表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉の為に。  作者: たかだひろき
第九章 幕間
152/202

【それぞれの準備】




「ようやく全員終わったなぁ」

「時間かかったね」


 天高く昇っている太陽の眩しさに手を(かざ)して目を(ひそ)める。

 もうこの場所で、何度太陽を見上げただろうか。

 十や二十は超えているだろうか。


「まぁでもみんな無事に終わらせられたし、時間をかけた甲斐はあったよね」

「そうだね。これならきっと、中村くんも……」

「……」


 私の言葉を聞いて、翔はハッと気づいたように俯いた。

 翔を責める意図はなかったのだけど、中村くんが魔人側へと寝返ったのは、想像以上に深く翔の心に突き刺さっているらしい。


「大丈夫だよ、翔。今の私たちなら、きっと中村くんも取り戻せる」

「そう、かな」

「そうだよ。私たちは強くないと知れて、強くなるために努力してる」


 中村くんがいきなり裏切ってあんなことを言い出した時、私たちは何もできなかった。

 ただ為されるがままに、中村くんの強行を許してしまった。

 力が足りない。

 戦う覚悟もない。

 綾乃くんが助けに来てくれなかったら、中村くんに洗脳され、魔王軍に連れていかれていたのは間違いないと思う。


「隼人を、止められるかな」

「止めよう。私たちで」


 私たちはできなかった。

 その過去を払拭するために、無理でも意思を強く持つ。

 できるできないではなく、やるのだ。

 意思や覚悟の問題。

 『“何が何でもやる!”という意思がなければ、できるものもできなくなる』。

 そう言っていたのは、私の好きなゲームで第一線を走っているゲーマーの言葉。

 プロではないただのゲーマーの言葉だが、それでも当時落ち込んでいた私を支えてくれた言葉。

 私の原点とも言えるそれを、あの時の綾乃くんの行動で思い出せた。

 だから今度は、私がそれを広める番。


 クラスメイトと命を賭けて戦うのは怖い。

 下手をすれば中村くんを殺してしまうかもしれないし、逆に私が殺される可能性だってある。

 だから、覚悟を固める。

 中村くんに殺させず、中村くんも殺さない覚悟を。

 それを実現するための努力をする覚悟を。

 何が何でもやってやるんだ。


「あー……盛り上がってるとこ悪いけど」


 心の中で息巻く私の背後から、心底申し訳なさそうな声が届いた。

 吃驚しながら振り向くと、そこには頬をポリポリと掻いている綾乃くんがいた。

 声音と同じで申し訳なさそうな顔をしている。


「中村は俺が相手するから、次の大戦は別のことをしてもらいたいんだよね」

「えっ……いや、でも、綾乃くんは魔王とか強い人とか、その……」


 綾乃くんは私たちの何倍も強い。

 その強さを活かすのなら、中村くんよりも相手するべき魔人はいると思う。

 こんなことは言ってて虚しくなるけど、私たちでは魔王を倒せない。

 さっきまで覚悟だなんだと言っていたが、無理なものは無理だよと、ついでに心の中で愚痴ってみる。


「大丈夫。魔王とかその他強い奴らと戦う準備もしてる。取り敢えず、中村は俺が相手する。しなきゃならないしな」

「過去の因縁……だよね。無理、してない?」


 綾乃くんと中村くんの間にあった出来事は綾乃くんから聞いているので知っている。

 それが理由で無理をしている。

 もしそうなら、私としては止めてあげたい。

 復讐がしょうもないだとか、そんなことを言うつもりはない。

 けれど、無理をして心を痛めてまで中村くんと戦わなきゃいけないのかと、まずはそれを問いただしたい。


「大丈夫。無理はしてないし、するつもりもない。俺がこれからすること全部、手伝ってくれる人がいるから」


 私の心配などまるで必要がなかったかのように、綾乃くんは笑みを湛えて優しげな瞳で答えた。

 雰囲気が、今までの綾乃くんとはまるで違う。

 憑き物が落ちたかのような、そんな変わりよう。

 何か心境の変化でもあったのは間違いないはずだ。

 翔と顔を見合わせて、少しホッとしたようにため息をつく。

 あの話を聞かされて、それで何もできなかったと、少しだけ――本当に少しだけ、悔いていたから。

 それが私たちではない誰かの手によって、ほんの少しでも改善されたのは嬉しい。

 どこから目線だと言われるかもしれないが、それでも安心したのだ。


「もちろん、小野さんたちの力も借りたい。いい?」

「――もちろんだよ! ね、翔!」

「日菜の言う通りだ。俺たちにできることがあれば言ってくれ。何でもして見せる」

「――言ったね?」


 優しい笑顔から一転。

 綾乃くんの笑みが獰猛なものに代わる。

 いや、獰猛と言うよりは、心の底から嬉しそうな悪戯っ子のような笑みのほうが正しいかな。

 ともあれ、フフフフと不気味に笑う綾乃くんがスタスタと歩み寄ってくる。


「え、ちょ、ちょっと、綾乃くん?」

「綾乃、どうしたんだ」

「大丈夫。悪いようにはしないさ。ただ『何でも』と言ったことを後悔しないようにな?」


 ズカズカ詰め寄ってきた綾乃くんは、同じ笑みを湛えたままそう言った。

 そして私と翔は理解する。

 ああ、口を滑らせるもんじゃないな、と。






 * * * * * * * * * *






「ボーッとしちゃって。どうしたの?」


 最後のキャンプが終わり、焚火も片付けられた広場から少し離れた開けた丘で夜空を見上げていた俺の元へ、幼馴染の千吉良摩耶(ちよらまや)がやってきた。

 その後ろには同じく幼馴染の相田愛佳(あいだあいか)もいる。


「いや、特に何かあったわけじゃないよ。ただなんとなくボーッとしてただけ」

「ふーん?」


 時折、何の前触れもなく、ボケーっとしたくなる時がある。

 周期的に訪れるとかそんなことはなく、本当にただひたすらに無駄を過ごしたい。

 今はそんな気分なのだ。


「よっ、と」

「風が気持ちいいね」

「だねー」


 両手を後ろに天を見上げていた俺を挟む形で、摩耶と愛佳が座る。

 そして俺と同じく天を見上げ、そこに浮かぶ星々をその瞳に捉えた。

 無言が俺たちの間に降り注ぐが、生まれてからの間柄の俺たちだ。

 その無言が辛い時期など、とうの昔に乗り越えている。

 二人が星に意識を傾けていると理解して、俺も二人に向けていた視線を天へと戻す。


 地球にいた頃には流星群だとかスーパームーンだとか、そんな現象でも起きない限り見上げることのない夜空。

 それをなんとなく眺めている。

 今この瞬間も、やっておいたほうがいいことは沢山あるだろう。

 今まで散々サボってきた俺たちは、いくらやっても足りることなんてないんだから。


「こんなに静かで落ち着いてるの、いつ以来だろうね」

「んー……いつぶりだろ、なかなかないよね」

「いつもは愛が五月蠅いからね」

「そ、そんなことないよ! 摩耶ちゃん失礼だよ!?」

「ほら、現在進行形で五月蠅いじゃない」


 摩耶の言葉を皮切りに、やいのやいのと小競り合いが始まった。

 言い合うのは勝手だが、俺を挟んでするのは是非ともやめて頂きたいところだ。

 そもそもせっかく一人になって静かな時間を堪能していたと言うのに、全くなんだって俺のところまできて騒ぎ出すのかと、小さなため息をつく。


「幸聖さ」

「ん?」

「幸聖、無理はしないでよ?」

「無理なんてしないよ」


 いつの間にか小競り合いを止めていた摩耶に、唐突に告げられた。

 それに反論するように返事をしたが、摩耶は小さく首を振る。

 縦ではなく、横にだ。


「今までの話じゃなくて、これからの話ね。幸聖が綾乃くんに憧れに似た気持ちを持ってるのは知ってる。でも幸聖は綾乃くんじゃない。同じことをできるとは限らない」

「……言われなくてもわかってるよ」


 摩耶の鋭い指摘にぐうの音も出せず、口を尖らせて言った。

 綾乃は嫌味でスカしてるいけ好かない奴だが、生き方と言うか行動と言うか、そのあたりは俺が理想とするそれだ。

 だから、嫌いなのに憧れている。


 しかし、俺には綾乃のような戦闘能力はない。

 レールガンを作ってしまうような技術力も知識量もない。

 勝っていることと言えば、幼馴染が可愛いと言うこと――いや、綾乃の幼馴染は会長だったか。

 なら負けも勝てもしないか。

 とにかく、俺が綾乃と違うなんてことはわかりきっている。


「別に、綾乃くんと同じになる必要はないんだよ。幸聖は幸聖のやり方でいいの。私たちがそれを、後ろから支えるから。ね」

「うん! キツかったら私たちが支えるから! 遠慮なく言ってね!」


 摩耶は静かに、愛佳は明るく。

 俺を励ますようにそう言ってくれた。

 一人で星空を眺めていた俺が落ち込んでいるとでも思っているのだろうか。

 だとしたらとんだ勘違いだ。

 そもそも俺は、本当にただボケーっとしたくてここにいただけなのだし。


 ……けれど、この気持ちはなんだろうか。

 胸の奥がスーッと澄んでいくような、喉に突っかかっていた小骨を飲み込めた時のようなスッキリとした感覚。

 俺の右手に愛佳が。

 左手には摩耶が。

 二人がそれぞれ、俺の手に被せるようにして手を握ってくれている。

 たったそれだけで、不思議と一人でいる時よりも思考が澄み切っている気がした。


「……ああ、そっか」


 どうやら、俺は俺の思っていた以上に疲弊していたらしい。

 天の塔の攻略と言うイベントを終え、しかしこれがただの通過点だと自分に言い聞かせ、まだ頑張らなきゃいけない、もっとやらなきゃ追いつけない。

 無意識的にそんな風に考えて、一人で自滅のループにでも入っていたのかもしれない。

 だから、摩耶と愛佳が俺を心配してくれていることにすら、気付けなかった。


「摩耶、愛佳」

「うん」

「なぁに?」


 手で支えていた体重を、尻と足で支えられるように座る位置を調整する。

 そして空いた手で、重ねてくれた二人の手を握り返す。

 柔らかで温かい手だ。

 女性は冷えやすいと聞いていたが、どうやら違うらしい。

 ともあれ、俺が気付いていなかったことに気付かせてくれた。

 今はそれが大切だ。


「ありがとう。これからは――ぁいや。これからも遠慮なく、頼らせてもらうよ」

「もちろん」

「任せて!」


 改めて言うことでもない、今までもやってきた当たり前のこと。

 それでも、改めて言うべきだと思った。

 俺には俺にできることをする。

 そう、それだけでいいんだ。

 三人で星空を見上げながら、俺は自分に言い聞かせるように――そして遠くにいるであろう嫌いな(あこがれの)あいつへと、心の中で宣言する。

 俺は俺のやり方で認めさせてやるからな、と。






 * * * * * * * * * *






「――なるほど。魔人の目的は帝国の抹消ではなかったのですね」


 私は机を挟んだ反対にいる葵さんへ向けて尋ねます。

 そこまで大きくない会議室にいるのは、私を含めて五人。

 上座には私の父でもありこの国の王でもあるアーディル・A・アルペナム。

 下座にいる葵さんの話を重々しい顔で聞いていらっしゃいます。


「はい。帝国の地下に置いていた賢者の回収が目的だったようです」

「賢者? 賢者ってーと、勇者と対をなすあの賢者か?」


 葵さんの言葉に質問を投げかけたのは、この国の騎士団の団長を務めるラティーフ。

 私も気になっていたことを率先して聞いてくれたのは、この場にいる全員が同じ疑問を抱いていたからだと思います。


「そうです。十年位前に賢者の素質があった一人の少女を連れ去って、帝国の地下に置いていたようで」


 賢者様も勇者様と同じで、人類から戦いを乞われる存在。

 後継者を自分で選べる勇者様と違い、賢者様はその時代に最も才能のある人物へと継承されると、何かの文献で読んだ覚えがあります。

 そんな人を――たとえ賢者様でなくとも、監禁するのは違います。

 帝国の皇帝――ドミニク・シュトイットカフタさんとは何度かお話をしたことがありますが、私が初めて話した時には既に、賢者様を地下に監禁していたのでしょう。

 子供の私に見せたあの笑顔の裏にそんなことがあったのだと思うと、胸の奥がグッと苦しくなります。


「その少女が賢者として覚醒したのは偶然か?」

「覚醒は偶然だと思いますが、覚醒する素体を持ち帰ったのは偶然ではないと思います。自他の素質を見抜くの才能を、皇帝はおそらく持っていますから」

「……そうか」


 葵さんの返答に悲しげに頷いたのは、この国の魔術師団の団長、アヌベラ・トゥ。

 賢者様と同じ、魔術を主体とする戦い方をするアヌベラさんは、今何を思っているのでしょうか。


「まぁとにかく、先の帝国で起こったのはそれが全てです。おそらく、帝国での目的を達成するために、邪魔になりかねない俺がいる獣人の国とエルフの郷への襲撃があったのだと思われます」

「ですが、どうして魔人は葵さんの場所を把握できたのでしょうか?」

「……どうしてでしょうね」


 私の質問に、葵さんは考え込むように唸る。

 その様子から察するに、何個か候補はあるがどれも確証を得ていないように見える。

 もしくは、考えたくない可能性を頭に浮かべている可能性も……?


「葵殿。先の帝国や獣人の国のように、魔人が大戦を待たず攻めてくる可能性はあるか?」


 私のお父様は、やはり重々しい顔をして訊ねる。

 それに対し、葵さんは至極冷静な表情で聞き返した。


「それは吸血鬼の国が侵攻の予兆を察知できない可能性の話ですか?」

「そうだ」


 お父様の肯定に、葵くんは再び考えるように手を顎へ宛がいます。

 言われてみれば確かにその通りで、これまでの大戦は、第一次を除きすべて吸血鬼の助力がありました。

 主に、魔人の戦力分析と、侵攻の開始を教えてくれると言う形で、です。

 しかし今回、帝国への侵攻も獣人の国、ならびにエルフの郷への侵攻も、吸血鬼の国からの情報はありませんでした。

 いつもは事前にその流れを察知して、吸血鬼の国の代表が共和国の首相へとそれを伝え、そこから各国への伝達があるはずなのですが……。

 あの真面目で責任感の強いコージさんが伝達を忘れるなんてことはないでしょうし、そうなると吸血鬼の国からの情報がない可能性の方が高いように思えます。


「吸血鬼の国が魔王軍のどこまでを把握できているのかによりますが……何にせよ、そこに関してはあまり気にしなくても大丈夫です」

「と言うと?」

「獣人の国でやるべきことは終えたので、次は吸血鬼の国へ行こうと思っていたのです。なのでついでに、俺が直接行って聞いてきます」

「なるほど、だからあまり気にしなくていい、と」

「はい」


 葵さんの次の行動予定を聞いて、私は少しだけいいなぁと邪な感情を抱いてしまいました。

 この国の王の子として生まれ、あまり自由と言うものがなかったから、今の葵さんのように色々な場所へ行くことができませんでした。

 もちろん、自由が少ないことに関して不満があるわけではないのです。

 そもそも葵さんは、旅行をするために色々な場所を訪れているわけではないのですから。


「それはそれとして、魔王軍側の戦力の多さは見過ごせません。魔王も十魔神も、寝返った皇帝や中村に、転移者やら。考えなきゃいけないことは沢山あります」

「そうだな。いくら勇者が戦力として換算できるようになったとはいえ、それだけで勝てるほど甘くはないだろうな」


 葵さんの言葉に、ラティーフさんが頷きます。

 今まで大戦には参加しないと言っていた勇者様が、人類へ協力すると宣言されました。

 私たち人類の中で最高戦力の勇者様が協力してくださるともなれば、一騎当千は間違いないでしょう。

 けれど、今回の魔王軍の脅威は今までの比ではありません。

 そのことも考えると、勇者様が一騎当千とは軽々しく言えない状況になっています。

 とはいえ、貴重な主戦力であることに違いはありません。

 葵さんと同等レベルの実力者だと聞いていますから、強くない人間の代表としてはやはり期待をしてしまいます。


「だから一週間後くらいを目安に、他国も交えて話し合いをしたいです。できますか?」

「わかった。話は通しておく」

「ありがとうございます」


 葵さんのお願いに、お父様は迷う素振りなく頷きました。

 お父様にできること、それを最大限やっていくつもりなのでしょう。

 ラティーフさんもアヌベラさんも、そして葵さんも。

 全員が全員、次の大戦に向けてやれること、やるべきことをやっていくはず。

 なら私も、私にできることを、最大限に……!


「――ん」

「どうした、葵」

「外に誰か来てますよ。確か……」


 葵さんが何か言おうとした寸前、会議室の扉が二度ノックされた。

 コンコンという音で会議室内は静まり、全員が顔を見合わせる。


「お話し中にすみません。エアハルトです」


 扉の外にいるのは、どうやらエアハルトさんらしい。

 私を誘拐し何かを企んでいた組織のトップを務めていた人物。

 魔王やそれに近しい人物からの洗脳を受けており、葵さんに助けられてからこの城で監視と療養をしてもらっている。


「今は大事な話をしている。用事があるなら少し待て」

「いえ、おそらく、その大事なことについて、話が」

「……入れ」


 もう一度顔を見合わせて、お父様はエアハルトさんの入室を許し、それに呼応してエアハルトさんが会議室へと入ってきます。

 その後ろにはいつも通りディアさんがいるが、その顔は真剣そのもの。

 初めて見る表情に、私は気を引き締める。


「私が魔王の手駒に洗脳され、王女様を攫おうとした理由とその目的を、思い出せました」

「本当か?」

「はい。これが洗脳され植え付けられた記憶である可能性もありますが――」

「それはない。今のエアハルトさんの記憶に、魔王や魔人――他人からの影響はない。思い出したその記憶は、間違いなく本物だと言っていい」


 エアハルトさんの言葉を、葵さんがはっきりと否定する。

 どんな根拠があっての言葉かはわからないが、それが嘘ではないとこの場にいた誰もが理解した。


「それでエアハルト。思い出した記憶とは?」

「はい。まず、俺に洗脳をしたのはこの城で召喚者の側付きをやっていた女性でした」

「中村の側付きか」


 エアハルトさんの言葉には思い当たる節がありました。

 葵さんが言ったように、召喚者の一人である中村隼人さまの側付きをしていた、ノラ・パーカーさんです。

 彼女は保護した転移者とその場にいた召喚者を洗脳し、魔王軍へ連れて行こうとしていました。

 その二つともが“洗脳”というワードで繋がっていて、エアハルトさんの言葉の真実味が増しています。


「召喚者が召喚されるよりも前に帝国で接触し、当時そこそこの実力でそこまで知名度のなかった私は利用され、王女を攫う計画に組み込まれました」

「召喚者が召喚されるよりも前だと?」

「はい。そもそもこれ――王女様の誘拐は、魔王が仕組んだことですらなく、皇帝ドミニク・シュトイットカフタによって計画されたものです」


 驚きの事実をエアハルトさんから聞き、その場にいた私たちはディアさんを除いて全員が驚愕に目を見開きました。

 ずっと魔王に連なるものの仕業だと思っていたことが、親族による犯行であったことに驚いて、唖然としてしまいました。

 今になって考えてみれば何もおかしなことではないのですが、それでも想像もしていなかったことで何と言えばいいのか……。


「……王国を思い通りに動かすための駒か」


 葵さんは小さく呟いた。

 ドミニクさんが計画したのなら、葵さんの言わんとすることはよくわかる。

 現状、ドミニクさんは私の姉を妃とし、その上不確定な情報ながらも死んだはずの私のお母様すらをも手中に収めているらしい。

 そこに私が加われば、この国――ひいてはこの国の王であるお父様への最強の切り札足り得るでしょう。

 お父様の代わりに領地を治める十の貴族があるとはいえ、この国は王国。

 お父様の決定は絶対になってしまうのだから。


「そこまではわからない。けれど、洗脳後に聞いた会話では、『ラティーフと決着をつけるのにも丁度いい』と」

「俺と……?」

「洗脳されたときの記憶なので、確実に合っているとは限りませんが」


 エアハルトさんの保険が聞こえているかも怪しいくらい、ラティーフさんは考え込んでしまった。

 心当たりがあるような顔ではなく、純粋にその言葉の意味を考えているように見えます。


「他には?」

「……魔力タンク」

「魔力タンク?」

「ああ。魔力タンクと、そんなことを言っていた気が……」

「魔力タンクか……帝国が研究してたものにそんなんがあった気がするけど」

「ありますよ、葵さん。帝国主導で研究していた魔力貯蔵庫。おそらくそのことだと思われます」


 魔力貯蔵庫。

 その名の通り、魔力を貯蔵しておくための(くら)で、開発には成功していたはずです。

 実用するにはまだ年単位で時間がかかりそうだと、学院で拝見した論文には書かれていました。

 ですが、例え私の想像するそれを指しているのだとしても、それがどう繋がってくるのかはわかりません。

 何か繋がりはあるのでしょうけど……。


「私が覚えている――思い出した、の方が適切ですね。思い出した記憶はこれが全部になります」

「そうか。ご苦労。また何かを思い出したらすぐに伝えてくれ」

「はっ――」


 お父様の言葉に、エアハルトさんは頭を下げて頷いた。

 ディアさんを連れてそのままエアハルトさんは退室し、再び元の五名に戻る。


「詳しい話はまた次に。他の国の皆さんが来た時にしましょう。問題ありませんか?」

「それで構わない。日時は決まり次第伝える」

「お願いします」

「うむ。では解散だ。持ち場に戻ってくれ」


 お父様の号令で、他四名が退室する。

 ラティーフさんとアヌベラさんは団員たちに情報の伝達と、いつも通りの鍛錬に戻るようで、部屋を出てすぐに分かれました。

 ですが、葵さんはすぐに転移で結愛様の元へと戻らず、私に用事があるとのことで少しご一緒することになりました。


「治癒のスクロールの方はどうですか?」

「順調に作成できていますよ。葵さんに渡していないもので百枚ほど」

「……凄いですね。頼んでおいてなんですが、作るのめちゃくちゃ大変でしょう?」


 葵さんの言った通り、スクロールの作成はかなりの労力を必要とします。

 特に高難易度の魔術であったり、稀有な属性の魔術ともなれば、それ相応の労力と難易度が必要になってきます。

 けれど――


「私一人で作成していたのなら誇っていたかもしれませんけど、カナ先生やライラちゃん、他にもいろいろな人に手伝ってもらって作ったものですから」

「そうかもしれませんが……いやほんと、ありがたい。次の大戦は負傷者なしで終えたいですからね」


 どこまでが本心なのかわからないようなことを、葵様は呟いた。

 大戦――戦争をして負傷者がなしなんて、そんな都合のいい話はないと思います。

 前回の第十次人魔大戦ですら死傷者の数がかなり少なかったのですから、それ以上は高望みのような気もします。


「じゃあえっと、また我儘で悪いんですけど、お願い、聞いて貰えますか?」


 そんなことを考えていると、葵さんが申し訳なさそうな声音でそう言ってきた。

 顔を見てみれば、声音と同じくらい申し訳なさそうな表情で――具体的に言うと、眉をハの字に曲げ、背は丸まり、十センチは上にあった目がすぐ近くにまで来ている。

 いつだったか、葵さんは自分のことを小心者だと称していたが、それを納得させられるくらいに自信の無い態度です。


「構いませんよ。なんでしょうか?」


 そんな葵さんとは裏腹に、私は内容も聞かずに頷きます。

 葵さんのことは信頼しています。

 でなければ、あんな長距離の思念伝達ができるはずもありません。


「――すみません、甘えてばっかりで」

「構いません。人の好意を利用、活用するのは当たり前ですよ」

「言い方が酷い! もっと優しい言い回しがあるでしょう!?」

「ふふふ。冗談ですよ」


 こうやって葵さんを揶揄うのは意外と楽しい。

 反応が大きくて弄り甲斐がある。

 その昔、葵さんが結愛様に揶揄われるのはなんでだろうとボヤいていたことがありましたが、揶揄いたくなる結愛様の気持ちはよく理解できます。

 一度でも揶揄ってしまえば、同じ気持ちになるでしょうから。


「んんっ――えーっと、頼みってのは他でもなくてですね――」

「私の恩寵の汎用性を高める、もしくはそれに準ずる魔道具の作成、ですか?」

「――驚いた。もしかして顔に出てた?」

「そう言うのではなくてですね……何と言いますか、そんな気がした、としか」

「……思念伝達の応用で俺の思考を読み取ったとかかな……? まぁ今ソフィアさんが言った通りです。魔道具ならミキトさんがいますし、多少のノウハウはあるでしょうから……できます?」


 好きな人にお願いをされれば、断る理由なんてありません。

 それが倫理に反したりするのなら別ですが、今回はそんなこともありませんし、無理難題を要求されているわけでもない。

 なら、答えは一つです。


「やります。まずはミキト様に確認を取らねばなりませんね」

「そうですね。俺の恩寵と組み合わせたらよくなるかもですので、一緒に行きましょうか」

「はい!」


 ミキトさんを探す間、近況報告などの雑談をしつつ、楽しい時間を過ごせてとても幸せでした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ