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姉の為に。  作者: たかだひろき
第十一章 【大戦準備】編
172/202

第五話 【前へ進む】




 警察を頼ったこともあり、形式上の聴取などを経て解放されたのは翌日の明朝だった。

 なんにせよ、これでミライちゃんから始まった一件は無事解決――とはいかない。

 まだミライちゃんのお父さんの病気が残っている。

 と言っても、悪徳金融が貸すはずだったお金は俺が国王から受け取ったお金でどうにかなりそうな額だったので問題にはならない。

 あとは金を払って治療してもらうだけで済む。


 他に考えるべきは悪徳金融の撮影したビデオを買っていた消費者側の問題だが、報復なんかはないと考えていいだろう。

 警察曰く、悪徳金融側はあくまで彼ら自体で事業を始めたらしいからな。

 権力者に命令されてやっていた、とかだったら首を突っ込んだ責任としてそっちも対処しないとと思っていたが、その心配もないようだしな。


「あ、葵さん」

「ミウさん? 聴取はもう終わってるって聞いてましたけど」


 一番最後に聴取を終えたのが俺だったが、ミウさんは警察署の入り口近くにあったベンチで待っていた。

 隣にいるミライちゃんはスヤスヤと寝息を――いや、ギリギリで意識を保ってるな。

 一時間以上前に聴取を終えたと聞いていたが、もしかしなくとも俺を待っていたのだろうか。

 警察の人やアンジェも側にいるし、自意識過剰などではなくそうっぽいな。


「今日のことでお礼を言いたくて、無理を言って待たせてもらいました」


 そう言うや否や、ミウさんは腰を丁寧に折って頭を下げた。

 俺が言葉を挟むより前に、ミウさんが続ける。


「ミライの荒唐無稽な話を信じてくれて。私たち家族を助けてくれて、ありがとうございます」

「いえ――や、違うな」


 反射的に謙遜をしそうになったが、寸前で思いとどまる。

 ここで俺が取るべき行動は、きっとそうじゃない。


「どういたしまして。ミウさんやミライちゃんの助けになれたならよかったです」


 精一杯の笑顔で答える。

 少しでも感じる恩義を減らすため――俺たちに対する感謝が、重荷にならないように。


「あ、でも最後の感謝はミライちゃんのお父さんの病気が治ってからにしてくださいね? そっちは俺たちじゃあ手出しできないので」

「……はい。本当にありがとうございます」


 体の内側に巣食う病気は、治癒魔術では治せない。

 正確には、病気の原因を正しく理解し、正しい対処ができない限り意味がない。

 全ての魔術に言えることだが、確かなイメージがないと魔術は発動しないというだけの話だ。


「お待たせ、ミライ」


 眠気と必死に戦っていたミライちゃんが、ミウさんの呼びかけを聞いて俺の方へと視線を送ってきた。

 まだ十二歳ということで聴取は簡素で終わったらしいし、母親の聴取待ちで仮眠室を借りていたということだったが……あんなことがあった後で快眠なんてできるはずもないか。

 俺が来てからミウさんと一緒に立ち上がり、睡魔との激闘を現在進行形で繰り広げているのに、それでも視線を俺から外さない。

 だから、ミライちゃんが眠気を振り切り、言いたいことを言えるまで待つ。


「……葵さん」

「なんだい?」

「あの……ありがとうございました。お母さんのことも、私の恩寵のことも」


 眠たい目を擦って、睡魔にきちんと抗ってから、俺の目を見てそう言ってきた。

 俺を見据える黒い瞳は真っ直ぐで、そこには確かな感謝を感じ取れた。

 特異な恩寵のせいで、ミライちゃんは十二歳という年齢ながら色々と考えてきたのだろう。

 自分が夢で見てしまったから、想像してしまったから。

 ダメだ、よくない、なんて考えれば考えるほど、人はそっちに意識が向いてしまいがちになる。

 自分の心と考えに折り合いをつけるのは、十二歳の子供には中々どうして難しい。



「ミライちゃん」

「なんでしょうか?」

「今日の一連の出来事でわかってるとは思うんだけど、敢えて言葉にして言わせてもらうね?」


 しゃがみ込み、ミライちゃんの目を見ていった俺の言葉に、ミライちゃんはきちんと頷いてくれた。

 眠気を押して、恩人的な立ち位置にいる俺の話をちゃんと聞こうとしてくれている。

 だからこそ丁寧に、なるべく噛み砕いて簡潔に話そう。


「ミライちゃんの恩寵は凄いものだ。俺が知っている限りでも五本の指に入るくらいにはね」


 恩寵のランキングなどつけたこともないが、予知夢の上にあると即座に言えるものは少ない。

 想像したことを現実に、なんて恩寵が理論値を発揮すれば、それより上に位置するものなど本当に限られる。

 ガチのマジで理論値を出せるのなら、神殺しだって可能な恩寵だからだ。


「でも、それが絶対でないことは今日分かったよね? 実際にミライちゃんが見た未来とは違う結末になったでしょ?」

「はい」

「今まではミライちゃんの予知を上回れる力が少なかったから、全てが現実になっていただけ。でもミライちゃんの恩寵は、決して全能なんかじゃない。それは俺や、ミウさんが未来を変えたことが証明してる」


 今日の出来事で、ミライちゃんは自分の能力が完全無欠ではないと知れた。

 その理解こそが、今のミライちゃんにとって大事なこと。

 それを知っていれば、例え今までのように悪い方向の夢を見たり想像をしてしまったとしても、そうならない可能性を残しておける。

 つまり、直接恩寵に関与することがなくとも、ミライちゃんが視た未来を変えることができる――かもしれない。


「だから、気負いすぎる必要はない。例え不吉な夢を視てしまったとしても、そうならないためにはどうするかを考えて行動するんだ。自分でできないならお母さんやお父さん、お友達や先生の力も借りるのもいい。一人でどうにかできることなんて、少ないんだからさ」

「……はい。ありがとうございます」


 俺が恩寵に関与したことは話さないでいい。

 ミライちゃんの恩寵が絶対ではないという事実に、俺が関わったから、なんて異物が入っていては、効力が損なわれる可能性がある。

 思い上がりかもしれないが、それでも現実として“想像した未来が変わった”という事実が強固になるのであればそれでいい。

 そうなってくれたのなら、俺が頼まれた依頼は完璧な形で終えられた。

 どうせ解決するのなら未来でも同じ心配がないようにする。

 かつて、結愛がそうしてくれたように。


「父の治療が終わり次第、また伺わせていただきます」

「全部終わって、一息ついてからでいいですよ。身も心も安定してからじゃないと、俺たちの方が気が気じゃないですからね」

「……本当に、ありがとうございました」


 深々と頭を下げて、ミウさんはミライちゃんの手を引いて警察署を後にした。

 傍には一人の婦警さんがついていて、しばらく警護をしてくれるらしい。

 自動ドアが閉じる前にミライちゃんが笑顔で手を振ってくれたのでそれに応える。

 二人の後ろ姿が見えなくなるまでその場で見送ってから、俺はふぅと一息ついた。


「お疲れ、アンジェ。急だったのに完璧に応えてくれて助かったよ」

「マスターの助けになれたならよかった。私にできることなら何でも言ってね」

「ああ。これからも色々助けてもらう予定だから、そん時は頼むな。――じゃ、俺たちも帰るか。歩くのも疲れたから転移でパパっとね」

「うん。早く帰らないとみんなに心配かけちゃうからね」

「……そっか。こっからまた説明地獄になるのか」


 そのことを考えると、少しだけ憂鬱な気持ちになる。

 眠たいからまた後でな、という断り文句は、週一の睡眠で事足りるような異質な体質になった俺では使えない。

 体感的には前回の睡眠から一週間ほど経っている気もするが、実はダンジョン攻略の前日――つまり一昨日に寝ているから全くの勘違い。

 それにしては多大な疲労感ではあるが、体感なんてそんなものだ。

 帰ってからの更なる質問攻めを覚悟してから、俺とアンジェは転移で宿屋へと帰った。






 * * * * * * * * * *






 弾け飛んだボス――ゴーレムが地面や壁に染み溶けて、地鳴りのような音とともに前後の扉が開いている。

 後ろは俺たちがボス部屋に入ってきた扉。

 前は、まだ誰一人として足を踏み入れていない階層に続く扉。

 それが完全に開ききるのを待ってから、結愛が小さく息を吐いて呟いた。


「――(この)層のコンセプトはなんだったのかな?」

「わっかんね。動きは六層の“解析”っぽかったけど……コンセプト被りは今までなかったしな」


 結愛の問いに、俺ははっきりとした答えを出せなかった。

 ソウファとアンジェの二人が張り切ったおかげで全く苦労することなく、なんなら俺らは一切手出しすることなく攻略できたわけだが、逆に言えば戦闘の間、俺はゴーレムの動きの解析に全ての時間をかけられた、ということにもなる。

 その上でゴーレムがどんなコンセプトを持っていたのかはまるでわからなかった。

 階層続きで似たコンセプトになるなんてことはあるのだろうかと結愛のように疑問に思うのは当然だが、アカを含め俺たちは誰一人として答えを出せなかった。


「ま、最奥まで進めばわかったりするかもだし、今はとりあえず先に進もう。時間かけてちゃあ大地さんたちを待ちぼうけを食わせちゃうしさ」

「そうね。行きましょうか」


 ソウファとアンジェに労いの言葉を掛けてから、俺たちは下の層へと足を踏み入れる。

 今まで通りなら、階層が変わるごとに現れる魔物の種類はガラリと変わっていた。

 出てくる魔物が変われば当然、対処も変えなければならない。

 情報がない分、これまでの階層よりも気を張っていた方がいいだろう。


「それにしても、まさかこの層のボスもいるなんて驚きだったわ」

「……そういえば。俺はあんまり詳しくないけど、リポップまでひと月くらいって聞いてたな」


 結愛の思い付きの言葉に同意する。

 今しがたソウファとアンジェが倒したボスは七階層――つまり約二週間前に小野さんたちが倒したボスだ。

 細かい時間は不明だが二週間前であれば、まだリポップの条件を満たしていない。


「と言っても、まだこのダンジョンはわかっていないことの方が多いそうだから。もしかすると、時間以外に何か別の条件があるのかもよ?」

「あー、確かに。そう考えるのが妥当か」


 フレッドの考えに納得しつつ、俺たちは雑談を交えながら油断せずにダンジョンを進んでいく。

 時折休憩を挟みつつ、安全地帯で長めの休憩――もとい睡眠を採り察を頼ったこともあり、形式上の聴取などを経て解放されたのは翌日の明朝だった。

 なんにせよ、これでミライちゃんから始まった一件は無事解決――とはいかない。

 まだミライちゃんのお父さんの病気が残っている。

 と言っても、悪徳金融が貸すはずだったお金は俺が国王から受け取ったお金でどうにかなりそうな額だったので問題にはならない。

 あとは金を払って治療してもらうだけで済む。


 他に考えるべきは悪徳金融の撮影したビデオを買っていた消費者側の問題だが、報復なんかはないと考えていいだろう。

 警察曰く、悪徳金融側はあくまで彼ら自体で事業を始めたらしいからな。

 権力者に命令されてやっていた、とかだったら首を突っ込んだ責任としてそっちも対処しないとと思っていたが、その心配もないようだしな。


「あ、葵さん」

「ミウさん? 聴取はもう終わってるって聞いてましたけど」


 一番最後に聴取を終えたのが俺だったが、ミウさんは警察署の入り口近くにあったベンチで待っていた。

 隣にいるミライちゃんはスヤスヤと寝息を――いや、ギリギリで意識を保ってるな。

 一時間以上前に聴取を終えたと聞いていたが、もしかしなくとも俺を待っていたのだろうか。

 警察の人やアンジェも側にいるし、自意識過剰などではなくそうっぽいな。


「今日のことでお礼を言いたくて、無理を言って待たせてもらいました」


 そう言うや否や、ミウさんは腰を丁寧に折って頭を下げた。

 俺が言葉を挟むより前に、ミウさんが続ける。


「ミライの荒唐無稽な話を信じてくれて。私たち家族を助けてくれて、ありがとうございます」

「いえ――や、違うな」


 反射的に謙遜をしそうになったが、寸前で思いとどまる。

 ここで俺が取るべき行動は、きっとそうじゃない。


「どういたしまして。ミウさんやミライちゃんの助けになれたならよかったです」


 精一杯の笑顔で答える。

 少しでも感じる恩義を減らすため――俺たちに対する感謝が、重荷にならないように。


「あ、でも最後の感謝はミライちゃんのお父さんの病気が治ってからにしてくださいね? そっちは俺たちじゃあ手出しできないので」

「……はい。本当にありがとうございます」


 体の内側に巣食う病気は、治癒魔術では治せない。

 正確には、病気の原因を正しく理解し、正しい対処ができない限り意味がない。

 全ての魔術に言えることだが、確かなイメージがないと魔術は発動しないというだけの話だ。


「お待たせ、ミライ」


 眠気と必死に戦っていたミライちゃんが、ミウさんの呼びかけを聞いて俺の方へと視線を送ってきた。

 まだ十二歳ということで聴取は簡素で終わったらしいし、母親の聴取待ちで仮眠室を借りていたということだったが……あんなことがあった後で快眠なんてできるはずもないか。

 俺が来てからミウさんと一緒に立ち上がり、睡魔との激闘を現在進行形で繰り広げているのに、それでも視線を俺から外さない。

 だから、ミライちゃんが眠気を振り切り、言いたいことを言えるまで待つ。


「……葵さん」

「なんだい?」

「あの……ありがとうございました。お母さんのことも、私の恩寵のことも」


 眠たい目を擦って、睡魔にきちんと抗ってから、俺の目を見てそう言ってきた。

 俺を見据える黒い瞳は真っ直ぐで、そこには確かな感謝を感じ取れた。

 特異な恩寵のせいで、ミライちゃんは十二歳という年齢ながら色々と考えてきたのだろう。

 自分が夢で見てしまったから、想像してしまったから。

 ダメだ、よくない、なんて考えれば考えるほど、人はそっちに意識が向いてしまいがちになる。

 自分の心と考えに折り合いをつけるのは、十二歳の子供には中々どうして難しい。



「ミライちゃん」

「なんでしょうか?」

「今日の一連の出来事でわかってるとは思うんだけど、敢えて言葉にして言わせてもらうね?」


 しゃがみ込み、ミライちゃんの目を見ていった俺の言葉に、ミライちゃんはきちんと頷いてくれた。

 眠気を押して、恩人的な立ち位置にいる俺の話をちゃんと聞こうとしてくれている。

 だからこそ丁寧に、なるべく噛み砕いて簡潔に話そう。


「ミライちゃんの恩寵は凄いものだ。俺が知っている限りでも五本の指に入るくらいにはね」


 恩寵のランキングなどつけたこともないが、予知夢の上にあると即座に言えるものは少ない。

 想像したことを現実に、なんて恩寵が理論値を発揮すれば、それより上に位置するものなど本当に限られる。

 ガチのマジで理論値を出せるのなら、神殺しだって可能な恩寵だからだ。


「でも、それが絶対でないことは今日分かったよね? 実際にミライちゃんが見た未来とは違う結末になったでしょ?」

「はい」

「今まではミライちゃんの予知を上回れる力が少なかったから、全てが現実になっていただけ。でもミライちゃんの恩寵は、決して全能なんかじゃない。それは俺や、ミウさんが未来を変えたことが証明してる」


 今日の出来事で、ミライちゃんは自分の能力が完全無欠ではないと知れた。

 その理解こそが、今のミライちゃんにとって大事なこと。

 それを知っていれば、例え今までのように悪い方向の夢を見たり想像をしてしまったとしても、そうならない可能性を残しておける。

 つまり、直接恩寵に関与することがなくとも、ミライちゃんが視た未来を変えることができる――かもしれない。


「だから、気負いすぎる必要はない。例え不吉な夢を視てしまったとしても、そうならないためにはどうするかを考えて行動するんだ。自分でできないならお母さんやお父さん、お友達や先生の力も借りるのもいい。一人でどうにかできることなんて、少ないんだからさ」

「……はい。ありがとうございます」


 俺が恩寵に関与したことは話さないでいい。

 ミライちゃんの恩寵が絶対ではないという事実に、俺が関わったから、なんて異物が入っていては、効力が損なわれる可能性がある。

 思い上がりかもしれないが、それでも現実として“想像した未来が変わった”という事実が強固になるのであればそれでいい。

 そうなってくれたのなら、俺が頼まれた依頼は完璧な形で終えられた。

 どうせ解決するのなら未来でも同じ心配がないようにする。

 かつて、結愛がそうしてくれたように。


「父の治療が終わり次第、また伺わせていただきます」

「全部終わって、一息ついてからでいいですよ。身も心も安定してからじゃないと、俺たちの方が気が気じゃないですからね」

「……本当に、ありがとうございました」


 深々と頭を下げて、ミウさんはミライちゃんの手を引いて警察署を後にした。

 傍には一人の婦警さんがついていて、しばらく警護をしてくれるらしい。

 自動ドアが閉じる前にミライちゃんが笑顔で手を振ってくれたのでそれに応える。

 二人の後ろ姿が見えなくなるまでその場で見送ってから、俺はふぅと一息ついた。


「お疲れ、アンジェ。急だったのに完璧に応えてくれて助かったよ」

「マスターの助けになれたならよかった。私にできることなら何でも言ってね」

「ああ。これからも色々助けてもらう予定だから、そん時は頼むな。――じゃ、俺たちも帰るか。歩くのも疲れたから転移でパパっとね」

「うん。早く帰らないとみんなに心配かけちゃうからね」

「……そっか。こっからまた説明地獄になるのか」


 そのことを考えると、少しだけ憂鬱な気持ちになる。

 眠たいからまた後でな、という断り文句は、週一の睡眠で事足りるような異質な体質になった俺では使えない。

 体感的には前回の睡眠から一週間ほど経っている気もするが、実はダンジョン攻略の前日――つまり一昨日に寝ているから全くの勘違い。

 それにしては多大な疲労感ではあるが、体感なんてそんなものだ。

 帰ってからの更なる質問攻めを覚悟してから、俺とアンジェは転移で宿屋へと帰った。






 * * * * * * * * * *






「前回はここまで来なかったのよね?」

「葵がここまでのルートに間違いがないかを確認してすぐに戻ろうって。よほど結愛のことが――」

「だぁもうそんな話はいいから! それよりも今の戦いの分析!」


 弾け飛んだボス――ゴーレムが地面や壁に染み溶けて、地鳴りのような音とともに前後の扉が開いている。

 後ろは俺たちがボス部屋に入ってきた扉。

 前は、まだ誰一人として足を踏み入れていない階層に続く扉。

 それが完全に開ききるのを待ってから、ニヤニヤ顔だった結愛が小さく息を吐いて呟いた。


「――(この)層のコンセプトはなんだったのかな?」

「わっかんね。動きは六層の“解析”っぽかったけど……コンセプト被りは今までなかったしな」


 結愛の問いに、俺ははっきりとした答えを出せなかった。

 ソウファとアンジェの二人が張り切ったおかげで全く苦労することなく、なんなら俺らは一切手出しすることなく攻略できたわけだが、逆に言えば戦闘の間、俺はゴーレムの動きの解析に全ての時間をかけられた、ということにもなる。

 その上でゴーレムがどんなコンセプトを持っていたのかはまるでわからなかった。

 階層続きで似たコンセプトになるなんてことはあるのだろうかと結愛のように疑問に思うのは当然だが、アカを含め俺たちは誰一人として答えを出せなかった。


「ま、最奥まで進めばわかったりするかもだし、今はとりあえず先に進もう。時間かけてちゃあ大地さんたちを待ちぼうけを食わせちゃうしさ」

「そうね。行きましょうか」


 ソウファとアンジェに労いの言葉を掛けてから、俺たちは下の層へと足を踏み入れる。

 今まで通りなら、階層が変わるごとに現れる魔物の種類はガラリと変わっていた。

 出てくる魔物が変われば当然、対処も変えなければならない。

 情報がない分、これまでの階層よりも気を張っていた方がいいだろう。


「それにしても、まさかこの層のボスもいるなんて驚きだったわ」

「……そういえば。俺はあんまり詳しくないけど、リポップまでひと月くらいって聞いてたな」


 結愛の思い付きの言葉に同意する。

 今しがたソウファとアンジェが倒したボスは七階層――つまり約二週間前に小野さんたちが倒したボスだ。

 細かい時間は不明だが二週間前であれば、まだリポップの条件を満たしていない。


「と言っても、まだこのダンジョンはわかっていないことの方が多いそうだから。もしかすると、時間以外に何か別の条件があるのかもよ?」

「あー、確かに。そう考えるのが妥当か」


 フレッドの考えに納得しつつ、俺たちは雑談を交えながら油断せずにダンジョンを進んでいく。

 魔物の数はやはり少なく、順調に歩みを進めながら一度安全地帯で長めの休憩――睡眠を取ってから再度攻略へ。

 とはいえ、全員が銀等級以上の実力を持ち、近接に特化したソウファ、魔術に特化したアンジェがいる俺たちの布陣は早々簡単には崩せるものではない。

 尤も――


「んー、やっぱり少ないよな、魔物」

「いつもはもっと多いのか?」

「この大所帯で長い時間歩き続けてるのに、発見がたった十回ってのは……異常だと思う」


 “魔力感知”で魔物を捉えた回数が十回。

 そのどれもが“魔力感知”で届く距離の端っこの方――つまり、一度たりとも魔物との戦闘にはならなかったわけで。

 それは異常だと、俺たちの中で一番このダンジョンに詳しいフレッドが言っている。


「アカさんの怖い()()()()にビビってるとかー?」

「それだったら近寄ってこないとか、アカから逃げるように動くだろ? でも俺たちに気付いてすらいないくらい遠距離だしな」

「そっかー」


 魔物と戦う回数が少ないことに関しては、実際のところどうだっていい。

 むしろ面倒を避けてノンストップで進めるのに越したことはないからな。

 ただなんというか、不気味さをヒシヒシと感じる。

 何者かの意図が絡んでいそうというか……ゆっくりと、されど確実に罠の方へと誘導されていそうというか……。

 なんにせよ、このまま進めばわかることだ。

 油断はせずに――


「――ボス部屋っぽいの、見つけちゃった」

「え? ……本当?」

「たぶん。今までのと扉の形状が変わんないし……奥は空洞っぽい」

「葵の“魔力感知”がそうだって言ってるならそうなんだろう。取り敢えず行ってみよう」


 フレッドの言葉に頷いて、俺はみんなを先導して進む。

 やはり魔物の姿を目視することはできず、そして目的地へと辿り着いた。

 そこはやはりボス部屋の大扉だった。

 第八階層の攻略を始めてから僅か一日足らず。

 あまりにもペースが早すぎる。


「どうする? 少し戻ったところに安全地帯あったし一度休憩を挟んでからにする?」

「そこまで消耗してないし、このまま行ってもいいんじゃないかな」

「マスターの指示に従います」

「私もアンジェちゃんと一緒ー」


 ソウファがアンジェに抱きついて、ぷにぷにと柔らかそうなほっぺたをアンジェの頬へと押し付けている。

 満更でもなさそうな顔で抱きつくソウファを受け入れているアンジェは、少し緩んだ顔で俺を見上げていた。

 なんとも微笑ましい光景だが、そちらに逃げてはいけない。

 今考えるべきは、この異常事態の連続が誰かに仕組まれた可能性だ。

 魔物の数が少ないのも、五千年もの間、難攻不落として君臨してきたダンジョンの一階層を僅か一日で攻略してしまったのも。

 そのどちらもが誰かによって仕組まれた可能性。

 そんなことが、果たしてできるのだろうか。

 どこぞの一個人の力で魔物を制御し、あまつさえ俺らの無意識か何かに語り掛けるでもしてボス部屋へと誘導する。

 そんなことができるのなら、それこそ神様じみた能力でもなければ――


「……神様、か」


 地球にいた頃の俺ならその単語を聞いただけで即座に切り捨てた可能性。

 年始には必ず初詣には行ったし、物凄い腹痛に襲われたときは祈りもした。

 けれど本気で、心の底からは信じてはいない“神”という存在。

 だが、この世界においては実在すると知っている。

 あれがたとえ自称“神”であったとしても、その存在を知っている。

 だから考えてしまう。

 あの神様や、あるいは別の神様によって仕組まれたものではないのかと。

 荒唐無稽、あり得ないと一蹴できてしまう。

 けれど、考えずにはいられない可能性。


「大丈夫? 葵くん」

「……」


 もしこれが神様の仕組んだものだと仮定して、じゃあその目的はなんだろうか。

 俺に――あるいはこの中の誰かに、このダンジョンを攻略して欲しいのか?

 じゃあそれは何のために?

 どんな理由があってそれをして欲しいのか。

 考えれば考えるほど、よくわからなくなっていく。


「葵くん」

「ぇあ、はぇい」


 頬を両手で挟まれて、「あ、ハイ」と言ったつもりが空気の抜けた間抜け声となって口から漏れた。

 しかしそれを気にすることなく、俺の頬を挟み込んだ結愛が目を見て言ってくる。


「何か迷っているなら頼って」


 短い言葉。

 でも、俺の心にはきちんと響いた。

 かれこれ何度も結愛(おなじひと)に言われているから、というのもあるだろう。

 だけどそれ以上に、本気で俺のことを想ってくれているとわかったから、ズシンと心に響いた。


「実は――」


 だから、迷うことなく話した。

 この異常さの連続が誰かの意図したものである可能性。

 その誰かとは、神様である可能性。

 もちろん、俺の予想がまるっきり違うことだってある。

 本当にたまたま魔物の数が少なくて、本当にたまたまボス部屋を見つけてしまっただけかもしれない。

 ただ可能性がある以上、念を入れて考えておいてもいいと思う、というのが持論だ。

 とにかく、俺の思考を全て話し、みんなでどうするか決める。


「オレはこのまま進んでもいいと思ってる。何かあっても俺たちの戦力ならどうにかできると思うし、最悪師匠に頼れば全部解決してくれる」

「俺は何もせん」

「とか言ってー? オレたちがピンチになったら助けてくれるでしょー?」

「好きにしろ」


 茶化し混じりの言葉に、アカは短く吐き捨ててフイッとそっぽを向いてしまった。

 正直なところ、アカにとっての排除対象である俺と結愛がいる限り、弟子であるフレッドがいたとしても天秤は排除に傾きそうな気がしないでもない。


「私はマスターに従います」

「私もー」

「私もフレッドと同じ。何かあったら葵くんの転移で逃げればいいし、それをするだけの力は私たちにはあると思う」


 またもやフニフニとほっぺたをくっつける二人に続いて、結愛は微笑みながら言った。

 結愛とフレッドはこのまま進む派、ソウファとアンジェは俺次第、アカはお任せ、か。

 あと聞いてないのは――


「シルフはどう思う?」


 姿を見せないだけでずっと傍にいてくれているシルフへと問いかける。

 初代勇者と繋がりのありそうなダンジョンなだけに、一番重要視するべき意見の持ち主だ。

 しかし、返事は来ない。

 ボス部屋に置いてきたか? とも思ったが、すぐ近くにその魔力を――というか、姿を捉えた。

 実体化してるなんて珍しいなと思いつつ、その小さな背中に声を掛ける。


「シルフー。おーい、シルフさーん?」


 しかし、返事はない。

 知らぬ間に、気付かぬ間に無視されるようなことをしてしまっただろうかと思い返してみて、よくよく考えれば扱いが雑だったなと思い当たる。

 つってもシルフは俺のことを利用しようとしているし、その代わりにシルフの力を俺が利用するのも悪いことではなくね? なんて思いつつ、機嫌を損ねたのなら謝るのが得策だ。

 素直に、心を込めて謝ろう。


「シルフ。ごめ――」

「マキの気配がする」

「……マジで?」

「弱いけど……この部屋から――ううん。もっと奥から、マキの刺々した優しい雰囲気を感じる」


 刺々した優しい雰囲気ってなんだよ、と心の中でツッコミを入れつつ、無視されていたのが勘違いだと気づく。

 わざとらしく咳をして先ほどの言動を誤魔化しながら、ボス部屋の扉に両手をついて向こうへ行きたがっているシルフの傍へ立つ。


「初代勇者の気配がするってのはマジなんだな?」

「間違いない。本当に微弱だけど、確かに感じる。――うん、今の葵の奥にあるのと同じ気配」

「……そっか」


 そこまで言うのなら、間違いなんかじゃないのだろう。

 なら、俺たちのするべきことは決まった。


「よし。じゃあ多数決により、これからここを攻略する! さあ準備だ!」


 それぞれ得物を抜き放ち、深呼吸やら瞑想やらをして準備を整える。

 全員の準備が完了したのを確認してから、固く閉ざされた扉を開ける。

 今までと何ら変わらないゴゴゴゴゴという開閉音を耳に、ゆっくりと扉を開け放つ。

 ボス部屋も今までと変わらない円形の部屋。

 変わっている点があるとすれば、床に三重の光の円が存在すること。

 そして――


「……マジかよ」


 呆れるような笑いが、思わず漏れてしまった。

 部屋の中心に、七体のゴーレムが鎮座していたのだから。




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