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姉の為に。  作者: たかだひろき
第十一章 【大戦準備】編
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第六話 【最奥へ】




「結愛たち、大丈夫かしら?」


 天高く昇っている日の光が差し込む窓辺で、嫁の真衣が寂しさを隠すことなく呟いた。

 筋トレで掻いた汗をタオルで拭いながら、少し大袈裟とも言える呟きに反応することにする。


「まだ一日じゃないか」

「もう一日、よ。フレッドくんやパティちゃんがいると言ってもやっぱり……ね」


 真衣は子供離れができていないとか心配性だとか、そう言う類の性格ではない。

 だから、こんな弱音じみたことを言うのはとても珍しい。

 それこそ、この世界に迷い降りて、右も左もわからない状態を乗り越え安定した生活を手に入れた頃以来か。

 でも――


「弱気になってるのはやっぱり、結愛のことだね?」

「……ええ」


 真衣の隣に立ち、窓枠に手をついて外を眺める。

 人の往来が多い道を眺めていると、真衣がコテンと肩に頭を乗せてきた。


「どうしても……結愛が姉さんと被るのよ」

「前に言ってたよね。お義姉さんとよく似てるって」

「顔立ちも考え方もあの頃の姉さんにそっくりで……姉さんのように、何も言わずにいなくなっちゃうんじゃないかって」

「……そっか」


 珍しく寄せてきた頭を撫でながら、ダンジョンのある方へと視線を送る。

 僕たちの娘が――そして許嫁や、娘を一番に想ってくれている幼馴染が、現在進行形で挑んでいるダンジョン。

 常に死が隣にある冒険をしている娘たちへと、思いを馳せる。


「少なくともさ、結愛が連絡もせずにどこかに行っても、大丈夫だと思うよ?」

「……どうして?」

「葵くんがいるからさ」


 キョトンとした顔をする真衣を宥めるように、落ち着けるようにして、根拠を並べていく。


「葵くんは、結愛を慕ってくれている人たちの妨害を掻い潜って結愛を見つけ出した。一年も経たずにだよ? 情報が得られない、嘘の情報を蒔かれた。でもそんな障害なんてお構いなしに、使えるもの全てを使って探し出した。そんな葵くんが結愛のことを想ってくれている限り、結愛はどこかになんていけないでしょ?」

「……」


 僕の根拠に、真衣はキョトンとした顔を継続したままポカンと口を開けていた。

 せっかくの美人が台無しだな、なんて感想を抱いていたら、真衣はクスっと上品に笑う。


「それ、葵くんを粘着質なストーカーだって言っているようなものじゃない?」

「……そ、そうかな?」

「偽の情報にも騙されず、肝心要の情報は得られない。それでも目的の人を探し出すなんて、そこら辺のストーカーよりよっぽど質が悪いわ」

「うっ……ごめんよ、葵くん。決して葵くんを悪く言うつもりはなかったんだ……」


 ここにはいない葵くんへと心の底から謝罪する。

 本当に、純度百パーセントで褒めていたつもりだから、僕の発言自体、質が悪い。


「でも、そうね。葵くんならそもそも、結愛をどこかへなんてやる前に止めてくれそうね」


 不安や寂しさが少しでも晴れたのか、微笑を(たた)えて呟いた。

 どうやら、真衣から不安を取り除くという僕の目的は達成できたらしい。


「――姉さん。どうか、結愛たちを見守ってあげて」


 真衣は両手を胸の前で組み、祈るようにして呟いた。

 僕もそれに合わせて、ダンジョンの地下深くで戦っている結愛たちへとエールを送った。






 * * * * * * * * * *






 七体のゴーレムは円陣を組むようにして中央に座しており、その様はまるでこの部屋に入ってきた侵入者――正確には部屋の扉を開け放ち中を覗いているだけだが――である俺たちへの対処について話し合っているかのようだ。


「どうする?」

「――はぇ?」


 俺の想像通りゴーレムが作戦会議を!? と思い素っ頓狂な声を上げてしまったが、その声の主は隣に立っていた結愛のものだった。

 突然おかしな声を上げた俺に対して驚きの表情を取ってから、訝しむような表情へと変化する。


「……なに?」

「いやなんでも。見るからにこれまでのゴーレム総出って感じだし、こっちも全力でいいと思うけど」


 胡散臭いものを見る目で見られたので、そっちに話が逸れないよう即座に戻す。

 身体的な特徴的にもそれぞれの階層を守るボスとして立ちはだかるゴーレムと非常に似通っているから、対処そのものは知っているからできる。

 ただやはり考慮しなければならないのは――


「ゴーレムたちが共闘したときにどうなるかが懸念点かな?」

「そうだね。一体一体でも油断できなかったけど、それが合わさったとなると……」


 結愛とフレッドの言っている通りのことを考えていた。

 きちんと対処、対応すれば、ゴーレム一体に勝つこと自体は難しくはない。

 この世界に来て二か月ほどの小野さんたちですら勝てたことからも、それはわかるだろう。

 ただしこれは、一体に限った話。

 それが複数体になったら――ましてや七体全種揃い踏みともなれば、難易度は跳ねあがる。


「一層、四層、六層、七層が近接主体だったっけか」

「そうね。五層の“機械”も近接はできたけど、今挙げた四体と比べれば遠距離寄りかな」

「じゃあ残りの三体が遠距離主体として……四:三なら、ソウファ、結愛、俺を近接に、アンジェ、フレッド、パトリシアさんで魔術でも――」

「――葵くん? どうしたの?」

「……魔物が近づいてきてる。百……いやもっとだな。どんどん増えてる」


 どうやって七体のゴーレムと相対するか。

 その作戦会議をしている最中、限界まで広げた“魔力感知”が魔物の気配を捉えた。

 今俺たちのいる場所までは一本道。

 ボス部屋に入らなければ、迫りくる魔物の軍勢に物量の身で押し潰されるのは間違いない。


「偶然、一斉に湧いたって可能性はないのか?」

「ない。全部が一つの意思に操られてるみたいにこっちに向かってきてる。それもたぶん、最短ルートで」

「それは……厄介ね」


 百匹以上の魔物が同じタイミングでポップする可能性そのものは否定できない。

 ただし、それらが普通の“魔力感知”では届かないだろう場所から俺たちを感知して迷いもなく突き進むなど、あり得ないと言っても過言ではない。

 この階層に辿り着いてから、休憩含め僅か一日足らずでボス部屋を見つけたことと言い、ここに至るまでに魔物の姿をほとんど見なかったことと言い、やはり何者かの意思が介在しているようにしか思えない。


「どうする? 転移だったら抜けられるけど」

「……そうね。ボス部屋までのルートは記録したことだし、近いうちにまたくればリセット前にここまでこれるんじゃないかしら」

「オレも賛成だ。悠長にしていられるほどの時間はないけど、勇み足で進めばいいってものでもない」


 ソウファ、アンジェにも確認を取り同意を得て、最後に難関と思しきシルフへ。

 初代勇者の気配がすると言っていたし、今一番あの部屋の先に行きたいのはシルフだろうからな。


「シルフ――」

「百匹くらいなら倒せるんじゃないの?」

「数だけ見ればね。ただこの層の魔物とはまだまともに戦えてない。どんな特性を持っているかもわからない以上、それを解析しながら膨大な数を相手取るにはここは狭すぎる」


 「やれ」と言われたのなら、できないことはない。

 しかし、容易ではないことも確か。

 万が一を考えるのなら、一度体勢を立て直してからの方がいい。


「また後で必ず来る。約束だ」

「……()()、ね?」

「ああ。誓いじゃなくて約束だ」

「……わかった」


 最難関に納得してもらい、俺は転移の準備へと入る。

 アカの説得は既にフレッドが済ませており、どうやら納得してもらえたようだ。

 全員が俺に触れ、一斉に転移できるようにしてから、俺は天高くを転移先に指定する。

 もしこれがダンジョンにいるからこそ起こっている現象ならば、ダンジョン内に転移してもあまり変わらないだろう。

 なので魔物の群れを回避するついでに、ダンジョンからも出てしまえば一石二鳥だ。

 それに座標を定めてだのなんだのをしている時間は惜しいからな。


「――発動しない」

「え?」


 今まで感じたことのない感覚。

 魔力は足りている。

 転移先のイメージもしっかりと確保できている。

 でも、発動しない。

 妨害されているような感覚がないから余計に気味が悪く、そして意味が分からない。


「いや、え? なんでだ? 転移が使えない……?」

「――私もやってみる?」

「……頼める?」


 結愛がそう言って、集中するために目を閉じた。

 およそ十秒後、結愛は目を開いて首を横に振った。


「私もできない」

「そっか……つまりはじゃあ逃げられない――いや、逃がさないってことか」


 これがただの痛々しい妄言になるのならそれでいい。

 だがそうでないのなら、百を超えてなお数が増えていく魔物を相手にするよりも。

 七体のゴーレムと戦うよりも大変になることを覚悟しておかなければならない。


「ゴーレムと戦う。部屋に入れさえすれば魔物は考えなくて済むからね」

「――わかった」

「前衛はソウファ、結愛、フレッド。後衛はアンジェ、パトリシアさんで。俺とシルフは後衛の護衛だ。アカは万が一に備えて扉で待機しててくれ」


 魔物が襲い来る前に考えていた作戦――もとい配置を手早く伝え、覗いたときに少し開けた扉を今度は勢いよく開け放つ。

 勢いよく、と言っても石造りの重い扉なので開くのに十秒はかかったが、魔物に襲われる前には全員が部屋へと入れた。

 閉じようとした部屋の扉の先では魔物の姿が視認できる距離にまで来ていた。

 迫りくる魔物を遮断するように扉を閉じた瞬間、それがトリガーだったかのように部屋全体が淡く光を帯び始めた。


「――おそらくこれがこのダンジョン最後のボスだ! 気合入れていこう!」

「おー!」


 元気よく、いつも通りのテンションでソウファが声を上げた。

 それに反応するようにして、中心を向いていたゴーレムたちが徐に体を動かしていく。

 のっそり、ゆったりとした動きは格好の的ではあるが、攻撃のチャンスかどうかはイマイチ分からない。

 今までのボスは初動から敵対していたからな。


「並んだ……?」


 そうこう考えているうちに、ゴーレムは横一列に整列した。

 部屋の奥――入り口の反対には扉があるので、それを守っているようにも見えるし、部屋に入ってきた俺たちを歓迎しているようにも見える。


「ヨウコそ。ワれワれのだンじョんへ」

「喋った! 喋ったよ主様!」

「――喋ったな。めっちゃ丁寧なお辞儀までして」


 綺麗に揃った丁寧なお辞儀をして、それぞれが恭しく頭を下げた。

 人間の声を機械的に変声したような声で、貴族がするようなお辞儀をしてくれている。

 左から四人がカーテシーという女性がするお辞儀で、残りの三人が……なんか長い名前の男性がするお辞儀だ。

 全員が統一したお辞儀じゃない辺り、何かしらの意味があるのかもしれない。


「ワレワれハこノだんじョんヲ護るモの。コれよりサきに進むト言ウのならわれワれがあイて二なる」


 七体のゴーレムのリーダーなのか、ちょうど真ん中のゴーレムが代表して説明をしてくれた。

 これまでとは違い、部屋に入っても戦うかどうかを選択できるようになっているらしい。

 時代に配慮したゲームみたいだ。

 でも――


「俺たちはここから先に進まなきゃいけない。だから、あんたたちと戦うよ」

「……ソウカ」


 仕方ないとばかりに頷いて、ゴーレムたちはギラリと目を光らせる。

 左から三体のゴーレムが下がり、残りの四体が前へ出る。

 最初からそうするつもりであったかのように、綺麗な陣形が整えられた。


「……デハ、ソのチかラをぞんブんニ振うト良イ。我らヲ倒し、先ヘとスすむのだ」


 その言葉を合図に、後方へ下がった三体からの魔術が飛来する。

 火以外の全ての属性魔術が暴風雨のように、隙間ない弾幕となって俺たちの命を刈り取りに来ている。

 初っ端から魔人の魔術掃射を彷彿とさせるほどの密度。

 最終ボスに相応しい難易度だ。


「行くよ!」

「うん!」

「ああ!」


 結愛、ソウファ、フレッドがそれぞれ魔術の下を潜ってゴーレムたちへと迫る。

 前衛が避けた魔術の大半を俺とシルフで打ち消して、動きやすくすると同時に後衛が魔術を発動する時間を作る。

 その間に、距離を詰めた前衛がゴーレムたちと近接戦を繰り広げる。

 三対四で数的には不利だが、結愛が七層、フレッドが四層、ソウファがそれ以外の一層と六層のゴーレムをそれぞれ相手取っている。

 ソウファへの負担が大きいはずなのだが、戦っているソウファはなぜかとっても笑顔だ。

 相手が感情のないゴーレムだからあまり意味はないだろうが、相手が人だったら笑顔で即死級の殴打を繰り返してくる相手など恐怖そのものでしかないだろうな。


「魔術の弾幕がすげぇ。護衛立てて正解だなこりゃ」


 初っ端に放たれた魔術掃射は開戦の狼煙(のろし)としての役割も兼ねたものだと思っていたが、あれはゴーレムからしたら普通の攻撃手段でしかなかったらしいとわからされた。

 あれだけの弾幕を途切れさせることなくポンポン連射できる辺り、アンジェ並みの魔力量があるんだろうな。


「葵。喋ってないでもっと働いて」

「これは手厳しい――ねッ」


 隣でフワフワ浮きながら精密かつ圧倒的な風で魔術を押し流したり打ち消したりしているシルフは、とても余裕そうな表情で魔術を捌いている。

 俺の働き具合を把握しているくらいなのだから、余裕なのはそりゃそうか。

 シルフの対応がどうであれ、俺がやるべきことは変わらない。

 “身体強化”、“鬼闘法”を発動させて、魔力喰へと変形させた『無銘』で魔術の全てを斬り伏せるだけ。

 後ろでゴーレムへの牽制と攻撃をしているアンジェとパトリシアさんが動きやすくなるように。


 その考えが通じたのか、俺たちの後方から弾幕が放たれた。

 二対三ということもあってか、相殺しきれない部分もあった。

 だが、そこを補うのが俺たち遊撃の役目。

 前衛組の頭上で相殺しきれず後衛へと迫った魔術を俺たちで打ち消す。

 それを信じてくれていたのか、即座にアンジェたちが攻撃の魔術を放ってくれた。

 五分か十分かそれ以上か、しばらくその撃ち合いが続いて、初めて撃ち漏らしがなくなった。


「お?」


 それどころか、次に放たれ魔術の弾幕は精度、密度、速度、威力のどれをとっても引けを取らないどころか、むしろ勝っている。

 魔術を放つゴーレムが三に対して、こちらの後衛は二。

 そんな人数不利など関係ないとばかりに、第二射が放たれた。


「すっげ……ウォーミングアップは終わりってか?」

「あの()、技術はあなたに匹敵するわね」

「精霊のシルフが魔術に対して褒めるなんてな」

「素晴らしいものは言葉にする。真希から教わったことよ。隣の人の子も、あなたたちの陰に隠れがちだけど十分実力者よね。精度だけならあの娘に劣ってない」

「護衛を任されるだけはあるよな」


 パトリシアさんの周りにいるメンツ――つまり、俺たちに囲まれているからその実力は低く見られがちだが、人間基準で考えた場合パトリシアさんの実力はかなり高い。

 一つでも吸血鬼の神童に張り合える部分があることが、それを証明している。


「後衛が思いのほか余裕そうだし、前衛の手伝いに行ってもいいか?」

「ええ。魔術の相殺で手一杯そうだし、残りが漏れても私一人で対応できるわ」

「おっけ。行ってくる」


 『無銘』を通常形態に切り替えて、俺は一足跳びに前衛の元へと駆け寄る。

 前衛で戦うそれぞれの戦況を見極めて、どこに手助けに入るかを決定する。


 ソウファは一対二という不利をものともしない戦闘を繰り広げている。

 三次元的な動きで見事に相手を翻弄し、“ずっと俺のターン!”を地で行っている。

 凄く楽しそうだから、いくら数的不利とはいえ邪魔をするのは気が引ける。


 結愛は危なげなくゴーレムの攻撃をいなし、弾き、躱し、上手く立ち回っている。

 七層のゴーレムは未だにコンセプトがわかっていないから、手を変え品を変えという立ち回りは適切だ。

 結愛に対しての絶対的な信頼を差し引いても、任せるには十分と判断できる。

 だから――


「フレッド――」

「俺はいい! 試したいことがあるから他を頼む!」

「――了解」


 一番苦戦していた――といっても負けるほどではないだろうが、そう判断したフレッドが助力を断ると、残りは二人から選ばなきゃいけないな。

 じゃあ結愛の方に――いや待てよ?

 わざわざ手の足りてそうな前衛の援護に向かうよりも、もっとこの戦闘を楽にする方法はあるんじゃないか?

 そう、例えば――


「後衛を叩く! アンジェとパトリシアさんは遠慮せず弾幕を張り続けてくれ!」

「――了解、マスター」

「わかりました」


 後衛へと大きな声でそう告げて、俺は前衛が戦っている部屋の中央を迂回する形でゴーレムたちへと接近する。

 速度を増しながら近づく俺を警戒し、こちらに魔術のターゲットを向けようとしたゴーレムたちは絶え間なく放たれる魔術の対処に負われて俺への対応が遅れる。

 しかし、ただで通すほど甘くないのも確かで、片手間でも俺への牽制に魔術を放ってきた。


「片手間の癖に威力がたけぇ!」


 再び魔力喰に持ち替えた『無銘』で、迫った岩を両断する。

 心臓を狙い澄ました岩の弾丸は、当たっていれば俺の出している速度も相まって死は免れない威力になっていた。

 そこまで計算していたのかは定かではないが、その一発で俺が半歩だけ距離を詰められなかった。

 僅か一瞬。

 その刹那で、一体のゴーレムが急速接近してきた。


「やっぱ“機械”が来るよな!」

「……!」


 後衛の中で唯一、近接戦もできる五層のゴーレムが機械仕掛けの体を器用に動かし変形させながら刃となった腕を振るってくる。

 他のゴーレムが材質や硬さは異なれど石でできている中、唯一の機械、それも変形するという男子なら興奮間違いなしの状況が目の前で展開され、俺も例外ではなく内心で歓喜の雄たけびを上げる。

 尤も、隙になりうるそれはもちろん表には微塵も出さない。

 鋭い刃の腕をいなし、反対の腕から振るわれる拳を背面へ体を反ることで躱す。


「拳ヤバ! モーニングスターかよ!」

「……!」


 拳全体に棘でも生えたような見た目に思わず声を上げてしまった。

 右腕の刃も喰らったらひとたまりもないが、左腕のこっちは痛みに喘ぐタイプの攻撃だ。

 どちらも喰らいたくないのは当然として、左腕のほうが個人的には嫌だ。

 だから――


「まずは嫌な方から――!」


 左腕を斬り落とす判断を下し、敢えて距離を詰める。

 離れた直後に近づくという相手の思考をバグらせる行動をとったことで、ほんの一瞬ゴーレムの反応が遅れた。

 その一瞬に、『無銘』を滑り込ませる。

 確かな手応えと金属音が鳴り響き、恐怖の対象だった棘だらけの拳を肘の辺りから切断した。


「やり――ッ!」


 ゴーレムの左脚へと魔力が溜まったのを感知し、靴の風も合わせて上へと跳んだ。

 直後、膝の部分から何かが射出された。

 天井近くまで跳んだ俺にはよく見えなかったが、針か何かだろう。

 あれに毒でも塗ってあったら厄介だと注意すべき項目を一つ足し、天井を蹴って“機械”のゴーレムへと襲撃を仕掛ける。

 重力込みで放たれた『無銘』の斬撃はガードした右腕ごと切断し、胸部から腹部までに浅めの傷を与えた。

 バチチッとスパークが散り、ビクリとゴーレムの体が震えた。


 それを隙と判断し、俺は振り下ろしたままの『無銘』を引き上げ様に突き出す。

 対応しようとしたゴーレムだったが、再び体にスパークが奔り回避行動がほんの僅かに遅れた。

 その遅延は致命的で、突き出した『無銘』がゴーレムの体を貫いた。

 特大のスパークが散り、ビクンと大きく体を跳ねさせた。

 瞳に宿っていた赤い光が徐々に失せていき、数秒と経たずにゴーレムは沈黙した。


「ふぅ……こんなもんか」


 戦ったことのある五層のゴーレムはもう少し強かったイメージがあったのだが、もしかしたら七体全てを相手取るにあたって少しは力量の調整がされているのかもしれない。

 俺が強くなったという見方もできるが……慢心はしない方向で行こう。

 調子に乗ったら碌なことがない。

 十六年の人生で学んだことの一つだ。


「さて。他は――」


 作戦通り――というか思惑通りに事を運び終え、次を考えるために“魔力感知”で周囲の状況を手早く把握する。

 しかし、その必要はなかった。


「うん! 勝てた!」

「凄かったわね、ソウファちゃん」

「何とかできた……」


 前衛組は四体のゴーレムをきちんと倒しており、後衛のゴーレムはアンジェとパトリシアさんの魔術によって既に瀕死――いや、ゴーレムに瀕死って表現はおかしいか?

 ともあれ、既に魔術の発動が遅々としており、小突けばそれだけで倒れそうな――と、アンジェが魔術で押し潰したか。

 容赦ないな。

 床の三重の円は光を失いきって、ゴゴゴゴゴと何度目かの地響きを聞く。

 攻略成功の合図だ。


「よし、みんなナイスファイト。これでこのダンジョンの最奥に――」


 「行ける」と言おうとした俺は、開いた後方の扉――最奥に続く道から何かがものすごい勢いで接近してくるのを感知した。

 直前まで全く魔力を感知できず、感知した瞬間には最高速度に達した何かは、ほんの一秒で百メートルはあった距離を詰めてきた。


「警戒! 何か来る!」


 言った直後、開いた扉から影が飛び出してきた。

 それは一直線に俺へと向かってきて、何かを振りかぶる。

 『無銘』でそれを受け、飛び出してきた影が何者なのかを確認した瞬間、俺は驚きに目を見開いた。


 その一瞬の隙を見逃さなかった影は、左手を瞬間的に持ち上げ()()()こちらへと向けた。

 その危険性を知っている俺は反射的に顔を逸らし、その直撃を避ける。

 鼓膜を破るほどの破裂音と網膜を焼くほどの眩い光を至近距離で浴び、外の情報を得るための視覚と聴覚が一時的に機能できなくなる。


「あ――っぐ」


 感覚だけで左足を蹴り上げ、影への牽制を行う。

 ただ、それが機能したかどうかはわからない。

 目と耳がやられてしまった以上、“魔力感知”にしか頼れない。

 ただ、目の前のコイツは“魔力感知”を掻い潜ることができる。

 対処ができるかどうかはわからないが、やるしかない。


「――すまん、助かった」

「大丈夫。それより葵くん、大丈夫?」

「すまん、目と耳がやられてなんて言ってるか半分わからない」


 でも、“魔力感知”で結愛、ソウファ、アンジェがそれぞれ飛び掛かってきた俺を援護するように立ち回ってくれたおかげで、特に怪我を負うことなくソイツを後退させられたことはわかった。

 非常にありがたいカバーだが、これで事は終わらない。

 アイツは出てきた扉の近くまで跳び退いただけで、まだ撤退の意思を見せたわけではないからだ。

 落ち着いてきた目で見据えたアイツからそれは感じ取れる。

 俺へとターゲットを定めた、鋭く圧の強い黒の瞳と、立ち昇る圧倒的なまでの強者のオーラ。

 “気”とかいう曖昧なものがわからない俺でさえはっきりと感じ取れるほどの圧。


 ぼやけが取れ始めた視界で、改めて襲い掛かってきた影を見つめる。

 アカが着ているような白のロングコートに、内側のシャツからズボンまで白で統一された服装。

 それとは相反するように、右手に握られた光を吸い込むような漆黒の刀身を持つ刀に、左手に握られたバレルの短いリボルバー。

 そして黒の短い髪に、先程から俺を見据えてくる黒の瞳。

 顔立ちは整っていて、この世界特有の顔立ちではなく共和国――俺たち日本人に近い顔立ち。

 いや、こんな回りくどい考え方はしないでいいな。

 コイツは――


「――お前、初代勇者の仲間だろ」


 その一言でその男――中小路弥(なかこうじわたる)の瞳が、より一層鋭く深化した。




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