第八話 【召喚者の戦い】
帝国の雑多とした首都を飲み込み、我が物顔で跋扈していた魔獣たちは、私たちの攻勢を受けて東の平原にまで戦線を後退させていた。
そこまで押し込んだ私たちは、それなりの疲労感とともに少しだけ休憩を挟んでいた。
「ふぅ……」
「お疲れ、日菜」
「翔もお疲れ」
簡易的に設けられた休憩所で、翔から水を受け取る。
そのまま椅子へ座り、ふぅと小さく溜息をつく。
それが疲労からくるものだと感じたのか、翔は心配そうな表情で聞いてきた。
「どんな感じ?」
「今のところは順調だよ。大きな怪我をしてる人もいないし、ヤニックさんの予想よりも楽できてるよ」
「それならよかった」
天の塔でキャンプしながら試練に挑み終え、神聖国で鍛錬をしようと帰路についている最中、突如現れた綾乃くんに支援を要請され、よくわからないまま私たち召喚者は帝国へと転移した。
連行と言って差し支えないほどこちらの意思に関係なく連れてこられた帝国の首都で見たのは、帝国の首都の半分以上を魔獣が占めると言う地獄絵図。
千を優に超える魔獣たちが帝国の首都へと雪崩れ込み、我が物顔で跋扈している。
東側の平原には、首都に入り込んだ魔獣の数を遥かに上回る軍勢が押し寄せており、あと数時間もすれば首都が陥落すると言われても納得できる惨状だ。
二か月前にここに滞在していた時には、こうなることなど全く以って想像できなかった。
そんな光景を目の当たりにした私たちに、綾乃くんはその魔獣の大軍を排除して欲しいと言う。
綾乃くんのお願い関してもひと悶着あったがそれは置いておくとして、ともあれ魔獣の大軍を追い払う戦線へと参加してかれこれ六時間ほどが経過している。
だが楽ができているとはいえ、状況は芳しくない。
私たち自身、それなりの数の魔獣を倒したし、私たちが戦うより前から組合員や戦闘員の方たちが戦っていると言うのに、数が減っている気がしない。
見た目でも、体感でも、だ。
もうしばらくすれば夕暮れとなり、視界も悪くなっていくだろう。
そうなれば、感覚が鋭い魔獣の方が有利になりかねない。
長期戦になることを見越していたのだろう、この戦線の指揮をしてくれているヤニックさんの戦略のおかげで夜になっても戦力が激減することはないが、それでも昼間よりは厳しいものになるのは、間違いないと思う。
「よし。もうすぐ時間だし、俺はそろそろ行くよ」
「うん。気を付けてね」
「ああ。日菜もな。無理はするなよ?」
「わかってる。ありがとね」
いつも通りの過保護っぷりを発揮しつつ、翔は最前線へと戻っていった。
それを眺めてから天を――テントの中なので、天幕を仰ぐ。
想定していたよりも、疲労は少ない。
綾乃くんが言っていた通り、鍛錬――戦う経験を積むと言う意味では、これ以上の場所はないと思えるほどに。
対人戦ではないから来る大戦に百パーセント活かせるかと言われれば違うが、それでも学びはある。
「おう、お疲れ様。えっと……ヒナコだっけか?」
「はい。お疲れ様です、ヤニックさん」
天幕の何もないある一点をボーッと眺めていると、ヤニックさんが現れた。
前線で戦う組合員にしては控えめな体格の、片眼鏡をかけた男性だ。
その昔、組合員になりたての頃にポカをして、片目の視力と片腕の握力を怪我してしまったらしい。
日常生活に支障はない程度の怪我だったらしいが、若い組合員に治療費を払えるだけの金はなく、治癒魔術を扱える知人友人もいなかったために、怪我を癒せなかったそうだ。
だがヤニックさんは悲観することなく、自分にできることを考えて、戦略を立てることで銀等級の組合員にまで登りつめた。
銀等級と言えば、組合員の強さを示す等級の上から二番目。
かなりの実力があり、今であれば怪我を治せるんじゃないのか? と聞いたが、腕の怪我は治したし、モノクルはもはやトレードマークになったから敢えて外していない、だそうだ。
そんなヤニックさんは、給水器から水を紙コップに注ぎながら、世間話のように訊ねてくる。
「召喚者はどんな感じだ? 大丈夫そうかい?」
「はい。今のところ、目立った負傷なく進められてます」
「そうか。安心したよ」
ホッと安堵のため息をついて、ヤニックさんは紙コップに入れた水を手に腰を下ろす。
こうして指揮官が休憩を挟めている辺り、そこまで逼迫している状況でないことは伺える。
言い換えればヤニックさん以外にも指揮官がおり、その人に休憩時の一時を任せても問題ないとくらい豊富な人材がいると言うことの裏返しでもある。
意外と言うべきか、ソフィア様から預かった伝言ほど、この国は切羽詰まってはいなかったらしい。
もちろん、私たちが来たから戦力が増し、全体的に楽になったのは間違いないはず。
けれど、私たちの力が必須になるほどではない。
そう言う意味では、綾乃くんの読みも間違っていたのだろうか。
「珍しい――いや、それが普通なのかも」
「どうかした?」
「あ、いえ。独り言ですので」
「そうか。まぁ何はともあれ、この調子なら何も問題はなさそうだな」
「そう……ですね」
ヤニックさんの言葉に、何か引っ掛かりを覚える。
それが何なのかはわからない。
けれど、確かに何かが引っ掛かり、胸の奥に蟠りとして残っている。
その蟠りが何か大事なものの気がしてならない。
嫌な予感とでも言うべき、何かだ。
「どうした?」
「いえ、その、どうしてこんなに余裕があるのかなと思いまして」
「うん? それはみんなが頑張って戦ってくれてるからだと思うが……?」
「はい。それはその通りなんですけどそうじゃなくって……これだけの大軍を引き連れておきながら、わざわざ負けに来るだけとは思えないと言うか……」
「ふむ……つまり、この大軍は何か別の目的があって、そのための囮だと?」
「確証があるわけではありませんが……もしかしたら、まだこの大軍が序の口で、後になるにつれてもっと強い魔獣が現れたり……とか」
「……確かにな」
私の中にあった違和感をどうにかして引っ張り出して、ヤニックさんに伝える。
すると、それに思い当たる節でもあったのか、あるいは何か思いついたのか。
ヤニックさんはコップに入れた水を飲むことも忘れ、真剣な表情で考え込む。
「――ありがとう、ヒナコ。俺はもう行くから、ヒナコも休憩が終わり次第また頼むよ。くれぐれも気を付けてな」
「はい、ありがとうございます。ヤニックさんもお気をつけて」
それだけ言って、ヤニックさんは全体指揮へと戻っていった。
休憩所にいた時間はほんの数分程度だっただろうか。
あれで休憩したとは思えないし、もしかしたら私の余計な言葉の所為で休憩時間を減らしてしまったかもしれない。
後で謝らなきゃなと頭の片隅に留めておいて、私は最前線へと戻った。
「数もだいぶ減ってきたね」
「そうだね。この調子なら、日付が変わる前には終わりそうかな?」
ヤニックさんと会話をした休憩から三時間ほど。
時折休憩を挟みながら戦い続け、ようやく見てわかるくらいに魔獣の数が減ってきた。
もう倒した魔獣の数は三桁を優に超えているだろうが、想像していたよりも疲労は少ない。
こうして合間合間に会話を挟めるのが、その証明になると思う。
「それにしても、綾乃くんなかなか来ないね。あっちの状況もよくないのかな?」
「かもしれないな。でも綾乃だし、きっと俺たちの心配なんて関係なく戻ってきて、『ほら、やっぱりできたじゃんか』とか言いそうだ」
「確かに。翔の下手な物真似でも簡単に想像できるね」
「何おう!」
戦場の――それも最前線に位置する場所でこんな気軽なやり取りができるなんて、やはり楽をさせて貰えているのだろう。
こういう、緊張が解けていい塩梅に余裕と言う名の油断が生まれるときが一番危ないと聞く。
決して油断はしていないつもりだが、主観は役に立たないことが多い。
だからきっと、こんな思考に意味はないのだろう。
「――ん! 遠くに魔力の反応。数は……一体だけ?」
「一体?」
「うん……周りに他の反応はないよ。ただ代わりにと言うべきか、その反応はかなり大きい。今まで戦ってきた魔獣の五倍はあるかな」
「五倍か……わかった。じゃあこれまで通り、俺が先行して日菜が援護で」
「おっけい!」
翔の指揮で、私はゆっくりと構える。
近くに気配はなくとも、戦闘を重ねれば近づいてくる魔獣がいるかもしれない。
それも考慮して、なるべく早く戦闘を終わらせたい。
そんなことを考えていると、魔獣の姿が丘の向こうに見え始めた。
「白い……猿?」
「思ってたよりも小さい……けど、さっきの魔力の気配はあれで間違いないよ」
「あれが……気配は別にそこまで――」
翔の言いたいことはわかる。
保有している魔力に比べて、強い魔獣であるという感じがしない。
猿という生き物に、怖いイメージも強いイメージも抱いていないからかもしれないけれど。
「――二匹か」
「――! 猿が喋った!?」
「普通の魔獣とは違う……!」
丘から二メートルほどの巨躯を晒した白い体毛の猿は、私たちを視認して感慨もなく呟いた。
魔獣が喋る。
綾乃くんの連れている“銀狼”という狼と、同じ銀色の梟が喋っていたし、言葉を扱う魔獣と初めて出会ったというわけではないけれど。
でも逆に言えば、今まで出会ってきた魔獣の中で言葉を扱う魔獣はその二匹しかいない。
だからこそ、この魔獣の異常さが際立つ。
「どうする?」
「……さっき言った通りに」
「わかった」
唐突な変化にも手早く対応する。
様子見のための一手。
翔が直線状に、白い猿へと駆け抜ける。
それを援護するように、私は白い猿の視界の外へ水の魔術を放つ。
水を生成し圧縮しただけの水弾。
それを音速に迫る速度で射出する。
かなりの速度で突進してくる翔へ白猿は一瞥くれると、一瞬だけ視線を右へと逸らした。
まるで、翔は脅威ではないと、眼中にないと言わんばかりに。
いや、そうではなく――
「邪魔だな」
誰かに聞かせるつもりのなかったであろう独り言。
それが聞こえた途端、言い知れぬ不安、恐怖に襲われた。
「翔! 避けて!」
ただの感覚、直感の類のもの。
根拠も何もないそれに、私は思わず叫んでいた。
直後、白い猿は私の太ももほどある腕を翔へと叩きつけた。
攻撃のモーションなど全くとっていなかったはずなのに、威力も速度も尋常ではなく、達人の域に達していると言われてもおかしくない攻撃に、私は唖然としてしまった。
「――避けたか」
「あっぶねぇ……」
白い猿が呟くと同時、立ち込めた砂煙の中から翔が飛び出してきた。
私の傍へ着地すると、冷や汗を額に浮かべながらそう零した。
見たところ外傷はない。
ただ、私たちの想定を遥かに上回る脅威であることは、正しく認識できた。
「男が前で女が後か……さっきの水も厄介だし、後ろから殺すか」
その呟きと左手を払った際に飛んだ水飛沫で、私の放った魔術が防がれていたことを理解する。
間違いなく、この白い猿の魔獣は脅威だ。
このまま放っておけば、今まで必死で維持してきた戦線が崩壊する。
「翔」
「わかってる。俺たちで止めるぞ」
魔獣の数は見るからに減ってきている。
他の場所でも、もう少しで余裕ができるはずだ。
そうなれば、私たち以外の援護が来てくれる。
せめてそれまで、私たちで耐え凌ぎ、あわよくば撃退――討伐する。
それが今ここでこの魔獣と対峙した、私たちの役目だ。
「――おい、おまえら」
「……なんだ」
覚悟を決め、各々の得物を構えたところで、白い猿は私たちに呼びかけてきた。
それが油断を誘うためのトラップである可能性も考慮しつつ、翔が応対する。
「アヤノアオイという召喚者を知ってるか?」
唐突に、何の前触れもなくそう聞かれた。
そこにどんな意図があるのか、どういう意味があるのか。
白い猿の思惑は一ミリたりともわからないが、聞かれたからには答えるべきだろう。
悟られない程度にアイコンタクトを挟み、翔は答える。
「……いいや、知らないな」
「そうか。ならいいや」
私たちが綾乃くんのことを知らないとわかると、白い猿は急に興味を失ったようにため息をつく。
この白い猿と綾乃くんにどんな関係があるのか。
もしかしたら、綾乃くんの新たな仲間だったりするのだろうか。
疑問は何個も湧いて出てくる。
「もし知っていたら、どうしたんだ?」
私と同じことを考えていたのだろう。
翔は白い猿にそう問いかける。
その問いへ、さも当たり前のように白い猿は答える。
「おまえらは殺さず、アヤノアオイの元へ案内させた」
「案内? どうしてだ?」
「殺すためだよ」
殺意を滾らせて、薄暗くなってきた夜の帳に白く鋭い牙を光らせて、白い猿は言い放った。
太陽が隠れ、気温が下がっていたが、白い猿が放つ殺気でもう一つか二つほど、気温が下がるのを感じる。
ただの殺意じゃない。
憎しみや嫌悪、そう言った負の感情すらもが混じり合い、濃密な殺気となって降り注いでいるんだ。
「どうして……どうしてそんなに、綾乃くんを憎むの?」
「あいつが俺の兄を殺したからだ」
「お兄さんを?」
「そうだ。王国の北にある森で“銀狼”の回収作業に当たっていた兄を、アヤノアオイと言う召喚者は殺した。だから俺は、仇を討つためにアヤノアオイを探している」
綾乃くんが“銀狼”であるソウファちゃんを仲間に引き入れた時のことは、詳しくは聞いていない。
ソウファちゃんと少し会話をした時に、森で綾乃くんに助けられたという話を聞いたくらいだ。
そこで何があったのかも、今の会話からは邪推しかできない。
「――綾乃くん、と言ったか? つまり貴様らは、アヤノアオイを知っているのか?」
そう問われ――いや、確信に迫った言い方をされ、私は遅れながらに失言したと理解する。
翔が隣で目を伏せ天を仰ぎ、あぁやっちまったな、と言う顔をしている。
「――ごめん」
「いや、いいよ、大丈夫」
「アヤノアオイのこと、知っているのか」
「ああ、知っている」
「なら話は早い。アヤノアオイの元へ案内しろ」
「断る」
翔が私の代わりに応対し、そして白い猿の申し出を断った。
まさか断るとは思っていなかったのだろう。
白い猿はキョトンとした顔で翔を見つめた。
「何?」
「断る、と言ったんだ。友達を殺しに行くと言う奴を素直に行かせるどころか案内するはずがないだろう」
「……本気か?」
「当然だ。何を以って俺たちが案内すると思っていたんだ?」
「……互いの実力の差もわからない無能か」
呆れたように呟いて、白い猿は戦闘態勢を取る。
綾乃くんの話ですっかり解けていた警戒を再度締め直し、先程よりも鮮烈な戦いになると身構える。
「じゃあいい。おまえらを殺してからアヤノアオイの元へ向かう」
「……」
まるで、自分の意見は絶対とでも言わんばかりの物言い。
事実、この白い猿は自分が負けるなんて微塵も思っていないんだと思う。
それが正しいかどうかは、これからわかること。
「さっきと同じで」
「うん」
白い猿に聞こえない程度の声量で作戦の伝達を行い、再び翔が吶喊する。
先程の様子見の一手とは違い、初手から全力を出した突進。
それを確認し、私は再度、迂回させる形で水の刃を展開する。
翔の吶喊を視認した白い猿は、力を溜めるようにゆったりとした動作で右腕を引く。
ゆっくり、しっかりと準備をしていると言うことは即ち、それだけ威力の高い攻撃が来ると言うこと。
それが、突進している翔に向けられるのは間違いない。
予想に違わず、白い猿の拳はゴウッと風切り音を轟かせながら振るわれた。
「――ッ!」
翔は振るわれた剛腕を剣の腹で受け流そうとして、流しきれずに吹き飛ばされた。
それでも威力はかなり軽減できていたのか、辛うじて着地だけは成功する。
「――もう一度!」
私の返事より早く、翔が地面を蹴って飛び出した。
無意味で無策な吶喊じゃないのは、長年の付き合いからわかる。
私が初手で放った魔術を無駄にしないための行動だ。
だからこそ、先の魔術が白い猿を穿つ前に、敢えて真正面から翔の頭上を通過する形で私の得意の水の魔術を放つ。
白い猿の視界の外と、視界の真正面から放たれた魔術。
更には、翔の追撃となる突進。
「――」
飛来する水の槍と、その少し後ろを追従する翔。
その二つを視認した白い猿は、一瞬左へ視線をやり、左腕を水の槍へと向けた。
私が扱う水の槍は、物理的な硬さと言う意味では土系統に劣るが、それでも皮膚を斬り裂くくらいの威力は内包している。
だと言うのに、白い猿は毛も生えていない手のひらで、水の槍を受け止めた。
結果、形状を固定しただけの水の槍は、ただの水となって白い猿の手のひらを濡らすだけに終わる。
それをしっかりと視認した翔は勢いを止めずにそのまま加速し、白い猿を飛び越さんばかりに高く跳躍する。
迂回し白い猿を目掛けて飛来する水の刃へと視線を向けさせないための行動でもあり、次の一手をより重くするための一手でもある。
月明かりを背に、翔は剣を上段に構える。
「ハァアアアアア!」
雄叫びを上げて、上段に構えた剣を振り下ろす。
それに対して左腕を掲げ、手のひらで剣の刃を受け止める。
ガキィンと生物に剣の刃が当たったとは思えない音を鳴らしながら火花が散る。
圧倒的な強さを誇る白い猿も、それだけの衝撃を受け止めるのは容易ではないのか、今までよりもほんの少しだけ体勢が辛そうだ。
そこへ、私が放った追撃の水の刃が飛来する。
がら空きの白い猿のわき腹を、容赦なく切り裂いていく。
「グッ」
初めて、白い猿が苦悶の呻き声を漏らす。
水の刃に白い猿の血が混じり、地面へと落ちた薄まった血が月明かりを受けて輝く。
痛みになれていないのか、全身を使って暴れる。
その暴威に巻き込まれる前に、翔は私の元へ退避する。
あのまま相打ち覚悟で一撃を加えられたかもしれないが、傷を負った場合の立て直しを考えるとダメージを受けないのが先決。
「ぅ、くッ……よくもやってくれたな――!」
憎悪を滾らせて、白い猿は私たちを睨みつける。
殺気は駄々洩れになり、それだけで縮み上がりそうになる。
けれど、今の攻防で確実に勝てない相手ではないとわかった以上、その殺気に怯える必要はない。
油断しないと言う前提の元、強気に立ち回ってみてもいいかもしれない。
「殺す――今すぐ、この場で――」
「……?」
瞳孔が収縮し、その怒りが全身からヒシヒシと伝わってくる。
が、白い猿は途中で言葉を切る。
何かに妨害されたかのような、違和感のある言葉の切り方だ。
「…………はい、わかりました」
脈絡の全くない応答。
何を意味するのかはさっぱりわからないが、先程までの殺気が著しく低減している。
「……ここで見逃してやる。次会った時が、おまえらの最後だ」
「どういうことだ……?」
翔の疑問に答えることなく、白い猿は私たちに背を向けた。
グッと脚に力を溜めて、そのまま跳躍する。
一度の跳躍で私たちの攻撃範囲の外へ消えていった。
あまりに唐突な展開に、私は少し困惑する。
「え、え?」
「終わった……のか?」
「……のかな?」
よくわからないまま、白い猿との戦いは終わった。
まだこの戦線全体での戦闘が終わったわけではないが、それでも最大の脅威は去ったと言える……はず。
「――じゃあ、他の場所の援護行こうか」
「そうだね」
まだ遠くで聞こえる戦いの音を頼りに、私たちは他のみんなの助力へと向かった。
白い猿との戦闘から約三時間。
夜も更け、日付が変わる頃。
ようやく、戦線にいた魔獣の掃討が完了した。
帝国の首都にいた組合員、援軍に来た召喚者。
全員の活躍により、一日とかからずに魔獣を掃討できたのは本当に良かった。
そして聞かされる。
魔獣の大軍は囮で、本命は帝都にあったこと。
その本命の阻止に当たっていたのは金等級の組合員で、そして、阻止に失敗したことを。