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姉の為に。  作者: たかだひろき
第八章 幕間
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【積み重ね】




 連合国の南部にある平原の街道の直ぐ側で、二十人余の集団が焚き火を中心に円状になって座禅を組んでいる。

 静かで一定な呼吸の音と、弾ける焚き火の音、後は夜風に吹かれる雑草の葉の音くらいしかない静寂な夜に、その座禅を組んでいる集団はとても不気味だ。

 精神が弱い人であれば、見かけるだけで失神してしまうのではないかと言うくらいに、謎めいてるし気味が悪い。


 そんな静寂と謎しかない集団から、軽快なピピピピピッという音が鳴る。

 この世界では聞き馴染みのない電子音。

 元の世界では標準的な、スマホに内蔵されているアラームの音だ。

 瞬間、静寂だった夜にドッと声が上がる。

 『ふぅ』とか『うー』とか『もう無理だー』とか、聞こえてくるのはどれもが疲労が感じ取れる声。

 そこへ、疲労も何もないかのような能天気な声が落ちる。


「悪くないね。前より格段に上達してる」

「そ、そう?」

「うん。小野さんは元からかなりレベルが高かったけどもっと伸びてる。二宮くんとか工藤とか、想像以上に伸びててびっくりしてるよ」

「そう思ってるようには聞こえないけどな……」


 工藤は天を仰いで、『はぁ』と小さく溜息を洩らした。

 実際に本心からそう思ってはいるのだが、俺の悪い癖が出てしまっている。

 俺の中での基準が、俺にできるかできないかで決めてしまうという悪癖。

 世界的に見れば、今召喚者たちに訓練させていた精密な“魔力操作”はかなりレベルが高い。

 ただ、この世界に来てからひと月が経つ頃の俺は、既にそれができていた。

 基準を俺か世界かのどちらに寄せるかを決めず曖昧にしたまま褒めてしまったので、工藤の感じたようなものになってしまったのだろう。


「褒めてるのは事実だよ。現に、“魔力操作”の練度だけで言ったら上位三位は今言った三人で埋まるでしょ?」

「そうなのかもしれないけどさ……」


 不貞腐れるようにぶつくさと何かを言っていたが、一応の納得はしてくれたみたいだ。

 何かと確執がある俺と召喚者だが、俺の目標を達成するために今後はその確執はなくしていかなければならない。

 人と仲良く――最低限、喧嘩しないという難しいミッションだが、一歩ずつ歩み寄っていくしか道はない。


「綾乃は大丈夫なのか? 毎週のように俺たちの方に顔を出して……」

「大丈夫です、龍之介先生。俺だけの転移なら俺の魔力量だけで補えますし、召喚者の実力の底上げを始めたのは俺ですから」


 “言い出しっぺだから”というような、崇高で伝統的な責任感があるわけじゃない。

 そもそもそんな伝統はどうでもいいと思う質だから全く以って無関係だ。

 ただ、鍛錬は正しくやらなければ意味が薄くなると言うのを知っているだけ。

 俺が知っている限りの正しい部分を教えて、早く高く育ってもらうのは、回りまわって俺のためになるのだから、結局は自分のための行いとさえ言える。


「それに、まだ転移を使いこなせるようになってから日も浅い。経験を積んで慣れるという意味でも、こっちに顔を出すのはメリットしかないんですよ」

「そっか……しかし、生徒会長――板垣さんがその……なんだ。大変なんだろう?」


 言葉を濁して、龍之介先生は言った。

 俺に向ける瞳が、『本当に大丈夫なのか?』と雄弁に語っている。

 教師として、担任として、教え子を導く立場としての心配か、あるいは召喚者の中で唯一の大人としての危惧か。

 どちらにせよ、その心配はない。


「ありがとうございます。でも、慌てるべきことではないです。確かに大変なことにはなってますが、ゆっくりと、時間をかけて解決していくので、大丈夫です」

「……そうか」


 納得したように優しく微笑んで、龍之介先生は頷いた。

 そのまま背を向けて、疲労でグダっている召喚者たちに声を掛けて、夕食の準備を始めだした。

 夕食のお誘いを丁重に断ってから、先程褒めた小野さん、二宮くん、工藤の三人と、工藤くんが一緒に戦いやすい人を呼び集める。

 工藤が連れてきたのは、確か千吉良さんと相田さんという召喚者。

 特に印象がないので名前しか覚えていないが、美少年が美少女二人を侍らせる、という光景を目の当たりにし非モテのオタクの部分が何かを叫び出している。


「……んんっ! えーと、じゃあ早速、集まってもらった訳を話すんだけど、端的に言うと工藤には召喚者の指揮を執ってもらいたい」


 オタクの部分を心の内で留めておき、呼び出したわけを勿体ぶらずに話す。

 それを聞いた五名全員が、驚いたような表情をした。


「――は? いやちょっと待て。なんでそうなる?」

「小野さんと二宮くんには、大戦でやってもらいたいことがある。だから次点で実力があって、指揮を執れるのは工藤しかいないと思ってるから」

「いやいやいや。クラスを纏めるのなら龍先生とか、なんなら委員長の斎藤さんとかだっていいじゃんか」


 召喚者を纏めるという役割だけで言うのなら、確かに二人は適任だろう。

 龍之介先生は教師で担任。

 纏めるだけなら一番の適役だ。

 斉藤さんもクラス委員長で、召喚者(クラスメイト)を纏めるノウハウはこの一年で知っているはずだし、工藤くん以上の適役と言える。


「いやダメだ。確かに二人は召喚者を纏めるのに適任だが、戦闘の指揮を執るのでは話が違う。別の知識や経験が求められる」

「俺だってそんな知識も経験もないよ……」

「かもしれんな。でも、()()()()()はこういうことくらい、やってのけるんじゃないか?」

「――お前、どこでそれを……」

「企業秘密だ。……で、どうする?」


 敢えて悪戯な笑みを浮かべて、意地悪く訊ねる。

 相手の心の内を暴く術を身に着けたからこその話術。

 術中に絡めとり、逃げ場を減らしていく。

 相手がどう行動するかを読むより、相手の取れる手を狭めていき俺の思惑通りに動かす。

 オセロの必勝法の応用。


「俺は……」

「憧れに手を届かせられる奴なんてそうそういない。それにさ。憧れに手を伸ばして掴んだ奴は、めっちゃかっこいいと思うぞ」


 心からの本心。

 俺がやろうとしてできなかったこと。

 今度こそはやってやろうとしていること。

 工藤の対抗心を燃やし、思考を煽って、逃げ場と言う逃げ場を潰す。

 故に、どれだけ悩んだとしても、頷く以外の選択肢はない。


「――わかったよ。やる、やるよ。もう作戦はあるんだろうな?」

「ある。だけど、全部受け身じゃあダメだな」

「わかってるよ! それと――」


 工藤はそそくさと近づいてきて、耳を寄せろとジェスチャーする。

 それに従い耳を寄せると、耳打ちらしく小声で工藤は聞いてきた。


「本当に、憧れを掴んだ奴はかっこいいんだろうな?」

「――ああ、もちろんだ。そう言う奴を、物語では主人公ってんだ。厨二だった俺が保証する」

「……それ、中二病的なかっこよさじゃないだろうな?」


 鋭い指摘に『んー……』と冷や汗を流し、遠い夜空を見上げながら震える声で言う。


「……保証はできんなぁ」

「ぅおい! やっぱやめるぞ!」


 ぎゃいぎゃい何とか言っていたが、どうにかこうにか説得し、想定通りのポジションにつかせられた。

 でもやはり、統率と言う意味では龍之介先生や斎藤さんは頼りになるので、補佐として後でお願いしようかと頭のメモ帳に留めておく。

 一先ず一つ目の課題を達成させられたので、置き去りにしていた小野さんと二宮くんに向き直る。


「で、二人には大戦の最前線で戦ってもらいたい」

「任せて!」

「その言い方だと、最前線で戦うのは俺たちだけなのか?」


 俺の言い回しを耳聡く聞きつけて、二宮は訊ねてきた。

 不安さの垣間見える瞳を見据えて、今の考えを答える。


「まだ迷ってるってのが本心だ。正直、召喚者はそこらの人間より強いと言っても心の面ではまだこの世界の子供とおんなじくらい。安心して魔人の相手をさせられる奴が多くないってのが現状だ」


 人間の実力ランキング的なものを作ったとして、騎士団をBランク以上だと仮定すると、召喚者は確実にB以上はある。

 だが心や覚悟のランキングだと、明確にCを超えられると断言できる人が少ない。

 その点で言えば、俺も心は強いとは言えない。

 覚悟だけあっても“人の形をした命を殺す”のはできなかった。

 ラディナやソウファ、アフィを王城で奪われたのがいい例だ。

 あの時はあれだけで済んだが、次の大戦でそうなったら敗北に一歩近づくのは間違いない。

 故に、そのリスクを減らした上で戦える奴を見繕うとなると、慎重にならざるを得ない。


「……なら、一つ提案があるんだけど」

「なに?」

「その人選、俺にやらせてくれないか?」

「……できるの? 選ぶってことは優劣を明確にするってことだよ? 場合によっちゃ、二宮くんが恨まれる対象になるかもしれない」


 ドラフト制度は、言い換えれば必要な奴と必要じゃない奴を順位付けするようなものだ。

 時と場合によっては必要じゃない奴が必要になったりもするし、その逆も当然ある。

 だから、一概にそうなるとは言えないが、少なくとも俺は一度、形は違えど同じことをし召喚者と絶縁みたいな感じになった。

 あれは俺自らが後腐れなくなるように仕向けたので、同じと言うのは烏滸(おこ)がましいかもしれないが。


「わかってる。承知の上だ」


 俺が忠告したことなど、既に考えた上での発言だったのだろう。

 言葉だけでなく、瞳の奥に宿る決意の炎がそれを物語っている。


「……なら任せる。小野さんがその補佐をお願い」

「わかった!」


 今日のやるべきことは済んだ。

 既に結愛たちは夕食の準備を済ませているはずなので、そろそろお(いとま)することにする。


「じゃ、また来るよ。次は獣人の国に入ってからだから、少し間が空くかもしれない」

「うん! 気を付けてね!」

「小野さんたちこそ、天の塔に呑まれないようにね」


 そう言って、龍之介先生と斉藤さんに挨拶をしてから、俺は転移で結愛たちの元へと帰った。






 * * * * * * * * * *






 予め戻ると決めていた地点へと転移で戻る。

 キャンプをしている場所から少し離れた、広場ですらない木々の合間。

 転移の精密を上げるために、敢えて狭いところへ転移する。


「うぉっと」


 想定通りとはいかず、太めの木の幹とキスするくらいの距離に転移した。

 驚き声を上げてしまったが、それを聞いたのは野生生物くらいだろう。

 醜態を誰にも見られなかったことに安堵しホッとし、キャンプをやっている広場まで歩く。

 歩くと言っても、一分もかからない程度の距離だが。


「ただいまー」

「主様おかえり! ご飯できてるよー!」

「ありがとう」


 ソウファに促されるまま、示された場所へ座りお椀を受け取る。

 今日はパンとお肉の入ったスープのようで、旅をしている身ではかなり豪勢な食事だ。

 何やらソウファにとても期待の籠った眼差しで見つめられているのが気になるところだが。


「いただきます」

「どうぞー!」


 一口食べてみると、歯応えのある甘口に仕立て上げられた肉が肉汁を迸らせる。

 それが出汁の味がしっかりとあるスープと相乗効果を齎している。

 総じて、とてもおいしい。


「美味しいなこれ」

「えへへー、でしょー?」

「――なるほど。ソウファが作ったのか、これ」

「正確には、ソウファちゃんが獲物を見つけたのよ」

「……なるほどね」


 子供が自分の行いを親に報告するようなものか、と納得する。

 それを正しく読み取ることはできなかったが、結愛が補足説明してくれたので問題ない。


「大森林の中心部は獲物減ってたって聞いたけど、よくやったね」

「えっへへー」


 ニコニコと笑うソウファは、年相応の女の子と言う感じがする。

 その会話の内容こそとても物騒だが、この世界では割と普通の部類だ。


「葵、ちょっといいか?」

「ん。なんだ?」


 フレッドに呼び止められ、俺はソウファの頭を撫でながら、対面に座るフレッドに向き直る。

 スープのお椀を片手に俺を見るフレッドの表情は真剣だ。

 おチャラけた雰囲気が許されない、というような張りつめたものではないが、調子を合わせておく。


「召喚者の方たちの様子はどうだった?」

「ああ。だいぶ上達してた。鍛錬初期特有のブーストだと考えても、次までには十分な実力は身につくと思うよ」

「そっか……」


 俺の報告を聞いて、フレッドは嬉しそうな声音で頷いた。

 しかし声とは裏腹に、その表情には影が差している。


「言っておくが、フレッドが気に病む必要はないぞ。みんな、最初はやらされてたけど、今は違う。いや、全員が全員違うとは言えないけど、少なくとも前向きな奴だっていた」

「そう……そうだよね、うん、わかってはいるんだけどさ……」


 こうして何週間も旅を共にしてわかったのは、意外とこの勇者(フレッド)は気にしいと言うことだ。

 俺が言えたことではないかもしれないが。


「ま、その内会う機会もあるだろうし、どうしても気になるならそん時に謝ればいいよ」

「……そうだね。そうするよ。ありがとう」


 その感謝に頷いて、俺はスープを啜る。

 肉もそうだが、やはりこのスープ自体もかなり美味しい。

 いくらでも食べられるな。


「そう言えば、さっき転移した直後に木に顔ぶつけそうになって慌ててたけど、大丈夫?」

「なんでそれを! と言うか、今言わなくてもいいじゃん!」


 唐突な結愛の暴露に、スープを零しそうになりながら思わず叫ぶ。

 しかし、対する結愛は極めて冷静にスープを一口飲む。


「だって、叫び声まで上げてびっくりしてた癖に、顔出すときにはすまし顔だったんだもの」

「り、理由になってない……! しかもこっちにまで声聞こえてたのか……」

「いや、“魔力感知”で葵くんが帰ってきたのがわかって、口をあんぐり開けてたからきっとそうなんだろうなって」


 見事に嵌められた。

 いや、そうだろうなと目途をつけていたわけだから、言葉巧みに騙されたわけではない。

 しかも、口の形がわかるまでに“魔力感知”の精度が上がっている。

 元々、召喚者以上に高かったが、一緒にやっている鍛錬で随分と引き上げられている。

 もう俺と比べても遜色ないくらいに。

 いやそれはいい。

 むしろいいことだ、万歳するべきことなのだ。

 なのだが今の話はそうではなく――


「わざわざみんなの前で言わなくていいのに……」


 木の幹にぶつかりそうになった時に、醜態を晒さなくてよかったと安堵していたのに、これでは意味がない。

 そう嘆いたのだが、結愛はそれを聞いて微笑んだ。


「葵くんの知る私ならそうしたんじゃない?」

「――そうかもしれないけどさぁ……」


 結愛が徐々にだが、元に戻る努力をしてくれている。

 それが嬉しいと同時に、少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 この世界で結愛と過ごしてきたフレッドやパトリシアさん、神聖国で帰りを待っている仲間たちにとっては、自分たちの知る結愛とは違う存在になるということかもしれないから。


「それに、葵くん相手なら不思議と弄っても悪い気しないのよね」

「それが本心じゃん!」


 結愛が日増しに元に戻ってくれているのは嬉しいのだが、こうしてからかわれるのは久しぶりでむず痒いものがある。

 けれど、こうして他愛ないやり取りを交わせるのは、結愛が行方不明になったころから比べれば十分に幸せなことだ。

 それを噛み締めるのも悪くはない……いや、からかわれるのは良いことなのだろうか?

 悩む俺の肩に、ぽんと優しい手が添えられた。


「僕は葵くんの気持ち、よぉくわかるよ」

「……世界で一番、(むな)しい同情を受けている気がします、大地さん」


 悟りの境地に至ってそうな菩薩のような笑みを浮かべて言う大地さんに、俺は涙とともに小さく心情を零した。




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