第九話 【時間稼ぎ】
火、水、風、土。
基本属性と呼ばれる四属性を平然とした同時に百個ほど起動し、アンジェはそれを躊躇いなく速射してくる。
当たっても死にはしないだろうが、間違いなく重症は負うだけの威力は内包している。
「魔王軍サイドの攻撃……!? 何かご存じなのですか?」
「今のアンジェに似た現象を過去に見たことがある! その時も魔王軍側が関与してた!」
かつて、俺が学園に通っていた頃に起きた、表にはされていない事件。
その事件において、ソフィアを誘拐した組織のリーダーであり、今は王城にて療養と監視をされているエアハルトの身に起きた悲劇。
それが、今アンジェの身に降りかかっているものと非常に酷似している。
それを思い浮かべながらアンジェの魔術を『無銘』で斬り払い、同じく魔術を躱すことで捌いているアンジェリーナさんへ答える。
ついでに結愛とパトリシアさんへ意識を向けてみれば、二人も器用に凌いでいるようだ。
しかしながら、毎秒のように致命傷足りうる魔術が飛んでくる現状は、互いにそう長くは続かない。
「そ、その時はどうなったのですか!?」
「攻撃に晒されたやつが正気を取り戻して、生まれた綻びに多数の魔術師が総力を挙げて解き放ちました! ですが今の俺なら、時間さえあればアンジェが正気でなくとも元には戻せます!」
「時間……つまり、今のアンジェを足止めしなければならないということですね!?」
「そうなりますが時間をかけすぎてはアンジェの魔力が枯渇する! そうなった場合に気絶で済めばいいのですが、もし生命力を使い始めたら間違いなく……」
生命力を魔力へ変換する。
魔力枯渇による倦怠感と気絶を越えさえすれば、誰でもできる単純な魔力量の増加方法。
しかし、生命力を変換するということはつまり、命を魔力にすると同義だ。
少しだけなら体に及ぼす影響は少なくとも、魔術を連発するだけの魔力を補填するとなるとそうはいかない。
そして、生命力を消費しすぎた結末は確実な“死”だ。
「結愛! パトリシアさん! 今の聞こえてたか!?」
「聞こえてる!」
「はい!」
「時間がない! 最初っから全力で止めに行く! 俺が隙を作ってから一分! 一分だけ任せるが頼めるか!?」
四人へ分散している現状で何とか凌げている魔術の弾幕。
それを二人へ押し付けるとなれば必然、負担は倍増する。
でも二人なら。
俺にはない直感を持つパトリシアさんと、結愛なら――
「……一分ね! わかった!」
「早めにお願いしますっ」
「アンジェリーナさんはこれ以上被害が拡大しないように全吸血鬼への警告を!」
「警告には多少の時間がかかります。この魔術を対処しながらは難しいですよ」
「隙を作ったらアンジェリーナさんは離脱して構いません!」
「これだけの魔術を二人に任せるのですか――!?」
「致命傷を避けながら警告を飛ばせますか!?」
俺の声に、アンジェリーナさんは口籠る。
これほどの結界に干渉するのは、やはり容易ではないらしい。
言っていた通り、それ相応の集中や時間を要するのだろう。
なら、それに集中してもらうのが最善だ。
今のアンジェを解き放てば、間違いなくこの島は終わる。
「アンジェリーナさんも知ってるでしょ」
「――え?」
二人に任せることに対して、時間がない焦りを抱きつつも迷っているアンジェリーナさんへ、俺は冷静を装って語り掛ける。
「あの二人は多くの吸血鬼を足止めして、俺とアンジェが話し合い、戦いを終わらせるまで耐えた。だから問題なんてない」
根拠にはなるにはまだ足りない説得材料なのは十分に理解している。
でも、この状況でなら。
一瞬でも、一縷の望みでも希望があれば、他へ意識が向けられる。
この場合の他とはつまり、この島に暮らす吸血鬼たちだ。
「――わかりました! 四十秒で支度します!」
「――行ってくる!」
アンジェリーナさんの口からどこかで聞き覚えのあるようなセリフを聞き、思わず笑みが零れた。
だが、笑っている場合でもツッコみを入れている場合でもない。
『無銘』へ魔力を流し刀身を鈍色のデフォルトから、紋様の刻まれた淡い緑の刀身へと換装。
「シルフ」
「底上げね」
「終わったら結愛たちを頼む」
アンジェの説得の時は手を貸さないでとお願いしていたシルフへ語り掛ける。
手を貸すなと言っておいて力を借りようとしているのは何ともまぁ自己中心的な行動だが、後での説教で勘弁してもらいたい。
ってのはともかく、まるで声を掛けるタイミングを理解していたかのように即答してくれたシルフは、頼もしい返事をくれた。
だから――
「――バーストォッ!」
声と同時に両手で握った『無銘』を振り下ろす。
淡い緑の刀身に刻まれた紋様が小さく輝いて、突風を生み出した。
生成された土の壁によって想定していたよりも威力を発揮できなかったが、それでもアンジェの魔術生成を一時的に静止させるだけの隙は生み出せた。
シルフのブーストのおかげだ。
心の中で感謝を述べてから、作った隙で俺とアンジェリーナさんはその場から撤退する。
アンジェリーナさんは魔術の及ばない森へ。
そして俺は、転移で桟橋へ。
指輪からピンの付いたテニスボールくらいの球体を取り出して、そのピンを引っこ抜く。
それなりの長さのある桟橋で“身体強化”まで使って助走をつけ、手に握る球体を全力で海の方へとぶん投げる。
投げた球体はものの数秒で夜の闇に消えて、満月に近い月明かりがあってもなおどこへ行ったかは見えなくなった。
海に落ちたかとさえ思う程、投げた後に音沙汰がない。
しかし、そんなことはない。
弟のキャッチボールに付き合わされた経験のある俺が“身体強化”までして放った球。
それがたかが数秒で落ちるわけがない。
俺の感覚を証明するように、闇夜に光が迸る。
白や淡い黄色に近い色の光。
水平線の上で、それが明るい光を放つ。
光っていたのは、ほんの数秒。
夜の視界を確保するための照明にしては発光時間が短すぎて、目を晦ますための閃光なら夜にしか機能しない程度の光量しか放たない。
中途半端な光。
でも、これだけでいい。
これだけで、忘れてなければきっと――
「――はっやいな。ありがてぇ」
目的の気配を捉えた瞬間、俺はいつもは抑えている魔力を敢えて放出する。
それに釣られて、俺の捉えた気配は宙を蹴り、軌道を俺へと変更する。
空は暗く、桟橋には照明と言う照明はない。
昼間の内に役割を終える場所だから当然だ。
だから、今の俺の視界に映るものはない。
俺の持つ眼は使いこなせないほどの効果はあるが、夜目の効力はない。
でも、捉えている気配だけを頼りに、深夜の騒音問題になりかねないほどの大声で叫ぶ。
「今からお前を転移で飛ばす! そこにいるお前と同じくらいの歳の子の足止めを頼む! 相手を傷つけずお前も傷つくな!」
聞えていると断定して、気配の突っ込む軌道の先にゲートを生成して転移させる。
その気配が何の躊躇もなくそこへ飛び込んだのを確認して、俺はゲートを閉じる。
「次は――」
時短で決着をつけなければ、アンジェの命が危うくなる可能性が高い。
けれど、俺の予想では短期決戦など望めない。
あの状態になったアンジェを止めるのは至難だし、例え止めるだけの実力を持った誰かがいてもアンジェに傷一つつけずに魔術の使用を止めさせるのは不可能と言っていい。
そうなった場合の為に、俺がやるべきことは――
『全吸血鬼へ通達。現在、魔王軍の策略により、儀式場にて“神憑き”が暴走状態にあります。吸血鬼は直ちに、避難経路を確保した上で町の保護にあたってください。繰り返します――』
結界を通じて、逃走劇を繰り広げていた時に聞こえたのと同じ声が空から降ってくる。
想像してたよりも早いが、早いがゆえに雑さは見受けられる。
だが、その雑さが逆に功を奏した。
結界の魔力を辿り、警告のメッセージを終えたのを確認してから、俺はアンジェリーナさんの元へと転移する。
「ッ――と、葵様――」
「非戦闘員の保護に必要な人材を残して、ここになるべく多くの吸血鬼を集めてください」
「何をされるのですか?」
「アンジェの命を繋ぎます」
夜明けまでは……あと三か四時間くらいか。
その間、今のペースで魔術を放ち続ければアンジェは間違いなく――。
「……今のままだとアンジェリカは魔力枯渇で生命力を消費し尽くしてしまう。そうならない為に――ということですね?」
「そうです」
「――承知しました」
「あと、今からより時間を稼ぐための秘策を授けます。といっても、まだ開発途中の中途半端なものですので、実際に機能するかはわかりませんが――」
「構いません。アンジェリカを助けられる確率が上がるのならなんでも」
「では――」
そうして俺は、アンジェリーナさんに秘策を教える。
開発途中と言ったが、頭の中に構想だけありながらも後回しにしてきた。
つまるところ、開発の『か』の字にも至ってない代物。
つい数瞬前に思い出した、ぽっと出の発想だ。
それでも、吸血鬼の知識と経験があれば実線で使えるものへと昇華できると信じて、それを伝える。
「……できそうです。いや、できます」
「頼みます。俺は一時間――いや、三十分後には戻ってきます。あと、魔力はなるべく温存してください」
「これなら魔力の消費は少なく済みますので、問題ありません」
アンジェリーナさんの頼もしい返事に笑みを浮かべて、俺は再び転移する。
最後の仕上げ。
アンジェを正気に戻せず、時間がかかり、朝を迎えることになった時の為の、奥の手の準備へと――。
* * * * * * * * * *
葵くんが生み出した突風。
言っていた通り、あの子から放たれる魔術は止んで、一時の休息が訪れた。
けれど、これも長くは続かない。
風を防ぐために作られた土の壁が崩れれば、再びあの魔術の弾幕に晒される。
「パティ」
「大丈夫です」
パティは大きく深呼吸をして、覚悟を決めたような表情で土の壁を見据える。
さっきまで処理していた魔術の弾幕。
その倍の数を凌ぎきらなくてはならない。
人数が四人から二人になったのだから当然なのだけど、正直に言うと――
「手伝うわ」
「シルフちゃん!」
私の眼前へ、手のひらに乗るくらいのサイズの小人がやってきた。
ふわふわと空に浮く彼女は、葵くんと契約している風の大精霊のシルフ。
不思議と私を気に掛けてくれる、ちょっと気難しいけど優しい精霊だ。
「……あなたたちは自分の命を優先して」
「お願いしてもいい?」
私たちが死なないだけなら、きっと二人でもどうにかはできたはず。
けれど、後ろに広がる森への被害や、私たちが負う怪我など。
そう言ったものを加味すると、二人だと厳しいと言わざるを得ない。
「魔術戦は望むところよ」
だからこそ、シルフちゃんの返事は頼もしく、とてもありがたい。
「――! 来るよ!」
私たちの会話の終わりを待っていたかのようなタイミングで、あの子は魔術の掃射を再開させた。
魔術に対応する人数が四人から三人へと減ったが、飛来する魔術の数は増えていない。
それどころか、ほんの少しだけ周りを見渡す余裕ができた。
その余裕を使いチラリと視線を転じてみれば、そこにはあの子に魔術を放っているシルフちゃんの姿があった。
この弾幕の隙を縫い反撃する。
それがどれだけ難しいことなのかは、実際に防衛に徹さねばならない私たちにはよく理解できる。
「凄い……」
思わず、そんな声が漏れた。
シルフちゃんに対してもそうだけれど、反撃を受けているはずのあの子に対しても思った言葉。
私やパティに対する攻撃の手は止めず、且つシルフちゃんの反撃も全て相殺している。
思考速度や反応速度といった諸々もとんでもないが、それ以上に魔術に関する技術が卓越している。
かつて、冗談で言った『葵くんの“魔力操作”と私の魔術適正があれば世界で一番強い魔術師になれるね』を体現している。
「これなら――」
シルフちゃんが主力となり、私とパティがそれを援護する形で戦う。
このまま、葵くんが戻ってくるまでをきちんと凌げる。
「――ッ!?」
そう思った私の油断を察したのか。
もしくは、シルフちゃんの反撃を煩わしいと思ったのか。
あの子から背筋の凍るような気配を感じ取った。
瞬間、その感覚の正しさを証明するように、魔術が苛烈になる。
まるでさっきまでの掃射が児戯だとでも言わんばかりに、魔術の量が跳ねあがる。
初級の魔術でありながら、人一人を殺すには十分な威力が込められている。
「ッ――!」
周りを見る余裕なんて掻き消えた。
自分の身を護るので精一杯――いや、それすら危うくなるほどの弾幕。
さっきの、四人でいたときの魔術ですら手を抜かれていた。
「――くッ!」
じわじわと削られる。
致命傷になりそうな魔術は凌げている。
けれど、全ての魔術を防ぐことができなくなってきた。
髪は少しだけ焦げたような匂いがするし、頬にできた切り傷から血が垂れる感覚がある。
不味い。
優れた直感などなくともはっきりとそう感じる。
どうやってこの状況から脱するか。
何か策を――手段を考えなければ。
一時の傷の増加を代償に、思考へ意識を――
「――ッ!」
そう考えた瞬間、儀式場が爆発した。
否、正確には上空から私の動体視力でギリギリ追えるほどの速度で飛来した何かが衝突した。
その姿までは捉えられなかったが、葵くんと一緒にいて培った技術の一つである魔力による人当てによって、その人物の正体を見抜く。
「ソウファちゃん!?」
「来たよ! 結愛お姉ちゃん!」
この場ではあまりにそぐわない楽しそうな雰囲気で、ソウファちゃんがど真ん中に陣取った。
何でこの場にいるのか、どうしてこの場に来たのか。
聞きたいことはたくさんある。
けれど、私がそれを聞くより前にソウファちゃんが口を開く。
「足止めをするのは――」
「――! 危ない!」
ソウファちゃんの襲来で一時的に魔術を止めていたあの子が、異物であるソウファちゃんへ火球を放つ。
構築までの速度も射出された速度も普通の火球より優れていながら、威力も致命傷を与えるには十分すぎるものを内包している。
転移でも私の構築速度では間に合わない。
「――あの子でいいんだよね?」
ソウファちゃんはそんなことを聞きながら、放たれた火球を拳で弾いた。
後方へと逸らされた火球は、空中で大きな爆発を響かせる。
物質としての形を持たない炎を弾くなんていう不可思議をさも当然のように行いながら、視線はずっとあの子へ。
勉強でわからないところを親に聞くかのような軽い声音とは裏腹に、纏う雰囲気は真剣そのもの。
「そ、そうだよ。あ、でも――」
「可能な限り傷つけないでしょ? 主様から聞いてるよ!」
「あと魔術がとんでもなく強いから気を付けて」
「わかった!」
体をグッと沈めると、初速でとんでもない速度を出してあの子へと吶喊した。
真正面からの直線的な突進に、あの子は対応し魔術を放つ。
今度は岩の弾丸。
先程、火の弾丸が効果を為さなかったから変えてきたのだろうか。
その対応の速さに驚かされるが、ソウファちゃんは放たれる魔術など脅威でもないかのように拳を突き出し岩の弾丸を砕く。
そのまま一足であの子の寸前まで跳躍した。
「……」
物凄い勢いで突進してくるソウファちゃんに、眉一つ動かすことなく土の壁を生成して対抗する。
縦方向への跳躍や数歩横に走れば周り込める程度の壁。
だが、その分厚さは三メートルはある。
車が衝突するくらいの威力がなければどうにもなりそうにない壁を前にして、ソウファちゃんは宙で拳を握り腰を捻る。
グッと効果音が聞こえてきそうなくらいにしっかりと捻った腰が跳ね、回転力となって拳に伝えられる。
「そぉれッ!」
軽い声とともに、分厚い岩の壁へソウファちゃんの小さな拳が叩きつけられる。
しかし、変化はほとんどない。
拳を叩きつけた部分が凹み、その周囲に小さく放射状にヒビが入っているだけの変化。
あの子はあの一瞬で、厚さだけでなく硬度も調整していたとでも――
「――あれは!」
そう勘繰りそうになった瞬間、壁が弾け飛んだ。
全体にヒビが入って崩れたとか、殴打した部分が貫通したとか、そんなものではない。
内部から圧力でも食らっていたかのように、全体が一斉に弾け飛んだのだ。
私の知る範囲で、似たような効果を持つ拳術がある。
発勁や寸勁という名を聞いて、多くの人が考える内側へと威力を伝える技。
通称は味気ないと、師範は『爆拳』と名付けていた技だ。
「まだまだぁ!」
楽しそうに叫んで、ソウファちゃんは弾けた岩片が地上に落ちる前にあの子の腕を掴み取る。
これまで的確に対処してきたあの子でもその速度には反応できなかったようで、腕を掴まれ反撃を行う隙も無く空へとぶん投げられた。
腕が千切れるんじゃないかとあの子を心配してしまうくらいの勢いで放り投げ、ソウファちゃんはそれを追う。
「……」
空へと打ち上げられたあの子は、錐揉みする体を風の魔術で制御して空中での戦闘へと切り替えた。
広がる夜空をキャンバスにして色とりどりの魔術を展開し、それを真っ直ぐ上ってくるソウファちゃんへ打ち込む。
空中では避ける術のないソウファちゃんは、そのどれもを弾いたり、砕いたりする他ない。
そうすれば、次第に勢いが失速して、空中にはいられなくなる。
しかしソウファちゃんは、そんな私の予想を軽々しく覆した。
「ほっ! ほっ!」
空中を蹴り、真横へと跳躍したかと思えば今度は上へ。
そこに地面でもあるかのような挙動で、ソウファちゃんは縦横無尽に空を駆ける。
「もう、いっ、ちょぉ!」
重力という概念を知らず、影響すらも受けていないかのように立ち回るソウファちゃんは、再びあの子の腕を掴んで今度は真横へと投げた。
再び錐揉みするあの子は、最初よりも早くその状態から脱し反撃に移ろうと手を掲げる。
しかし、それよりも早くソウファちゃんがあの子の眼前へと迫っていた。
「おっりゃぁ!」
「……」
今度は上へ。
再び錐揉みしてあの子は飛ばされる。
魔術を構築する暇すら与えられない。
三半規管が弱い人ならある種の拷問のような状態が維持されている。
魔術を使わせず、しかし時間は稼げている。
葵くんが想定する中でも最高の状況を、ソウファちゃんは軽々と作り出していた。
「……あれ、葵さんがしているような空気の壁を疑似的な足場にしてるとかじゃないですよね?」
「うん……普通に空気を蹴ってるんだと思うよ?」
期せずして生み出された時間を使って、消耗していた体力と気力を回復させながら、空中で繰り広げられる一方的な戦いを見つめる。
このまま足止めを続けられるのなら、それだけで目的は達成できるかもしれない。
あの状態のあの子にどうやって接触するのかが問題でもある気はするが、葵くんならどうにかするはずだし。
「んッ――!?」
ソウファちゃんの口から、想定外が起こったかのような声が漏れた。
その原因は、月よりも大きく莫大な熱量と光を放つ火球。
数十メートルは離れているこの場所でさえ熱いと感じるほどの熱量を持ったそれが、突如闇夜に輝いた。
埒が明かないと判断したあの子が自爆覚悟で構えた一撃。
「ソウファちゃん!」
「それは無理ー!」
最後の最後でもう一度ぶん投げてから、ソウファちゃんは離脱する。
錐揉みからものの一秒で体勢を立て直し、あの子は瞬間的に狙いを定めて私たちの方へと投球する。
幸い、あの火球はそこまで速くない。
着弾まで五秒はある。
「ソウファちゃん! 私たちを抱えて空にいられる!?」
「――できる!」
頼もしい返事を聞いて、私はソウファちゃんとパティ。
二人の手を握って転移する。
真夏に帽子を忘れて外に出た時のような、黒髪が熱を吸収するあの感覚と似たものを味わった。
けれど、回避には成功した。
さっきまでソウファちゃんが戦闘を繰り広げていた夜の空で、着弾し爆発した火球を見下ろす。
なぜか少し焼けていた近隣の森は炎に晒されている。
街灯もない夜なのに、昼間と同じかそれ以上に明るくなってしまった。
「ソウファちゃん。私たちは下に行って消化するから、もう一回さっきみたいに時間稼ぎできる?」
「――さっきの攻撃は防げないけど、それ以外ならできる」
「よし! じゃあ――」
ソウファちゃんの小脇に抱えられ、空気を蹴って宙に浮くソウファちゃんにそう告げる。
いや、告げようとして、自然ではあまり聞かない音によって遮られた。
パキパキとバチッという、聞いたことはある音。
その音の方へ視線を向けてみれば、あの子がいた。
左手に氷、右手に雷を携えたあの子が。
この戦いが始まってから、あの子がまだ使ってこなかった属性。
「……まだ、全力じゃなかったの……?」
「『第二ラウンドだ』って、主様なら言いそうだね」
ソウファちゃんの的確過ぎる葵くんの物真似に、私は返事をしそびれた。