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姉の為に。  作者: たかだひろき
第十章 【吸血鬼の国】編
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第五話 【我が儘】




 アンジェリーナさんとの話し合いをした翌々日。

 『勇者の系譜へ』の日記部分を読み終えたフレッドが結愛たちの手伝いで本の整頓をしているであろう昼下がり。

 家々のある場所から離れた自然のある小高い丘の上に寝そべって、天を覆っている結界を眺めている。

 無論、ただ寝そべってほぼ透明な結界を眺めているだけではない。

 考えを巡らせて、何かに使えるかもと結界の解析なんかはしている。

 ただただ無意味な思考をしているだけではない、断じて。

 まぁ、それはそれとして――


「ほんっと、どうしたらいいんだ、俺」


 溜息交じりに、俺は小さく呟いた。

 少女から“神憑き”の話を聞いて、初代勇者からの伝言じみた文を読み、アンジェリーナさんと話し合い。

 その結果得られたのは空回り続けたやる気だけ。


 少女のことは助けたい。

 見ず知らずの他人の為に、己が命を張って頑張り続けた少女を救いたい。

 上から目線と言われても、俺にできそうなことだからしたかった。


 初代勇者の残したものも活用したい。

 それをすれば、次の大戦はもっと楽にできるだろうから。

 殺さず殺されずを望む俺にとって、先手を取ることのアドバンテージは計り知れない。


 けど、俺のしたいことに反対するアンジェリーナさんの言うことにも理解を示してしまった。

 だから、何をすることもできない。

 こうして、みんなが何かしらをしているのに、ただ寝そべって球体で半透明の結界を眺めているだけ。


「……」


 どうすれば、あの名前も知らない少女を助け出せるのだろうか。

 そもそも、アンジェリーナさんの言葉、吸血鬼の在り方に理解を示してしまった俺に、本当にそんなことができるのだろうか。

 行動を起こすこと自体はできるだろう。

 少女を攫って、この島から出るだけでいい。

 問題になっているのは、考え方――心の方だ。


 俺にも正義となる考え方があったように、彼女たち吸血鬼にも守るべき正義があった。

 今回はそれが対立してしまっただけで、きっと、おそらく、アンジェリーナさんたちは悪ではない。

 あの幼い少女を犠牲にしているのは悪に分類できるだろうが、それでもそこに悪意はない。

 ……いや?

 悪意がないからと言って、それが正しいことだとは限らないか?

 あでも、アンジェリーナさんたちはただ契約を守り続けているだけで、それ自体は悪ではない……はず。

 この儀式の元を辿れば、初代勇者の対する感謝――善意から始まったものだし。

 や、でもな……


「……ああああ、もう!」


 体を起こしながら髪を掻きむしり、周りに誰もいないことをいいことに声を荒げる。

 思考が沼に嵌り、抜け出そうとする俺の足をずるずると引き摺り込んでいく。

 普段はここまで思考に頭を費やすことはない。

 大抵の場合、考えた次には行動に移せたり、考えている間に状況が変わって動かざるをえなかったりしていたから。


「どうしよ。ほんとに」


 右膝を曲げ肘をかけ、左足を伸ばして俯きがちに独り言ちる。

 どうしよ、なんて言ってはいるが、手段どうこう以前に目的すら定まっていない。

 目指すべき場所が決まっていないのにどうやって行こうか、なんて考えている時点で、そもそも思考として正しい手順が踏めていない。

 悩みすぎて、もはや真面な思考すら出来なくなっているのかもしれない。


「はぁ……」

「深いため息――」

「――おっわびっくりした」


 周りに誰もいないと思っていた矢先、背後から唐突に声を掛けられ驚いて体を跳ねさせてしまった。

 振り向き聞き慣れた声の主を見てみれば、驚いた俺を見て小さく笑っている。


「……ふふ。何もそこまで驚かなくてもいいじゃない」

「いや、全く魔力感じなかったから……整頓は終わったの? 結愛」

「うん。パティやソウファちゃん、パ――お父さんやお母さんが手伝ってくれたからね」

「予定よりも早かったね。まだ二日しか経ってないのに」

「元々二日くらいで終わらせられるくらいしか残ってなかったし、そこまで早くないと思うけど?」

「そう……だったか」


 そういえば、結愛が整頓を続けると言ってきたときにそんなことを思ったような気もする。

 思考が沼に嵌りすぎて、記憶にすら影響を及ぼしているのだろうか。


「隣、いい?」

「そんなこと言わずに。ささ、席(あった)めときましたんで」

「前々から思ってたのだけど、人の体温で温められた席ってそこまで魅力的じゃないわよね」

「わかる。冬ならまだしもそれ以外の季節だとなんか絶妙な(ぬく)さで気持ち悪い」


 変なトークで共感を得ながら、結愛は俺が空けた場所から人一人分離れた場所に腰を下ろす。

 流石にあの話の後で俺が座ってた場所には座らないか。

 俺も、俺の座っていたを空け、反対側に座る。


「何か悩んでる?」

「……まぁ二日もこんな調子じゃ誰でも気づくか」

「そうね。お父さんなんか『自分じゃ相談に乗ってあげられなかった』ってしょぼくれてたわよ」

「……それは、申し訳ないことをしたな」

「それを聞いたお母さんに『大人にもなってみっともない』って言われて、さらに落ち込んでた」

「益々申し訳ない」


 結愛の説明した状況は今の俺でも余裕で想像できてしまう。

 俺のせいでそうなっていることに多大な申し訳なさを感じながら、俺は天を仰ぐ。


「困ってるのなら聞かせてくれない? 話せるところだけでいいから」

「……そうだね。話すと楽になることも、あるもんね」


 大地さんに相談するのが嫌だったわけじゃない。

 自分で首を突っ込んで、自分で選んだ道と選択肢で得た悩みは一人で解決すべきだと思っていたから、誰に相談することもなく一人で一日悩んだ。

 けど、結愛が本を整頓し終えた以上、解決のために悩めるのは多く見積もって今日だけ。

 何なら、半日程度かもしれない。

 それまでに答えを出さねばならない以上、解決のために誰かを巻き込むのは必要なこと。

 大変我が儘だという自覚はあるが、結愛には付き合ってもらうことにする。


 そう考えて、俺はこの島であったことを掻い摘んで話した。

 全て話してもよかったが、困っている人を助けるという信念を俺以上に強く持っている結愛だ。

 あったことを全部話すと俺以上の熱意で動きかねない。

 フレッドやパトリシアさんの危機感も鑑みてそれはよくないと判断して、話せる部分だけを話す。


「――ふーん。そんなことがあったんだね」

「うん……で、悩んでるのは――」

「――葵くんがどうするべきか、でしょ?」


 俺の心を読んだような結愛の問いに、驚くことなく素直に頷く。

 結愛の観察眼は昔から鋭いので、この程度は想定内。

 そんなことより、今は俺の相談に乗って貰う方が優先だ。


「葵くんはどう考えてるの?」

「……俺はあの子を助けたい。でも、アンジェリーナさんの言い分にも納得できちゃった。だからどうすればいいかわからなくなってるんだよ」

「色々と考えはしたんだね」

「人生で五本の指に入るくらいには悩んだ。悩みに悩んだ結果、答えは出せなかったけどね」

「常に自分だけで答えを出せる人間はそうそういないって、葵くんもわかってるでしょ?」

「……まぁね」


 俺が自己完結できる人間だったならば、最初からこんなに悩んだりはしない。

 悩むのが人間ならば、俺は正しく人間をやれているのだろう。

 尤も、誰かの迷惑になるくらいなら、人間でなくてもいいとさえ思っているが。


「精一杯考えて悩んだ結果のそれなら仕方ない。無数にある答えの一つを教えるわ」

「お願いします」

「そんな畏まるようなことじゃないよ。ただ単に、葵くんのしたようにすればいい。その結果誰かがどう思うかとか、どんな影響を及ぼすとか……そんなことは一旦忘れて、やりたいことを、心の赴くままにやってみるといいよ」

「……そのせいで、誰かが困ることになっても? 救いたい人を救えなかったとしても?」

「その時は私たちでカバーするもの。それとも、葵くんは私たちにそれもできないと思ってるのかしら?」

「……まぁ、結愛たちがいたら大抵のことはどうにかなりそうだね」


 吸血鬼の国にいる八人――アカは仲間というよりは監視官的な立ち位置なので除外して七人。

 それだけでも、大体のことはこなせるだけのスペックはあるだろう。

 ましてや、結愛には神聖国で結愛たちの帰宅を待つアヤさんたちシスターズや、各国で助けた人たちが自主的に集まり組織じみた活動をしているチルドレンがいる。

 それも含めると、本当に大抵のことはどうにかなるだろう。

 だけど、それはつまり俺のミスをみんなに尻拭いさせるのと同じこと。

 俺が彼ら彼女らに何かをしたわけでもないのに力を借りるのは気が引けるというか……


「心配しなくていいわ。この世界に来てから善行を積み続けた私よ? ちょっとの我が儘くらい許してもらわなきゃ不公平だと思わない?」


 茶目っ気を出して、結愛は笑って言う。

 それが本心などではなく、俺の気を軽くするための方便だとわかっている。

 わかっているが、俺のことを思ってくれているのは素直に嬉しい。

 まぁでも――


「――それ、俺以外の人が聞いたら勘違いするから止めといたほうがいいよ」

「葵くんならわかってくれると信じてたもの。他に誰もいないんだし、気にするだけ野暮ってものよ」

「かもね」


 こういう軽いやり取りができるのは、本当に嬉しい。

 結愛の記憶が戻ったわけではない。

 だから、真の意味で元の関係に戻れたわけじゃない。

 でも、この些細な変化が――何気ない会話が。

 当たり前じゃないと知ってから、物凄く嬉しい。


「我が儘になっていいのかな?」

「ここに我が儘を燃料に走り続けて全てを解決してきた女がいるのよ? 何を今更って思わない?」

「……それもそうだね」

「少しは否定しなさいよ」


 肩を小突かれた。

 事実だと思って否定しなかったのに、何たる不条理か。

 何年一緒に過ごしても、やはり女心はわからない。


「でもさ。結愛の我が儘は誰かの為になる我が儘じゃん。俺のとは根本的に違うんじゃない?」

「我が儘に違いも何もない。我が儘の意味は自分勝手に振る舞うこと、よ? 誰かの為とかどうとかなんて関係ないわ」

「そっか……そうだね。うん」


 あれだけ悩んでいたのに、結愛に相談したらものの数分で解決してしまった。

 悩んでいた時間は何だったのかと後悔するレベルだ。

 無駄だったなんて思うことはないが、まぁ何してたんだよ俺、とは思う。

 ま、そんな後悔は今でなくともできる。

 やるべきことの順序立ては苦手だが、我が儘を突き通すだけなら何も苦ではない。

 差し当たって――


「――結愛」

「ん、なぁに?」


 立ち上がり、大きく呼吸をして、隣に座る結愛へ向き直って名前を呼ぶ。

 首を傾げて可愛らしさを前面に出した返事をしてきた結愛へ、俺は精一杯の真剣さを込めて――


「やりたいことができた。だから、手伝って欲しい」


 突き出した左手。

 喪われていない、俺の手。

 それを見て、結愛は小さく笑う。


「――ようやく、相談してくれたね」


 嬉しそうに笑って、結愛は俺の左手を取ってくれた。

 そのまま引っ張って結愛を立たせる。


「知ってる? 左手での握手は――」

「相手を嫌っている、でしょ? 似通った趣味持ってたんだからそれくらい知ってる。今の流れ的に、義手じゃないほうがいいかなって思ったの」

「えー? ほんとかなー?」

「そもそも告白した相手にそんなことできるわけないでしょ。まだ返事待ちだよ?」

「恋愛の駆け引きとかでほら、敢えて変化を齎して――とかあるじゃない?」

「それができるなら俺はこんなことになってない」


 もしそれができたなら、不登校になることも結愛とこんな関係になることもなかったかもしれない。

 これはタラレバで、意味のない仮定。

 考えても意味のないことだから、この辺で思考を切り上げる。


「教えて? 何をしたいのか。どうしたいのか」

「勿論。やるからにはとことん、だよ」


 ニヤリと敢えて不敵な笑みを浮かべてみせて、俺は結愛に自分のしたいことを告げた。






 * * * * * * * * * *






「本当に、もう行かれるのですか?」


 図書館の本を整頓し終えた翌日の昼過ぎ。

 結界のおかげでいつもの力を発揮できずとも、太陽が地上を燦々と照らしてくる桟橋の上でアンジェリーナさんが訊ねてくる。


「はい。この島での用件は済みましたが、まだまだ他にやるべきことがありますので」

「左様でございますか」


 アンジェリーナさんの気遣いを、多少心苦しくなりながらも断る。

 そこには、多少なりともオレの私情というものが入っているからだと思う。

 後ろめたさというか何というか、あまり気持ちのいいものではない。


 本当ならこの場には、滅多に会えない他種族との別れを惜しむ吸血鬼でごった返す予定だったが、アンジェリーナさんが気を回して少人数だけにしてくれたようだ。

 お別れ自体は昨日の夜に、屋敷で急遽開かれたパーティーで済ませているし問題はない。


「勇者様。お気をつけて」

「ありがとうございます。では――」


 アンジェリーナさんが頭を下げてくれたので、オレも応じる。

 今回のこの島では、オレがこの一団の頭目ということになっているので、別れの挨拶はこれで終わりだ。

 ぞろぞろと連れ立って、オレたちは共和国行きの船へと乗り込む。

 と、葵がまだ動いていない。

 何かあったのだろうか。


「アンジェリーナさん。最後に一つだけいいですか?」

「何でしょうか?」


 オレが声を掛けるよりも早く、葵がアンジェリーナさんに問いかけた。

 どうやら、聞きたいことがあったらしい。


「あれから、考えは変わりましたか?」


 主語がない疑問文。

 傍から見ているだけのオレには、何を問いかけているのかわからない。

 だけど、アンジェリーナさんにはわかったのだろう。

 頷くように俯いてから、葵を見据えて答えた。


「私どもの役割は、今も昔も変わりません」

「……そうですよね」


 二人の間では、どうやら通じ合っているらしい。

 オレからするとまるでわからないのだが、聞くのは野暮というものか。


「これ以上はもう聞きません。最後まで、お世話になりました」

「いえ。ご期待に沿えず、申し訳ございません」


 アンジェリーナさんと葵。

 互いに頭を下げて、話が終わった。

 葵はアンジェリーナさんたちに別れを告げて、少し落ち込んだ様子で歩いてくる。


「大丈夫か?」

「ん? あぁうん、平気」


 明らかに元気というわけではないが、平気というなら今はそっとしておこう。

 オレが何か相談に乗ってやれるなら別だが、その役目はオレよりも結愛の方が向いている。

 再度、アンジェリーナさんたちに頭を下げてから、オレも船へと乗り込んだ。

 全員が乗ったことを確認してから、船はゆっくりと発進する。

 ここからまた一週間ほどの船旅をして、俺たちは共和国へと戻ることになる。


「……すみません。少し部屋に行ってます」


 桟橋でオレたちを見送ってくれている吸血鬼たち。

 彼女たちに手を振っている大地さんへ、葵がそう告げた。


「ん、そうかい? わかった。ご飯の時間になったら呼びに行くよ」


 優しく声を掛けた大地さんに会釈をして、葵は部屋へと戻っていった。

 やはり、落ち込んでいるらしい。

 その様子は、傍から見ても丸わかりだ。


「ここ最近悩んでいたみたいだし、その延長線上かな?」

「初代勇者の独自言語に、何か葵を悩ませるようなことが書かれていたのでしょうか?」

「かもなぁ。重要なことなら伝達するとは言われてるけど……重要じゃなくても相談くらいしてくれてもいいのにね」

「相談するほど信用されてないんじゃない?」

「何おう!」


 葵のことを心配し、落ち込み気味だった雰囲気が、いつもの真衣さんと大地さんのやり取りで明るくなる。

 どんな時でもいつも通りなのは、こういう時にとても効力を発揮する。

 真衣さんがそれを狙っているのかいないのかは定かではないが、少なくとも大地さんは狙ってない。

 というか、真衣さんに遊ばれていそうだ。


「葵が心配?」

「……顔に出てた?」


 ふと視界に入った結愛は、葵が向かった先をジッと見つめていた。

 これもまた、誰が見てもわかるくらいわかりやすい。


「心配なら行ってきなよ」

「……うん、ありがと」


 余程心配だったのか、結愛はスタスタと早足に葵の後を追った。

 やれやれ妬けちまうぜ、と冗談を心の中で呟きながら、再び桟橋の方へと視線を向ける。

 そこには変わらずオレたちを見送ってくれるアンジェリーナさんたちの姿があった。

 結局、何がオレとパティの直感を刺激していたのかはわからない。

 早々に引き上げられたから、どんな結末になっても事後報告でしか分かり得ないだろう。

 ただ、これでよかったとは思う。

 何かが起こってオレたちの誰かが被害を被るのは避けたい。

 心情的にも、戦力的にも。


「オレたちも戻りましょうか」

「そうだね。といっても夕方まで時間あるし……どうしようか」

「確かこの船にはボードゲームができる場所があったはずですよ」

「おっ、いいねぇ。じゃあ晩御飯の好きなおかずを賭けて勝負と行こうじゃないか!」

「パティちゃん、ソウファちゃん。徹底的にやるわよ」

「はい」

「はーい!」


 真衣さんが何やら不敵な笑みを浮かべて不穏な空気を漂わせている。

 大地さんはノリノリで気づいていない様子だが、間違いなくターゲットされている。

 教えてあげるべきか否か……。


「……ま、いっか」


 そうなったらなったでいつも通りだし、好きなおかずをぶんどられるのは流石に困る。

 食事は美味しく楽しくがいいからね。

 触らぬ神に何とやら、だ。

 大人しく成り行きを見守ろう。






「うぉおおおおお俺のおかずがぁ……」


 結論から言うと、案の定というべきか大地さんは自ら言い出した賭けにボロッボロに負けた。

 一足先に部屋に戻った葵と、それに付き添っている結愛、そして誘いに乗らず部屋に戻った師匠(アカ)を除く五人で始めたボードゲームは、徒党を組んだ女子三人によって悉く蹂躙された。

 大地さんが。

 いやはや恐ろしい。

 一対全員が基本となるボードゲームにおいて過半数が手を組むことの恐ろしさを垣間見た。

 もう少し続けていたら、オレも被害を被ることになっていた。


「そろそろいい時間ね。葵くんを呼びに行かなきゃ」

「私行くー!」

「ソウファちゃん。大地さんが取られたおかずを取り戻さないよう見ててくれない? 私が結愛様達を呼びに行くから」

「うん! わかったー!」


 女性陣がそんなことを言っている間に、オレは遊んでいたボードゲームを片付ける。

 大地さんは負けすぎて呆然としている。

 確か、真っ白の燃え尽きたとか結愛は言っていたっけな。


「パティちゃん。ここを片付けたら私たちは先に食堂へ行ってるわね?」

「はい。結愛様たちを連れて向かいます」

「あなたも。呆けてないで手伝いなさい」

「うぅ……」


 項垂れたまま、大地さんは亡霊のように片づけを手伝ってくれた。

 ものの数分で片づけを終え、食堂へ移動した。

 船上での食事は質素なものになりがちだと聞くが、この船はランクが高いのか食事は豪勢だ。

 地上での食事に引けを取らない。

 美味しい食事は心の余裕に繋がる。


「葵たち遅いな」


 食堂に来て、食事を用意してもらってから十分ほどが経ったが、葵と結愛は愚か、パティすら食堂に姿を見せない。

 流石に遅いと感じたのはオレだけではないようで、全員が待ちくたびれた様子。


「そうね……様子を見に行った方がいいかしら?」

「私行くよー?」

「……そうね。全員でここを離れるわけにもいかないし、お願いできる?」

「まっかせてー!」

「オレも一緒に行くよ」


 この船の上で何かがあるわけではないだろうが、念のためついていく。

 とっとこ走るソウファちゃんの後ろを歩いていると、何やら保護者になったような気持ちになる。

 不思議な感覚だ。


「主様の部屋ここだよね?」

「……そのはずだね」


 不安そうな表情でオレを見上げて聞いてくるソウファちゃんに、その不安を理解しながら頷く。

 葵の部屋。

 この船は行きに乗ってきたものと同じもので、その時と同じ部屋を使おうという話になっていた。

 だから、この部屋で間違いない。

 そのはずなのに、()()()()()()()()()()()


「葵、入るぞ」


 声を掛け、問答無用で部屋へ押し入る。

 オレの部屋と同じ造りの部屋。

 お金を払うとなると相当な額が飛ん配いきそうな部屋。

 そこに、葵はいない。

 結愛もパティの姿も見えない。

 あったのは、備え付けの机に置かれた一枚の紙。

 葵の丁寧な字で、こう書かれていた。


『ちょっと我が儘、押し通してくる』




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