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姉の為に。  作者: たかだひろき
第八章 【天の塔】編
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第九話 【進展を求めて】




 第一陣の天の塔攻略の成功を祝って祝杯をあげた翌日。

 第二陣となるソウファ、パトリシアさんの二名が天の塔攻略から帰ってきた。

 その二人の報告を聞いて開口一番、俺は唸るように呟いた。


「結局、収穫は天恵だけだったか」

「天恵だけって言うけれど、天恵も十分大きな成果だからね?」


 結愛にそうツッコミを入れられ、バツが悪くなる。

 けど、天啓を決して軽んじてるわけではないと反論はさせてもらう。


「それはそうなんだけど、でもほら、目的が第八の試練についてのことに変わってたじゃない? だからほら、その……ね?」

「言いたいことはわかるから大丈夫」


 ふふっと面白そうに笑いながら、結愛は二人へ視線を向けた。


「怪我とかはない?」

「うん! 大丈夫だよ! ね、()()()()()()()?」

「ええ。私も問題ありません、奥さま」

「それならよかったけど……二人とも、中で何かあった?」


 天の塔に行っていた時間はほんの半日弱――塔の中では時間が加速されていることも鑑みて、実際には六時間ほどだろうか。

 その間に、ソウファのパトリシアさんへの呼称が変わっている。

 と言うか、全体的にパトリシアさんを頼ると言うか、信頼を寄せている感じが見て取れる。

 人と距離を詰めるのが上手いソウファだが、その関係はラディナとのそれを彷彿とさせる。


「色々とお話ししたの!」

「そっか……仲良くなれたなら嬉しいな。ソウファちゃん、パティのこと、よろしくね?」

「うん!」


 天真爛漫な笑みを隠すことなく全面に出してソウファは頷いた。

 まだ背格好も小さく子供だから、というのもあるだろうが、ソウファは周りの雰囲気を明るくするのが上手い。

 当たり前でそれを成せるのは、意図してやるよりも難しいだろう。


「んじゃ、二人も戻ってきたし改めて言っておくな。二人の休息も兼ねて今日もここで野営して、明日から獣人の国目指すってことでいい?」

「私は構いません。ソウファは?」

「主人さまの言ったのでいいよー」


 少し疲れ気味の様子を隠しながら答えたパトリシアさんと、まだまだ元気いっぱいな様子のソウファはそれぞれ俺の質問に頷いてくれた。

 ちなみに、パトリシアさんが獲得した天恵は『知恵』、『信仰』、『節制』、『勇気』の四つ。

 ソウファが『勇気』、『正義』、『愛』の三つだ。

 これだけ戦力増強ができたのは想定以上だ。

 次に来る人魔大戦の戦力差が埋まったのは間違いないだろう。


「今まででわかっていることは、天の塔に挑めるのは人間だけではなくて、ほぼ全員に七つの試練に挑む権利が与えられて、八つ目の試練はほぼ全員が受けられない、あるいは、受けた記憶を失ってるってことくらいか」

「八つ目の試練についての条件もよくわかってないね。男女の差異でもなさそうだし……」

「フレッドくんの言う通りだね。年齢も関係なさそうだし」


 男子組が口々に思考を言葉に纏めていく。

 けれど、纏めたところで現状与えられた情報だけではこれ以上の進展は望めない。

 精々がただの推測――妄想の類になってしまう。

 もちろん、その妄想が見当違いでない可能性もあるのだが。


「ま、これ以上考えてもわからないだろうし、とりあえずご飯にしようか」


 ともあれまずは腹ごしらえだと、ソウファとパトリシアさんの二人にはゆっくり休んでもらいながら準備に取り掛かった。






 * * * * * * * * * *






 少しばかりハイペースで進む馬車の護衛を務めて、早一日が立とうとしていた。

 現在は夜も更け、馬車を止めて焚き火の周りで団欒(だんらん)を取っている最中だ。

 もちろん、夜に火を焚けば周りにいる生物が寄ってくる。

 この世界におけるそれの大半は、魔獣や魔物と呼ばれる敵対生物。

 焚火の明かりがギリギリ見える程度に離れた場所で、その内の一体を難なく斬り伏せた翔は、犬型の魔獣を斬った剣を宙へ振るい、刀身についた魔獣の血を払った。


「……ふぅ」


 周囲に視線を向け、警戒を解かないまま額に浮いた汗を拭う。

 昼間の馬車の護衛からここまで警戒を続けて、流石に疲れが見え始めたのを自覚する。

 こうして二人で三人が休憩するキャンプ地周りの警戒をするのもそうだが、馬車の護衛も意外と精神を擦り減らしたのは想定外だった。

 街道に出れた二日目――今日からはそれなりに警戒を緩められたが、それでもやはり“何処から何時来るかもわからない敵を警戒し続ける”のは精神をかなり使う。

 この世界に来てから幾度となくゲームとは違うのだと理解させられたが、これもその一つに名を連ねることになったのは間違いない。


「お疲れだね、翔」

「ん。もう交代の時間か」

「そうだよー。護衛ありがとね」


 背中の方から声を掛けてきたのは、交代で護衛をすることになっていた日菜子だ。

 寝起きなはずなのにハキハキとしているのが少しだけ気になって、思わず訊ねる。


「ゆっくり休めた?」

「ばっちり! お陰様で」

「それならよかった」


 特に無理をしているような素振りはない。

 少なくとも、俺の目には映らなかった。

 ここで嘘をついてもメリットなどないことは日菜子もわかっているはずなので、普通に休めたのだと判断し予定通り交代をお願いする。


「じゃあ任せるよ」

「うん! 雪ちゃんにもゆっくり休んでねって伝えておいてねー」

「わかった。それなりに魔物の姿は見かけたから、何か起こる前に叩き起こしてね」

「はーい」


 笑顔で任務の交代を引き受けてくれた日菜子に背を向け、焚火のある野営地へと足を向ける。

 運動が苦手――というか、医師から推奨されていなかった日菜子が、こうしてがっつりと運動ができることに嬉しさを感じつつ、やはり胸の奥に(わだかま)る罪悪感が顔を覗かせる。

 自責の念は永遠に消えることはない。

 それを再確認しつつ、俺は焚火のある場所へと戻ってきた。


「あ、お帰りぃ翔くん!」

「うん。お疲れ様、雪菜ちゃん」


 焚火に手のひらを向けて暖を取る雪菜ちゃんとそう挨拶を交わし、交代した木村さんを視線で探す。

 それを見抜いたのか、雪菜ちゃんは指をさして――


「――舞ちゃんならあの木の陰で警戒してるって」

「ああ、そうなんだ。ありがとう」


 夜は冷えるし、焚火のあるここでの警戒が主になるのだからここにいればいいのに、とも思うのだが、何か離れる理由でもあるのだろうか。

 俺のように、少し離れた場所で警戒をしているのならともかく、敢えて座り込んで警戒をする意味はなんだろうか。


「翔くん?」

「ん。ごめん、何?」

「ああいや、座らずに立ちっぱで考え込んで、どうしたのかなぁって……」


 どうやら、俺が木村さんの挙動を不思議に思うのと同じで、雪菜ちゃんにも似たような考えを巡らせてしまっていたらしい。

 何でもないよ、とだけ伝えて、雪菜ちゃんの隣に一人分の隙間を開けて座る。

 雪菜ちゃんから湯気の立つカップを渡され、礼を言う。


「こっちは大丈夫だった?」

「翔くんがいっぱい倒してくれたおかげで全然大丈夫だったよぉ」

「そっか」


 渡されたそれの中身は温かいココアで、程よい甘さが疲れた体と脳に染み渡る。

 ほぅと小さく吐息を漏らせば、外気の冷たさとココアの温かさで熱を持った呼気で白い息となって吐き出された。

 王国では寒い夜でも息が白くなることはなかったが、どうやらここは違うらしい。

 南極は息が白くならないと聞いたことがあるし、その辺の何かが関係あるのだろうか。


「翔くんは、さ。この世界に来てどうだった?」

「……? どうって?」

「ほら、色々あったでしょ? 地球では体験したことのないようなことをいっぱい」

「そうだね……」


 雪菜ちゃんの言うように、この世界に来てからは確かに色々とあった。

 腰に提げる真剣を持ったのだって初めてだし、命を賭けた戦いをしたのだって初めてだ。

 いや、命を賭ける賭けない以前に、殴り合いの戦いすらしたことはなかった。

 この世界でのほとんどの体験が、俺たち召喚者にとっては初めてだったのだ。

 そう言う意味で『どうだった?』と聞かれているのなら、答えは一つだ。


「いい意味でも悪い意味でも一生忘れることはないだろうけど、大切な思い出だよ」

「……そうだよね」


 少しくさいセリフだったかとも思ったが、雪菜ちゃんはそうは思わなかったようだ。

 手に握るカップへと視線を落として、小さく呟いた。


「雪菜ちゃんはどうだった?」

「うーん……私はあまり、いい思い出はなかったかなぁ」

「楽しいことだけじゃなかったからね」

「うん。それもあるんだけど……」


 雪菜ちゃんは両手で握るカップを何度も握り直しながら、歯切れ悪く呟いた。

 日菜子を始め、木村さんや雪菜ちゃんとはかなりの間一緒にいたが、俺の与り知らぬところで何か良くない思いをしたのだろうか、と雪菜ちゃんの顔を覗き込む。


「大丈夫?」

「っ……うん、大丈夫……」


 ビクッと肩を跳ねさせて、雪菜ちゃんはそっぽを向いてしまった。

 もしかして、その良くない思いをさせたのは俺なのだろうか、と少しだけ不安になる。

 もしそうなら今すぐにでもその原因を探しだして謝らなければいけない。

 俺たちを明るく照らす焚火が、急かすようにパチパチと火花と音を散らす。


「――あのっ、あのねっ、翔くん……!」

「うん」


 背を向けたまま俺の名を呼んだ雪菜ちゃんは、一度だけ深い深い深呼吸をして振り向いた。

 俺の目を見て、何かを伝えようとした雪菜ちゃんの目をしっかりと見返して、しっかりと聞く体勢を作る。


「私、実は――」


 そう言いかけたところで、隣に気配が出現した。

 微風を散らして現れたそれに、反射的に腰から引き抜いた剣を振り抜く。


「わっとすまん! ビビらせるつもりはなかったんだ、ごめん」


 全力で振るった俺の剣を難なく躱した人影は、大きくバク転で距離を取ってからそう謝罪した。

 ちょっと過剰に謝罪したのは斬りかかられたからなのだろうか。

 ともあれ、その謝罪の声に聞き覚えがあった俺は、人影に目を凝らす。


「え、あ、綾乃? あ、すまん。剣向けちゃった」

「ああいやいいよ。俺が転移で真隣に出ちゃったのが原因なんだし。えっと……佐伯さんもごめんね?」

「え、あ、ううん。大丈夫、だよ?」

「……ほんとにごめん」


 綾乃はなぜか雪菜ちゃんに重ねて謝罪をした。

 その意図は汲み取れないが、雪菜ちゃんは大丈夫だよ、と笑いながらその謝罪を受け入れた。

 だがどこか、残念そうな表情が宿っているように見える。


「じゃあえっと、邪魔するのも悪いからさっさと用件だけ伝えるな?」

「ああ、うん」

「俺ら全員が天の塔を攻略してわかったことと、わからなかったことをこれに纏めておいた。二宮たちにやってもらいたいことも」

「見ても?」

「いいよ。と言うか、見てもらわなきゃ困る」


 それもそうだ、と思いながら、手渡された一つ折りの紙片へと視線を落とす。

 雪菜ちゃんにも見えるようにしながら読んだ紙片には、箇条書きで色々と書かれていた。

 天の塔では七つの試練が受けられること。

 適正があれば天恵という報酬を貰えること。

 全ての試練を乗り越えた人には第八の試練が与えられること。

 それを突破するとなんでも一つお願いを叶えられてもらえること。

 既に聞いていたこともあったので、今更どうして? という疑問が湧く。

 が、それは次の文を見てなるほどと言う理解へと変わる。


「“第八の試練が存在しない可能性”と“試練の記憶を失う可能性”?」

「そう。簡単に言うと、第八の試練の記憶を持っているのは俺だけで、他の全員第八の試練なんてやった記憶すらない」

「綾乃以外の全員?」


 俺の問いに、綾乃は頷いた。

 どういうことかと頭を捻る前に、綾乃が口を開いた。


「俺も条件がよくわかってない。だから、それを二宮たちで確かめて欲しいんだ」

「……召喚者で数をこなして統計の母数を増やして欲しいってことだね?」

「その通り。調べて理解して何かがあるわけじゃないけど、お願いできる?」

「それくらいならお安い御用だよ。できるできないはともかくとして、どうせ俺たちは天の塔に挑むわけだし」


 俺の返事を聞いて、綾乃はわかりやすく顔を明るくした。

 嬉しいと表情から伝わってくる。

 こんな顔をするんだ、と新しい一面を目の当たりにした新鮮味を味わう。


「そう言ってくれてよかった。調べて欲しいことは下に書いてあるから、よろしく頼む」

「わかった。あ、日菜は向こうにいるから、挨拶だけでもしてあげて」

「おっけい。じゃ、お邪魔しました。えー……と、木村さんも、またね」


 木の陰に座っている、姿の見えない木村さんへそう告げてから、綾乃はまた消えた。

 転移を使って、俺が示した日菜のいる方へ向かったのだろう。

 再び、パチパチと焚火が鳴る。

 その音を聞いて、綾乃が来る前のことを思い出した。


「そう言えば雪菜ちゃん、さっき何言おうとしてたの?」

「えっ、あー……えーっと、ね」


 バツが悪そうに視線を逸らしながら、頬を小さく掻く雪菜ちゃんの言葉を静かに待つ。

 一言一句、聞き逃すことの無いように。


「――また今度でもいい? 今話す気にはなれないから……」

「……そう? 今じゃなくて大丈夫?」

「……うん、大丈夫だよ。必ず、伝えるから……じゃ、じゃあ、先に寝るね」


 カップに残っていたココアをグイッと飲み干して、足早に馬車へと向かっていった。

 やはり、俺が知らぬ間に何かをしてしまった可能性が高い。

 俺の握るカップに残るココアを一口飲んで、ココアの上面で反射し波紋を広げる俺の顔を見つめる。


「――あ、あの」


 馬車の方から雪菜ちゃんの声が聞こえ、そちらを振り向く。

 雨風を凌ぐために掛けられた(ほろ)の隙間から、少しだけ頬を紅潮させた雪菜ちゃんが覗いている。

 何かを言おうとして、止めるように一度口を閉じる。

 少しの葛藤の末、顔をあげた雪菜ちゃんは、大きく息を吸って――


「お、おやすみ、翔くん」


 吸った息に見合わない小さな声で呟いた。

 だがそんなことはどうでもいい。

 『おやすみ』と言ってくれたのだから、答えは一つだけだ。


「――うん。おやすみ。ゆっくり休んでね」


 俺が返事をすると、パァっと笑顔になって幌の中に戻っていった。

 ついさっき見た、綾乃の嬉しそうな顔に似たものがあったと思う。

 俺が何かをやらかしたようには見えないなぁ、と心の中で呟いて、再びココアに反射する自分の顔を見つめる。

 だが、いくら自分の顔を見つめても答えは出ない。


「……またチャンスはあるか」


 これからも、雪菜ちゃんとは旅を続ける。

 ならば、俺が何かをしてしまっていたとしても、それを聞き出す機会も、謝る機会もある。

 神聖国に戻る道中でも、天の塔に行く道中でも、数えるだけでそれだけの機会がある。

 綾乃から受け取った依頼と並行しても、問題はないはずだ。

 そう結論付けて、残ったココアを飲み干し、地べたに敷いた温かい寝袋に包まれた。




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