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姉の為に。  作者: たかだひろき
第十章 【吸血鬼の国】編
154/202

第一話 【吸血鬼の国と……】




「あ! あそこ! あそこに何かいるよ!」

「イルカかな?」

「シャチとかかもしれないぞ?」


 獣人の国、エルフの郷での一件を終えた俺たちは、王国での所用を済ませてから共和国を経由して現在、大陸の北西にある位置する海の上をのんびりと航海していた。

 ソウファはいつも通りと言った様子で、海で跳ねる魚などを見つけては手摺(てすり)から落ちないか心配になる勢いで(はしゃ)ぎ回っている。

 他のお客さんがいたら止めていたが、幸いにもこの船に乗っているのは乗組員の方を除けば俺たちだけ。

 満足したら落ち着くはずなので、最低限の注意と意識を向けて放置しておく。


「暴れすぎて落ちないようになー?」

「はーい!」


 俺の忠告が聞こえているかどうかも怪しいくらいに燥いでいるが、まぁ真衣さんと大地さんが保護者のように付き添ってくれているのでそこまで心配は要らないか。

 ともあれ、意識の一端を向けつつも、俺は潮風がいい塩梅に香る看板で机に置いた紙に今後やっておきたいことリストを作成している。

 大戦まであともう少し――と言っても、一年以内という何とも微妙な期間だが、その間にやれること、やっておきたいことを、今更ながらに羅列しておこうと思ったのだ。

 考えたことを忘れるなんてことは九割方ないが、それでも完璧になりきれない俺のことだ。

 周りに自分の考えを周知すると言う点も兼ねて、こうして珍しく机に向かっている。


 とりあえず、現状書いた内容としては――

 1、『勇者の系譜へ』の収集、および裏表紙に書かれた言葉の解読

 2、大戦のための戦力増強

 3、地球への帰還


 3に関しては大戦を無事に終えられたならあまり考えなくてもいいかもしれない。

 けれどもし、本当に仮定の話だが、もし仮に、人間側が多大な被害を被ってしまったら、この世界の人たちに帰還の全てを任せることができなくなるかもしれない。

 そうなった場合も考慮して、一応リストには入れておいた方がいいだろう。


「あとは……何かあるかな?」

「大戦の戦力の分配とかは考えておいた方がいいんじゃない?」


 俺の独り言に、背中側から声がかけられる。

 俺の書いたリストを覗き込むようにして見ていた結愛が、いつの間にか立っていた。

 最近はめっきりでなくなった高い集中力が発揮されていたようだ。


「戦力の分配か……ラティーフさんたちの方が適任だと思うんだけど……」

「私たちは良くも悪くも独立しすぎてるから、私たちにできる動きや戦い方をラティーフさんに伝えるだけでも変わると思ったのだけど」

「確かに。書き加えとこ」


 結愛のアドバイスを受けて、俺はリストに加筆する。

 アドバイスついでに、どういう戦力があるかも書き記しておき、これ一枚渡せば済むようにもしておく。

 口頭での説明を怠るつもりはないが、万が一その時間がなかった時のための保険とでも言っておこうか。

 そもそもの話、このやることリストは忘れないための保険でもあるわけだしな。

 紛失した『勇者の系譜へ』の裏表紙を覚えてる範囲で書き出しているフレッドと、その傍で恭しく立ち従えているパトリシアさんも添えて、話し合いを進めていく。

 昼間はそんな感じで話し合いを進めたり、海上ならではの経験――釣りや遊泳などの娯楽も楽しみつつ、夜はいつも通りに“魔力操作”や刀術の鍛錬を行う。

 まだ極めていないものなので、どれだけ鍛錬しても損はない。


 そんな感じで船の上での生活を一週間ほど体験して、そろそろソウファが飽き始めてきた頃。

 俺たちは目指していた吸血鬼の暮らす島国――テリブス島が見えてきた。

 東西に長く伸びた島は、端から端までが見渡せないほどに長い。

 今までは四方八方見渡す限りが水平線だったのに、島の一端が見え始めてからは進行方向上の水平線は全て地平線へと置き換わってしまった。

 あまりに素早い変わりように、船の上での生活に飽きて幻覚でも見ていると言われても信じてしまうくらいだ。


 余談だが、この一週間はみんなそれぞれの思うように過ごしていた。

 この船がたった八人――船長やその他乗組員を含めても二十人程度――を乗せるには異様に大きいこともあり、一日顔を合わせないなんてこともザラだった。

 何をしていたのかは、顔を合わせた時に話したので知ってはいる。

 ただ正直、フレッドがアカに師事していると聞いた時は驚いた。

 最近やたらと二人で話しているなとは思っていたが、師弟関係にまで発展しているとは。

 アカは師弟関係(それ)否定しているが、これはどこかで見覚えのあるなし崩し的な容認が起こりそうな気がする。

 俺としても、アカとの仲を取り持ってくれる人が現れるだけで楽になる。

 慣れているとはいえ、監視のような懐疑の視線を向け続けられるのは嫌なところがあるからな。


 海が荒れることなく、ついでに出てきた海生の魔物や魔獣を俺たち――主にソウファが瞬殺してきたおかげで、予定されていた一週間より二日早く着いた海の旅も、もうすぐ終わる。

 いや、実際はテリブス島の都合上帰りも船旅になるので、また一週間ほど同じ景色を見なければならなくなるが。

 次はもう少し退屈を凌げる何かがなければならないな。

 特にソウファにが大変そうだ。


「もう十分ほどで港に停泊いたしますので」

「ほらソウファ。もうすぐ着くからもう少しだけ我慢して」


 舵を取っている船長さんが、明るい声音で伝えてくれた。

 島が見えてきて落ち着きがなくなってきたソウファを宥めながら、船が止まるのを待つ。



「主様。あそこ、人集まってるよ?」

「人? ……ああ、あれか?」

「五人いるね」


 手で(ひさし)を作り、目を凝らしてようやく視認できるくらいの位置に、ちらほらと人影が見える。

 俺よりも視力が高い結愛細かい人数を言って、それ以上に視力の高いソウファがそれに頷いた。

 視認できる範囲なら俺の“魔力感知”が届くはずだが、テリブス島ではその常識は通用しない。

 正確には、島の内外では、だが。

 その理由は――


「結界の中に入ったわね」

「思ってたよりも範囲デカいな」


 テリブス島には島を大きく囲むようにして特殊な結界が張ってあるとコージさんから聞かされていたが、想像していたより一回りも二回りも大きかった。

 そんな感想を抱いた結界こそが、俺が“魔力感知”で人数の把握ができなかった理由で、そして帰りも船を使わなければいけない理由でもある。

 この結界は吸血鬼が苦手とする太陽光を軽減するもので、それ自体は俺たちに何の影響も及ぼさない。

 だが、この結界の付随効果とでも言うべきか。

 それに、“結界の外と中を遮断する”という効果がある。

 ありとあらゆるものを遮断するわけではなく、人体や物なんかは通るし、当然空気とかも通る。

 通さないのは魔力的な要素を多分に含むもの。

 “魔力感知”や“魔力探査”、魔術の類がそれに該当する。

 中から中や外から外にはまるで干渉しないので、そこまで大した弊害はない。


 ふと思ったが、ソフィアさんの念話みたいな能力はどうなるんだろうか。

 もし通信ができないのなら、何かがあった時にすぐに駆け付けられない。

 尤も、通信ができたとしても転移ができないから、何にせよ即座に駆けつけるのは難しいが。


「歓迎……はされてるっぽいね。悪意は感じない」

「でもお顔怖いよ?」

「怖いのか?」

「うん。ムスッてしてる」


 俺には見えないが、どうやらソウファには吸血鬼たちの表情の機微まで見えているらしい。

 距離にして五キロくらい先の人の顔が見えるなんて、視力は一体どのくらいなのか。

 少しばかり興味はあるが、今はそれよりも吸血鬼の表情が優れない理由に気が行く。

 何か想定外のことでも起こったのだろうか。

 考えられるとすれば大戦絡みだが……。

 っと、これは考えても答えが出ないタイプの思考だ。

 直接聞くのが確実で手っ取り早い。

 そう切り替えて、波止場に停泊してもらうのを待つ。

 船は島が近づくにつれて徐々に速度を落とし、そして船長さんの言っていた通り十分弱で波止場に停泊した。

 燥いでいたソウファは船の停止と同時に船を飛び出すかとも思ったが、何やら神妙な面持ちで真衣さんの後ろに隠れている。


「お待ちしておりました。勇者御一行様」


 船から降りた俺たちを出迎えてくれたのは、白い髪に赤い目を持ったこの島に暮らす吸血鬼。

 髪や目の色に大した違いはなく、色の強弱はあれど全員が白髪赤眼。

 吸血鬼としての特性が関係していると言われているが、正確な理由はまだわかっていないらしい。

 知識としては知っていたが、実際に見ると不思議な感覚に陥る。

 そんな俺たちへ恭しく声を掛けてくれたのは、五人の中心――先頭にいた白髪に赤い目を持った美女。

 年齢は二十ほどにみえるが、纏う雰囲気や鋭い眼光は二十台のそれではない。

 老齢の達人を思わせる覇気のようなものがある。

 敵にいたら警戒必須レベルの猛者。

 敵対していないのが不幸中の幸いだとさえ思ってしまう。


「お出迎え、ありがとうございます。オレが勇者のフレデリック・エイトと申します」

「伺っております。私は吸血鬼の長、アンジェリーナ・K・レオと申します。お見知りおきを」


 ここへは“召喚者一行”ではなく“勇者一行”として来ている。

 どうしてかと問われれば単純で、召喚者よりも勇者の方が手続きの諸々が楽なのだ。

 召喚者はこの世界の住人ではないし、大戦を退けた立役者とはいえまだ信頼は薄い。

 その点、勇者は五千年の歴史があるし信頼の面でも申し分ない。

 今代の勇者(フレッド)は先の大戦をバックレたと思われているかもしれないが、帝国での戦い以降、フレッドは大戦への参戦を明言。

 今まで失った信頼を取り戻す為に動いていくと、王国で公言した。

 故に、この行動はその勇者の第一歩として受け止められるはず。

 そうした意味合いも含めて、勇者を前面に出している。

 それに、召喚者として来ようが勇者として来ようが、やることは変わらないのだから関係ない。


「……あの、何か?」


 アンジェリーナと名乗った美人吸血鬼は、フレッド含む俺たちを値踏みするように見回した。

 無言でジッと見つめられたので、思わずフレッドが尋ねる。


「いえ、なかなか珍しい種族がいらっしゃるなと思いまして」

「アカですか? まぁ確かに、竜人なんて一生で見かける人の方が少ないですからね」

「えぇ。他にもそちらの方からはエルフの気配がいたしますし」

「……よくわかりましたね」


 俺の方を指差してそう告げられ、俺は少しだけ驚いた。

 魂だけの――正確には眼もだが、それ以外にナディア(ししょう)から受け継いだものはない。

 大戦で師匠の眼を継いでから獣人の国に行くまで、誰にもエルフですか? なんて言われたことがない故に驚いたのだ。


「過去に一度、エルフの方とお話をしたことが御座いまして。その時の気配によく似たものを感じ取りました」


 魔人には魔人特有の気配があるように、エルフにもエルフ特有の気配があるのだろう。

 俺の中には、エルフを見分けるなら耳という常識と言うか固定観念があったので、そこに意識を向けたことはなかった。

 百人のエルフに待ち伏せされたときでさえ、『あ、なんか隠れてる人がいっぱいいる』と“魔力感知”で気付いただけだし……。

 そんなことよりも、過去に一度会っただけの種族の気配を覚え、あまつさえ一発で言い当てるとは、やはりアンジェリーナさんはかなりの実力者なのかもしれない。


「では、早速ご案内をいたします。この国にある蔵書を読みたいと伺っておりますが、間違いはございませんか?」

「はい。よろしくお願いします」


 アンジェリーナさんの問いにフレッドが頷き、そうして吸血鬼の国での生活――もとい『勇者の系譜へ』探しが始まった。






「――美味しいですね、これ」

「口に合っているようで何よりです」


 この島――つまるところ、吸血鬼の暮らす国で一番大きな屋敷の食堂にて、勇者一行の俺たちは夕食を頂いている。

 並ぶ料理はとても豪勢で、元の世界では特別な日の外食くらいでしか見ないような値段の張りそうだ。

 それらの彩りが食欲をそそってくる。


「――美味しい(ふぉいひい)!」

「飲み込んでから喋りなさい」

「んー!」


 ソウファがリスのように頬を膨らませながら夕食を頬張っている。

 人型での生活にももう慣れ、器用にナイフとフォークを使い料理を自由に食べれるようになったからこそ、頬張るなんて芸当ができている。

 尤も、料理を頬張るにはそれ自体が美味しいものではなくてはならないが、まぁソウファの表情や朧げに理解できる発言からどうやらソウファの口にも合ったらしい。

 いい塩梅の酸味が広がるソースの掛かったステーキを口に運びながら、その美味しさに舌鼓を打つ。

 食事は栄養が取れれば味は二の次でも構わない派閥に属している俺だが、やはり美味しいものを食べるとテンションも上がるな。

 大戦が終わって、もし帰還までに時間を要するとなったら、ここの料理人に料理を学ぶものいいかもしれない。

 作れる料理のバリエーションが増える分には何も問題はないしな。


 だがそんな食卓に、あまり晴れない表情を浮かべる奴もいる。

 こういう場では基本的に盛り上げ役側に回ることの多いフレッドが、物憂げというか何というか。

 食事を楽しむ気持ちになれないような、そんなように見える。

 せっかくの食事なので、少しだけお節介を焼こうか。

 俺の左隣に位置するフレッドへ小声で話しかける。


「フレッド。今は食事を楽しもうぜ。こんなに美味しいんだから、味わわなきゃ損だよ」

「――すまない」


 短く返事をして、フレッドは食事に手を付ける。

 口に合わないわけではなく、純粋に気持ちの面から箸――もといナイフとフォークが進まなかったのだろう。

 どうやらそれも、俺の一言で多少は解決した様子。

 根本から悩みが解消したわけではないだろうが、それは後で話し合えばいい。

 今はこの美味しい食事を全力で楽しむことにしよう。






「だからさ。一日で見つからなかったくらいでそんな落ち込むなってば」

「でもな……今日は本を探すどころかそこにさえ至れなかったんだぞ?」

「仕方ないだろ。そもそも本が整頓すらされてなかったんだから」


 アンジェリーナさんに案内され、俺たちは今日、この国にある唯一の図書館へと足を運んだ。

 しかし、この国には読書をするという文化が致命的にない為か、書物の大半はただ収められているだけだった。

 五十音順――正確には五十音ではないが――やら関連性のある書物での分類とか、そう言った類のものが一切なかった。

 積まれて床に放置されてないだけマシとさえ思ったくらいだ。

 吸血鬼は膨大な寿命と圧倒的なまでの記憶力があるため、本という記録を残す必要がないらしい。

 ではなぜ本があるのかと聞かれれば、吸血鬼が何かの理由で滅んだ後の保険らしい。

 保険とはいえそんな大事なものをこんな扱いにしているのは、きっと“吸血鬼が滅んだとき”を正しく想像できていないのだろう。

 尤も、俺だって吸血鬼が滅ぶ想像なんて簡単にはできやしないが。


「フレッドくん。一つ疑問なんだが、どうしてそんなに急いでいるんだい?」


 同じベッドの隣に腰かける大地さんが、そもそもの前提へと立ち直る。

 時間は確かに有限だ。

 だからと言って、たった一日で本が見つからなかった程度で、深く落ち込みすぎじゃなかろうか。

 そう思っての疑問に、フレッドはばつが悪そうな顔をする。

 俺たちしかいない部屋で他に誰もいないかと視線を巡らせ、古典的な手法で辺りを見回す。

 それじゃあ魔力的な隠蔽――例えば透明化とか使われてたらわからないじゃんと思いつつ、そこは俺が補填して話を聞く姿勢を取る。

 俺と大地さんが聞く姿勢を取ったことで、フレッドは観念したように小声で話す。


「この国に、あんまりいたくないんです」

「ほぅ? それまたどうしてだい?」

「根拠は全くないんですよね」

「直感みたいなもんか」


 フレッドは頷いて、俺の言葉を肯定する。

 根拠がない直感ならば、俺がどれだけ理論的に言っても最終的に『でも嫌な予感がする』で全てを破壊していくから、あまり意味はないだろうな。


「パティちゃんもそう言ってる?」


 “直感”というワードに反応し、大地さんが小声で聞く。

 結愛やフレッドから、パトリシアさんは直感に優れてると聞いたことがある。

 なら、彼女がどう思っているかも聞いておいた方がいいだろう。


「どうかな……まだ葵にしか話してないから何とも。でも嫌な予感がした時はいつも言ってくれるから、何も言わないってことはパティは何も思ってないんじゃないかな」

「そうか……ならとりあえず様子見でいいんじゃないか? そこまで本の量も多くないから整頓も明日明後日くらいで終わるだろうし、整頓してたらついでに見つかるだろ」

「……そう、だね」


 考えすぎだとは思うが、だからと言って楽観視はできない。

 頭の片隅に何かがあった時のことを考えて、一応のプランを立てておくべきか。

 ただ直感が当たり、仮にこの国から逃げるとなると、結界が邪魔になるよな。

 まぁこの閉鎖された島で逃げるような状況に陥った時点で負けのような気もするが。


「その直感が当たってるようなら、またその時考えればいいさ。ってことでちょっとトイレに」

「またかい葵くん? もしかして頻にょ――」

「違いますただ人より水分を多くとるだけです一緒にしないでください」

「僕も頻尿ではないけどね!?」


 そんなやり取りをしてから俺は一度部屋を出る。

 宿屋ではなく屋敷の一部屋なので、この部屋にトイレはない。

 そもそも来客という概念がないのだから当然と言うべきか。

 ともあれ、この屋敷の間取りはおおよそ把握している。

 迷うことなくトイレへと辿り着けるだろう。


 途中、屋敷で仕事をしている吸血鬼の方とすれ違い『どこへ行くのか』と聞かれたが、『トイレへ行きたくて』と答えると納得したように頷かれ、ついでに聞いてもいないのに道順を教えられた。

 せっかくの好意でしてもらっていることで、ついでにいうなら話を脱すタイミングを失ってしまったので、自分の脳内地図と照らし合わせることにする。

 と言っても、王城ほど広くない屋敷の道順は一分とかからずに説明できる。

 俺の脳内マップに間違いがないことを確認して、礼を言ってから改めてトイレへと向かう。

 用を足し、また同じ道を辿って戻るだけ。

 そんなことを考えて、何の気なしに窓の外に目をやる。

 まん丸に近い形の月が夜空を明るく照らしており、吸血鬼の街並みは青白い光に照らされてとても幻想的に映る。

 まるで、夜であることが大前提に作られたような街並み。


「――や、そもそも夜に生きるのが吸血鬼の大前提か」


 吸血鬼は昼に――太陽に弱い。

 それはこの世界でも例外ではないらしく、死にはしないまでもハチャメチャに弱体化するらしい。

 身体機能面が著しく低下して、それは思考にも魔力にも影響する。

 人間ですら、炎天下に晒されればそれだけで体力を消費するのに、その上弱点ともなればその消耗は想像を絶するものだろう。

 聞いた話によると、太陽光を減退させる前までの吸血鬼は日中だと這いずり回ることしかできず、昼間に活動しようとすればそれはもう地獄絵図が広がっていたらしい。

 国民全員が日光の元で這いずり回る光景を想像して、少しだけその当事者であったらしい長に同情の念を抱かざるを得なかった。


「……?」


 その説明を受けた時のことを思い出し失笑してしまったところで、ふと違和感を覚える。

 その違和感の先――夜風を通す少し開いた窓の外に視線を向ける。

 そこには天高くに上った月と、離れがある。

 大昔の交流が盛んだった時代に来客用として使われていた建物で、今は物置と化してしまったと聞かされた建物。

 そこに、何か物凄い違和感を覚えた。

 言葉で説明のできない、つい先ほどのフレッドのような“直感”が働いたとでも言うべきか。


 その違和感が何なのか。

 俺は正体に気付いている。

 気付いてしまったからこそ、可能な限り気配と魔力を消して、少し開いていた窓から飛び出る。

 飛び出してからここが二階だったことに気付き、可能な限り音を殺して着地する。

 そもまま“身体強化”も使って素早く離れへ接近して確信する。


「なんで魔人の魔力が……?」


 自分の心を整理するように呟いて、深呼吸を挟む。

 悩んでいても仕方がない。

 よそ様の土地であまり交戦はしたくないが、この気配の持ち主が暗躍する方が厄介だ。

 多少の荒事には目を瞑ってもらうことにして、離れへ潜入する。

 離れの図面は頭にないが、離れの壁や天井を這うように展開した魔力の糸でその地図を把握。

 それを頼りに気配の持ち主がいる部屋へと最短ルートで吶喊し、和式になっていた(ふすま)を勢いよく開く。


「何者――だ?」


 冷静になってみれば、『何者だ』と言いたいのは襖の中にいた人物だろう。

 だがそんなことを考える余裕など、今の俺にはない。

 俺が威圧も兼ねた大声を最後まで言い切れなかった理由。

 それは、部屋にいた人物に他ならない。


 旅館の四人部屋くらいの広さの畳が敷かれた部屋。

 中央辺りに布団と毛布が敷かれているだけの、生活感の欠片もない部屋。

 その布団の上に座り、侵入者(おれ)をジッと見つめるだけで驚きも騒ぎもしない、人型のソウファと同じくらいの年頃にみえる少女。

 吸血鬼らしい白い髪に真紅の瞳を持つ少女。

 片腕と片目を喪っている、少女。

 そんな少女は虚ろで淀んで死んだ目と、興味の欠片も感じられない機械のような声音で俺へ問う。


「お兄さん、誰?」




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