第三話 【予知夢】
「では、その、案内します」
「お願いします。あとできれば、そこにいた人たちの特徴なども教えていただけると――あ、歩きながらで大丈夫ですよ」
ミライちゃんのお母さん――ミウさんに案内をしてもらいながら、その金融機関について聞いておく。
人員や立地、雰囲気など、必要そうな情報から必要のなさそうな情報まで全て。
そしてわかったのは、如何にも悪徳金融然とした組織だと言うこと。
ヤのつく仁義に厚い方々が反転し悪に堕ちた状態、というとわかりやすいかな?
見るからにカタギでない人が多くいたらしい。
でも対応は悪くなく、ミウさんに親身になってくれていたと。
それはネギを背負ったカモを逃がさないための話術だと思うけど、口には出さない。
「なるほど。となると……もしもの際の交渉はアカさんに任せてもいいですか?」
「俺に? 貴様の方が適任だと思うが?」
「私では見た目で下に見られて、対等な会話ができなくなる可能性が高いです。その点、アカさんなら――」
「この鋭い目つきが活きる、ということか」
私は女子にしては身長は高いし体格もしっかりしているけれど、それはあくまで女子の範疇での話。
男子と比較すれば小さくひ弱に見られることが多いし、実際男子の平均と数値で比較したら低い。
けれど、身長が高く、体格もガッチリしているアカさんであれば、見た目はもとより戦力で見ても舐められることはないはず。
「承知した。ただあの男の仲間共と話をして冷静でいられる気もしない」
「その点は心配しなくて大丈夫です。言って欲しいこととしないで欲しいことは今から伝えますから、それだけ守ってくれるのなら何をしても構いません」
「承知した」
アカさんにそれぞれの内容を話してブラッシュアップしていく。
地下鉄に乗り、零区のダンジョンから第十一区の内周部へ。
金融機関の事務所に着くまでの道のりで話して欲しい内容と、事が起こった時の対応を話し合い、それを三人と共有しておく。
いくら私が護衛につくとは言っても、万が一はある。
その時に迅速な対応ができれば、生存率はグッと伸ばせる。
そうならないことが第一優先で、相手方もそんな無茶はしてこないと思うけれど、念のためにね。
「ここです」
着いたのは四階建てのコンクリート造りのビル。
それっぽいと感じるのは、そういう文化に触れてきたからかな。
入り口の前にはスーツを着込んだ男性が狛犬のように立ち塞がっている。
見張りだとしたら――
「このビル全部がそうなんですか?」
「おそらく……私も詳しいことはわかりませんけど」
もしこのビルに金融機関以外の会社などが入っていた場合、万が一が起きた時に巻き添えにしてしまう可能性がある。
“魔力感知”で人員の流れはだいたい把握できたけれど、誰が金融機関と関わりのある人間かなどわかるはずもないし……。
「入ってみれば全てわかる」
「……そうですね。ではミウさん、お願いします」
「はい」
ミウさんに先行してもらい、入り口の両脇に立つ門番に話しかけてもらう。
入り口の前に立つ二人の門番は、ミウさんの後ろにいる私たちを見て解きかけた警戒を再度強めた。
見た目はとても厳ついので気の弱い人が見たら震え上がってしまいそう。
立ち振る舞いからして銅等級以上の実力者。
建物内にいる人物全員がこのレベルなら、苦戦は免れないでしょうね。
アカさんなら問題なく無事に帰ってこれるでしょうけど。
「こんにちは、ミウさん。そちらの方々は?」
「こんにちは。この人たちはその、援助者と言いますか……私たちを助けてくれる人で……今日は、その、借りてたお金の返済についてお話がありまして……」
「……わかりました。今日は面会の日ではなかったのでボスの準備に少しお時間を頂きますが、よろしいですか?」
「はい。こちらの方々も入ってもよろしいですか?」
「構いませんよ。娘さんもどうぞ」
門番のうち片方の男性が扉を開けて、私たちを快く招いてくれる。
ミライちゃんまで中に招いたのは想定外だけど……ここまではミウさんから聞いていた通り。
私とアカさんがいれば、二人くらいなら守り切れるはず。
油断はせずに、きちんと守り切ろう。
「こちらでお待ちください」
「ありがとうございます」
応接間のような場所まで案内してくれた門番の一人に頭を下げて、ふかふかのソファへミウさんとミライちゃんに座ってもらう。
二人の護衛である私とアカさんは、ソファの傍で立哨の体勢を取る。
「板垣結愛。貴様も座れ」
「座っていたらいざって時の反応に遅れが出てしまいますけど……」
「二人の傍に一人はいたほうがいい」
「じゃあアカさんの方が適任ですよ。交渉の役割もありますし」
「……そうだな」
ミライちゃんをミウさんとアカさんで挟む感じでソファが埋まる。
チクタクとアナログ時計が時間を刻む音だけが響く部屋で、小さく深呼吸する。
悪徳金融というものに対するイメージが怖いもので固まっているので、やはりどうしても緊張してしまう。
ただ今日、私は護衛。
護衛が不安を表に出してはいけない。
何事も問題ないと、自信満々の風貌でいなければ。
「失礼。待たせてしまいました」
「いえ、急な訪問に合わせて頂き、ありがとうございます」
気合を入れなおしたタイミングで部屋の扉が開き、ボスとやらが二人の男性を伴って入ってきた。
体格こそガッチリしているが強面ではなく、優しい男と言った風貌を感じさせる。
護衛の二人はボスよりも体格が大きく、更にはスキンヘッドで強面。
見るからに強そうで、立ち振る舞いからもそれをヒシヒシと感じる。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「実はその……お金のことについて話しがありまして」
「お金。また何か入り用になりましたか?」
「いえ、そうではなく、お金の返済に……」
「返済、ですか?」
少し怯えながら――いえ、遠慮かな?
それらを表に出しながら、それでもミウさんは自分の意思を伝えた。
対してボスは、不可解を表情に出して首を傾げる。
「返済は既にミウさん自身が行っている最中だと思いますが……」
「その、これを返済に充てられませんか?」
ミウさんが膝の上に置いていた包みを差し出そうとした瞬間、後ろの護衛がピクリと反応する。
それをボスが手で制し、ミウさんから包みを受け取る。
手に持った感触で中身を判別しようとしたのでしょうけど、それを理解できなかったのか机の上に置いて包みを広げた。
「これは……鱗?」
「竜の鱗です」
「竜? 十年ほど前に前皇帝が倒したあの竜?」
「それと同じ竜かどうかはわかりませんけど……その竜です」
品定めするように、ボスは広げた包みの上にある鱗を眺めている。
突いたり、角度を変えて見てみたり。
「私は素材を専門で扱っているわけではないので詳しくはわかりませんが……この軽さでこの硬度なら武器防具に用いれば、相当な一級品になるでしょうね」
「お借りしたお金の返済に足りるでしょうか?」
「ふむ……」
ボスは顎に手を当てて、毛の生えていない顎をさすさすとなぞる。
竜の鱗とミウさんを交互に眺め、一度だけチラリとミライちゃん、そして私とアカさんを見る。
「竜の鱗は高値で売れると聞きます。手のひらより大きなこの一枚なら、返済には十分でしょう」
「では――」
「ですが、私とミウさんが交わした契約はそうではない。これは希少で頂けるのならありがたいが……」
「これではダメ、ですか?」
「あなたの奮闘を楽しみにしている人たちがいます。その人たちへの信頼を裏切るのは、商売人として避けたい――」
「何が商売人だ」
ボスの穏やかな笑顔で放った言葉を、アカさんが強い語気で遮る。
立ち上がり詰め寄る、なんてことはしなかったけれど、纏う雰囲気に怒りが込められた。
語気と雰囲気からそれらを感じ取ったらしい護衛二人が、再び警戒態勢を取る。
やはりボスはそれを手で制し、アカさんへと向き直る。
「貴様らはこいつを、人の弱みに付け込み自らの私腹を肥やすための道具にしているだけだろう」
「傍から見れば、そう映ってしまうのも仕方ありません。ですが、私どもは決して強要はしておりません。全て契約の上で成り立っている関係です」
「そうせざるを得ない状況で交わした契約など、強制とどう違う」
今にも飛び掛かりそうなくらい、ボスへと噛みつくアカさん。
しかしそれは絶対にしない。
先に手を出せば悪になるのは私たち。
そうなってしまったなら、ミウさんたちへの被害が大きくなるだけ。
それでは私たちの目的に反してしまう。
「そう仰られましても……ではあなたは、私どもに路頭に迷えと仰るのですか?」
「この子に笑顔が戻るなら」
「……どうやら、話し合いはここまでのようです」
溜息をついて、ボスは腰を上げる。
丁寧に包みを閉じて、それをスライドさせて返してくる。
「こちらはお返しします。次の撮影は少し時間を空けましょう。また郵便で日程をお伝えしますね」
「まだ話は終わっていないぞ」
「終わりですよ。私とあなたでは話をしても平行線。時間の無駄にしかなりません」
退出しようとこの部屋唯一の扉へ踵を返すボス。
護衛二人はアカさんを警戒しながらボスの後ろに追従する。
飛びかかってこられても即座に対応できるいい位置だ。
しかしそんなことは関係ないとばかりに、アカさんがボスへと詰め寄ろうとする。
「待て。まだ話は――」
「お取り込み中すみませんボス! 緊急のご用件が――ああ!」
止めなければ一大事になると判断し一歩を踏み出したタイミングで、扉が勢いよく開け放たれた。
その向こうにいたのは、ダンジョンでミウさんの護衛兼撮影係だった男性。
葵くんの転移でダンジョンを出たから追い越しているとは思ったけれど、まさかここまで早い到着になるとは予想外だった。
私の読みが甘かったのか、もしくはこの男性の能力が私の想像よりも高かったか。
なんにせよまずいことになった。
「緊急とはなんだ」
「そっ、そこにいる奴らが今日の撮影の邪魔したんです! 自分に任された大事な任務だったってのに!」
「ほぅ?」
後ろの部分は私怨丸出しだが、前半部分は何一つ間違っていない。
ボスも薄々、違和感を感じてはいたのでしょう。
下っ端男性の言葉で合点がいったのか、扉に向けていた足を私たちの方へと反転させた。
「それは詳しく話を聞きたいですね。今の話は本当ですか?」
「もし本当だとして、俺たちが素直に頷くとでも?」
「あなた方の口から言葉が欲しいだけですよ。それがウソでもホントでも」
不敵に笑うボスは不気味で、ミライちゃんがミウさんの影に隠れて必死に身を縮める。
子供の防衛本能を働かせるほどの“何か”が、今のボスにはあるのでしょうね。
「……邪魔などしていない。我々はこの子の――」
「嘘だ! 俺たちの撮影に割って入ってきて暴力で従わせただろうが!」
「貴様が逃げ出しただけだろう。俺はそれを見つめていただけに過ぎん」
被害妄想からとんでもない事実へと記憶をすり替えている男性に対し、アカは毅然と対応する。
しかし恨みと怒りで我を忘れているのか、男性はキーキー喚いて話どころではない。
女のヒステリックは怖いと言うけれど、今の男性を見ていれば男性のヒステリックも十分怖い。
「おい。少し黙れ」
「……はい。すみません」
喚き散らす男性を、ボスはたった一言で黙らせた。
殺気を振り撒いたわけでも、睨みつけたわけでもない。
それでも男性は、子供のような癇癪をピタリとやめた。
「ウチの者がすみません。しかしこいつの話を無かったことにはできない。先ほども言いましたように、私どもも商売としてやっていますから」
「……この娘を商売の売り物として扱うのなら、それに見合うだけの対価は差し出したはずだ」
テーブルの上に置かれっぱなしの包みを指してアカは言う。
けれど、それはおそらく通じない。
だって彼らは――
「言ったでしょう。我々は商売として撮影を行なっています。つまり、我々が重視しているのはお金ではなく信頼なのですよ」
「……」
商いに関しての知識は持ち合わせていないのではっきりとは言えないけれど、商売人としては当たり前の考えなのでしょう。
理解はできます。
だけど、納得できる話でもない。
「あなたたちのしていることは、表に出れば間違いなく問題なることです」
交渉は全てアカさんに任せるつもりだった。
でも当の本人がそれどころではない様子なので、爆発する前に交渉役を引き継ぐ。
「ええ。それは理解していますよ」
「私たちが帰った後でこのことを公開するとは考えなかったのですか?」
「ええ。公開しても問題にはなりませんから」
そういう理屈でそうなるのかがわからない。
表に出れば問題になると言った私の言葉に頷いた。
しかし表に出ても問題にはならない?
明らかに矛盾している。
……いや、違う。
問題は問題にならない限り問題ではない、だったっけ?
詳しくは覚えていないけど、それと似たような言葉があったはず。
つまり、ボスの言い分は――
「……誰かが揉み消すからどうでもいい」
「少し、情報を撒き過ぎましたか」
ボスは自分の浅はかさを後悔するように頭を振る。
そんなことを言っているが、それはあくまで表向き。
本心ではこうなることを予期していたのは、私の眼には明らかだった。
「……初めから、ここが目的だったわけですか」
「揉み消すとやらがたとえ本当だとしても、それをするにはきっと労力が必要でしょう? だったら仮定の未来に苦労を残すより、今とっとと始末してしまう方が合理的だ。そうは思いませんか?」
「同意するとでも?」
「どちらでも構いません。私の目的はあくまで、私たちの事業を邪魔する者どもの排除ですから」
急展開。
いや、戦闘になることは視野に入れていたもの。
だからこその人選でもある。
最初に把握した通り、ここにいる人たちが束になってもアカさんと私の両翼を突破できない。
大丈夫。
私は落ち着いて、ミライちゃんとミウさんを守るんだ。
「……いいな?」
顔も視線も向けず、しかしアカさんは私に問いかける。
何を? なんてことは聞かない。
アカさんが言いたいことはわかっているから。
「構いません。彼らがどこぞの権力者と繋がっている以上、事を大きく膨らませて隠蔽できないようにしてください」
権力者とは、あくまで当てずっぽうの言葉。
確証も確信もないが、その発言でボスの瞳が少しだけ揺らいだのを見過ごさない。
「二人で我々に勝てるとでも?」
「俺一人で充分だ」
相手を下に見る発言。
その発言と同時、護衛の一人が吶喊する。
その巨躯からは想像もできない程の速さでアカさんとの距離を詰め、風切り音を轟かせて剛腕を振るう。
「――ッ」
振われた剛腕は間違いなくアカさんの顔面を捉えた。
しかし、与えただろうダメージは全て剛腕へと跳ね返り拳を血で染めた。
訳がわからないと困惑しダメージに喘ぐ巨躯の護衛を、距離を瞬く間に詰めたアカさんが吹き飛ばす。
お相撲さん並みの巨躯は紙細工のように吹き飛んで壁に衝突する。
衝撃で揺れる部屋、それに驚くミライちゃんに大丈夫だよと優しく声をかけつつ、意識だけは戦場から逸らさない。
「……なるほど。これでも銀等級クラスの実力者なのですがね……先程の大口はその実力からくる自信でしたか」
「御託はいい。次は貴様か? それともそっちのデカブツか?」
その言葉に呼応するように、もう一人の護衛が飛び出してきた。
こちらは先程の護衛の男性よりも一回り大きく、動きは見た目通り重たい。
だからこそ、私の足より太く大きな腕から放たれる一撃は、ガードの上からでも大ダメージ間違いなしの重たい一発になる。
「ヌゥンッ!」
巨漢の気合の入った吐息と共に繰り出された拳が空を切る。
さっきの一撃は受けると同時に反撃したのに対し、今回は回避。
竜人の肉体にすらダメージを負わせるだけの威力を内包していると考えると末恐ろしい。
そんな暗くなる私の思考とは裏腹に、なんてことないように短くステップを踏んでアカさんは距離を取る。
「あーあー。応接間に敵襲。手の空いている者は至急援護に向かえ」
壁に設置されていた拡声器らしきボタンを押して、ボスが援軍を呼んだ。
涼しい顔をしてさらりとえげつないことをしてくれる。
しかし幸いと言うべきか、この空間はそこまで広くない。
ごった返すのであれば、むしろこちらの有利になる。
私たち――主にミライちゃんやミウさんに迫る攻撃が増すけれど、隅っこに固まっていれば私一人でも守り切れる。
「フゥンッ!」
再び、巨漢から剛腕が繰り出された。
さっきは躱したそれを、今度は真正面から受け止める。
バヂンッ! と鈍い音が響き、アカさんの体が少しだけ後退する。
七十キロはありそうなアカさんを衝撃だけで後退させるなんて、やはりその威力は尋常ではない。
しかし同時に、巨漢の護衛が放った拳はアカさんの手のひらによって拘束され逃げ場を失っていた。
「オォオオッ――!」
掴まれた右手は何のその。
逆に即座に左の拳を引き抜いて、攻撃へと転じる。
思考と判断の早さがそこらの組合員を軽く凌駕している。
けれど、アカさんには届かない。
「……」
三度目の攻撃は軽々といなされて、反撃に顎へと重めの一撃を与えていた。
顎へのクリティカルは脳震盪を引き起こす。
意外と知られている人体の弱点を突かれ、いかに外見が強そうな巨漢でも脳は鍛えられていなかった。
膝を折り、その場に勢いよく倒れ込む。
「ほぅ、これはこれは……中々どうしてお強い様子」
「そう理解したのなら諦めたらどうだ?」
「諦める? おかしなことを仰いますね。本番はこれからですよ」
ボスの言葉の意味を探るよりも早く、答えが部屋に押し寄せてくる。
たった一つだけの扉からどんどんと人間が押し寄せて、アカさんを取り囲むように陣取った。
先程の護衛と比較すると体格そのものは小さい人たちばかりだが、それでも男性の平均くらいはあるでしょうか。
アカさんと対峙する彼らは誰一人として臆しておらず、自分の実力に絶対の自信を持っている様子が窺える。
「今あなた方を囲んでいるのは全員が銅や銀等級以上の実力を持っている人間です。とはいえ、性格難や犯罪歴などで銅等級にすら上がれていないならず者でもありますが……」
自分たちの実力をわかりやすく説明してくれた上で、退くことなど考えていないと伝えてくる。
これだけの実力者に囲まれた状態でも戦う道を選ぶのかと、そう言外に問われているわけね。
もちろん、答えなんて最初から決まっている。
「その程度の実力で止められると思っているのなら大間違いだ」
言うや否や、アカさんは攻勢へと転じた。
縮地のように一瞬で距離を詰め、取り囲む敵の間へ堂々と入り込む。
反応すらできていない彼らを殴打一発で撃沈させ、ようやく異常に気が付いた相手と打ち合っている。
徒手格闘の心得でもあるのか、流れるようなその動きは眺め続けていたらきっと見惚れそうになるくらいに綺麗なのでしょう。
しかし、アカさんの格闘術を鑑賞している余裕はなくなった。
アカさんが攻撃に転じたと同時に、アカさんを取り囲んでいた一部が私たちの方へと走ってきたからだ。
銀等級レベルの実力者ということもあり一蹴というほど楽に処理できたわけではないが、それでも負けることはないと確信できるくらいには実力差がある。
第一波の十人程を片付けてミウさんたちへ視線を向けてみると、ミライちゃんがミウさんにしがみついて震えていた。
ミライちゃんはまだ十二歳の少女。
そんな子供がいきなり大勢の成人男性に囲まれて、実害はなくとも暴力沙汰に発展しているともなれば怖いのは当然ね。
第一波を軽くあしらったように見せたから後続の波が遅れている。
それを確認してから、ギュッと目を瞑るミライちゃんの頭に優しく手を置く。
「大丈夫よ。私とアカさんがミライちゃんのお母さんごと守るから。ミライちゃんはお母さんから離れないでね?」
笑顔で語り掛けると、ミライちゃんは強い力で瞑っていた目を開き小さく頷いてくれた。
そのままコアラの子供のようにミウさんへと引っ付いたのを確認して、私は二人を守れるように素早く体勢を整える。
ミライちゃんの頭を撫でていた私を隙と捉えた何人かが吶喊してくるけれど、それらは足を引っかけ首トンで意識を刈り取ったり、アッパーで浮かせた体を殴りつけたりして撃退した。
アカさんの状況は音でしか判断できないけれど、聞こえている範囲ではアカさんは一撃すら貰っていない。
凄まじい技術を見て盗めないのは残念だけど、教えを乞う機会はまだあるでしょうから今は考えない。
「く、クソォッ!」
アカさんの鬼神の如き強さに恐れをなした一人が、屋内でまだ味方もいるというのに魔術を――それも相当威力の引き上げられている火球を展開していた。
生半可な魔術は竜の鱗を持つアカさんには効かないし、人一人を殺せるだけの威力を持つあの火球ですら鱗に当たった瞬間に弾けて霧散する。
アカさんが竜人だとは知らないでしょうから無理もないけれど、やはり屋内での火の魔術はどう考えても愚策ね。
そう考えながらチラリと送った視線を引き戻し、私は第二波となって襲ってくる彼らを迎撃し続ける。
いなし、躱し、技術で翻弄して意識を刈り取る。
作業的に襲い掛かってくる彼らの数を減らしていって――
「――なっ!?」
アカさんの驚きの声に、思わず振り向いた。
竜の鱗で弾かれ消えるはずだった火の球は、どういうわけか弾かれることなくこちら――二人の方へと一直線に向かっていた。
いえ、一直線ではない。
一直線ではどう考えてもあり得ない軌道を描いている。
何が起こったのか、どうしてそうなっているのか。
ぐるぐると回るだけの思考を切り捨てて、私は優れた反射で二人を守るように割って入った。
人を殺すには十分すぎる火力を持った火球の前に――