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姉の為に。  作者: たかだひろき
第八章 【天の塔】編
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第七話 【結愛の戦い】




 青白い不思議な感覚の膜を潜って天の塔に入ると、そこは広い円柱状の部屋だった。

 全面が外と同じような材質の黒い石材で統一され、明かりらしきものはないのに不思議と視界は良好で、広い円柱の向こう側まで見える。

 ――その広間に陣取る、人間の形をした人間とは違う気配の何かと一緒に。


「――誰、ですか?」

「それはこちらのセリフです。何者、です、か……?」


 目の前の不思議な盃――いや、天秤のような形の瞳を持つ女性の言葉は尻すぼみになっていく。

 語尾とは逆に瞳は大きく開かれて、特徴的な天秤の形をした瞳孔は角膜――黒目の部分とともに収縮する。

 人が驚いたときの反応とまるで変わらない。

 いや、事実驚いているのかもしれない。

 口をあんぐりと開け、私のことを驚愕の表情で見つめている。


「……何か?」

「あなた……名前は?」

「――板垣結愛です」

「板垣、結愛……」


 急に名前を聞いてきたかと思えば、今度はまた固まってしまう。

 けれど、今の名前を聞くやり取りで何かを理解したのか、少しだけ納得したような様子を見せる。


「あの、私の名前が何か……?」

「いや――そうですね。名前よりその外見が知った顔と同じだったもので」

「同じ……」


 外見――顔が同じと、目の前の女性はそう言った。

 そしてそれはつい先日、老いた竜人が似たようなことを言っていた。

 『“マキ”の両面を継ぐ者たち』と。

 あの言葉を向けた相手は私と葵くんの二人。

 そして葵くんは、初代勇者――マキと言う名の人間と同じ能力を使うと聞いている。

 同じ能力とは、言い換えれば内側。

 両面のうち内側を葵くんが持っている――継いでいるのなら、両面のうち外側はつまり、私が継いでいると言っていいんじゃないだろうか。

 つまりは――


「――私の外見は初代勇者とかなり酷似している……?」

「ええ、その通りです。その気配も、マキのものと似ている。いやしかし……」


 独り言のつもりで呟いた言葉を拾われて、回答を貰えた。

 私の考えた通りの回答だったのに、少しだけ驚いた。

 自分にそっくりな人は世界に三人いるとは言うが、まさか五千年も前の、しかもこの世界の偉人とされる人とそっくりだと言われれば、この驚きも当然のものなのかもしれないけれど。


「……少し待て」

「あ、はい」


 天秤の瞳の女性はそう断って目を瞑った。

 その間に、少しだけ状況を整理しようと思う。

 私は入り口らしき青白い膜を潜り天の塔へ入った。

 しかし、ママやパパとは出会えず、出会ったのは見知らぬ女性だけ。

 何度見回しても試練を受けられると思しき扉は無いし、もしかしたらスタート地点は固定されていないのかもしれない。

 いやでも、フレッドはママやパパと会えていたらしいし――


「わからない……」

「何がわからないの?」

「わひゃっ」


 いつの間にか瞑っていた目を開いていた女性に顔を覗きこまれ、あまりの至近距離に声を上げて驚いてしまった。

 思わず両手で口を閉じて、少しだけ後退(あとずさ)る。


「『わひゃっ』? 驚き方は違うんですね」

「そ、そこまで似てたら、なんだか嘘つかれてるんじゃないかって思っちゃいますね」

「――何の話ですか?」


 天秤の形をした瞳を持った女性の後ろに、新しい女性が立っていた。

 気配を察知するのは得意技の一つだったのだが、それが全く機能しなかった。

 いつの間にか、気づかぬ間にそこにいた。


「え、えっと……?」

「私が呼んだのです。マキの――彼女のことを良く知る一人ですので」

「なるほど……ですけど、私はそのマキさんではないですよ?」

「ええ。それは見ればわかります。けれど、かなり酷似しているのは事実です。整った美人の顔立ちも、強気で負けず嫌いな血筋も、人を優しく包み込むような気配も、柔らかで賢さが垣間見える口調も、豪胆さと強気と積み重ねた自信で自らの弱さを隠す態度も」


 初対面のはずなのに、私の本質を見抜かれている気がしてなんだか気味が悪い。

 それに、そんな細かいところまで似ていると言われると、もう驚きよりも怖いという気持ちが湧いてくる。

 幽霊やお化けを怖いと思う、身の毛もよだつ怖さとは違う怖さ――恐ろしい、というほうが適切だろうか。

 よくわからないものに対して抱く本能的な恐怖、とでも言うのかもしれない。

 良し悪しを脇に置いて、ある意味で運命的なものなのかもしれない。

 いい気は全くしないけれど。


「それで、私がマキさんと違うとわかったならパ――父と母の元に行けるのでしょうか?」

「……あなたは本来、七つの試練を越えねば立ち入れないこの広間に現れた」


 私の質問への回答なのか、天秤の形の瞳を持った女性は言う。

 けれど私の求めていた回答ではなく、その上、要領を得ないよくわからない返事だった。


「えっと……?」

「本来、天の塔に入った時点であなたの目的の場所に辿り着けるはずだった。しかしあなたは何故か、この場所へと導かれた」

「……つまりは、おかしい――異常事態、と言うことですか?」

「そうなりますね」


 その返事に、なるほどと頷く。

 天の塔のシステムについては、大まかにしか聞いていない。

 ここに至るまでの旅路で聞くタイミングはあっただろうが、その大半を召喚者が扱える技術の鍛錬に費やしたからだ。

 それを悔いるつもりはないが、こんなことならもっと聞いておけばよかったと過去の行動を叱責する。


「あの、それで……結局、私はどうすれば良いのでしょうか?」

「……」


 私の問いに、天秤の瞳を持つ女性は黙り込んだ。

 考え込むように切れ長の瞳を伏せ、地面とも虚空とも取れる場所を見つめる。


「ユースティツィア」

「どうしました? サフィエンシア」


 後から来た、サフィエンシアと呼ばれた星形の瞳を持つ女性が、瞳を伏せて何かを熟考する女性へと声をかけた。

 そのまま、耳打ちで何かを話し始めた。

 互いに何度か耳打ちをして、やがて天秤の形をした瞳を持つ女性がこちらに視線を向けてきた。

 何かを探るような視線を、隠す気なく真っ直ぐ向けてくる。


「――確かに、もし()()ならサフィエンシアの言うように必要はないかもしれませんが……」

「どうせこの場で行うのですから、都合がいいのではないですか?」

「……ふむ」

「あの、何の話ですか?」


 会話から何やら不穏なものを感じる。

 私はただパパとママに会えればいいだけなのに、それだけが(ないがし)ろにされたまま事が進んでいく気がする。


「……あなたは天の塔を攻略しに来たのですか?」

「目的の一つはそうですが、今は父と母に会うのが優先です」

「なら、都合がいいかもしれませんね」

「……私の話、聞いてくれてますか?」


 会話をしているはずなのに、話をしている気がしない。

 気のせいだと言われるかもしれないけれど、生憎とその辺の読みを外したことはない。

 尤も、その特技があったとして、自分の都合のいいように話を進められるとは限らないのだけれど。


「では、板垣結愛。貴様に第八の試練を課す」

「私の話、やっぱり聞いて貰えてなかった……」


 想像通りの展開に落胆しつつ、次の行動を考えるべく頭を回す。

 天の塔は試練を与え、乗り越えた者に力を授ける場所だと聞いている。

 ここに至る道中で聞いていた情報によると、試練は七つ。

 そして、全てを乗り越えた者にのみ課される八つ目の試練の計八つ。

 目の前の女性は、その八つ目の試練を課すと私に言った。

 七つの試練を乗り越えていない私が、だ。

 なぜ、試練の監督側らしき女性たちから特例とも言うべき申し出があったのか。


「――私が初代勇者の外見を継いでいるから?」

「半分正しく、半分違います。たとえ初代勇者の片鱗を継いでいようと試練は試練。ですがあなたの本質は、どうやら見た目と同じくマキのそれと大差ない。“心の柱が自分の中にない”ということだけが、マキとの違いです」

「心の柱……」


 その言葉が、見覚えのない朧げな光景とともに頭の中で反芻される。

 見たことのない光景のはずなのに、懐かしさと嬉しさを孕んだ感情が湧き出てくる。

 刹那――


「――痛ッ」


 その言葉を聞いた途端、立っているのが難しいほどの頭痛が襲ってきた。

 かと思えば胸が苦しくなり、呼吸すらもが辛くなる。

 見た覚えのない光景が朧げに再生され、その度に頭痛が酷くなる。

 まるで、その光景を忘れるなと言わんばかりに。

 忘れている私を攻め立てるように。


「大丈夫ですか?」

「――だ、だいじょぅ、ぶっ……です――ッ」

「そのようには見えませんが……」


 膝立ちで蹲り、頭痛に抗う私を心配した女性が、優しく声をかけてくれる。

 その言葉は溶けるように私の頭痛を癒してくれる。

 徐々に、僅かずつではあるが、痛みの根源であった頭痛も薄れていき、胸の苦しみも立ち消えていく。

 ただの時間経過で痛みや辛さが引いただけかもしれないが、ともあれようやくまともに呼吸ができた。


「ぁ、ありがとうございます……助かりました」

「私たちは何も。調子はどうですか?」


 そう聞かれ、確かめられる範囲で確かめてみる。

 手を握って開いて、立ち上がって体を伸ばしてみる。

 得物として葵くんから貰った――正確には、いつの間にか腰に提げていた――剣を振るってもみたが、先程の頭痛が嘘だったかのように違和感がない。

 体の無事を確認して、一つ頷く。


「……頭痛も胸の痛みもなくなりました。大丈夫だと――」


 そう言いかけて、私はミスを悟った。

 私の体調が万全だと知れば、すぐにでも続きをしようとするだろう。

 そう、八つ目の試練の続き――否、始まりだ。


「では特例として――」


 ユースティツィアと呼ばれた、天秤の形の瞳を持つ女性が声を上げる。

 すると、見知らぬ女性たちが現れる。

 数は五名。

 元居た二人と合わせて七名が、神々しい羽根を広げて私の前に立ちはだかる。

 その後ろには、天の塔に入った時と同じような青白い膜の扉が、憮然と(そび)え立っている。


「――板垣結愛の、第八の試練を執り行う」


 塔のルールも私の意思も関係ないまま、戦いの火蓋が切って落とされた。






 * * * * * * * * * *






「ッ――」


 ユースティツィアの一閃が、胴の辺りを横に薙ぐ。

 後ろに跳び退かなければ、今頃は体が腰の辺りで両断されていた。

 更に言うなら、掠っただけで剣が纏う炎により再生能力の低下に見舞われただろう。

 ほんの数分――実際には十分かもしれないし一時間かもしれない――前までは、ただの剣だったのに、と頭の中で愚痴を零す。

 まるでこちらの力量を試さんばかりの変化に、そういえばここは試練を与える塔だったことを思い出す。

 疲労によって頭の回転が鈍っている――のではなく、純粋に思考が戦闘のものに切り替わっているが故の問題だ。


 このままでは意識が戻ってしまいかねないので、改めて戦闘のものに切り替えて、持ちうる全ての力を総動員し、現状の把握を行う。

 まず私は一人で相手は七人――いや七柱と言うべきかしら。

 魔術を使う三人に前衛を務める三人、そして後方で動かない一人。

 既に何度も前衛の三名と斬り結んでいるが、それぞれの実力は私が出会ったことのある実力者たちと比較しても遜色ない。

 後衛の魔術を使う三名も、前衛の隙をなくすように精密な援護射撃をしてくる。



 如何に私の実力が人間の水準で高くとも、人間ではない――天使と思しき彼女たちからすれば、そこらの雑兵と大差のないと思っているのでしょうか。

 事実として、戦闘が始まってから防御一辺倒の私にはその考えを改めさせるだけの実力はないわけなので、反論できる気もしないのですが。


「ここまで我々の攻撃を避け続けるとは……やはり眼がいいのですね」

「――ゥ、ッぷ!」


 余裕があれば『お褒めに預かり光栄です』とでも答えられたかもしれないが、生憎と喋ることにリソースを割く余裕はない。

 振り下ろされる剣を躱し、剣で弾き、いなすので精一杯だ。

 元の世界で武術を習っていなければ、開始間もない頃には頭と体が泣き別れていたはずだ。

 それほどまでに隔絶した実力差がある。


「ぁブ――ッ」


 背後に回り込んでいた一柱の天使が、心臓を貫かんばかりの拳を繰り出してきた。

 風を突き抜け吶喊してくる拳を、ギリギリで引き戻した剣の柄でいなす。

 しかし完全に威力を殺すことができず、握っていた右の拳にダメージが蓄積し、刀身が小さく震える。

 徒手格闘で戦うらしいこの天使は、私の状態など気にも留めずに身軽なフットワークで左右の拳での連撃を見舞ってくる。


「――シッ」


 初めこそ拳を斬ってしまわないかと心配だったが、彼女の拳は鋼と同等レベルの硬度を持っているらしく、刃とぶつかっても弾かれるとわかってからは刀身で迎撃するのにも躊躇いはなくなった。

 と言うよりは、その余裕すらなくなったというのが適切だろう。

 相手を想う余裕が消え、あるのは一歩踏み外せば死が待ち受けるという現実(しれん)のみ。

 飛来する様々な魔術を大きく跳び退くことで躱し、天使たちから距離を取る。


「フーッ……」


 距離を開けたことで、天使たちの追撃が一度止む。

 この休憩の時間がなければ、もう体力が尽きていたかもしれない。

 休憩と言っても、一分とない間というような僅かな時間。

 けれど、呼吸を整え、思考をクリアにし、次を練れる貴重な時間だ。

 自分の体の調子は、想像以上にいい。

 視界ははっきりとしているし、眼もいつも以上によく視える。


「あの二人目の天使が司令塔で、無線みたいな何かで状況と思考の共有をしてる――はず」


 言葉に出して思考を整理する。

 時間はそれほど残されているわけではない。

 悠長にしている時間がないのも確かだ。

 時間をかければ苦しいのは、明確に私の方なのだから。

 でも、勝利のためには一つ一つ紐解いていくのが最短のルート。

 そう言い聞かせて、焦りに塗りつぶされそうになる思考を深呼吸とともに落ち着ける。


「戦闘の定石――指揮官を叩く!」


 天使たちの動きを待たず、初めて私から攻勢を仕掛ける。

 葵くんに教えて貰った“鬼闘法”なる技術を合わせた“身体強化”は、今までただの“身体強化”で戦ってきた私しか知らない天使たちの驚きを誘ったのだろう。

 ほんの一瞬だけ動きが遅れ、一番近くにいた拳を使う天使の胴体を両断した。

 自分でも驚くくらいの速度と力が出ている。

 全能感とはこれのことかと錯覚するくらいに絶大な力。

 だが油断すれば、体が内から弾け飛びそうな圧力も感じる。

 これを常用しているらしい葵くんの異常性は一度脇に置いて、即座に次を狙い定める。


「ハァ――ッ!」


 私の急加速にギリギリ認識が追い付いたらしい天使たちの間を縫って、後衛の三名のうち二名を直線上に捉える。

 距離はそこそこ。

 両手で握る剣を振り抜いても届かない距離。

 それを理解しながら、私は躊躇なく剣を上段で振るう。

 刹那、拳を使う天使が斬られ、自らに迫ってくることを理解した天使と、その後ろにいた天使の二名を両断した。


「――!」


 天使たちの驚愕に見開いた目と表情を見て、内心でニヤリと笑う。

 この剣は鋭い切れ味と鋼鉄じみた肉体を持つ天使と斬り結んでも刃毀れしないだけの、ただの剣だ。

 刃毀れしない剣をただの剣と言うのか、と言う問題はひとまず脇にズラして、これは魔剣の類では無い。

 それを天使たちがわかっていると理解できたこそ、“魔力で刀身を編む”ことで意表を突けた。

 もちろん、次からそれは通用しない。


「ふーッ」


 素早く跳び退いて、呼吸を整える。

 これまで相手側のタイミングでしか取れなかった一時の休息を、初めて自らのタイミングで取った。

 些細ではあるけれど、心の余裕と言う意味ではかなり大きな違いだ。


「これほどまでとは……挑んできた綾乃葵以上か……」

「――はァー……」


 ユースティツィアの感嘆の言葉に、やはり反応はできない。

 自ら余裕を作り出したとはいえ、喋るほどの隙間はない。

 今斬り倒した三人は、『指揮官を狙う』と言った言葉を利用したブラフ――虚を突いた一撃で()()()だけに過ぎない。

 万策尽きたわけではないが、意表を突く攻撃が効きにくくなってくるのは間違いないだろう。

 この後は、純粋な真正面からの殴り合いが始まる。


「フッ――!」


 せっかく得た主導権を相手に渡せるほどの余裕はない。

 先手必勝とばかりに正面に突っ込んで、ユースティツィアに斬り上げをお見舞いする。

 流石に思い通りにはいかず、ユースティツィアの持つ剣で凌がれた。

 反撃を喰らう前に、凌がれた剣を弾き飛ばすために両手両腕に力を籠める。

 “鬼闘法”で引き上げられた膂力を受け、僅かに目を見開いたユースティツィアの剣を両手ごと跳ね上げる。

 流石に剣は手放さず、万歳の形でユースティツィアの体が浮く。

 そこへすかさず追撃を打ち込もうとするが、後衛の天使から援護射撃ならぬ援護魔術が飛来する。

 速度重視で放たれた風弾は、速度重視でありながら私程度なら軽く吹っ飛ばすほどの威力を秘めている。

 掠っただけで腕を()がれそうになった経験が、その感覚を裏打ちしてくれる。


「シッ――!」


 逃げる場のない閉鎖空間の大気を貫き迫りくる風弾をしっかりと眼で捉え、ユースティツィアへ放った蹴りの反作用で射線上から逃れる。

 天使たちの反応の速さは、尋常じゃなく速い。

 個々人の反応や思考速度もさることながら、連携でもその速さはずば抜けている。

 味方の窮地を即座に理解し、そこから脱するための手を瞬時に打ってくる。

 つまりは天使の視点に立てば、相手の行動が逆算できると言うこと。

 高度な連携は読みやすく、読み切ってしまいさえすれば利用できる。

 師範の言葉が脳裏を横切り、読みを成功させたという自信へと繋がる。


 ようやく慣れてきた“鬼闘法”によって引き上げられた“身体強化”の性能をフルで活かし、縦横無尽に閉鎖空間を駆け巡る。

 もう既にかなりの時間をかけてしまってはいるが、だからこそ早く決着をつける。

 最後の奥の手で勝負を決めに行くために、眼を凝らし、思考を回して、体を酷使する。


「――ッ!」


 これまで一歩も動かず、ただ静観してるだけにしか見えないサフィエンシアへ、速度を乗せた一撃を放つ。

 刹那、サフィエンシアを視線が交錯した気がした。

 鈍い金属音を鳴らし、私の剣を受けたサフィエンシアの後方に暴風を撒き散らす。

 地面が土なら大量の土煙を上げたであろう一撃を受けて、サフィエンシア――否、私の眼すらギリギリで捉えられるほどの速度で割って入ったユースティツィアが不敵に笑う。

 それが何を意味する笑みなのか、私には分からない。

 けど、この状況が私の想定通りであることに変わりはない。


「――なっ!」


 小さく驚きの声を上げたのは、私ではなく私の剣を受け止めたユースティツィアだ。

 私の剣を受けていたはずのユースティツィアの剣が、私目掛けて()()()()()

 斬る意志の全くない、ただ鍔迫り合いの途中で片方の剣が消失し、剣を押し出しただけの刃など、この世界では怖さの欠片もない。

 ()()()()()()を全力で振り下ろし、ユースティツィアに守られた真正面で対峙するサフィエンシアの()()を両断する。


 ほんの僅か生じたタイムラグ。

 連携の要だったサフィエンシアが痛みを――傷を負ったことで、天使たちの間で共有されていた思考が一瞬だけ切断される。

 サフィエンシアに与えたのはダメージは決して致命傷足り得ない。

 けれど、その一瞬が。

 一瞬だけ電源を引き抜かれたロボットの如き隙を生み出す。

 魔力で極大の刀身を編み、“鬼闘法”込みの“身体強化”の膂力に任せて横なぎに振るう。

 広間全体をカバーするほどに大きくなった刀身は間違いなく残った四柱の天使を胴体で両断し、その場に倒れさせた。


「――まさか、ゲートにそんな使い方があるとは……」


 胴を両断され、まだ動く目線を私に向けながら、ユースティツィアは感嘆を小さく漏らした。

 戦闘の音がなくなり、無音に限りなく近くなったこの広間で、その小さな音を拾うな、というのは難しかった。

 今まで、戦闘中でお褒めの言葉に答えられなかったこともあり、攻略したという達成感に浸りながら少しだけ自慢する。


「昔のアニメの応用みたいなものよ。ゲートの入り口に剣を振るって、ゲートの出口の対象を斬る。簡単な仕掛けだけど、意外と効果はあるでしょう?」

覿面(てきめん)ですね。気が付いても、初見での対処は難しかったでしょう……」

「そう言ってもらえて嬉しいわ」


 自慢を素直に聞いて貰えて、なんだか嬉しい気持ちになる。

 こういう肯定感は大事にしていかなきゃな、と心の内で留めておく。


「さて……あれを潜れば試練は終わりでいいのよね?」

「はい。その先で、あなたの目的は果たせます」

「わかったわ。ありがとう」


 感謝を述べて、倒した天使たちに一瞥してから、私は二度目となる青白い膜の扉を潜った。




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