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姉の為に。  作者: たかだひろき
第十章 幕間
166/202

【着々と】



「緊張するな」

「……そうだね」


 隣にいる幼馴染の言葉に、素直に頷く。

 緊張からくる喉の渇きに水で潤いを与えてから、小さく息を吐く。

 この緊張は、この階層のボスを倒すからというだけではない。

 きっと、前人未到に挑戦するということ自体に対しての緊張の度合いが大きいはずだ。

 もう一度、心を落ち着けるために深呼吸する。


「準備はいい?」

「……うん」


 その一連の動作を待ってくれていた幼馴染が、私を見て訊ねてくる。

 覚悟を決めて、私は目の前に立ち塞がっているとんでもなく巨大な扉に視線を向ける。

 誰が通ることを想定しているのか、縦十メートルはあろうかという巨大な石の扉。


 装備は万全。

 準備は万端。

 あとは、この先に待ち構える前人未到のボスを倒すだけ。


「よし。じゃあ行くぞ? せーのっ――」


 幼馴染の合図で、私は両開きの扉の左側に力を入れる。

 見た目から微動だにしなさそうな扉は、実は意外と簡単に開くことを知っている。

 まるで、来るものは拒まないと言わんばかりに。

 ゴゴゴゴゴと、骨身に重低音と振動を響かせながら、ゆっくりと扉が開いていく。

 自分たちが通れる分の隙間を空けて、私たちは滑り込むようにその隙間から中へと侵入する。


 中はとても暗く、扉が閉まれば暗黒の世界が訪れる。

 そんな私の考えを読み取ったかのように、開いた扉がひとりでに閉まっていく。

 だが、それもこれも何度も経験したこと。

 ガゴォンと大きな音を立てて閉まった扉からは意識を外すと同時、部屋がぼんやりと明るくなる。

 壁に松明があるわけでも、天井に蛍光灯があるわけでもない。

 部屋全体が一つの光源として機能しているんだ。

 今回に限っては、床に光る三重の円があり、それも光源として機能しているようだ。

 そうして、視界の確保ができるようになってから、ようやく本命が現れる。


「……小さいね」

「ああ。だが油断はするなよ」

「うん」


 部屋の中央――三重の円の一番内側の円の中だけが流動し、粘土のようにグネグネとうねったかと思えば、次第にそれは見慣れた形を形成する。

 見る人が見れば気味悪がりそうな登場を果たし現れたのは、小さな石像。

 身長は一般的な人の姿と大差なく、体格も似たようなもの。

 見るからに石材で作られていること以外は、人の姿そのものだ。


「こっちから仕掛ける。カバーを」

「わかった」


 私が頷くと同時、幼馴染が腰に提げた剣を抜き放ち、石像――ゴーレムへ向けて真っ直ぐ駆ける。

 瞬く間に距離を詰めた幼馴染は、棒立ちになっているゴーレムへ真横から斬撃を放つ。

 ゴーレムの体はバターのように斬り裂かれ、登場の仕方からは考えられないほどに形を保ったままズズンと思い音を立てて崩れ落ちる。

 反撃を警戒し、私は魔術をいつでも発動できるよう構えるが、何も起こらない。


「――! 体が溶けた……?」

「――来るよ! 気を付けて!」


 私が飛ばした警告に、幼馴染は素早く反応する。

 再び流動した中央の地面は、意思を持っているかのようにグネグネとうねり、近くにいた幼馴染へ襲い掛かる。

 形を変え、速度を変えて迫ってくる粘土のようなものを、幼馴染は躱して切断して大きく跳び退く。


「斬った感触はどうだった?」

「今まで通りきちんと石だったよ」

「形どったら硬質化するのかな?」

「どうかな。ただ、()()()()()再生するなら、切断はあんまり有効じゃないかもしれない」


 幼馴染の言葉通り、私たちの眼前では再びゴーレムが形どられている。

 攻撃に使われた粘土状の石が中央に寄り集まって、さっき見たものとほとんど変わらないゴーレムになる。


「俺たちの行動を受けている辺り、六層の“解析”みたいだな」

「確かに。似た不気味さがあるね」

「ともあれ、もう一度試してみる」


 言葉と同時に幼馴染は飛び出して、再び真横に剣を薙ぐ。

 再度斬り裂かれたゴーレムはリプレイでも見ているかのように地面へと崩れ落ち、数秒後には再び地面へと溶ける。

 そして再び、反撃が来る。

 触手のように伸びてくるそれを幼馴染が器用に躱すと、やはりそれが集まってゴーレムへと戻る。


「同じだな」

「だね。じゃあ翔が陽動で私が攻撃?」

「そうしよう。貫通は俺が試すから、衝撃を頼む」

「わかった」


 衝撃なら、まずは岩から。

 面を意識して、岩の弾丸を作製する。

 平たい面をそのままぶつけるとなると威力が損なわれるから、風の魔術で補強して――


「まず一射!」


 拳大の岩の弾丸を、まずは一発叩き込む。

 私の設定した通りの速度で射出されたそれはゴーレムの左肩に直撃し、肩から先を吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたゴーレムの腕は壁へ激突し、ガゴンと重たい音を響かせてから重力に従い床へと落下する。

 そしてやはり、その腕は地面へと吸収された。

 しかし、ゴーレム本体はまだ健在だ。


「なら、反対も――」


 もう一つ、先と同じものを作製し射出する。

 ゴーレムの右肩へそれは直撃し、左肩の時と同様の光景が展開される。

 そして、ゴーレムはまだ溶けない。


「――! 翔! 跳んで!」


 警告を飛ばし、幼馴染がそれに従って上へと跳躍した瞬間、地面が流動した。

 ゴーレムが形成されるときのそれと変わらない、一番内側の円の中だけが流動する現象。

 その流動はゴーレムを覆うように広がっていき、吹き飛ばした腕が徐々に再生されていく。


「衝撃もダメか……」

「翔が剣で貫いてもダメだったよね?」

「すぐに塞がったからダメージは皆無だと思う」


 ゴーレムの動き自体に苦戦する要素はない。

 何せ、広大な部屋の真ん中にある野球のマウンドほどの大きさしかない円から動かない上に、反撃自体もゴーレムが生成される前の一時だけ。

 近接戦闘をする幼馴染はともかく、動かないゴーレムなど魔術師にとっては格好の的。

 しかし、あのゴーレムの再生能力は今までのどの敵と比較しても群を抜いて高い。

 厳しい戦いにはならなくとも、大変な戦いにはなるかもしれない。


「こいつのコンセプトは“再生”か?」

「でも、三層にもいたよね」

「いたね。コンセプトに被りがないなんて言われてないけど……」


 これまで挑戦してきた各階層のボスであるゴーレムには、それぞれコンセプトのような能力が宛がわれていた。

 第一層の“切断”、第二層の“音波”、第三層の“再生”、第四層の“防御”、第五層の“機械”、第六層の“解析”。

 それぞれのゴーレムがその特性を活かして、部屋を訪れる挑戦者(わたしたち)と対峙していた。

 そんなゴーレムたちの特性、コンセプトに、今まで被りは一つとしてなかった。

 このゴーレムが例外なのか、あるいはこの階層から被りが解禁されたのか……。

 色々な考えは思いつくけれど、確証として得られるものはない。


「――ん?」


 何かヒントとなるものはないだろうかと、ゴーレムや部屋を注視していてふと、足元の円に視線が止まった。

 部屋を照らす光源として光っていたはずの床の円の一部が、光を失っている。

 正確には、一番小さい内側の円の一部分が消えている。


「ねぇ翔。あの一番小っちゃい円の光、ちょっと欠けてない?」

「……本当だ。あれがあのゴーレムの体力、とか言うのは短絡的かな?」

「今までのボス部屋になかった仕掛けだし、可能性はあると思う」


 あの光がゲームで言うところのHPゲージで、全ての光を消すことでこの階層が突破できるという可能性。

 十分にあり得る話だと思う。

 そうなると、私たちのやるべきことは――


「まずは試してみようか」

「反撃にだけは気を付けてね」


 確実にそうと決まったわけではないが、そうである可能性が高いなら実践してみる価値はある。

 幼馴染とそう結論付けて、互いにあのゴーレムの破壊に行動をシフトする。

 私がさっきのように魔術で体を撃ち抜いて吹きとばし、幼馴染が剣で両断する。

 すると体が床に溶け、再び触手のような粘土のようなものが近くにいた幼馴染目掛けて迫りくる。

 それを躱すと再び部屋の中央でゴーレムが復活し、最初の手順に戻る。


「うん。あの光る円が体力で間違さそうだね」

「ぽいね。じゃあひたすらあのゴーレムの体を削っていこうか」

「うん」


 幼馴染が四度目の攻勢へ転じる。

 私も続いて、魔術による攻撃を行う。

 何度も何度も根気強くゴーレムの体を削り、試行回数が十を超えた頃。

 ようやく一番内側の円の光が尽きた。

 それが合図だったかのように、ズズンと重たい音が響き、部屋が少しだけ揺れる。

 何が起こるのかと身構える私たちの前で、再びゴーレムが生成された。


「よくあるパターンなら、ここから動きが変わるよね」

「十分警戒して戦うよ。日菜は援護を」

「任せて」


 パターン変化に備えてまずは様子見。

 今まで通り幼馴染が先行し、ゴーレムの出方を窺う。

 腰だめに構えた刃を再び横に薙ぎ、ゴーレムの両断を狙う。


「――!」


 これまで通りなら、ゴーレムはこれと言った反応を示すことなく体を両断され、溶けたのちに触手のようなもので反撃をしてきた。

 しかし今回は、明確に動きが違った。

 幼馴染が放った横薙ぎの一閃を、腕で受け止めるようにして防御したのだ。

 もちろん、体の硬さそのものは変わっていなかったようできちんと両断されたが、初めてゴーレムが明確な意図を持って動いた。

 その変化を確かめるように、ゴーレムが切断された上半身を液状化させ、下半身が溶けるよりも早く触手となって幼馴染へと襲い掛かる。


「翔!」


 咄嗟の出来事に思わず声を上げた。

 返事はないが、迫りくる無数の触手を全て対処しきっているから大丈夫。

 そう言い聞かせて、私はゴーレムの観察を続ける。

 溶けた上半身は触手として消費され、次第に小さくなっている。

 反対に、地面に足をついたままの下半身は地面から粘土状の石の供給を受けて、元の形に戻ろうとしている。

 今までは反撃の後に再生をしていたのが、反撃をしている間に再生をしている。

 工程が一つ減った――というよりは、別々だった工程を一緒くたにしただけでしかないけど、かなり大きな変化だ。

 幸いなのは、その変化でこちらに対する被害が甚大になることはないと言うこと。

 このくらいの変化なら、まだ対処は可能なはず。


「日菜。総攻撃、できるか?」

「大丈夫なの? まだ反撃のパターンはわかりきってないでしょ?」

「いや、触手みたいに飛ばしてくるあれの動きなら、大体把握した。思ってたよりも簡単に対処できる」

「……わかった。じゃあヘイト稼ぎは任せるね」

「ああ。頼んだ」


 手早く作戦会議をして、幼馴染は自身の仕事を全うするべくゴーレムへ吶喊する。

 心配だけど、私にはその幼馴染から任された仕事がある。

 それをきちんと果たすべく、私は魔術を練り上げる。

 イメージするは衝撃。

 先程のような、衝撃でゴーレムを撃ち抜く弾丸。


「――行け」


 岩の弾丸に意思があるわけじゃない。

 私がイメージしやすいように、実行するアクションを言葉にしただけ。

 だが、私の言葉に反応したかのように、岩の弾丸は一直線に突き進み、ゴーレムの体を吹き飛ばす。

 吹き飛んだ腕は壁に衝突し、反撃することなく地面へと吸い込まれていく。

 ちらりと、床の三重円の真ん中の円に視線を向けてみれば、予想通り一割ほど光が失われている。

 中央の円と外の円の光が、ゴーレムの再生の限界なのだろう。

 今も、吹き飛ばされた腕を再生しようとゴーレムの足元から粘土状になった石が纏わり形を成そうとしている。


「――」


 私が魔術の装填をしているほんの一瞬で、幼馴染が再生途中のゴーレムの体を液状の石ごと両断し、浮いた上半身を至近距離からの風魔術で吹き飛ばす。

 ビチャという音と、ゴンという二つの音とともに壁に叩きつけられたゴーレムの上半身は、やはり反撃はしてこずに地面へ落ちて吸収される。

 それでもゴーレムは、反撃よりも再生を優先している。

 腕だけではなく上半身が完全に吹き飛ばされて尚、足元から泥のように体に纏わりついて上半身を形成しようとするゴーレムへ、再び岩の弾丸をお見舞いする。

 泥が緩衝材かあるいは吸着剤となったのか、残った右脚を部屋の壁まで吹き飛ばすことは叶わず、しかし本体からの切り離しには成功した。

 つまり――


「ごめん翔!」

「大丈夫!」


 体から切り離され、しかし吹き飛ばされなかったゴーレムの体の一部は触手となって反撃する。

 その仮説の正しさを証明するように、片脚を失いバランスを崩して倒れ込むゴーレムの横から、切り離された脚が脈動し翔へと襲い掛かる。

 その速度は今まで見てきたものより早く、幼馴染の顔から余裕が消えるには十分な反撃だった。

 剣だけでは足りないのか、風の刃や足場、土の壁など魔術も使って防御に当たっている。

 私の考えなしが招いた惨状で幼馴染を苦しめている。

 その事実で自分自身が許せず、せめてと幼馴染へと迫る触手を何本か貫通力に特化させた岩の弾丸で弾き飛ばす。

 ゴーレム本体と違い、触手の方は貫通攻撃が効くようで、一度弾き飛ばした触手は再生することなく地面へ溶けた。


「――ふぅ」


 反撃を凌ぎ切り、ほっと一息ついた幼馴染を見て、私も安堵する。

 しかし、油断はできない。

 今の一連の流れで二週目の円はそれだけで半分以上――七割ほどの光を失っているが、反撃の速度が上がった。

 このタイミングで反撃が苛烈になったのには何らかの理由があるはずだ。

 ゴーレムの体の再生が終わり、再び幼馴染が駆ける。

 私はその援護をして、ゴーレムの右肩から下を吹き飛ばす。

 時間をかけると、余計なリスクを背負うことになってしまう。

 そうならない為にも、この戦いの中でさっきと今の相違点を見つけ出す必要がある。


「大丈夫。私ならできる」


 ネガティブにならないよう、気休め程度の自己暗示。

 不思議なもので、これだけの簡単なことで意外と心に余裕はできる。

 今までと、さっきの違い。

 体から離れた質量に対して反撃の精度が変わる可能性は?

 あり得なくはないだろうけど、吹き飛ばしたゴーレムの体の量はさほど変わらないはず。

 可能性はゼロではないが、今は違うものとして考えた方がいいかもしれない。


 ゴーレムの足元が再びうねり、粘土状の石がゴーレムへと纏わりつく。

 その瞬間だけ、ゴーレムは最初のように動かなくなる。

 明確な隙を、再び幼馴染は突く。

 一瞬で縦に斬り、左右に分かれたゴーレムの体を蹴り飛ばす。

 風を纏った脚は纏わりつく石を物ともせず、右半身を壁へと打ち付けた。

 瞬間、四割強は残っていた二週目の光が全て失われる。


「何かわかったような顔してるね」


 ゴーレムが地面に溶け、二度目のズズンと思い音。

 部屋が揺れ、ほんの僅かな休息の時間が与えられる。


「ゴーレムの体を再生している時に体を吹き飛ばすと、早く体力を削れるかも」

「――なるほどな。だから今回はこんなに早かったのか」


 確信も確証もないが、間違いではないはず。

 例え違くとも、即座に戦況に影響することはない……と思う。

 三つ目の円が若干光を増した気がする。

 それと同時に、ゴーレムが再び姿を現した。

 このゴーレムを倒せばようやく、この階層を攻略できる。

 前人未到の記録を前に、少しだけ緊張を抱く。


「なんか、緊張するな」

「……そうやって油断して、やられちゃわないようにね」

「わかってる。最後まで全力でやるよ」


 幼馴染の言葉のおかげで、気が引き締まった。

 怒りを抱いている時に隣でもっと怒っている人がいたら、怒る気が失せるあれと似たようなもの。

 そんな意図があったかどうかはわからない――いや、幼馴染ならそれくらいの気遣いはしそうだ。

 ともかく、緊張はいい塩梅に解れ、最後の集中へとスムーズに移行できた。


「じゃあ、行くぞ」

「うん」


 幼馴染が駆ける。

 言葉通り全力で、さっきと同じ――いや、それ以上の速さでゴーレムへと迫る。

 急接近する幼馴染へゴーレムは反応することすら出来ず、再び体を上下に斬り分けられる。


「――ッ!」


 幼馴染が驚き、一瞬だけ固まる。

 その一瞬を、緩慢な動きしかしてこなかったゴーレムは逃さなかった。

 体はどこも()()()()()()()()のに、地面が流動し幼馴染へ猛攻を仕掛ける。

 緊張が解れていたおかげで、私が初手の数発を魔術でカバーしている間に、幼馴染は体勢を立て直す。

 私の傍まで退いてきた幼馴染が、冷や汗を拭いながら流動する地面の上に立つゴーレムを見る。


「……避けられた」

「避けられたね。こっちの攻撃パターンを解析してたのかな?」

「もしそうだったら、第六(まえの)層と被ってるな。とうとう解禁か?」


 反撃は一発も喰らわなかった。

 けれど、こっちの攻撃が当てられなかったのも事実。

 今のがただの偶然であれば何も問題はないのだが……。


「でも、よく考えてみれば今までが階層のボスとしちゃ弱かったくらいだな。こっちの行動を解析して対応してくる再生能力のずば抜けたボスって考えると、確かに厄介だ」

「その分、危険が増えたってことでもあるけどね」


 ゲームなどで難易度の高いものを攻略して達成感を得るのに忌避感はないが、自分の命を張るとなると別だ。

 安全に攻略できるのならそれに越したことはない。


「いつも通り様子見する?」

「様子見しつつ攻撃する。どのくらい避けられるのかを把握しなきゃいけないしね」


 そう言って、幼馴染は駆ける。

 直線的ではなく、フェイントも織り交ぜた吶喊。

 今までにない動きを前にして、ゴーレムは立ち止まったままだ。

 上下左右に動く幼馴染へ顔と視線だけしか送れないゴーレムへ、死角になる位置から魔術を繰り出す。


「――嘘っ」


 確実に死角になっている位置から撃ったはずの魔術。

 発動を気取られるような量の魔力を使ってもいない。

 なのに、ゴーレムはいつ攻めてくるかわからない幼馴染へと視線を向けたまま、私の放った魔術に一瞥もくれずに最小限の動きで躱した。

 それどころか、幼馴染から一瞬たりとも視線を外さずに、私の方へ触手を飛ばしてくる。

 躱されること自体が想定外だったのに、そこから近距離にいる幼馴染を無視して遠距離にいる私に反撃を繰り出してくることは更に想定外。

 それでも、これまでで培ってきた技術と経験から、迫りくる触手を土の壁を作って防御する。

 先の失敗を活かし、表面には水の魔術を薄く纏わせて、貫通する攻撃に対しての緩衝材(アーマー)の役割を担ってもらう。

 土の壁は簡単に破壊されるほど柔なものではないけれど、想定外が続いた以上使えるものは何でも使うべき。

 念入りな防御が功を奏したのか、触手が何度も土の壁に突き刺さる音だけが聞こえて、すぐに収まる。


「――ふぅっ」


 流動する床や石の触手などは、私の“魔力感知”でも把握できるほどの魔力を持っているので、土の壁を介してでも触手が攻撃の手を止め、床に溶けていっているのを理解する。

 土の壁を解除して、即座に幼馴染の援護へと転じる。

 壁を落とした向こうでは、幼馴染が全力の近接戦闘を演じていた。

 剣先がブレるほどの速度で連撃を繰り出し、それを補佐するように魔術を器用に展開する。

 “身体強化”に魔力の大半を使っているから魔術そのものは初級だが、剣戟の補佐としては十分な性能を誇る。

 しかし、ゴーレムはそのどれもを器用に躱し、いなしている。

 いや、十回に一回は攻撃を与えられているが、大きなダメージ足り得ない。

 ゴーレムは致命傷にはならない攻撃だけを受け、次の攻撃の余裕へと繋いでいるようにも見える。

 そんな芸当が可能なのかと疑いたくなるが、床の円が第三円に広がってからは想定外の連発だ。


「大魔術が使えれば……!」


 大魔術。

 干渉魔術の別称などではなく、純粋に威力の高い魔術を私なりに呼称しているだけの魔術。

 使おうと思えば使えるのだが、準備に手間取るし魔力はとんでもない量を消費するしで、私的には使い勝手が良くない。

 どちらかと言えば、初級や中級の魔術を小器用に連装、連発する方が得意だ。


「――ないものねだりは後でいいでしょ」


 逃げの思考に転じそうになった自分を、言葉に出して叱咤する。

 取り敢えず今は、私にできることをできる範囲で行動に移すだけ。

 まずは、どんな疑問も疑念も視野に入れ、あのゴーレムを打破するために頭を回す。


 ゴーレムの動きが急激に良くなった理由はなぜ?

 光の円が一つ目から二つ目へと移行したときは、多少の差異はあれどこれほどの変化はなかった。

 一つ目と二つ目の光の円で準備をして、三つ目――つまり今の光の円で全てを解放するような行動パターンだった?

 もしそうだとしたら、これまでと同じ攻撃を対処できるのは納得できる。

 でもなんで、今までにはない攻撃までをも回避できたのか。

 私の背後からの魔術もそうだし、今の幼馴染の猛攻も、二つ目までの光の円では見せていない。

 二つ目までで、私たちの攻撃パターンを見せていない攻撃方法まで含めて全て理解した?

 そんなことがあり得るのだろうか?


 正直、これは考えづらい気がする。

 例え今の考えの延長線上だったとしても何か見落としがあったり、全く違う方法の可能性だってある。

 もっと視野を広く。

 思考の幅を深く。

 幼馴染の体力だって無限じゃない。

 私の持てる知識を総動員して、現状の打破に当たれ。

 葵くんのように、最後まで諦めないで――


「――葵くんのように……?」


 そこでふと、一つの思考に至る。

 葵くんはよく、隙を見つけては私たち召喚者たち(クラスメイト)の様子を見に来てくれる。

 そこで色々な話を聞いたり、戦闘力向上のための手解きをしてくれたりしている。

 本人は教師の真似事なんて向いてないと言っていたが、私たちがわかるまで丁寧に教えてくれるから――と、そこはどうでもよくて。


 いつだったか、葵くんと話している時に、自分の“恩寵”を「他人の心が読めたりするものの可能性がある」と言っていた。

 ついでに、このダンジョンには初代勇者が関わっている可能性があるという話も。

 そして、葵くんの“恩寵”はこのダンジョンが存在するトゥラスピース共和国を建てた初代勇者と同じ。

 荒唐無稽かもしれない。

 けれど、可能性はゼロではない。

 あのゴーレムは、私たちの()()()()()()()可能性がある――


「かけ――」


 今まさに戦闘の真っただ中にいる幼馴染へ声を掛けようとして思いとどまる。

 伝えたところでどうにかなる問題でもない。

 心が読める相手に対してできることなんて限られる。

 伝えるべきは、ゴーレムが心を読める可能性があることではない。

 私が、幼馴染に伝えるべきは――


「全力で援護する! 攻撃の手を緩めないで!」

「――了解ッ!」


 頼もしい返事が返ってきた。

 それを援護するために、私は全力で魔術を展開する。

 私の背後に、百を超える岩の弾丸を生成し、一拍だけ待機させる。

 これらの魔術は全て、発射した瞬間に接続を切る従来の仕様ではなく、発射から着弾まで緻密な操作をする。

 放った百個の魔術を全て自分の意のままに操るなど、普通は脳の処理が追いつかない。

 身動きが取れなくなるから、戦場で使うことはイコール死を意味する、無駄な技術。

 それでも――


「心を読んでいるのなら、全部躱してみなさい!」


 百の魔術は多少のラグを含ませて、全てを放つ。

 あのゴーレムに使われているCPUがどの程度のものかはわからない。

 もしかすると、私の脳みそ以上のものが積まれている可能性だってあるわけで。

 そうなった場合、これだけの疲労感を得ながら放った魔術も無意味と化すだろう。

 だがそれがどうしたのか。

 今放ったのは幼馴染を援護するためと、あのゴーレムの思考に負荷を与えるためだけに放ったもの。

 これの、本当の意図は――


 魔術がゴーレムへと躍動する。

 明らかに物理法則を無視した、蝶々のようにカクカクとした軌道を描く魔術は、ゴーレムの腕に、脚に腹に、頭に。

 気持ちいいくらいに入って行く。

 それもそのはず。

 回避や迎撃に動いた瞬間に、私が弾丸の軌道をずらしているのだから。

 躱せたはずの弾丸は当たり、迎撃したはずの弾丸は当たる。

 あれが機械的な脳みそを搭載しているのなら、エラー連発の状況のはずだ。


 そんな状況であのゴーレムは、躱せず迎撃もできないと判断するや否や体を液状化した石で覆った。

 私が土の壁に施した緩衝材と同じものを、より強度を増して再現したのだ。

 放った魔術は今まで通り、衝撃を与えるための面が多い弾丸。

 故に、衝撃を吸収する部分の所為でまともな威力を発揮できなくなる。

 だけど――


「シッ!」


 私の魔術へ意識をやった一瞬。

 ゴーレムの死角となる足元へ潜り込んだ幼馴染が剣を上に振るう。

 ゴーレムの体は両断され、切断面から体と液状の間に風を送ることで強引に液状化した石でのアーマーを弾き飛ばした。

 アーマーを再び纏うよりも早く、まだ着弾させきれていなかった弾丸をぶつける。

 両断され軽くなった体はあまりの弾丸だけで吹き飛んでいき、残った半身は再生をしようと床に溶けようとする。


「させない!」


 床に手を突き、液状化し始めていた床へとアクセスする。

 人に回復魔術を掛ける時とは比にならないほどの抵抗を感じながら、負けてやるもんかと魔力を注ぎ、支配権を奪うべく全力を出す。

 それでも、ゴーレムの体は徐々に徐々に床へと溶けていく。


「触らないで!」


 沈んでいくゴーレムの体を掴み上げようとした幼馴染へ警告を飛ばす。

 幼馴染が掴めば沈むのを止められるかもしれないが、逆に飲み込まれる可能性もあるからそれはさせられない。

 私がどうにかするしかないんだ。


「くぅうううう――ッ!」


 際限なく魔力が吸われる。

 学校のプールにバケツで水を注いでいるような感覚。

 終わりが見えない、なんでこんなことをしているのかと自分に問いを投げてしまいそうな虚無。

 そこで、はたと気づく。

 魔力の注入を止め、支配権をゴーレムへと譲る。

 瞬間、とんでもない勢いでゴーレムは床へと沈む。

 ウォータースライダーで滑ってきた人が跳ね上げるのと同じくらいの飛沫を撒き散らしながら。

 そして、ほんの一瞬の間を空けて――


「――どっ、せぇええええい!!!」


 女の子らしくない掛け声と一緒に、液状化した石を全て持ち上げ放り投げる。

 宙へと放り投げられた液状化した石の中にいたゴーレムは、重力に逆らい上へ向かっている現実に目を回しているだろう。


「翔!」


 その一言で、幼馴染が跳躍する。

 剣に四色の光を宿し、それを腰だめに構える。

 契約した精霊の力を借りて剣に宿し、一刀とともに放つ技。


「――エレメンタルブレードッ!」


 ド直球なネーミングとともに振るわれたそれは、私が放り投げた全てを弾き飛ばした。

 ゴーレムの体ごと全てを壁に叩きつけ、その一刀だけで三週目の円の光が全て失われる。

 液状化している石は体力の大半を持っている、という説は正しかったらしい。

 弾き飛ばされた破片やらが全て床に吸収されてから、ズズンという音とともに振動が部屋に伝わる。

 ほとんど同時にゴゴゴゴゴと聞き慣れた音が聞こえ、前と後ろの扉がそれぞれゆっくりと開いている。

 それを確認してから、私は冷たい石の床に思いっきり大の字で寝っ転がる。


「疲れたぁ……」

「お疲れ様」


 あれだけ激しく動いていたのに、少しの汗と整いつつある呼吸で幼馴染が近づいてくる。

 大きく深呼吸をしてから起き上がり、座った状態で右手をパーにして掲げる。

 いわゆる、ハイタッチだ。

 それを見た幼馴染は一瞬目を丸くして、フッと笑うと同じく右手をパーにする。

 私と幼馴染の手のひらを打ち合うと、小気味良い音が部屋に響く。


「あとでどうやって攻略したか、聞かせてくれよ?」

「うん。今はちょっと、休憩させてね」

「大丈夫だよ。ゴーレムはまだ再生成(リポップ)しないし、今ここに来れるのは他のクラスメイトくらいだ。それに――」


 階下に繋がる階段がある扉を見据えて、幼馴染は自慢げな表情を作る。


「前人未到の余韻には、俺も浸っていたいしさ」

「……そうだね」


 “前人未到”。

 ゲームですら体験できなかったことを現実で体験できた。

 疲労はあるが、それを上回るほどの達成感と高揚感、そして満足感がある。

 それらの感情が、ゴーレム戦では生まれなかった類の余裕を生み出す。

 即ち――


「エレメンタルブレードって名前、安直過ぎる上に厨二過ぎない?」

「――いやっ、技名はわかりやすい方がいいでしょっ?」

「いやぁ……そうだとしても限度があるって……エレメンタルブレード――ふふっ」

「わっ、笑うなよ! ネーミングセンスがないなんてことは俺が一番よくわかってるんだから!」


 前人未到のボスを倒したことで緊張が解け、その反動と言わんばかりに、私はダンジョン内であることも忘れて盛大に笑うのだった。




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