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姉の為に。  作者: たかだひろき
第九章 【エルフの郷】編
144/202

第六話 【連鎖する危機】




 獣人の国へ直接転移した俺とフレッドが見たそこは、悲惨の一歩手前と言った様子だった。

 逃げ惑う獣人が四方八方へと走っている。

 何人か、避難誘導のために大きな声を上げているが、それが聞こえている獣人の数は少ない。

 人類から虐げられたらしい五千年前ならまだしも、大森林は魔物以外の脅威がない。

 まして、魔物は滅多に獣人の暮らす国へと入ってこない。

 そも、結界があるから入ったとしても、即座に殺されるのがオチだ。

 故に、“侵攻を受ける”という体験をした獣人の数の少なさ――経験の少なさと警戒心の薄さが、最悪の惨劇を招こうとしている。


「――フレッド! 南門にいる! 魔人だ!」

「ッ、わかった!」

「結愛はもう戦ってる! 真上に飛ばすぞ!」


 “魔力感知”で襲撃者の位置を特定した俺は、フレッドの返事を待たず即座に転移でフレッドを飛ばす。

 そのまま重力に従って地上へと着地し、肺一杯に大きく息を吸う。


「ちゅううううもぉおおおおおおおおく!!!!」


 人生の中で三本指に入るくらいの大声を張り上げて、逃げ惑いまともな思考ができなくなっている獣人の気を引く。

 魔力すら震わせて放った言葉を耳に入れた獣人は、全員が俺の方を向いた。


「敵の足止めは既に行われてる! 戦う力のない奴らは一回で良い! 深呼吸をして、周りの音を聞け! これが聞こえてなかった奴に、北門へ逃げろと伝えろ! 戦える奴らは避難する人らの最後尾に付いて“もしも”に備えろ!」


 獣人たちがどう行動するかを聞く前に、俺は先の“魔力感知”で見つけていた人の元へ飛ぶ。


「パトリシアさん!」

「ッ! あ、葵様? あ、結愛様から、避難誘導をするようにと」

「それでいい。さっきの俺の言葉は聞こえてたか?」

「は、はい!」

「おっけ。あと、これ持ってて!」


 俺が虚空から出現したことに驚いているパトリシアさんに、小石サイズのコインを渡す。

 それを受け取りはしたが、何かわからないパトリシアさんは眉を(ひそ)めた。


「これは?」

「ピンチに陥ったら壊してく。すぐに援護に向かうから」

「――わかりました!」


 パトリシアさんは俺から受け取った小石を握り締め結愛に命じられた通り避難誘導へと移る。

 それを確認して、俺は再び“魔力感知”で状況把握に移る。

 南門付近で襲撃者たる魔人を抑える結愛とフレッド。

 少しだけ落ち着きを取り戻した獣人たちは、避難を開始している。

 拙いものの、先程の無秩序な避難よりはいくらか統率が取れている。

 先の演説は無駄ではなかったようだ。

 国全体の人々の状況を把握し終え、俺は瞼を開ける。


「ソウファがいないな」


 国の中にソウファの姿が見当たらない。

 鍛錬で外に出ているのだろうか。

 アカの魔力も見当たらない。

 まぁあいつは結構自由に動くので、いないのはいつも通りと言えるが。

 いないのなら仕方がない。

 そう判断して、俺は結愛たちの元へと転移した。


「シッ!」

「――また増援か」


 転移先を魔人の背後にし、急襲する形で攻撃を仕掛けたのだが、難なく躱された。

 “鬼闘法”込みの“身体強化”で強化しまくった俺の反応速度を軽々と凌ぐレベルの反応に、警戒レベルを数段引き上げる。


「悪い、待たせた」

「大丈夫。正直、私たち二人がかりでも厳しかった」

「精霊がいてもか?」

「結界が壊されてるの」

「結界が……?」


 この国を包む結界は、かなりレベルの高いものだ。

 共和国のものと同じ、膨大な自然から生み出され続ける魔素を吸収し、一度発動すればあとは壊れるか停止させるまで永遠に展開し続けるタイプの結界。

 この結界には、魔獣や魔物などの動きを阻害する効果が仕込まれており、魔獣や魔物の系列に限りなく近い魔人にも阻害の効果は適応される。

 それがなくなったと言うことは、即ちこの魔人は本来の力を百パーセント発揮できると言うことだ。

 だが、仮に百パーセントを発揮できたところで、結愛とフレッドならば撃退はそこまで難しい話でもないと思うのだが……


「あの魔人、たぶん十魔神だよ」

「十魔神……戦い方は?」

「近接特化。少なくとも、戦い始めてから今まで魔術は一切使ってない」


 結愛が魔人と戦い始めて、長く見積もって十分くらいか。

 その間、一切の魔術を見せていないとなると、近接特化であると見ていいだろう。

 これで実は魔術も使えましたー、とか言われたら、かなり絶望的だ。

 その可能性も視野に入れておいて、即座に脳内で敵の情報を検索する。


「……じゃあ序列二位だな。近接特化。“身体強化”に特化した皇帝と渡り合うくらいの実力者で、本気になった時には全身に赤い線が(ほとばし)るらしい。」

「よく知っているな」


 俺の記憶から引っ張り出した情報を共有した。

 それに反応したのは、結愛たちではなく目の前で対峙する魔人。

 オレンジを少し黒くしたような髪に、鋭い蒼穹の目。

 肉体は細マッチョとゴリマッチョのハイブリッド。

 俺とラティーフを足して二で割ったような背格好だ。


「私は十魔神序列二位。技神ユリエルだ。初めまして、最強の召喚者、綾乃葵」

「……最強の召喚者って(そう)呼ばれたのは懐かしい気がするな」

「そちらの二人の話も聞いている。行方不明の召喚者、板垣結愛。臆病者の勇者、フレデリック・エイト」

「――フレッドに対する認識は一般のそれと変わらないんだな」


 魔王軍の情報網も意外と大したことないなと、心の中で思う。

 勇者が大戦に参加していない臆病者だと言っているのが、その証明だ。

 過程がどうであれ、フレッドはきちんと勇者としての役目を果たしたのだから。


「……貴様らが私を楽しませてくれるのか?」

「なんの話かさっぱりだが、少なくとも俺たちはお前をこれ以上先に行かせる気はないぞ」

「それは良いことを聞いた。楽しませてもらおう」


 本当に嬉しそうに笑って、ユリエルは滑らかな動きで、殺気すら悟らせずに眼前に移動してきた。

 前触れなどなく、まるで初めからそうであったかのように、十メートルは開いていた距離が失われた。


「葵くん!」

「葵!」


 俺の反応速度では対応がままならず、反応で来た結愛とフレッドが一瞬で肉薄したユリエルへと迫る。

 二人の接近――迎撃を、後ろに跳び退()くことで躱し、ユリエルは変わらず楽しそうに笑う。

 落ち着けない性格なのか、ふらふらゆらゆらと小さく動き続けている。


「――ごめん、助かった」

「気を付けて。あの通り型はなくて動きは読みづらいから、葵くんの戦い方じゃ不利かもしれない」

「……いや、大丈夫だよ。二人はいつも通り動いてくれていいから」

「……大丈夫? ()()を使ったら葵くんの疲労が――」

「疲労を気にして勝てる相手じゃないでしょ。少なくとも俺はさ」

「……わかった。フレッド、聞いてた? 私たちは――」

「いつも通り、だよね」


 短く作戦会議を行い、ユリエルへと意識を集中させる。

 俺たちが話し合っている間も、ユリエルは変わらず揺れている。

 こちらの会話を止めようともしなかったのは、先程の『楽しませてもらおう』というセリフが関係あるのだろうか。

 どうして近接特化の人種は戦闘狂が多いのかと、魔人側に寝返った皇帝を脳裏に浮かべて思う。


「行くよ」


 結愛の言葉を合図に、結愛とフレッドが両サイドから跳び出す。

 一瞬で距離を詰めた二人は、見事な連携でユリエルへと連撃を繰り出す。

 刀と剣。

 二つの刀剣が織りなす連撃を、ユリエルは最小の動きで全て回避する。

 もはや当たっているようにしか見えないが、鮮血の赤が肌に刻まれることはないので掠りもしていないのだろう。

 結愛とフレッドの二人が、迎撃ではなく足止めに徹していた理由も理解できた。

 二人だけでは、ユリエルという脅威を倒すことができない。

 相性の問題だ。


 だが、今は俺がいる。

 動体視力、反応速度の面では一切役に立たないし、相性がいいわけでもないが、それでも対抗する手段はある。

 魔眼を開き、そこに恩寵を乗せることで、足りない動体視力、反応速度を補う。

 魔紋を解放し、“鬼闘法”を乗せた“身体強化”で身体能力で同じ土俵に上がる。

 負担の大きさなんて気にしない。

 ここで負ければ意味がないのだから。


「――紫電一閃」


 数メートル先にある戦場へ一足で吶喊し、斬撃の軌道を掻い潜ってユリエルへ『無銘』を振るう。

 二人の連携を邪魔しないことを優先した一閃だったために、『無銘』の刃はユリエルへ届かない。

 しかし、俺のあまりの吶喊速度にびっくりしたであろうユリエルに、ほんの僅かな隙を作れた。

 それを見逃さなかった二人が、先程よりも遥かに鋭い一閃を繰り出す。

 連携も込みで放たれたそれは確実にユリエルへと届き、魔人にしては明るい肌に切り傷が何個か生まれる。

 薄皮が切れた程度の傷。

 されど、与えたダメージに変わりはない。


 だが当然、一度晒した隙をそのまま放置しておくわけがない。

 お返しとばかりに結愛とフレッドへ拳が迫り、それを避けた二人が追撃のモーションを取ったユリエルを見て大きく跳び退く。

 それを()()()()()俺はユリエルの背後に回り、がら空きの胴体へ『無銘』を横薙ぎに振るう。

 驚異的な反応速度で『無銘』から逃れたユリエルは、宙へと体を放る。

 無防備な姿を晒すわけもなく、天地反転した状態でも威力の変わらない拳が俺の脳天に迫る。

 それを首ごと傾けて躱し、突き出された腕を掴み取ってユリエルを地面へ叩きつける。


「上手いな」

「――ッ!」


 地面に叩きつけられる前に足で踏ん張り、俺が掴んだ腕を利用してぶん投げられる。

 内臓が引っ張られるような違和感を感じながら、空気を斬り裂く音を聞く。

 天地がひっくり返り、視界もよくわからないことになっている。

 巨木に直撃する前に、靴に仕込まれた魔術陣で風を吹き出し、何度か無様に回転しつつも体勢を立て直す。

 視線を上げた先では、俺が稼いだ数瞬を利用して距離を詰めていた結愛が刀を振るい、振るった隙を打ち消すようにフレッドが剣を振るう。

 互いに隙を潰し合う連携。


「素晴らしいな」


 生半可な相手では数秒で倒せるであろう連携を前に、ユリエルは無表情で、だが嬉しそうな声音で二人を褒める。

 一方で、ユリエルと相対する二人の表情は険しい。

 今現在、獣人の国にある最高レベルの戦力が数人で相手しても勝てない相手。

 今すぐに負けることもないが、時間をかければ辛いのはこちら側だ。

 人間と魔人の違いは、時間をかければかけるほど如実に現れる。

 唯一、魔人の気がある結愛ならばどうかというところだが、結愛一人でできるのは結局今と変わらない足止め。

 それも、結愛一人に負担を掛けるとなると、俺の中にいるオレが何をしでかすかわからない。

 内側に爆弾を抱える怖さを肌身で感じながら、それでも早期決着の糸口を探る。


「すー……」


 呼吸を整え、投げ飛ばされた際に閉じていた魔眼を再び展開して三人の戦闘に割り込む。

 脳のキャパシティ寸前で耐えてるのをいいことに、今使える能力をフルで行使する。

 結愛、フレッド、ユリエル。

 三人の思考を読み取り理解し、行動に移る前に対処する。

 動体視力も反応速度も足りない俺が、その土俵で対等に戦うための力。


 もちろん、思考を読み、行動の前に対処したからと言って、全てが上手くいくわけではない。

 そも相手は反応が早く、俺が対処に動いた瞬間に別の行動を取ることだってある。

 そうなった場合、俺の足りない反応ではただやられるだけだ。

 故に、そうならないための“鬼闘法”と“身体強化”だ。

 これら全てを併用することで、多大な疲労感と引き換えに自分より強い相手と渡り合える。


「――!」


 ユリエルが結愛の刀を弾き、空いた隙に詰めてくるフレッドを読んでこの戦いで初めて見せる脚撃を繰り出そうとする。

 それを読んだ俺は転移でユリエルの死角に入り、フレッドへと放とうと浮きかけた左脚とは逆――支点となる右脚を払う。

 転移した俺に気づいたユリエルは圧倒的なまでの反応速度で以って俺の攻撃を躱したが、反射による回避はより多大な隙を生む。


「今!」

「――シッ!」


 俺の掛け声に合わせ、フレッドが剣を腰だめに吶喊を、体勢を立て直した結愛の一閃と合わせてユリエルへ叩き込む。

 宙に浮き、回避は不能となった状態でなお、ユリエルは体を器用に動かして迫る二つの刃から逃れようとする。

 それを許すほど、俺に余裕はない。


 体を捩り、それぞれの刀と剣の腹へ手を添わせようとしたユリエルへ、二人の攻撃範囲外ーー超低姿勢から蹴り上げをかます。

 左右と下。

 三方向からの攻撃をユリエルは瞬時に理解し、俺の蹴り上げを一番ダメージの少ない体勢で受け止めて、二人の刃を喰らわないことを優先した。

 それを読み取った瞬間、俺は転移でユリエルの頭上へ跳ぶ。

 右手に握った『無銘』を転移の勢いのまま上段から振るうことで、先につけた優先順位をぐちゃぐちゃにする。

 俺の行動を見たユリエルはほんの一瞬――ほんの僅かに驚きの表情を見せた。


「やはり――」


 嬉しそうな声音で小さく呟いた。

 ドクンと音が鳴る。

 それは心臓の鼓動を表すオノマトペで。

 それは直接、俺の――俺たちの耳で捉えた音だ。

 直後――


「――なッ!?」


 衝撃に当てられ、生じた風圧に思わずたじろぐ。

 一瞬ーーほんの一瞬だけ視界を閉じてしまったが、“魔力感知・臨戦”はまだ機能している。

 機能しているからこそ、余計に理解が及ばない。

 初代勇者の恩寵を使用していなければ、一生理解できなかっただろう。


「ッ、どこに――」

「上だ!」


 フレッドが俺と同じく風圧に耐えた後、ユリエルの姿を見失って呟く。

 それに答えを与えると同時、攻撃が来てもいいように天恵の準備をしてから見上げる。

 倣うようにして、結愛とフレッドが顔を上げた先――直径三メートルはありそうな巨木の幹に上で、こちらを見下ろすユリエルの姿を見つけた。

 悠然と佇むその姿は、一言で言い表せば異様。

 肌の見える範囲、そのほとんどに、赤とも青とも取れる紋様のようなものが浮かび上がっている。


「あ、あの姿は――」

「わからない。けど、あいつは今からが本気ってことらしい」


 ツノでもあれば鬼と表現しても差し支えない異形な姿。

 思わず、緊張が走る。

 俺たちの最大限を発揮してようやく対等ーー否、ようやく一撃を加えられるほどの戦力差。

 相性の問題があるとはいえ、それでもどうにかこうにか渡り合えていた相手。

 それがこの場に来て、ようやく本気を出した。

 脳裏に、『無理』の二文字が浮かぶ。


「……フレッド。二柱の精霊と共闘できるか?」

「正直、厳しいと思う。あの二人はオレを認めてくれたけど、オレが二人と一緒に戦うにはまだ練度が足りない。即席でどこまでできるかは未知数だよ」

「ま、精霊の力を得て即座に使いこなせるほどの天才は、そうそう居らんわな」


 魔人や魔物に対して脅威となり得る精霊の力があればあるいはと思ったが、そう簡単なことでもないらしい。

 未だにシルフの力を引き出せていない俺にも返ってくる言葉ではあるが、俺が天才ではないなどとうの昔に理解している。

 ともあれ、この状況をどうにかできなければ待ち受けるのは全滅――最悪、この世界が滅ぶ。

 ソフィアの姉(ラティファ)が視た、あの未来のように。


「何か策があるのか?」

「二人で時間稼ぎができるなら、結界の解析して直そうかと思ったんだが……」


 結界を直せば、本気を出したユリエルであっても抑え込めるはずだ。

 もちろん、直したからと言ってユリエルが思ってた通りに弱体化するとは限らないわけだが。

 それでもないよりはマシだ。

 尤も、それは直す余裕があればの話。

 本気を出したユリエルを前に一人欠けた状態で戦うなど、無謀にもほどがある。


『葵様!』


 どうするか悩んでいる最中、脳内に言葉が響く。

 それがソウファの持つ恩寵の声だと気づいたときには、焦った声とともに続きが紡がれる。


『帝国の生き残りより、魔獣の大軍が襲来したとの報告が……! 助力願えませんか!?』


 目の前の敵一人に苦戦しているのに、その上でもう一つ難題が出現した。

 しかも、転移でなければ援軍は間に合わない。

 現状、人類側で転移を使えるのは俺と結愛の二人。

 その二人はここで足止めを喰らっていて、その足止めもいつまでかかるかわからない。

 目の前に立ちはだかる脅威と、遠方で今にも立ちはだかろうとしている脅威。

 その二つをどうするかを悩んでいる間に、ユリエルは地上へと降りてきた。


「作戦は決まったか?」

「……生憎と、まだ悩んでるんだ。もう十分ほど待ってくれるなら嬉しいんだが」

「それはできない」

「まぁ、だよな」


 期待していたわけじゃないから落胆はない。

 だが、まだどうするかが決まっていないのは事実。

 このまま戦っても敗色濃厚。

 勝利のために思考を止めるなと脳をフル回転させながらも、ユリエルから目を離さない。

 魔眼があれば、“鬼闘法”の“身体強化”もあって俺の反応でもどうにかなる。

 そう踏んでの行動。

 それを嘲笑うかのように、ユリエルの姿が掻き消える。


「ッ――!」


 慌てて両腕を胸の前で交差させる。

 刹那。

 クロスさせた腕に衝撃が奔る。

 車にでもぶつかったかのような衝撃で骨が軋み、亀裂が入る音とともに吹き飛ばされる。

 巨木に衝突し、勢いは止まることなく貫通し、二本目の巨木に衝突してようやく静止する。


「ゴブァ――」


 直接攻撃を受けた腕だけでなく、背中と頭――全身を強打して、すぐに動くことができない。

 口の中に溜まっていた異物を吐き出せば、粘性の高い赤い液体が染みを作る。

 それが自分の血だと、ボーッとする頭で理解すると同時、視界の一部が赤く染まる。

 頭を打って血が出たのかと朧げに考えながら、立ち上がれと痛みが支配する体へ命令を下す。

 が、体は言うことを聞かない。

 喰らった攻撃の威力を考えれば、むしろ体が形を保っているのが奇跡と言うべきか。

 例えそうだとしても、今は動かねばならない。

 ここで立ち止まっていれば、この世界が終わりかねない。

 オレに頼ってしまってはダメだ。


「……ぅ、ごけぇ……ッ!」


 血が垂れる口を動かして己を鼓舞する。

 指先を動かして、視線を動かして。

 細部を少しずつ動かして、その命令伝達を全身へと波及させる。

 機能し始めた耳が、遠くでなる衝撃音を捉える。

 結愛たちが戦っているのだと理解する。

 合流を急がなければと焦る心を抑え付け、自分の体を少しずつ、確実に動かしていく。


「うごけ、よォッ……!」


 ようやく動くようになった口で言葉を紡ぎ、再度己の体に命ずる。

 動き始めた各部は同時に痛みを発し始めたが、結愛を失うことに比べればなんだと思考停止で命じ続ける。


「無事か? ナディアの弟子」

「……あんた、確か師匠に師匠(せんせい)って呼ばれてた……」

「意識と記憶ははっきりしてるようだな」


 気が付けば、目の前には白髪に白の髭を蓄えた老エルフが立っていた。

 老エルフに手を貸してもらい、巨木から脱する。

 アルトメナから治癒のスクロールを取り出しながら、ついでだしと言葉を紡ぐ。


「あんたも戦ってくれると言う認識で良いのか?」

「いいや。ワシはあの戦闘に関わるつもりはない」

「……何言ってんだ? まさか、あいつの強さがわからないわけじゃないよな?」

「そのくらいわかる。だがワシは手を出すつもりはないし、そも必要がない」

「必要がない……?」


 俺の問いに、老エルフは「そうだ」と頷いた。

 蓄えた立派な仙人髭を撫でつけながら、先程まで俺がいた戦場の方へ視線をやる。


「あの場には貴様の仲間が行っておる。故に、助力は必要ない」

「仲間……? ソウファが、か?」

「その通りだ」

「なら、なおさら行かなきゃ――」

「その必要はないと、言っているであろう」

「何言ってんだって。ソウファが戦ってるなら俺も一緒に――」

「貴様の中で、あの娘はいつまでも守るべき対象なのか?」

「――何、を……」


 唐突にそう迫られて、治癒をして動けるようになったのに立ち尽くしてしまう。

 いや、今は座っているから立ち尽くすではないが、そんなことはどうでもいい。

 今何と言われたのか。

 ソウファは守るべき対象なのかと、そう問われた。

 それに対する答えは、もちろんイエスだ。

 ソウファは守るべき対象で、俺はそれをする義務がある。

 なのに、どうしてか俺は、咄嗟に答えを言葉にできなかった。

 改めて考え、答えを出した今も、それを言えずにいる。


「あの娘――ソウファは、守られるだけではいけないと。自分で決めて動き出した。それを貴様は、己の欲のために邪魔するのか?」

「…………」


 怒鳴られているわけでも、プレッシャーに気圧されているわけでもない。

 なのに、どうしてか言葉が出てこない。

 思考ははっきりしている。

 治癒を終えた俺の体は、全て機能している。

 なのに、言い返せない。

 老エルフの言葉が的を射ていたから言い返せないのか。


「ソウファの成長を信じろ。あの魔人に負けた今の貴様にできるのは、それだけだろう」


 そう断言され、反論したい気持ちはもちろん沸いた。

 だけど、それを言葉にはしなかった。

 代わりに、“魔力感知”で状況の把握をする。

 俺が飛ばされた元――今もなお、戦闘が続く戦場の状況を。


 結愛とフレッドは、既に戦闘から退いている。

 代わりにユリエルと対峙しているのは、老エルフの言った通りソウファだ。

 “魔力感知”でギリギリ捉えられる範囲での情報曰く、どうやら肉弾戦――ユリエルが得意とする近接戦で対等に渡り合っているらしい。

 俺と結愛とフレッド。

 その三人でようやく戦えていたユリエルと。

 本気を出して、俺たち三人では拮抗すら出来なくなったユリエルと。

 一対一で戦っている。


「……一つ聞かせろ」

「なんだ?」

「今のソウファなら、あの魔人と戦っても死なないんだな?」

「無論だ。勝利し、いつも通りの笑顔で貴様の元に戻ってくる」

「……そっか」


 老エルフに言われたそのソウファの行動は、容易に想像がついた。

 だからこそ、思わず笑みが零れる。

 戦闘の真っただ中――正確には戦闘から排除されたわけだが、ともあれソウファが死なないのなら問題はない。


「ああそうだ。あんた、俺にできることはないって言ったろ」

「言ったな。それが?」

「生憎と、俺にもできることはあるんだ」

「ほう?」


 俺の言葉を聞いた老エルフは、興味深そうな視線を向けてくる。

 ソウファがあの魔人(ユリエル)と対等に戦えるのなら、多少の時間はできると言うこと。


「とりあえず、あんたはソウファに万が一がないように見張っててくれ」

「その必要は――」

「ないんだろうけど、念のためだ。理解はできるだろ」


 老エルフは簡単に頷きはしなかった。

 けれど、ここで討論している暇はない。

 言いたいことだけ言って、俺は立ち上がって結愛とフレッドの元へ向かう。

 血を流しすぎたのか、多少の眩暈と疲労感に苛まれつつも、確実な足取りで行く。

 居場所は“魔力感知”でわかっているので、可能な限りユリエルに目をつけられないように――ソウファの戦いの邪魔にならないように向かう。


「結愛、フレッド、無事だな?」

「一応は。ソウファちゃんが今も戦ってくれて――」

「わかってる。でも、今のソウファならユリエルと対等に戦える。だから、二人にはやってもらいたいことが――」

「葵さん!」


 二人と合流し、先の戦闘中に貰った情報を共有し、帝国への援軍をどうにかしようとしていたところに、慌てた様子のアナベルさんが現れた。

 額には汗が浮かんでおり、表情からも必死さが伝わってくる。

 嫌な予感が全身を駆け巡っているのを感じながら、努めて冷静に訊ねる。


「何かあったんですか?」

「捕えていた魔人が脱獄し、郷を襲っています!」

「マジ……っすか」


 ユリエルと帝国への大襲撃。

 片方がどうにかなる希望が見え、もう片方への対応をしようとした矢先のこの事態。

 誰かが俺の行動を妨害しようとしているかのようなタイミングの()さ。


「――魔人の仕業なのは間違いない。なら……なら、どれが本命だ……?」


 獣人の国に襲撃を仕掛けてきたユリエル。

 あの結界と拘束を突破してエルフの郷で暴れてるらしい魔人。

 そして、帝国に襲撃してきた魔獣の大軍。

 その全てが魔人の策略だとして、じゃあどれが陽動でどれが本命なのか。


「葵くん?」

「何のために仕掛けてきた……? 神聖国の時は結愛の殺害……なら、今回のは――」


 魔人が何を目指してここに来たのか。

 何のために、何を目的としているのか。

 獣人の国にあるもの。

 エルフの郷にあるもの。

 帝国にあるもの。


「――ッ! おいフレッド! お前は今すぐ帝国に飛べ!」

「は? え、いや、エルフの郷――」

「あくまで可能性だ! 可能性だが! ()()()()()が帝国にまだあるかもしれない!」

「なっ――!」


 俺の言わんとすることを理解したのか、フレッドが驚愕に目を剥いた。

 本当に可能性の話だし、確証なんてない。

 フレッドの目的が本当に達せられるのかどうかがそもそもわからないのだ。

 ただの可能性に賭けるなんて今更だ。


「帝国には魔獣の大軍が来てるらしい。が、それは陽動のはずだ。そっちは別の奴らに対処させるから、お前は帝国の城から地下に行け! 召喚者の権限で何ぶっ壊しても俺が責任を取る!」

「わかった!」

「俺の想定通りなら、敵はおそらく皇帝だ。気を付けろよ」

「――ああ!」


 どんどんと湧いて出てくる難題の数々。

 それらに対抗するために、やるべきことを確実にこなしていく。

 魔紋で魔素を吸収し、転移のための魔力を生成する。

 そのままフレッドに触れて、帝国へと転移させる。

 体内からごっそりと魔力を失われ、もう慣れた疲労感を感じる。

 その疲労感を開きっぱなしの魔紋で強引に魔力を補填することで打ち消す。


「私はエルフの郷だね?」

「いや、その前にアナベルさん。エルフの郷を襲ってる魔人の戦い方は?」


 エルフの郷を襲撃している魔人がユリエルのような近接特化タイプなら、結愛一人では厳しい戦いになる。

 アナベルさんやエルフたちの援護を望めたとして、それでも状況の打破ができるとは限らない。

 故の疑問。

 もしユリエルと同じ戦闘タイプなら、改めて作戦を考えなければならない。


「魔術を多用していました。我々エルフと真正面から単独で打ち合えるほどには」

「魔術特化か。なら結愛、頼む。俺もやることやったらすぐ行くから。アナベルさんすみません。結愛のこと頼みます」

「――わかりました」


 アナベルさんは俺のお願いに静かに頷いた。

 魔術特化なら結愛との相性も悪くない。

 オレがでてくる結末にはならないはずだ。


「エルフの郷は――」

「手ぇ出して」


 結愛の手を伝い、エルフの郷の座標を送る。

 初代勇者の恩寵のを利用して、口頭よりも分かりやすく確実に伝える。

 一つ懸念点を挙げるとすれば、魔人だと勘違いされる結愛を魔人のことが嫌いなエルフの郷に向かわせてしまうということ。

 互いの心象的にあまりよくないことだとわかっているが、今俺たちがエルフの郷に送れる最高戦力が結愛だ。

 郷を救うために、嫌と言う気持ちを我慢してもらうしかない。


「シルフ、結愛のこと頼む」

「ん、わかった」

「結愛、くれぐれも気を付けてね」

「葵くんもね」


 短く会話をして、結愛はアナベルさんを連れて転移した。

 もう一度、“魔力感知”で状況の把握を行う。

 今も激しい戦闘音を鳴らして戦っているソウファは、あのユリエルと渡り合えているらしい。

 遠くであの老エルフが見守ってくれているから、万が一は起こらないはずだ。

 魔力が満タンになったのを認識して、魔獣の大軍へ対抗する戦力を得るためにある場所へと転移した。




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