第十話 【決着】
「ッぶない!」
氷と雷の二属性を新たに使い始めてから、魔術の相殺が難しくなった。
一瞬で構築し放たれる四属性の魔術に対し適切な対応をするのもそう簡単ではなかったのに、そこに新たな対応を強制される。
それがどれだけ難しいことなのかは、火を見るより明らか。
それでも、葵くんに託されたこの場を捨てるという選択肢はない。
「また――ッ!」
一番対処の難しい雷を、生成した水で道を作り誘導し逸らす。
反応が遅れれば水から人体へと感電する可能性のある危険な避け方でもあるが、視界を確保したまま完全な防御が行える唯一の避け方でもある。
土で壁を作れば確実に防げるが、それは同時に視界を塞いでしまうことになる。
絶え間なく放たれる魔術を全て防ぐのにそれは愚策だ。
「このままじゃ……ッ!」
私の眼で捉えられる範囲だと、あの子の残り魔力量はあと三割ほど。
この戦いが始まってから大体三十分くらい。
その間、ずっと魔術を放ち続けたにしては随分と残っている。
けれど、今回に限ってはいい意味だけでは捉えられない。
魔力が残っている限りあの子は魔術を放ち続けるし、魔術を放ち続ければそれだけあの子の死が早まる。
どの角度から捉えても、いいとは言えない。
「結愛様!」
「アンジェリーナさん!?」
森の方から、アンジェリーナさんが飛び出してきた。
人が増えればそれだけ狙いが分散する。
葵くんに代わってシルフちゃんもいる。
なら、私たちが死ぬ可能性はかなり減らせる。
「アンジェリカの魔力消費を抑える術があります! 護衛をお願いできますか?」
「――了解です!」
一瞬だけ思考して、私はアンジェリーナさんの護衛へ向かった。
飛来する魔術を打ち払いながらアンジェリーナさんの元へ辿り着く。
「……集中力を必要とするので、この戦いが終わるまで私は魔術を相殺できなくなります。ですから――」
「その間、守り続ければよいのですね?」
「お願いできますか?」
「任せてください」
護衛の任務なら、冒険者として食べていた時代に何度か経験がある。
状況は全く違うけれど、アンジェリーナさんの齎してくれたものはこの戦いに終止符を打てる可能性のあるもの。
私たちが死ぬかあの子が死ぬかの戦いに差した、一筋の希望の光。
「みんな聞いてた!?」
「うん!」
「はいっ」
「ええ」
三人が同時に、それぞれ返事をしてくれた。
その言葉を私に信じさせるように、ソウファちゃんが一歩を踏み出し、あの子へ急接近する。
至近距離で放たれる音速の魔術を全て躱すか魔力を込めた拳で霧散させ、あの子の腕を無造作に掴み取る。
そこからは、あの子との戦いが始まってからもう何度も見た力業。
ぶん投げ、ぶん回し、思考と三半規管をぐちゃぐちゃにするだけのゴリ押し。
そして、ソウファちゃんのゴリ押しが始まれば当然、あの子が一瞬の隙をついて反撃する。
極大の火の玉を生み出して、それをソウファちゃんへぶつけるのがいつもの流れ。
とんでもない熱量が肌を焼いてくるが、空中にいるソウファちゃんへ向けた火の玉は数秒で空へ消えていく。
だから心配はない。
そう思っていたのに、今回は違った。
極大の火の玉を生み出すまでは同じ。
しかし、あの子はそれを頭上にいるソウファちゃんへではなく、地上にいる私たちへと放ってきた。
「うっそ――」
初めてのパターン。
油断していたわけじゃないと言えば嘘になる。
ソウファちゃんが作り出してくれるこの一対一の攻防を、小さな休憩の時間として活用していたのは間違いない。
だからと言って余裕をこいていたわけではないが、反応が遅れた。
「……やるしかない」
あんな大きな火の玉を相殺できるほどの魔術は持ち合わせていない。
水をぶつければ消火はできるだろうが水蒸気爆発の危険があるし、風で火の玉自体を逸らせば森に被害が出るかもしれない。
それでも、やるしかない。
「私がやるよ!」
そう言って、空から急降下し私たちの前へと着地したソウファちゃんは、天から落ちてくる太陽の如き火球を睨みつけるように見据えて構える。
拳をアッパーをする構えで引き絞り、腰を深く落とす。
握る拳には私でもわかるくらいに魔力が集まっている。
火の玉との距離が迫り、肌が直火で焼ける寸前、ソウファちゃんが溜めた拳を解き放つ。
頭上へ、一切の躊躇いなく振り抜いたそれは、空気を撃ち抜き特大の破裂音を炸裂させる。
「ッ――!」
破裂音に耳を塞ぎ、反射的に目を閉じた私へ、熱波が届く。
火傷するほどではないが、熱いとは感じるくらいの熱。
「……できた!」
目を開けて、真っ先に視界で捉えたソウファちゃんは、嬉しそうに笑顔を見せてそう言った。
満足そうな笑みと、夜に生み出された太陽が消え、さっきの熱波。
誰がどう見ても、ソウファちゃんがあの火の玉を消し去ったのだ。
「……」
相変わらず、あの子の表情に感情は窺えない。
空へと放り投げられても、なんてことのないようにふわりと着地する。
一瞬だけ焦りはしたが、結果的にはいつも通り。
ソウファちゃんが作ってくれたこの一時で、私は深呼吸をする。
「ふぅ……」
守るべき人がいるという責任感。
それが枷となっているのか、体が重くなったように思う。
いや、たとえそうだとしても、私のやるべきことは変わらない。
全員が全員、自分の役割を果たそうと頑張っているんだ。
なら私も、私にやれることを全力でやろう。
「……よし」
私の“恩寵”――天眼を全開する。
視覚に関する全能力が向上され、キャパシティにもよるが全ての“眼”を扱える。
だが、今回は動体視力の向上がメイン。
ついでに、魔力を視認できるようにしておく。
私の変化に気付いたのか、あの子から私に放たれる魔術がほんの少しだけ苛烈になった。
僅かな変化でしかないけれど、それでもさっきまでの私だったら慌てていただろう。
けれど、今の私には然したる問題ではない。
「違う、こうじゃない……」
後ろにいるアンジェリーナさんが、どこかで聞いたことのあるようなセリフを呟いている。
さっき言っていたあの子の“魔力消費を抑える術”とやらの発動に手間取っているように聞こえるが、その発言で不安がる必要はない。
アンジェリーナさんは必ず成し遂げる。
時間がかかるなんて分かっていたことだ。
それもこれも織り込み済みで護衛をしているのだから。
それよりも、と私は迫り来る魔術を相殺しながら、周囲の俯瞰を行う。
護衛という久しぶりの役割をこなしてなお、それをするだけの余裕ができていた。
「ソウファちゃんとシルフちゃんは……余裕そうだね。パティは……うん。パティも問題ない」
ソウファちゃんはこの場に援軍として来てくれた時からずっと安定しているし、シルフちゃんは精霊だから魔術を防ぐだけでいいこの戦いは言わずもがな。
この中だと一番心配だったパティも、やはり持ち前の直感と高い魔術の練度で全て器用に躱しきっている。
おっちょこちょいが時折顔を覗かせる心配もあったが、パティのそれは気の緩みから来るもの。
油断も隙も見せられないこの戦いにおいては無用の心配だったようだ
ともあれ、今俯瞰した感じではこちらの心配はなさそうだ。
相手のレベルも相当高いが、こちらのレベルもそれ相応。
全員が全員トップレベルとは行かずとも、それに迫るくらいにはハイレベルの布陣が揃っている。
戦いに勝利するのはともかく、逃げ続けて負けないだけならいけそうだ。
問題はやはり、あの子の魔力残量――
「行きます!」
「――!」
私の後ろにいるアンジェリーナさんが、ようやく待望の声を上げてくれた。
瞬間、あの子が放つ魔術が半減した。
百は優に超え、数えるのすら億劫なほどの弾幕として迫っていた魔術は、目視で数えられるほどにまで減っている。
アンジェリーナさんの使った技術がどんなものかはわからない。
けれど、護衛を始めてから五分も経っていないこの僅かな時間で希望の光はあるのだという確信を齎してくれた。
それだけで十分。
あの子の魔力が尽きるという根本的な問題を止められたわけではない。
それでも、そこまでの時間が延びたのはありがたい。
解決する方法を私は持っていないけれど、そこに関しては心配など微塵もしていない。
葵くんがそれを持ってきてくれる。
それまでの時間稼ぎを徹底して行うのが、今この場にいる私たちの役目なのだから。
「……」
放てる魔術の総数が半減したところで、あの子は微動だにせず放てるだけの魔術を放ち続ける。
それでも、目に見えて減った魔術は、今まで対処をしてきた私たちに効くはずもない。
確実に、一つ一つの魔術を相殺できている。
心の余裕は焦りを減らし、冷静な思考を齎してくれる。
あの子の魔力残量は既に一割台に突入しているが、何も問題は――
「――えっ?」
視間違いかと、もう一度私の眼であの子の魔力量を確認する。
体の中を渦巻く魔力は常に流れ続けているから、ゲームなどとは違って数値での正確な判断ができるわけではない。
けれど、私の眼ならおおよその割合は把握できる。
そして今、あの子の魔力量を再確認しでた結論は、既に一割を切っている、だった。
「嘘っ――!」
あり得ない、と叫ぶ。
三十分もの間、ほぼ常に魔術を放ち続けて三割も魔力が残っていたのに、たった五分で二割消費するなんて計算が合わない。
魔術の数が増えたわけでも、一発一発の威力が増したわけでもない。
なんなら、ほんの十秒程度でもアンジェリーナさんの魔術のよって放たれる魔術の数は減ったのだ。
どう考えてもおかしい。
三度目の注視を、あの子へ向ける。
原因がわからなければ、あとニ分と持たずにあの子の魔力が消費し尽くされ、生命力を魔力へと変換するようになる。
そうなれば、五分と経たずにあの子は死んでしまう。
とりあえず原因を探る。
探って、それを抑える術を――
「――えっ」
もう何度目かわからない驚きの呟きが、私の口から漏れる。
私の眼が捉えた、あの子の魔力消費量が尋常ではなくなった原因。
それは、あの子自身の体から魔力がダダ漏れになっていたから。
おそらくは意図的に。
しかも、無意識では異常さに気づけないほど巧妙に。
「……ッ! 結愛! あの子の魔力が――!」
シルフちゃんが、珍しく切羽詰まった声で私に警告を飛ばす。
あの子の異変に気づいたのだろう。
精霊のシルフちゃんですら気がつけないほどの絶妙な魔力消費。
あの子を操っている魔王軍の誰かは、確実にあの子を殺そうとしている。
「ッ……アンジェリーナさん! あの子の体から漏れてる魔力を止められますか!?」
「それをすれば魔術が――!」
「魔術はどうとでもします!」
他人の体から漏れ出る魔力を止める術など存在しない。
いや、存在はするが、生半可な“魔力操作”の練度では無理だ。
魔力で体を覆い、それを壁として魔力を抑える。
もちろん、どんなに“魔力操作”の練度が高くとも、全てを抑えられるわけではない。
それでも、今のあの子の魔力消費量でトップを占める消費を抑えられるのなら――いや、抑えてもらえなければあの子は死ぬ。
「ッ――!」
アンジェリーナさんが抑える魔力消費の対象を魔術から体から漏れ出る魔力へと変えたことで、言っていた通り魔術の頻度が元に戻る。
ほんの数十秒程度の余裕だったが、今まで対処し尽くしてきた私たちなら問題はない。
そう考えていた私の余裕を嘲笑うかのように、魔術の苛烈さが増す。
今までのは手を抜いていたと言われても納得できるくらいに弾幕が濃くなり、一つ一つの威力が増した。
当たれば確実に死に、掠るだけで次へに対処が遅れて死ぬ。
その場から動くことさえ許さないほどの弾幕に、私は眼を開いてなお全力を出さなければ相殺できなくなっていた。
「あッ――」
小さな声を、私の耳はしっかりと捉えた。
その声の主がパティであることも。
そして、パティが魔術の相殺に失敗し、よろめき、その場に倒れたことを、私の目は捉えた。
「パティ!」
声を荒げて、尻餅をついている友人の名を呼んだ。
後ろには魔術を相殺できないアンジェリーナさんがいて、一歩駆ければ届く距離に、体制を崩して弾幕を防げないパティがいる。
パティを助けに行きたい。
余裕はないけれど、眼を開いた私なら守りながら魔術を相殺できる。
アンジェリーナさんを見捨てたくない。
アンジェリーナさんがいなければ、あの子が死んでしまう。
「……やだ」
か細く、私の声が漏れていた。
私の弱い部分が顔を出して、この場で起ころうとしていることを否定する。
それで未来が変わるわけでもない。
パティへ迫る弾幕は容赦なく、命を刈り取るために音速で迫る。
「やだよ……」
ソウファちゃんの顔から笑顔は消えて、魔術の相殺に必死になっている。
精霊であるシルフちゃんですら、魔術の相殺に意識の全てを注がなければならないほどの弾幕。
そんな魔術が、パティへと確実に迫っている。
『終わり』という単語が脳裏を過ぎる。
「やめてぇええええええ!!!」
瞬間、私はそう叫んでいた。
目を瞑り、お腹から声を張る。
現実を見たくないから目を瞑る。
起こってほしくないから嫌だと叫ぶ。
アンジェリーナさんを見捨てることも、パティを助けることもできない私には、これしかできない。
「えっ……」
「嘘……」
起こる現実から眼を逸らしていた私の耳に、そんな声が届いた。
驚きの声。
信じられないものを見た時の声。
ただ、それだけ。
恐る恐る、目を開く。
「……え?」
目の前で起こっている光景――否。
おそらくは起こった後の、魔術が全て消えた光景を見て、私はもう何度目かの驚きの声を漏らした。
パティは尻餅をついた状態のまま目をまん丸くしている。
シルフちゃんとソウファちゃんも、驚きで固まっている。
今まで、どんなことがあっても魔術を放ち続けてきたあの子でさえ微動だにしない。
後ろのアンジェリーナの表情は見えないが、おそらくは三人と似たようなものだろう。
「え……?」
何が起こったのか。
どうしてパティが無事なのか。
夜の空が見えなくなるくらいの弾幕になっていた魔術は、どこへ行ってしまったのか。
目を瞑っていた私にはわからない。
けれど、私の願いは現実になった。
気が抜けたのか、ぺたんと地面に座ってしまう。
「……!」
あの子の指先が、私を捉えた。
まるで、私を今すぐに殺そうとでも言わんばかりに。
放たれる魔術の属性は?
どれくらいの速度で来る?
いや、まずは立ち上がらなきゃ。
せっかく望みが叶ったんだから、私は生きてなきゃ――
「よく耐えてくれた、結愛」
私の肩へ、優しくポンと手が置かれる。
この戦いが始まってからずっと待ち望んでいた声。
あの子を救うために奔走していた葵くんの帰還。
「葵くん!」
私の言葉に、葵くんはニッと笑って応えてくれたと同時、葵くんの視界には映らないあの子が魔術を放つ。
放ったのは氷の弾丸で、風で加速しているのか想像よりも早い。
けれど、その魔術は葵くんには届かない。
葵くんの頭の右へと逸れて、後ろの木へとめり込んだ。
「アンジェリーナさん。吸血鬼は日光に当たって何秒耐えられますか?」
「えっ? あ、ご、五秒が治せる限界です!」
「了解です」
まるで何事もなかったかのように葵くんはアンジェリーナさんへと訊ね、私と同じように何が起こったのかわからないままアンジェリーナさんが答える。
「もうすぐ待機中の吸血鬼の方たちがここに来ますので、治療の準備をお願いします」
「えと、わ、わかりました」
アンジェリーナさんが頷いたのを確認して、葵くんは徐に立ち上がりあの子へと向き直る。
そこで、ふと気が付いた。
これだけ悠長に会話をしているのに、あの氷の弾丸以降、一向に魔術が飛んでこないことに。
何か異常事態が起こったのかと私もあの子へと視線を転じてみるが、ぱっと見で何かが変わったりは――
「これが、葵様の“魔力操作”……」
「“魔力操作”……? まさか――」
アンジェリーナさんの呟きを聞いて、一つの結論に至った私は、いつの間にか閉じていた眼を開いてあの子を見る。
そして、アンジェリーナさんの呟きの意味を理解する。
「――魔力の漏れが、止まってる……?」
あの子から漏れていた魔力が、ほぼ完全に止まっている。
今までなら魔術が放たれていたはずなのにそれすらないのは、おそらく葵くんが漏れる魔力だけでなく魔術の行使すらさせていない。
アンジェリーナさんだとどちらか片方しか止められなかったものを、葵くんはどちらも並行し、さらにほぼ完璧に止めている。
葵くんの“魔力操作”の練度の高さは知っていた。
けれど、それは一端でしかなかったのだと、今この瞬間で理解させられた。
「これで最後にする」
そう言って、葵くんは地面に触れる。
瞬間、ガラスが壊れるような音が全方位から鳴った。
あまりの音の大きさに耳を塞ぐ。
ことの成り行きを見ていたいと、意地を張って目を開き続ける。
「ッ――」
音が鳴った途端、葵くんはあの子の背後へ転移する。
後ろに回った葵くんをあの子はしっかりと振り向いて追従するが、葵くんはそれより早くあの子の体に触れる。
「耐えてくれ、アンジェ」
そう呟いて、葵くんはあの子を連れて転移した。
* * * * * * * * * *
島全体を覆う結界を破壊して、俺は島の東側――既に太陽が登り始めている場所へと転移した。
吸血鬼を確実に足止めする方法。
それは、みんなご存知日の光。
「ぁあああああああ!!!」
太陽の光を浴びた途端、アンジェは苦しそうに声を上げた。
この一瞬で皮膚が焼け爛れ始めている。
それを認識するより早く、俺は作業に取り掛かる。
5
アンジェの体に触れている地点で“恩寵”を起動させ、アンジェの心の奥――魂へとアクセスする。
これはどちらかと言うと初代勇者の“恩寵”だが、今使えてるのは俺なのでどうでもいい。
そんなことよりも、アンジェの魂をどんどんと遡る。
4
魂を遡ると言うことは、その魂の持ちぬ地の人生を逆順に体験すると同義だ。
アンジェが体験してきた生贄の儀式も、それらが齎す肉体的、精神的辛さも。
推測しかできなかったアンジェの過去を、一人称視点で追体験している。
3
アンジェの決断やアンジェリーナさん、アンジェの両親の葛藤。
生贄に対するそれぞれの考えや向き合い方。
この過去に干渉できるのなら誰も幸せにならないからと止めたい昔。
2
母親と父親が嬉しそうな笑顔を見せている。
アンジェリーナさんも穏やかな笑みを浮かべ、アンジェの頭を優しく撫でた。
沢山の愛に包まれながら、アンジェが産声を上げている。
そして――
「見つけた――!」
1
アンジェを――吸血鬼を五千年もの間縛り続けていた元凶が、この世に生を受けたアンジェへ宿る。
その瞬間を、俺は逃さない。
“恩寵”で訳し、その全てを理解して取り込んだ瞬間に、俺はアンジェごと転移する。
0
まだ夜の明けていない吸血鬼の島。
もう機能しないだろう儀式場には結愛たちの他、援護に駆けつけてくれた吸血鬼のみんながいる。
ガンガンと、何かに殴られているような頭痛がするが、そんなものに構っている暇はない。
「アンジェリーナさん! 治療を!」
「は、はい!」
叫んだと同時、俺の口から液体が飛び出した。
唾とは違う、少し粘性のある赤い液体――血だ。
それを自覚した途端、体が急に重くなる。
力を振り絞りどうにかアンジェを託した瞬間に眩暈が襲ってくる。
何とか手をついて地面に突っ伏すことは回避したが、もう足には力が入らず自力で立ち上がることはできない。
「くっそ……」
だが、まだやらなきゃいけないことはある。
体を支えるためについた手で島へと干渉し、自分で破壊した結界を張り直す。
魔紋による魔素吸収がなぜか頭痛と眩暈をより酷いものへと変貌させたが、それでも数秒で結界を張り直すことに成功した。
「そこの人、魔力が残ってる人とアンジェに触れさせて」
「……」
眩暈の所為で、目を開いているはずなのに確かな視界が確保できない。
その上、頭痛の影響か激しい耳鳴りが返事の声を掻き消してしまう。
触覚はまだ生きているようで、俺の言葉に反応してくれた誰かがアンジェと思しき人と魔力を持った誰かに触れさせてくれたのはわかった。
「ありがとう。今から魔力を吸うから、危ないと思ったら腕を叩いて他の誰かと変わってね」
「……」
やはり返事は聞き取れない。
だが、輪郭は頷いてくれたように見えた。
俺を介し、魔力総量がもう僅かしかないアンジェへ魔力を送る。
安全圏は二割――限界まで消費した今のアンジェなら三割くらいか。
吸血鬼の魔力量なら十人もいれば足りるだろう。
腕が叩かれたので手を離し、長いようで短いだろう時間で次の人のどこかに触れる。
時間感覚すらまともではなくなってきたが、お構いなしに魔力を吸ってアンジェへ送る。
何回、それを繰り返しただろうか。
気が付けば俺は、光差し込むどこかのベッドで目を覚ました。