。

 生きるんだ。

 生きて結愛と、元の世界に――


 漆黒の刀が首へと迫る。

 スローモーションでそれを捉えながら、俺は必死に体を動かす。

 動けと念じて、はち切れんばかりに筋肉へ力を入れる。

 全力で、ここで全てを出し切る勢いでただひたすらに――


「――ぁ」


 ダメだ。

 体が一ミリたりとも動かせず、漆黒の刀は首元に触れた。

 皮膚を斬り裂いていき感覚だけを確かに感じ取りながら、俺はそう思った――けど。


「よかった……間に、合った……!」

「……結愛?」

「葵くん、無事――じゃない! 首! 首から血出てる! 止血! 早く止血!」


 取り出してハンカチを血が出ているらしい俺の首へと宛がって、結愛は治癒魔術を発動する。

 幸いそこまで深い傷ではなかったようで、どうにかなったらしいと結愛の安堵の表情から理解できた。


「アカさんに頼んでね。私だけ葵くんの援護に来たの。向こうはどれだけ倒しても無限に湧き出てくるから」


 状況を上手く呑み込めていない俺へ、結愛が説明口調で教えてくれた。

 視線は俺ではなく明後日――男のいる方だ。

 首を(もた)げて結愛の視線の先を見てみれば、空振りした漆黒の刀をゆったりとした動作で引き戻している男が見えた。


「立てるよね? それとも、今ので戦意喪失しちゃった?」

「――そんなわけないだろ」


 自力で立ち上がり、男の方へと向きなおる。

 まだ死んでいない。

 なら、負けてはいないってことだ。

 過程はどうであれ、それだけが事実。

 一から十まで格好いいなんて俺には土台無理な話なのだから、これでいい。


「俺を助けに来てくれたってことは、一緒に戦ってくれるってことでいいんだよね?」

「ようやく、私の言ってたことを理解してくれた?」

「理解って言うにはまだ浅いだろうけどね」

「ふふっ、そうかもね」


 笑う結愛は、やっぱり可愛い。

 こうやって接していると、俺は結愛のことが好きなんだなと自覚させられる。

 ……なんて、今考えることじゃあないな。

 今は目の前の男を倒すことにだけ集中する。

 俺一人ではなく、結愛と二人で。


「待たせた。第二ラウンドだ」

「……やり辛いな」


 男の返事には似ても似つかない呟きが、第二ラウンドのゴングになった。




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