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姉の為に。  作者: たかだひろき
第十章 幕間
167/202

【目的と積み重ね】




 太陽の光の届かない地下に、体育館並みの広さの空間がある。

 そこには仰向けになった人がずらりと並んでおり、これが幼い子であればお昼寝タイムかな? などの冗談を言えたかもしれない。

 しかし、目を瞑り、仰向けになって眠っているのはほとんどが大人。

 子供もチラホラ見かけるが、大半は高校生以上の年齢に見える。

 百を超える人たちが一様に並んで眠っているこの光景を前に異様さを覚え、少しだけ身震いする。


「……これは、一体?」


 その異様さを少しでも紛らわせるために、俺はここへ案内してくれた人――魔人へと問う。

 俺の隣で同じように目の前の光景を眺めていた魔人は、視線を離さないまま答えてくれた。


「これは次の大戦で、人間の国々へ向けて放つ駒の一つです」

「……その、こう言ったらあれなんですけど……この人たち、死んでますよね?」


 死んだ人からは死臭という独特の臭いが感じ取れると言うが、少なくともこの空間からは嗅ぎ取ったことのない臭いは感じない。

 けれど、目の前で寝そべる数多の人々が生きていないと言うことは、開眼していない魔眼ですら見て取れる。


 とはいえ、この質問をすれば魔人の気に障るかもしれない。

 例えそうはならなくとも、聞くことすら憚られるような質問をしている自覚があるだけに、恐る恐る訊ねる。

 そんな俺の心配など微塵も必要なかったのか、魔人は怒りを見せることもなく滔々と告げる。


「ええ。ですがご安心を。これらは私の術によって操りますので、死体であろうがなかろうが問題はありません」

「そ、そうなんですね。ゾンビみたいにひとりでに動き出すわけじゃないんですね」


 死体と動く。

 その二つのワードを提示されて真っ先に思い出すのは、大半の人がゾンビだろう。

 ゲームなどで敵として現れたり、あるいはゾンビ自体が題材のゲームだったり。


「それで、その……これを俺に見せて、何がしたいのですか?」


 純粋で素朴な疑問。

 俺には死体を操る能力はなく、何かを指揮する能力に長けているわけでもない。

 いや、操るのはこの魔人がするから俺の役割ではないのは明白だ。

 ともかく、こんなたくさんの死体を見せられても困惑することしかできない。


「あなたに何かを要求するつもりはないですよ。ただ、あなたには次の大戦で攻撃ではなく防衛に当たってもらいたいと思いまして」

「防衛……ですか?」


 果たして、次の大戦での作戦とこの死体たちを俺に見せることの間に何が関係あるのか。

 その疑問が顔に出ていたのか、魔人は丁寧に説明をしてくれる。


「あなたは召喚者の綾乃葵と因縁があり、次の大戦でその決着をつけたいと思っているとか」

「はい。それが、俺がこっち側についた理由ですから」

「その綾乃葵と戦うために攻めに転じようと考えていた場合、大戦の前になって改めて説明をするよりはこうして実物を見せて説明をした方が手っ取り早いと思いまして」

「……つまり、これらで人間側に攻め入るから、俺は防衛側に立って綾乃葵を迎え撃て、と?」

「その通りです」


 確かに、俺は次の大戦では綾乃葵の元へと攻め込んで決着をつける気だった。

 事前にこの説明をされていたら、気持ちの入れ替えをしている間に大戦が始まってしまっていたかもしれない。

 しかし、大戦までまだ時間がある今ならば、心の余裕や準備だって十分にできる。


「あ。でも、魔王軍の戦力の一部が人間の国に攻め入った場合、前回の大戦のように大半の戦力を置いて行って、葵がこれらの迎撃に向かってしまうのでは?」

「その可能性がないとは言い切れませんが、綾乃葵の目的の一つはこちらの手中にあります。それを奪還するためには、むしろ防衛を任せる可能性の方が高いでしょう」

「……そうかもしれませんね」


 綾乃はあれでいて、友人や仲間を大事にする。

 それは召喚者の中でも話題に上がっていたことだし、これまでのあいつを見ていればなんとなく魔人の言う通りになる気がする。


「ありがとうございます」

「構いません。あなたとノラには、期待していますから」


 言外に、綾乃葵を倒せと言われている。

 もちろん、それができるのなら苦労はしない。

 だが、それは難しいだろう。

 負けるつもりで挑むわけではないが、勝てるかと言われれば――


「それにしても、ゾンビですか。懐かしい言葉ですね」

「懐かしい、ですか?」

「ええ。かれこれ五千年ほど、その言葉は聞いていませんでしたから」


 「尤も、飽きるほど聞いていたというわけではないのですが」と、何かを懐かしむように呟いた。

 その表情は儚く、どこか魅惑的で、思わずまじまじと見つめてしまう。


「――私の顔に、何かついていますか?」

「えっ、あ、すみません。その――見知った顔によく似ていたもので」


 年上の女性に面と向かって訊ねられ、なんとなく本当のことを話すのが躊躇われた。

 別の理由を即座に探し出し、それを誤魔化すように笑いながら口にする。

 しかし、それを聞いた魔人は、目を細めて「ふむ」と頷く。


「その見知った顔というのは、あなたと縁のある者ですか?」

「え? あー、まぁ関わりがあるかと聞かれたらありますけど……今となってはそんな深い関係でもないです」

「……そうですか。ならいいのです」


 何がいいのかと聞きたくなったが、それは気に障りそうな気がした。

 だだっ広い空間に、沈黙が落ちる。

 居心地の悪さをそこはかとなく感じる。

 何か話した方がいいかと話題を探して、つい――


「――その、何か関わりとかあるんですか?」


 と、聞いてしまった。

 前の話の流れから、どう考えても変わっていない。

 気に障りそうだからと回避した質問とほぼ同義の質問をしてしまっている。

 ミスった失敗したやらかした。

 パニックになりアワアワと傍から見れば滑稽な動きで誤魔化そうとし、しかし言葉が出てこず「あの、その、えっと」を話す機械と化す。


「――そうですね」


 しかし、俺の予想とは裏腹に、魔人は小さく呟いた。

 初めて俺に向き直り、薄く笑って――


「因子的には、とても似通っているかもしれませんね」

「……それは――」


 「どういうことなのか」という質問をする前に、魔人が背を向ける。

 これ以上は話したくない、という意思表示だ。

 聞かなければいけないわけではないので、それ以上ツッコんだ質問は止めておく。

 本当は聞くべくことではなかったことに答えてくれたことに感謝するべきだろう。


「中村隼人」

「あ、はいっ」

「鍛錬は決して怠らぬように。あなたの実力であれば、開眼はできるはずですから」

「……はい。ありがとうございます」


 魔人の言葉が本心か、あるいは未だ当然のことができていない俺への励ましかはわからない。

 けれど、魔人が俺に対して期待をしてくれているというのは理解できた。

 その期待には、きっと応えられない。

 でも――


「……役に立つためには鍛錬か」


 結局は、どの世界に居たって努力は必要なんだなと、当たり前のことに小さく溜息をつく。

 言葉通り鍛錬に向かう前に振り向いて、眠る人々――死体へと視線を向けて、最後に一つだけ確認しておく。

 入り口から一番遠く。

 明かりがほとんどなく、はっきりとは見えないが持ち前の視力でどうにか見えるそこをもう一度だけ注視する。


「なんで、あの人がここにいるんだ……?」


 その疑問は、返事を貰うこともなく虚空に消えていった。






 * * * * * * * * * *






「――では、私は最初に攻めてきた葵様を説得をし、できれば良し。できなければ、中村様、ノラ様とともに戦う。ということでよろしいですか?」

「それで構わない。お前たちの要望を聞く限り、それが最善だろうしな」

「ありがとうございます」


 寛大な心で新参者の意向を汲んでくれた魔王ダレンへと、私は頭を下げます。

 普通ならば、寝返ったばかりの敵に対してこんなにも便宜を図ってくれることなどそうそうないでしょう。

 魔王軍の情報を取得するためのスパイや、あるいは内部から崩壊させていくための手駒である可能性を完全には否定できない以上、肝心な部分は伝えずに直前になってから話すべきです。

 けれど、魔王軍の魔人は魔王様を筆頭に、十魔神の方々の大半も私たちに対する敵意がほとんどありません。

 全員が全員、私たちが仲間に加わることに対して納得しているわけではないでしょうけれど、魔王軍から厄介者扱いされる前提で事を為そうとしていた私にとっては思わぬ僥倖と言えます。


「感謝することではない。お前たちからは多くの情報を得られた。良い仕事をしてくれたのだから、それに対する褒美はきちんと取らせるべきだろう?」

「正当な報酬がこれ、と言うわけですか」

「その通りだ」


 なるほど。

 そういうことならば、これはありがたく受け取っておきましょう。


「しかし、お前も難儀するな、アンナ」

「……と、言いますと?」

「隼人とお前の狙いが被っていたから同時に戦わせることになるが、あいつらは間違いなく綾乃葵を殺す気だぞ?」

「……そのことですか」


 中村様と葵様の間には、只ならぬ因縁があります。

 葵様はそれを既に清算し次へと歩み始めていますが、中村様は違うのでしょう。

 まだその因縁に囚われ、次の大戦でその清算をしようとしているように見えます。

 それができるかどうかは別として、私の目的が葵様の生存である以上、中村様とはいずれ相反する立場に立つこととなります。

 目的が互いに同じである以上は、どちらを優先させるかなんてことを言い争ったところで不毛でしかありません。

 結局のところ、早い者勝ちにしかならならないでしょう。


「それは、私たちの問題です。ここまで便宜を図って貰っただけで十分です」

「そうか。まぁお前たちは重要な戦力だからな。何か困ったことがあったら言ってくれ」

「はい。ありがとうございます」


 最後まで優しく笑顔でいてくれた魔王は、手をヒラヒラと振って部屋を出ていきました。

 その背が見えなくなるまで見送り、椅子に座り直してからふぅと小さく溜息をつきます。

 魔王と一対一で話すのはこれで二度目ですが、今までよりも感じる圧力が増しているように感じます。

 これにはきちんとした理由があり、それは互いが持つ魔王因子が共鳴し、その順応度合いによって反応するから、だそうです。

 わかりやすく言い換えると、魔王が持つ因子に私が持つ因子が怯えている、ということです。

 因子の優劣は植え付けられた意識なので意識の有無で遮断できないのがもどかしいですが、そのもどかしさを補って余りある力が手に入ったので、問題として取り上げるほどのものではありません。

 魔王様と面と向かって対峙する予定はないのですから。


「さて」


 もう一度、大きく深呼吸をして呼吸を整え、心を落ち着けてから立ち上がります。

 向かう先は鍛錬場。

 力が手に入ったと言いましたが、まだまだ粗く完璧に身に着けられたわけではありません。

 与えられた力をより使いこなすために、大戦までの短い時間で鍛錬を重ねる必要があります。


「……あ。ついでに」


 右手の手のひらを上に向け、そこに魔力を集中させます。

 葵様と旅をしていた時に、暇さえあれば葵様が常に行っていた鍛錬で、魔力の糸を生み出してそれを“魔力操作”だけで操るというもの。

 魔力を知覚可能な糸として大気中の魔素に拡散させないように維持することと、その糸を自在に操るという二重の鍛錬方法。

 魔力の消費は糸として生成したものだけで済み、それでいて“魔力操作”と“魔力感知”のどちらも鍛えられる。

 やっていることそのものは単純なのに、意外と難しいのがミソです。

 尤も、簡単であれば鍛錬としての意味合いは薄くなってしまいますから。


 移動ついでに鍛錬をしつつ、目的だった鍛錬場につく。

 広大な敷地のある鍛錬場は閑散としていて、全体の一割も埋まっていません。

 鍛錬場なら誰かいると思っていたのですが、思惑が外れそうです。

 一人でも鍛錬はできますが、誰かと実戦形式で鍛錬したほうが効率はいい。

 アフィは人化の調整で今日は一日ベッド生活と言っていましたし、お父様は幹部会議だとかで今日は外せない。

 やはり今日は一人で鍛錬になりそうです、と改めてもう一度鍛錬場を見回すと、端っこの方に見知った顔を見つけました。

 あまり印象はない人ですが、一時的とはいえ仲間となった人。

 ここらでその印象が正しいものなのかを判別しておくのも、後のことを考えるとよいかもしれません。


「こんにちは」

「あ。葵の側付きの……アンナさんでしたよね?」

「覚えて頂き光栄です」


 鍛錬場にいたのは、先程の魔王との話し合いでも話題に出た中村様と、その傍付きのノラ様。

 変わった私の名前をしっかりと覚えてくれていたようです。


「お二人も鍛錬を?」

「ええまぁ。俺だけはまだ、魔眼を開眼させられていませんから」


 こうして中村様と直接お話をしていると、随分と印象が変わって見える。

 こっちが素なのか、あるいは葵様から聞き、葵様と対峙している時が素なのかがわからなくなりそうです。

 けれど、ほぼ間違いなく、葵様と同じ空間にいるときの中村様は素ではありません。

 先の因縁がまだ中村様の胸の内に残っているからこそ、この原因である葵様の前ではおかしくなってしまうのだと思います。

 だからと言って、こちらの中村様が素だとも思えないのですが。


「そうだ。ついでに一緒に鍛錬しませんか? ノラとの一対一にも慣れてしまったので……」

「あら。私が相手では不満とおっしゃられるのですか?」

「そう言うこと言わないで勘違いされちゃうでしょ! ――ほら! アンナさんがめちゃくちゃ冷たい目で見てきたじゃん!」


 一瞬だけ裏の意味を勘繰ってしまったが、ノラさんの冗談で言葉のままの意味だと理解できた。

 やはりどうしても、葵様から聞いていた中村様の印象に引っ張られてしまう。


「ち、違いますよ? ノラとの一対一に慣れたのは本当ですが、ノラがこれから少し仕事で外すのでその間の相手を探しているだけと言いますか――」

「つまり相手は誰でも良かった、と?」

「だからノラ! そう言うこと言わないでってば!」


 しかしこうして掛け合いをしている二人を見ていると、葵様が仰っていた中村様というのも存外正しくないように思えます。

 清算していた葵様も、やはり深層心理では中村様のことを嫌い、憎み、認識が悪い方向へ傾いてしまっていたのでしょうか。

 ともあれ――


「中村様の胸を借りられるのなら、こちらとしてもありがたいです。是非、よろしくお願いします」


 中村様がどんな人なのか。

 それを詳しく知る必要はありません。

 ただ今は、私の目的を果たすためにやるべきことをするだけでいい。

 小さく息を吐いて、「勘違いされなくて良かった」と安堵する中村様に向き直る。


「俺の方こそ。精一杯相手させてもらうよ」






 * * * * * * * * * *






「どうだった? ダレン」

「アンナは強いな。実力的な意味でも、精神的な意味でも。あいつの傍に居続けただけはある」

「そこまで褒めるなんて、余程気に入ったのね」


 玉座の上に胡坐をかいて、肘掛けに頬杖をついているダレンは、口を元をニヤリと歪めて答えた。

 ダレンが答えた質問を投げかけた傍に控える長身の女性は、意外さを声に出して呟く。


「潜在能力は人間の中でも特にずば抜けてるし、それを手足のように操るだけの実力がある。努力を重ねていけば、人類最強にだってなれるだけの素質はあるよ」

「それはあの子の眼のことを指しているのかしら?」

「当然それもある。話を聞く限り、アンナの()は元の性質とは違う方向に成長していたっぽいしな。母親の眼と父親の才覚を継いでる以上、元の性質の方が強いもんだと思ってたけど、成長していた眼も魔眼に比肩するレベルだったよ」

「その上で魔眼を開眼させた、と……なるほど。ダレンが興味を持つわけね」

「それだけじゃないさ」


 玉座からぴょんっと飛び降りて、両手を大の字に広げたまま真っすぐ歩いていく。

 表情は明るく、声音(こわね)からは楽しそうなのがヒシヒシと伝わってくる。

 くるくると、声や表情だけでは表現しきれない楽しさや嬉しさというものを、動きもフルに活用して表現している。


「アンナの眼は成長した状態を保ったまま元の性質まで獲得してるんだ。一つの眼で複数の効果を持つなんて、やつらが“恩寵”と言って括る能力じゃ普通あり得ない。そんなもの、魔眼と変わらないだろ?」

「要するに、魔眼じみた眼を持っておきながら魔眼を開眼させたと?」

「魔眼自体は元の眼を強化する程度のものだったけど、元の眼の性質を考えたらそれだけで十分――むしろ、純粋な強化が施されたことで『眼』という枠組みで捉えたらアンナが最強と言っていい」


 魔眼という、人の目にはない特殊な器官を操ることのできる種族の王が最強と言った。

 それがどれだけ凄いのかなんて、聞かずともわかる。


「ダレンにそこまで言わせるなんて……裏切りの召喚者への説明じゃなくてそっちに行っておけばよかったかしら?」

「とか言ってるけど、お前がこの城の中で起きた事象を把握してないわけないだろ? 今だって、ボクがアンナのことをどこまで理解できているかの確認だ。違うか?」

「……そこまでわかるようになっていたのね」

「当然。お婆ちゃんが俺を近くで見てきたように、ボクだってお婆ちゃんを見てきたんだから」

「なるほど。当然ね」


 ダレンのあまりに当然な言い分に、納得するしかない。

 深淵を除いている時――だったか。

 まさか実体験としてそれを理解することになるとは。


「けれど、私の全てをわかったとは思わないことね。まだ理解できていないことは沢山あるわ」

「はいはい。それよりも、お婆ちゃんの方こそどうだったの? ハヤトは自分でも気づけない制限を設けてるっぽいけど」

「ただ大戦での説明をしただけ。それを解く手伝いはしなかったわ」

「意外だね。戦力を欲してるお婆ちゃんらしくない」

「あれは自力でどうにかするべきことよ。私がきっかけを作ったところで意味は薄いわ」

「将来を考えたってことか。じゃあハヤトは今後に期待ってとこだな。あれの成長した姿も楽しみだよ」


 くるくると回り続けるダレンはようやく落ち着いたのか、楽しそうな声はそのままに激しかった動きを止めた。

 玉座まで歩いてくるダレンを見つめたまま、私は答えるように呟く。


「今回の戦力ならそのままでも問題はないでしょうけどね」

「どうかな。あいつは――アオイはどんなことをしてくるかわからないよ? お婆ちゃんだって、吸血鬼から盗み取ってた情報を遮断されたじゃん?」

「盗み取ってはいないわ。彼女たちが情報をくれていたのよ」


 嘘は言っていない。

 吸血鬼がこちらの情報を探るために交信をしてきている際に、私もその交信に乗っかって情報を得ていただけ。

 その交信の鍵となる吸血鬼が綾乃葵に略奪されてしまった以上、私自身がリスクを冒さずに人間側の情報を得る術はなくなった。

 人間側の警戒が強まっている以上、生半可なスパイを送れば逆に情報を与えることになってしまう。


「とはいえ、今のままでも問題はないわ。綾乃葵が想定外のことをしてきても、ダレンなら対応できる。でしょ?」

「期待されてるのは嬉しいけど、ボクは一度、アオイに負けてるんだよ?」

「力を制限している時で互角。負けたとはいえ多大な傷を負わせた。綾乃葵がどれだけ成長していようと、今のダレンに勝てるとは思えないわ」

「――なら、次の大戦でその期待に応えますかね」


 玉座の上で大きく伸びをして、ダレンはやはり楽しそうに口元を歪めたまま答える。

 前回の大戦を思い出しているのか、口元の歪み方が酷い。


「聞きたかったことはそれだけよ。私はもう行くわ」

「はーい」

「この後の会議には遅れないようにね」

「わかってるよー」


 綾乃葵との戦闘をシミュレーションでもしているのか。

 虚空を眺めながら反射で返事をするダレンに肩を竦めてから、私は玉座の裏へと向かう。

 玉座の裏にある入り口に入り、しばらく進んでから足を止めて振り向く。

 既にダレンの座る玉座は見えない。

 それを確認してから、愚痴るように零す。


「――過去も未来も、話したところで理解されるはずがないわ」


 人なんて所詮、真の意味で他人を理解することはできない。

 神だってそうだ。

 本当に困っている人がいたとして、神が個人を助けることはない。

 結局は自分本位。

 自分さえよければそれでいいと考えている。


「ハッ。それは()もか――っと」


 口調が壊れた。

 それを自覚して、私は口元に手をやる。

 大きく深呼吸をして荒れた思考を元に戻し、改めて歩き出す。


 次の大戦が、五千年待ち続けた最高の状態であり、今後いつ訪れるかもわからない好機。

 地道に、意味がないと思ってきたことでさえ積み重ねてきた私の集大成。

 ここを逃すことはできない。


「……念には念を入れるべきね」


 綾乃葵はそこまで大した相手ではない。

 ただ、ダレンがあそこまで言うからには何かある。

 ここで失敗するわけにはいかないからこそ、やれることはやっておくべき。

 目的さえ達成できれば、後はどうなったっていい。

 魔人も人間も、この世界が壊れようと構わない。

 そのための五千年なのだから。


「少し、ノラに動いてもらいましょうか」




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