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姉の為に。  作者: たかだひろき
第十一章 【大戦準備】編
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第二話 【役割】




 ミライ・ナラサキ。

 俺たちがダンジョンで出会った、この国で暮らす十二歳の少女の名前だ。

 少女が組合員でもないのにダンジョンに入り込めたのは衛兵の目を盗んで忍び込んだから。

 どうして衛兵の目を盗んでまでダンジョンに入ろうとしたのかと言えば――


「――お母さんが死ぬ、ってどういうこと?」

「……私、今日お母さんが死んじゃう夢を見て……」

「それで不安になって一人で飛び込んできちゃったのね?」


 結愛の問いに、少女は俯きがちに頷いた。

 アカとソウファに護衛を任せて“魔力探査”でダンジョン内の広域サーチをしているが、俺たち以外の人間がそもそも感知できない。

 少し後ろで話している結愛と少女の会話を耳に入れながらも、見逃しの無いように意識の大半は“魔力探査”に注ぐ。


「私のお父さん、今重い病気で病院にいて……でも、お金が足りないからお父さんを治せないってお医者さんに言われて……だからお母さんは、少し無茶をしてお金を稼ぐって」

「うん……」

「学校の帰りに、ここから男の人と出てくるお母さんを見かけて……それで……」


 少女の父親の治療費を稼ぐために、ダンジョンへ来たこの子の母親。

 一攫千金(いっかくせんきん)を目論んでダンジョンに来たのならわからなくはない。

 命の危険と引き換えに、このダンジョンはそれなりのお宝も眠っている。

 ましてこのダンジョンは、まだ全てが攻略されたわけではない超広大なダンジョンだ。

 上の階層でもそれなりの宝が残っていてもおかしくない。

 ただ正直、自分の母親が危険なダンジョンから出てきた、という事実に不安を抱き、それが夢という形で現れただけ――考えすぎのような気もする。


「信じて貰えないかもしれないんですけど、私、昔から夢で見たことが現実になることがあって……」

「予知夢ってことか?」

「あ、は、はい」


 突拍子もないことを言い出した少女に、思わずツッコむ形で口を挟んでしまった。

 予知夢なんて魔術は存在しないので“恩寵”の類だろうが、その中でも干渉魔術に位置する系統の“恩寵”は限りなく珍しい。

 そこそこ世界を回ってきた俺がパッと思い出せる範囲でも二つしかない。

 それほどの希少さを誇る“恩寵”をこの少女が持っていると聞かされて、本当に驚いてしまった。

 俺の問いに少し怯えた少女を見て結愛が俺をチラッと見てくる。

 視線と片手をあげて謝罪を示して、俺は“魔力探査”に戻る。


「ごめんね? その予知夢についてもう少し、詳しいことを聞かせてもらってもいいかな?」

「は、はい」


 歩きながらでも、少女はゆっくり予知夢について話し始めた。

 少女がその予知夢を自覚したのは小学三年の時。

 当時好きだった男の子に告白される夢を見て落胆していたその日、実際に告白を受けたところから始まった。

 最初はただの偶然、夢が現実になったくらいの認識だったが、小四、小五と歳を重ねていくにつれて夢が現実になることが多くなっていった。

 一度や二度なら偶然で済ませても、五度、十度と繰り返されれば偶然とは呼びにくくなくなる。

 そして、それが確実なものだとわかったのが約半年前――


「この国を五千年の間守ってきた結界が破壊されたこと、ご存じですか?」

「――ええ、よく知っているわ」


 結愛が会話の邪魔をしないよう視線だけを向けてくる。

 話の流れからその先を理解したのだろう。

 そのジト目に含まれる内容は容易に察せるが、敢えて気付いてないフリをして誤魔化す。


「それも、予知夢で見たんです。その後、すぐに修復されるところまで」


 ミライと名乗った少女が虚言癖や行き過ぎた妄想を拗らせている人種ではないと仮定した上でだが、今聞いた話が本当ならばいよいよこのダンジョンにいるらしいこの子のお母さんが危ない。

 早々に見つけないとこの子の将来を狭めてしまいかねない。


「夢を見てからどのくらいで現実で起こるかとか、わかる?」

「えっと、夢を見た日……長くても二日後には」

「……なるほどな」


 少女の言葉に、小さな声で呟く。

 広大なこのダンジョンで、人探しをするのはかなり大変だ。

 この階層にいない可能性も含めると、一つの層を歩き回って時間を浪費するのは避けたい。

 となると――


「アカ悪い。ちょっと止まってくれ」


 先頭を行くアカに声を掛け、俺は一度大きく深呼吸をする。

 この世界に来てから、行方が分からなくなっていた結愛を探すために“魔力感知”を鍛え、オタク知識から魔力の波を伝い周囲の状況を把握する“魔力探査”を編み出した。

 それは実戦ですら鍛えてきたが、それ単体で全力を出すのはこれが初めてと言っていい。

 だから、もう一度だけ深呼吸をして、全力の“魔力探査”を行う。

 ソナーのようにダンジョンの中を這う俺の魔力が、どんどんと広がっていく。

 通路の長さ、天井の高さ、道幅の狭さ、仕掛けられたトラップ。

 ダンジョン内のあらゆる情報が波を介して俺に伝わってくる。


「――いた。みんな、跳ぶから手ぇ繋いで」


 限りなく遠い場所。

 ダンジョンの端っこに位置する場所に、二つの魔力の反応を捉えた。

 その内の片方が、少女の魔力にそこそこ似ている。

 少女の母親であるという確証はないが、手遅れになる前に跳んでおきたい。


「結愛、借りるよ」

「うん、いいよ」


 断りを入れてから魔力を拝借し、全員を転移させる。

 壁に埋もれでもしたら圧死は免れないが、そんなヘマをすることなく目的地へと辿り着く。


「ナニっ!?」


 転移した先は二つの魔力のすぐ近く。

 急に現れた俺たちに驚き声を上げたのは男性。

 目つきが悪く、右手には小刀を持っている。

 そしてその奥に、少女と似通った魔力を持つ女性がいた。

 短めの取り回しやすそうな剣を握り、魔物と対峙している。


「ママ!」

「――! ミライ!? どうしてここに――!?」


 少女の母親は、聞こえるはずのない場所で聞いた娘の声に、思わず振り向いてしまった。

 母親は今まさに、魔物と対峙しているというのに――


「――俺が出るまでもなかったな」


 隙を晒した母親を守ろうと一歩を踏み出した瞬間には、その魔物は通路の奥へと殴り飛ばされていた。

 それをしたのは、恐らくこの中で少女の身を一番案じていたであろうアカだ。

 気を抜いていれば見えなかっただろう速度で魔物に近づき、殴打を一発。

 これで“身体強化”を使っていないのだから、竜人の身体能力の高さは魔人を軽く凌駕しているな。


「なっ、何モンだてめぇら!?」


 突如転移してきた俺たちに対して、少女の母親と一緒にいた男性は冷静とは対極に位置する言動で唾を飛ばしてきた。

 左の腰に提げられた剣を引き抜いて俺たちへその切っ先を突き出す。

 額にはバンドのようなものが巻かれていて、その中心には宝石のようなものが嵌め込まれている。

 それ以外は特筆すべき点のない普通の組合員の格好だ。


「まずあんたが誰だ? どうしてその子の母親と一緒にいる?」

「おっ、俺はこいつが金を借りてるとこのモンだ! こいつの借金を返済する手段としてここで――」


 そこまで言ったところで、男はハッとなって口を(つぐ)む。

 言ってはいけないことを言おうとしたのだろう。

 これがブラフの類なら騙されても感心するところだが、この男の様子を見る限りそうは見えない。

 驚き、焦り、思考が纏まっていない。


「ここで、何だ?」

「なっ、なんでもねぇ! それより! 俺たちの邪魔をしていいのか!? ここで中断しちまえばこいつは借金を返済できずに今よりもっと悲惨な目に遭うぞ!?」

「心配してくれてるのか?」

「ちげぇよ! こいつがちゃんと仕事を果たさないと俺が壊されちまうんだよ!」

「保身か。まぁ大事だよな」


 男の口から出てくる言葉はどれも真実のように聞こえる。

 だとしたら、ここで少女の母親を家へ連れ帰るのは得策とは言えないか。

 どれもこれもが不穏なワードで溢れているのが気掛かりだしな。

 本当に男の言葉通りになってしまった場合、俺たちでは最後まで面倒を見きれなくなる可能性が高い。

 まだ首をツッコんで早い段階だ。

 深いところまで足をツッコむ前に引くこともできる。

 けどまぁ――


「こんな小さな子がいる親を酷使するなど言語道断だ」

「ヒィッ!」


 元の鋭い目つきはより吊り上げられ、威圧感たっぷりの声音と雰囲気で、アカは男に言う。

 こんなに喋ってるアカを見るのは初めてな気がするなぁなんて場違いな感想を抱きつつ、思考はそのままに成り行きを見守ることにする。


「な、何だてめぇは! 俺たちに手を出せばこの国にはいられなくなるぞ!」

「知ったことか。貴様も、貴様の言う「俺たち」とやらにも興味はない」


 言葉を強くし剣の切っ先を向けて脅す男に対し、アカは一歩を引かない。

 あの程度の剣でアカをどうにかできるはずもないし、そもそも男は怯えて戦うどころではないだろうしな。

 ずんずんと距離を詰めるアカに対して、ジリジリと後退する男。


「――うわぁあああああ!!!」


 まぁ逃げるよな。

 予想通りの展開が目の前で起こり、男は俺たちの脇を駆け抜けていく。

 擦れ違いざまに誰かを攫うだとかはせず、ただ一目散に、脇目もふらずに逃げていく。

 あんな大声を出しては魔物に気付かれるだろうが、今日は魔物の数は少ないし無事に帰れるだろう。


「いいのか? あんなこと言って、あいつの後ろにある組織かなんかがその親子(ふたり)を狙うかもしれないぞ?」

「人間の組織程度にどうこうされるつもりはない」

「ミライちゃんのお父さんが病気で()せってるって話は聞いてたろ? 金銭的支援を拒まれたら助からないぞ」

「俺の持ち金で払えばいい。先のやつらとの繋がりが消えれば、リスクを冒してまでこの子たちの家族を狙う必要もなくなるだろう」

「そう単純に行くかねぇ……?」


 リスクとかメリットデメリットとか、そりゃもう当たり前に存在するそれは、普通なら考慮されるだろう。

 けど時に人間は、そう言った諸々を度外視して動く時がある。

 常識で考えている奴を嘲笑うかのような動きをされたら、アカの言う通りにはならない。


「もしそうならないのなら……」

「なら?」

「その組織ごと潰すまでだ」

「こえーこと言うなよ。まだ悪だと決まったわけじゃないだろうに」

「親を酷使し子を悲しませるなど、誰であっても悪以外のなんだというのだ」


 今のアカは分かり辛いが、これで激情に駆られてるのか。

 怒りでおかしくなるのは竜人も同じのようだ。

 ともあれ、俺たちがどうするか以前にまず、母親に話を聞かないといけない。

 結愛に目配せをして、話の進行をお願いする。


「お騒がせしてすみません。ミライちゃんのお母様でよろしいですか?」

「あ、はい。あなた方は……?」

「私たちは通りすがりの組合員です。このダンジョンに挑みに来たのですが、ミライちゃんを見かけて少しお節介を焼いている途中でして」

「……?」

「それで少し、お話を聞かせてはもらえませんか?」






「ミライちゃんから聞いていた話と変わらないわね」

「だね。ここにミライちゃんのお母さんが来た理由もわかったし」


 少女のお母さんからすれば唐突な展開だったが、戸惑いながらも全て答えてくれた。

 大筋は少女の言っていた通り、お父さんの治療費を稼ぐために母親が無茶をしている。

 お父さんの治療に必要な金額は莫大。

 金額にして二千万。

 集めるためには普通の手段ではダメだった。

 だからどうしたのか。

 所謂――


「悪徳金融か……ドラマの中でしか聞いたことないや」

「葵くん、ドラマなんて見るの?」

「いや見ないけど」

「……」


 ジト目を貰うが、でもイメージはそうなのだから仕方ない。

 とにかく、そんなわけで少女のお母さんは、悪徳金融にお金を借りた。

 それでお金の問題は解決したが、お金を借りること自体に新たな問題が浮上する。

 無償で二千万なんてお金を借りれるわけがない。

 そこで要求されたものが――


「一般人が魔物と戦う姿って娯楽になるの?」

「需要があるから要求されてるのでしょうけど……私には理解できないわね」


 世の中には色々な趣味があることは知っている。

 それを否定する気もない。

 だからと言って、今回のようにその趣味によって困っている人がいるとなると……いやまぁその道を選んだのはこのお母さんなのだが。


「ですので、私は戻ります。ここで支援を打ち切られては、この子の父を助けられません」


 少女のお母さんは、少女の頭を撫でながら言った。

 その顔には不安も迷いも見て取れる。

 でも、やらなきゃいけないからやろうとしている。

 自分にできることを全力で。


「幸い、あの人たちは無理を要求してくるわけではありません。さっき、私の後ろにいた人が命の保障をしてくれて――」

「私の威圧で逃げる程度の人間に命の保障などできるはずもないだろう」


 少女の母親の言い分を、アカが真っ向から否定する。

 比べる対象によっては逃げた男性でも命の保障はできるだろうが、アカの言いたいところはきっとそこじゃない。

 ただ、かなり回りくどい言い方してるから母親に伝わってはいなさそうだ。

 単に母親からの印象を悪くしているだけ。


「あの男性がミライちゃんお母さんの命の保障をできるかどうかは一先ず置いておきましょう。取り敢えず、お母さんがこんなことをしている理由に関してはきちんと理解しました」

「ご迷惑をおかけしてしまい、すみませんでした……では、私はこれで戻ります」

「待ってください。まだ一番大事なところの話ができていません」


 結愛は少女の母親を呼び止める。

 ここで時間を浪費すれば逃げた男性から少女の母親が逃げた的なことを報告され、金銭的な支援を打ち切られる可能性があるだけに、早々に戻って弁明をしたいのだろう。

 でも、俺たちがここに来た理由は――


「ミライちゃんを悲しませてまで、それはするべきことなのですか?」

「……なに、を――」

「ミライちゃんにとって、お父さんが死んでしまうのも悲しいことです。ですが、お母さんが辛い思いをしているのも、同じくらい悲しいことなんですよ」


 まだ十二歳の子供。

 あくまで一般論に当てはめると、小学生の可能性すらある子供にとって親という存在はとても大切だ。

 その親が二人とも大変な状況に陥り、まして少女はその悲しい未来を予知してしまった。

 もし少女の予知夢が現実となれば、少女の親は二人ともいなくなってしまう。


「ミライちゃんの気持ちは、痛いほどわかるんです。私もミライちゃんと同じくらいの頃に、両親を喪いましたから……」


 結愛は、自分と少女を重ねていたのだろう。

 結愛が優しいからとか、他人の為に偽善を通して生きているとか、そんな次元の話じゃない。

 その辛さを身を以って体験した結愛だからこそ、少女を同じ目に遭わせたくないんだ。


「……」


 そこで、結愛の言葉が詰まる。

 ここに来た時点で話す内容はおおよそ定めていたはず。

 どうしてこのタイミングで言葉が止まるのか。


「結愛?」

「え? あ、うん。ごめん」


 (かぶり)を振ってから己の頬を音を立ててはたく。

 どうやら気合を入れなおしたらしい結愛は、改めて少女の母親へと向き直った。


「お母さんにとって、ミライちゃんも大切なはずです。どうかミライちゃんの為にも、その身を滅ぼすようなやり方は止めてくれませんか? アカも――その目つきの悪い人も、ミライちゃんの気持ちに寄り添っているから、あんな素っ気ない、突き放すような言い方をしたんです」

「……フン」


 アカは小さく鼻を鳴らし、そっぽを向いた。

 まるで、余計なことを言うなと言わんばかりに。


 結愛の話を聞いたお母さんは黙り込んだ。

 当然っちゃ当然か。

 愛した人と、その人との子供。

 今の結愛の発言は、その二つを天秤に掛けるように指示しているのと同じこと。

 どちらかを選べというのは、酷な選択を迫っている。


 だが当然、結愛にはその先のビジョンがある。

 そこまで考えられていないようならば、パトリシアさんやアヤさんのような『シスターズ』や各国で積極的に人助けをしている『チルドレン』のような、あそこまで慕ってくれる人たちがついてくるはずもない。


「結愛、もしここでその悪徳金融と手を切った場合、治療にかかる二千万はどうするの?」

「決まってるじゃない。私が――」

「私が払おう」


 ニヤリと自慢げに笑い、カッコつけようとした結愛のセリフを遮ったのはアカ。

 懐から手のひらよりも少し大きい分厚い布の包みを取り出して、呆然とする結愛を傍らにそれを母親へと渡す。


「……これは?」

「とある竜の鱗だ。これを売れば、二千万など容易いだろう」

「りゅ、竜?」


 竜という生き物は実在している。

 俺も実際に――といっても、人状態の竜とだが――戦ったしな。

 しかし、一般人からすれば御伽噺のような存在に近い。

 いや一般人に限らず、魔物や魔獣と戦い倒し、それで生計を立てている組合員ですら、竜という存在を実際に見たことのある人間は限られる。

 直近に竜が現れたのは数年前、現――いや、もう現じゃないのか。

 ()()()が討伐したはぐれ竜のみ。

 その前は、百年以上遡っても出現例がない。


「加工すれば金剛よりも固く、外からの魔力を弾き中に魔力をよく通す。武器として拵えたならば一級品は下らず、防具となればそのものの命を保障する。先の男などよりも確実にな。それほどの価値がある」


 竜の鱗という価値がイマイチ分かり辛いものを、アカはわかりやすく説明してくれた。

 もちろん、俺たちにではなくキョトンとした顔で一向に受け取ろうとしない少女の母親に向けてだが。


「どうして……見ず知らずの私たちの為に、そこまで、していただけるんですか?」


 当然の疑問だな。

 この話にはこちら側に一切のメリットがない。

 いや、名声を積むという点ではこれ以上のないエピソードだろうが、こんなダンジョンの奥の方での話など広まるはずもない。

 そう言う意味ではやはり、俺たちにメリットなんてないか。

 ま、メリットだとかデメリットだとか、少女を助けたがった結愛やアカはそんなことを考えてない。

 二人は単に――


「ミライちゃんが困ってたから、助けたかっただけです」

「子を持つものとして、子を悲しませるようなことはしたくない。それだけだ」


 立ち直った結愛は笑顔で、アカは苦しそうな顔を抑えて。

 意味は違えど二人の目的は変わらない。

 少女の助けになりたいから。

 表面上だけじゃなく、根本的な助力を――


「私たちの手を取ってくれたのなら、その後もサポートします。金融機関からの復讐が怖いのなら護衛を置きますし、これを借りと感じるのなら、返せるときに返してくれるでも構いません。ただ、あなた方の力になりたいんです」


 結愛の原点。

 昔からずっとそうだった。

 困っている人を助けたい。

 その一点を為すために、色々な努力をしていた。

 俺の憧れた少女(ゆめ)は、俺を救ってくれた少女(ゆめ)は、そういう人だった。


「――もし、かして……『黒髪の聖母』様、ですか……?」

「あっははは……懐かしい呼び名だね」


 心底恥ずかしそうに頬を掻きながら笑う結愛に対して、少女の母親は希望を見つけたような表情になる。

 『黒髪の聖母』。

 かつて共和国で結愛を探していた時に聞いた通り名で、なぜに聖女じゃないのかと疑問を抱いた覚えがある。


「本当に……本当に、頼ってもよろしいのですか?」

「勿論。もし心配でしたら、契約書でも用意しましょうか?」

「……いえ、いいえ」


 頭を下げて、母親は一歩前に出る。

 声を震わせて、手を震わせて。

 闇に射した光に手を伸ばす。


「……ありがたく、頂戴します。どうか、私たちを助けてください」

「任せてください」


 アカから包みを受けっとった母親へ、結愛は力強く頷いた。

 しかし『黒髪の聖母』か。

 そういう通り名や二つ名は、こういう時に意外と役に立つんだな。

 俺にそれがあったからと言って、何か益があるわけでもないんだけど。


「じゃあとりあえず、今日は一旦戻ってそっち片付けてから攻略に戻るか。後腐れって言うとなんか意味合い違ってくるけど、不安を残したままだといざって時に困るだろ」

「そうね……いえ、どっちも並行して進めましょう。私とアカでミライちゃんの方は片付けてくるから、葵くんたちはダンジョンの攻略を進めちゃって」

「え? いやだけどな――」

「私と離れるのが寂しい?」

「……普通に不安なんだよ。パトリシアさんもそうだろ?」


 結愛の実力ならそうそう何かが起こることもないだろうが、それでも百パーセント何も起こらないという保証はないわけで。

 そうなったときに俺がいるのといないのとでは大きく違う。

 俺がいれば何かができるという驕りではなく、そういう時に結愛の傍にいたいというエゴでしかないのだが。

 それを言っても今のように茶化されながら断られるのがオチなので、同じ気持ちだろうパトリシアさんを味方につけることで戦力の増強を図る。


「……アカさんもいるのであれば、問題にはならないでしょう」

「あれっ思ってた回答と違う」


 俺の想像は裏切られ、パトリシアさんは結愛の意見に賛同した。

 周りを見てみても、結愛とアカなら大丈夫だろうという雰囲気が漂っている。


「別動隊の方に意識が行って不安になる。それはよく理解できるけど、葵くんの場合はそうじゃないでしょ?」

「ど、どゆこと? 俺の精神力はそんな強くないよ?」

「だって、葵くんなら――」


 結愛は悪戯な笑みを浮かべて、俺に目線を配る。

 昔からよく見てきた、揶揄うときに見せる笑み――


「私と早く会いたくて、完璧に、迅速に、事を済ませるでしょ?」

「――買い被りすぎだよ……ったく」


 俺のことを全て見透かされているようで、全く嫌になってしまう。

 これでは反論の余地などない。

 なんかここ最近、論破されてばかりな気がする。

 口論や討論が強いわけではないからこれが正常と言えばそうなんだけど。

 大きく溜息をついてから頷く。


「わかった。じゃあアカ。すまんけど結愛と、親子を頼む」

「ああ」

「じゃあ残った五人でダンジョン攻略だ。再集合は何時くらいにする?」

「今が……九時ね。なら夕飯の前には戻りましょう。母さんたちも心配するでしょうし」

「わかった。じゃ、俺たちはそれまでに行けるとこまで行こう」


 今から攻略に注力すれば、小野さんたちが攻略した第七階層まで行けるだろう。

 時間的にボスはリポップしているだろうが、できればそこまでは攻略しておきたい。

 俺たち以外の誰かがリポップしたゴーレムを倒しているかもしれないしな。


「じゃあ、また夜に」

「おう。気を付けてね、結愛」

「葵くんこそ。ソウファちゃん」

「はい!」

「葵くんのこと、よろしくね?」

「任せて! 結愛お姉ちゃん!」


 俺の信用の無さの表れか、あるいはソウファが信用されているのか。

 ともかく、ソウファの元気な返事で満足したのか、結愛はダンジョン攻略に残った全員に気を付けてねと声を掛ける。


「地上まで転移で送るよ。さっきの護衛の男の人もいるし、早い方がいいでしょ?」

「そうね、頼める?」

「うん、じゃあ魔力を――」


 俺の魔力量では複数人を転移させると枯渇してしまうから、いつも通り結愛から魔力を拝借して転移させようとした。

 そんな俺の肩が、トントンと叩かれる。

 振り向いてみれば、アンジェが俺のことを見上げていた。


「結愛さんは向こうでの万が一に備えて力を温存してくべきです。だから、私の魔力をあげます」

「え? いいの?」

「さっきのを見ていたのでおおよそは把握しました。あれくらいの魔力量なら、一時間もあれば回復します」


 あれくらいの魔力量と言ったが、人一人を転移させるのに消費する魔力は上級魔術を十発撃つくらい。

 それだけの量をたった一時間で回復させるとは、吸血鬼という種の力の為せる技か、あるいはアンジェの才覚か。

 “魔力操作”や魔力総量など、まだ何とか努力でどうにかなるものとは違い、魔力の回復速度は元の才能がものを言うからな。

 とにかく、アンジェがそう申し出てくれるのならありがたい。


「……わかった。借りるよ」

「どうぞ」


 アンジェの手を握り、魔力を拝借する。

 結愛のものとは違う魔力を俺の魔力と同調させて、自らのものへと変換する。

 何度もやってきた行為だから、初めての相手とでも問題なくできている。


「よし、じゃあ固まって」


 俺の言葉を聞いて、結愛たちが固まる。

 それぞれが体の一部を触れさせて、同時に転移できるようにしてくれた。


「地上の――ダンジョンの入り口付近に飛ばすよ」

「わかったわ。またね」

「ああ、また」


 ほんの半日足らず離れるだけ。

 パトリシアさんも言っていたが、結愛とアカがいてできないことの方が少ない。

 二人はきちんと、あの親子を救うだろう。

 だったら俺も、俺のするべきことをしよう。

 取り敢えず――


「ダッシュで行くぞ! みんなついてこい!」

「おー!」


 ソウファの元気な返事を聞いて、俺はダンジョン攻略に走った。




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