表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉の為に。  作者: たかだひろき
第八章 【天の塔】編
129/202

第三話 【救世主……?】




「シルフ! ソウファとパトリシアさんを守ってくれ!」


 俺の言葉に、シルフは頷いて即座に動き出す。

 発言の意図を汲み、シルフが得意とする風の魔術がソウファとパトリシアを包む。

 先ほどのような、速度の乗った一撃は流石に防げないだろうが、それ以外の攻撃なら一瞬は凌いでくれるだろう。

 その一瞬があれば、俺たちがカバーに回れる。

 左手で握る結愛の手を左手から右手に握り直し、結愛の目を見て言葉を紡ぐ。


「ついてきてね、結愛」

「――わかった」


 シルフの方は任せても問題ない。

 問題があるとすれば、魔人たちの襲来から今まで会話をほとんどしていない俺と結愛の方だろう。

 けれど、なぜか自身に満ち溢れている。

 会話不足による連携の弱さも、対峙する脅威(おとこ)も、実力のレベル差も。

 不安は尽きないのに、その不安を打ち消すほどの安心感と全能感が俺を包む。


「ふーっ」


 全能感はあるのに、驕る心は存在しない。

 目の前の脅威が、それを許さない。

 冷静に、目の前の脅威(おとこ)と戦う。

 男の間違いを正して、そして結愛を守る為の戦いを。


「――硬すぎだろッ!」


 男の頭上に転移して、体重を乗せた『無銘』を叩きつける。

 しかし男はあろうことか、薄橙の皮膚にしか見えない鍛えられた腕で『無銘』を受け止めた。

 しかも、金属音が鳴って火花すら散った。

 皮膚の内側が俺の右腕のように金属でできた義手だとしても、その上を覆っている薄橙の皮膚が一ミリも削れないのはどういうことか。

 冷静に状況を理解して、一度思考をその場で打ち切り、男の反撃を転移で躱す。

 俺の転移先を読んだのか、点と点を一瞬で移動する転移に対し、線で追いつき人間にはない鋭い爪のようなものを振るってくる。

 『無銘』の刃でその爪のある手を受け止めるが、想像以上の衝撃が右手を通じて腕、そして体へと伝わる。

 片手では受け止めきれないと判断し、瞬時に転移でその場を脱する。


「大丈夫?」

「大丈夫。こんな感じであいつと戦うけど、どう? 援護、できる?」

「……できると思う」

「おっけーい?」


 結愛の頼もしい返事に思わずニヤつく。

 状況は決して笑えるものではないのに、笑みが零れて止まらない。

 そんな俺に対し、男は不服そうに表情を険しくする。


「気持ちの悪い笑みを浮かべるな」

「気持ち悪かないだろ! こういうの久しぶりで嬉しいんだよ!」

「貴様の事情など知らん」


 男の返事にそりゃそうだと心の中で頷く。

 敵意剥き出しの相手と対面してする会話はかなりの度胸が要るが、転移で攻撃を透かせるという余裕がそれを可能にしている。

 尤も、準備なしに転移すると魔力の消費量が増すので、結愛の魔力のバックアップがあるとはいえあまり多用はできない。

 男の攻撃は可能な限り躱して、デキなければなるべく『無銘』で防御を行い、それでも無理そうなら転移する。

 そう優先順位をつけて、今度は男の後ろへと転移する。


「シッ――!」


 相変わらず金属音を鳴らし、男は表情一つ変えずに『無銘』の斬撃を受け止める。

 本当に生物の体なのかも疑わしくなってくる硬度を前に、俺の攻撃は殆ど通じないと言っていいだろう。

 しかし、今の俺には結愛がいる。

 男が反撃に移る前に、男の背後に展開した火の魔術が炸裂する。

 至近距離から、悟る間もなく展開された魔術の爆発を(もろ)に喰らった男は、たたらを踏む――


「――ッ! ッぶね!」


 ――ことなく、手刀による反撃を繰り出してきた。

 圧倒的な速度を以って振るわれた腕は、硬度も相まって喰らえばただではすまない威力を内包している。

 とはいえ、間合いは『無銘』を持つ俺の方が長く、一歩後ろに引けばそれで間合いからは逃れられる。

 だが、今の俺の後ろには結愛がいる。

 結愛と二人で戦っていたことを忘れていたわけではないが、これまでほとんど一人で戦ってきた慣れが、一瞬の判断を生んだ。


「――ッ」


 それを見逃さなかった男は、攻撃を喰らうのもお構いなしに強引に距離を詰めてくる。

 回避は可能。

 しかしそれをすれば男の手刀は結愛に届く。

 一瞬の思考の後、転移で男の攻撃から逃れる。


「ご、ごめん」

「いや、今のは俺のミス」


 結愛と短くやり取りをして、男の方を見る。

 男はゆったりとした動きで転移した俺たちへと視線を向ける。

 どうやら、転移の直後を追うのは止めたらしい。

 転移を追われてもどうせまた転移で逃げられるので、無理をせずに魔力切れを狙う算段なのだろう。

 厄介極まりないな、と心の中で愚痴りつつ、作戦を練る。


 ここで持久戦を繰り広げ、天の塔を攻略した面々が加勢してくれるのを待つ作戦。

 悪くはないが、今の魔力消費量から逆算すると確実に一日も持たない。

 シルフが要ればもう二日三日は伸ばせるかもしれないが、そうなるとソウファやパトリシアの身の安全が保障できなくなる。

 それに、天の塔の攻略にどれだけの時間がかかるかも不明なのだ。

 どうにかこうにか一週間ほど耐えたとしても、まだ出てこない可能性だってある。

 なので、持久戦は却下。


 次は今のような戦いを繰り返して、男と対話の機会を作るという作戦。

 しかし、一人で戦ってきた癖の動きを二人で共闘する用に即座に修正し反映させるのは、多分難しい。

 如何に攻撃を喰らわず、男に攻撃を与えるか。

 その思考と同時並行で行うのは、流石に骨が折れる。

 とはいえ、骨を折って結愛を守れるのなら、全く以って問題はないとも言える。

 骨は取り戻せるが命はそうではない。

 未来の俺のように、俺が()()()()を作れるわけではない。

 やはり、魔人を複数人相手取った時と同じ戦術で戦うのが最適解だろうか。


「……あっそうじゃん」


 思いつき、男を警戒したまま結愛へと視線を向ける。

 俺の唐突な独り言に少し驚いたような表情で俺を見つめ返してくる結愛に、真剣な面持ちで訊ねる。


「結愛。援護じゃなく、あいつと戦える?」

「今の葵くんのポジションを私ができるか? ってこと?」

「そう。俺と結愛のポジションを逆にする」


 隙だらけに見えるこの会話の間も、男は無言で待っている。

 どうせ今の俺たちに攻撃を仕掛けたところで、転移で透かされるとわかっているからだろう。

 必ずしも無意味と言うわけではない。

 今の俺は“鬼闘法”込みの“身体強化”で反射神経を引き上げてようやく男のスピードについていけているだけであり、転移も準備がなければ魔力のロスが生まれる。

 男の攻撃の一回一回が、少なからず俺の精神を擦り減らしていくのは間違いない。

 故に、そうならない為の作戦を、足りない頭から捻出しなければならない。


「できる?」

「……」


 その一歩目。

 これがダメなら、また別の作戦を考える必要がある。

 しかし、そう長い間を男が放置するとも思えない。

 痺れを切らすか、あるいは何かのきっかけ一つで、男は待ちを止めて攻撃に移るだろう。

 男がこちらの作戦会議を待ち続けるメリットなど存在しないのだから。


「……もし、葵くんが言ったそれができたなら、パトリシアは助かる?」

「確実に、とは言えない。でも俺が考えた作戦なら、パトリシアさんも、ソウファもシルフも俺も、結愛だって守り切れる可能性はある」


 結愛が今、何を考えているのか。

 今の俺になら、わかる。

 でも、それはしない。

 結愛が何を考え、どうしたいのか。

 俺は、その答えを待っていればいい。


「――やる」

「よっしゃ。じゃあ作戦を話すけど、結愛にやって欲しいのは一つだけ」


 結愛から男へと視線を転じ、結愛の視線を誘導する。

 そして男を見据えたまま、単純明快で、作戦とも呼べないような作戦を言葉にする――


「――そんなことでいいの?」

「そんなこと、って言えるなら、それで何も問題ない。あとは、俺を信じてくれればそれでいい」

「……わかった」


 結愛は深く頷いて、一度瞳を閉じて、深呼吸も挟んで集中する。

 その手が震え、冷たくなっているのが、握っている左手がしっかりと伝えてくれる。

 どんなに豪胆な心の持ち主でも、自らの命の危機に進んで立ち向かっていくのは難しいだろう。

 その難しい所業を、俺は今結愛に強要している。

 その責任を、俺は間違いなく負わなければならない。


「――」


 結愛の震える手を。

 結愛の冷たい手を。

 優しく、強く握る。

 震えを止めたり、冷たくなった手を温めることはできない。

 でも俺がいると、存在を示すことはできる。


「結愛、これを」


 握った左手を離し、右手で持っていた『無銘』を、デフォルトよりも少しだけ刀身が長く、若干細くなった魔力喰へと変えて結愛へと差し出す。

 結愛がどの程度の記憶を持っているのかは聞いていない。

 けれど、もし俺のことだけを忘れているのなら。

 きっとこの魔力喰の『無銘』は、結愛との相性はいいはずだ。

 一瞬の躊躇いの後、利き手である右手で『無銘』を受け取った結愛は、それを素振りする。

 ヒュンッと心地いい風切り音を鳴らした『無銘』は、どうやら俺の想像通り結愛に馴染んだらしい。


「じゃあさっき言った通り、遠慮なく、結愛の思うがままに動いてね」

「――わかった」


 結愛の左手を義手の右手で握り直して、今度は魔眼も開いて男と対峙する。

 負けない為の戦いから、勝つための戦いへ。

 勝って、男の間違いを正すための戦いへと――


()や。ちょいと、待ってくれんかのう?」

「――ッ!!」


 ()()()()()()()しわがれた老人の声に、思わず転移で跳び退いた。

 俺の“魔力感知”で捉えられない気配の持ち主。

 少なく見積もっても格上。

 場合によっては男よりも脅威度が高くなるであろう相手の出現に、冷や汗が噴き出る。

 結愛も同じように、隣で驚いた表情で固まっている。


 結愛が冷静さを欠いている、と言う事実が逆に俺を冷静にさせ、現状を理解するべくゆっくりと思考が回っていく。

 まず映ったのは、背後に現れた声の正体。

 男と同じ百八十はあろうかという高身長に、腰ほどまで伸びる(うね)っている灰とも白とも言える髪。

 髭は仙人のように蓄えられ、優しげな目元と穏やかな雰囲気は、仙人というよりはファンタジー世界でみかける心優しく強いおじいちゃんのようだ。

 白を基調にしたローブの中に在る肉体は服に包まれているために見ただけでは判別できないが、“魔力感知”によれば老人にあるまじき鍛え上げられた肉体が詰まっている。

 気配の消し方や身のこなしからもわかる明確な格上。

 肉体的なスペックでも俺たちどころか、ラティーフさえ上回ろうとしている。

 不味いかもしれない、という焦りを人知れず抱いていた俺を他所に、現れた老人へと男が語り掛ける。


「師匠――いえ、老師。何しに来たのですか?」

「いやなに。坊が戦っているのを知ってな。どんなものか確認していたら、面白いものを見つけたのでな。少し、時間を貰ってもよいかの?」

「……いえ。そうなら私が先に用事を片付けますので――」


 老人の申し出を断る――と言うよりは、自分の行動を先に処理しようと考えたのだろう。

 そう言いかけた男は、老人の顔を見てその言葉を途中で切った。

 切って、老人の顔をジッと見つめる。


「――わかりました。一つだけ言っておきますが、私の目的はその女から情報を聞き出して殺すことですので、引き出す前に殺さないでください」

「わかっておるわかっておる。坊の邪魔はせんから、ゆったり茶でも飲みながら待っていてくれ……さて」


 よくわからない会話が終わり、老人の視線が男からこちらへと移る。

 反射的に身構え結愛の左手を離さないよう強く握り、結愛も握り返す力を強めながら『無銘』を正眼に構える。

 そんな警戒心剥き出しの俺たちへ、老人はゆっくりと声をかけてきた。


「そんなに警戒せんでくれ。ワシはお主と話をしたいだけなのじゃ」

「気配を消して背後を取った癖に話をしたいってのは、流石に無理があるんじゃないか?」

「おー……それはそうだな、すまなんだ。如何せん昔から続けている習慣故、そうそう簡単に抜け落ちるものでもないのじゃよ。許してくれ」


 こうして話していると、不思議と体の力が抜けてくる。

 話し方と言うか雰囲気と言うか、老人から感じる全体的な印象がふわふわしているのが原因だろう。

 それが何かの作戦でないとは言い切れないので、意地と気合で警戒を保ったまま言葉を交わす。


「それはまぁいいとして、初対面の俺に何の用だ? 正直、あの男の相手で今は手一杯なんだ」

「まぁそうじゃろうな。坊は竜人の中でも随一の腕を持っとるしのう。むしろ、人間の身でよく数分でも持ちこたえたものじゃ」


 感心感心と柔らかな笑顔を浮かべる老人だが、褒められたことよりも聞き捨てならないセリフがあった。

 つい今しがた、俺と結愛が対峙していたあの男は竜人。

 つまるところ竜――ドラゴンだ。

 精霊と同等か、それ以上に文献のない種族。

 鋼鉄より硬い鱗を持ち、巨大な体躯に人間以上の知能と魔人よりも高い魔術適正を持っているとされている種族。

 ゲームなどのドラゴンとは違い、人間を襲ったりすることはなく、一部の人間は“現人神”や“世界の守護者”と呼び崇拝するほどの存在。

 有り体に言えば、世界最強の種族。


 飛んでいる姿を見られれば十代先まで安泰とまで言われる存在が目の前に二人――いや、二柱存在しているという現実に興奮することはできない。

 ゲームをしていたのなら、レア且つ最強の存在を目の前にした時は興奮するだろう。

 だが命がかかっている――否、命を狙われているとなれば話は変わる。

 なんでそんな滅茶苦茶レアな存在が二柱もここにいるんだよ! と八つ当たり気味に内心で当たり散らかして、表面上では冷静を装って対話する。


「……で、話を戻すが、俺に、何の用だ?」

「おお、そうじゃった。単刀直入にお願いするが、お主の“恩寵”でわしのことを視てくれんか?」

「……なんだって?」

「聞こえんかったか? お主の“恩寵”で、わしのことを見つめて欲しいんじゃよ」

「……何の意味があるんだ? それ」

「視てくれればわかるよ」


 意地悪そうにニコニコと笑う老人だが、悪意は感じない。

 何かのトラップである可能性も、もちろんある。

 だがどうすべきか迷い、何の気なしに結愛を見た。

 丁度視線が交錯し、一瞬の停滞が生まれる。


「大丈夫だと思う。私から視ても、何か騙そうとしているようには思えない」

「……わかった」


 特に何か意図を持って結愛を見たわけではなかったが、結愛はそう言って俺の背中を押してくれた。

 結愛の太鼓判があるなら大丈夫と、俺は深呼吸を挟んでから、翻訳を発動しつつ、師匠の魔眼と俺の黒目で老人を見つめる。

 これと言って、何かが起こるわけでもない。

 だが俺に見られている老人の瞳が『もっと深く』と語っているように感じたので、その通りに深くまで視る。

 視て、視て、視て、視て、視て。

 ふと視えた、朧げな揺れる何かを捉えた途端、俺の中の何かが呼応した。


「大丈夫?」

「だ、大丈夫」


 握っていた手からその変化が伝わったのか、結愛が心配そうに俺の顔を覗き込む。

 それにしっかりと答えつつ、胸に手を当ててその正体を探る。


「……やはりか」


 探り終える前に、老人は小さく呟いた。

 一連の行動を指示した老人には、全てわかっているのだろう。

 相手が何を解析したのかと言う思考を止めないまま、ダメもとで老人に訊ねてみる。


「何が『やはり』なのか、聞いてもいいか?」

「うむ。お(ぬし)、ハツカ・マキは知っているな?」

「あ、ああ。それが何か?」

「いや。その確認ができただけで大丈夫じゃ」


 質問に答えてもらってないんだけど、という抗議の言葉は、老人が発した生命を殺すほどの圧によって訊ねることすら許されなかった。

 憎悪でもなく、殺意でもなく、ただ己の存在感を明け透けにしただけのそれは、未だ見たことのない重力の魔術でも使われたのかと錯覚するほどに重い。


「お主、名は何と言う?」

「……綾乃葵だ」

「そうか。確か、異世界の民は後ろが名前になるのじゃったな? では葵。この老い先短いワシと、戦ってはくれんか?」

「……正直に言うと、あんたとも、そっちのやつとも戦うつもりはない」

「ふむ? 先程までは命懸けで戦っていたように思うが?」

「あれは話をするための土壌を作ろうと思っていただけだ。本気で殺し合いをしてたのはそいつだけだよ」


 俺の言葉にふむと頷いて、老人は男の方に向き直る。

 ジッと数秒m男を見つめた老人は、再度ふむと頷いた。


「坊はまた話も聞かずに突っ走ったのか?」

「その召喚者は例の魔人側に寝返ったヤツでしたので。世界の敵なら殺しても問題ないだろうと判断したまでです」

「“世界の敵”などではなく坊の――いや、ワシらの種族の恨みだろうに」

「同じことです」

「そうとも言えるがの。まぁでは、ワシと葵の戦いを見て落ち着いてくれ」

「ちょっと待て。戦うなんて言ってないぞ」

「そうは言うがな。ワシと戦わなかろうと坊は葵を襲うぞ?」

「じゃあ尚更あんたと戦ってる場合じゃないだろ。竜を二人相手にして勝てるほど驕っちゃいない」


 竜――もとい竜人は、想像していた以上に強い。

 あの男との対峙も、俺が立てた作戦でどうにかなるかもしれない、という賭けの要素があるものだった。

 確実性のある作戦など今の俺たちには立てることすら出来ないほどに、俺たちと竜人の間に実力差がある。

 まして、竜人を連続で二人相手にするなど、狂気の沙汰でもやりたいとは思わない。


「では、こう言う提案はどうじゃろう? ワシが葵と戦い負けたら、坊には葵を襲わせないと約束する」

「…………できるのか?」

「可能じゃ。いくら思い込みが強くて我を貫く坊とはいえ、ワシの忠言を無視するほどの無能ではないのでな」

「――そうか」


 それが嘘ではないと()()()()()、小さく溜息をついて、男の方へ視線を向けてみる。

 今の老人の言葉に何か抵抗でも見せると思ったが、腕を組み、こちらを睨みつけるように見据えるだけで何の行動も起こさなかった。

 こちらの会話が聞こえてないわけでもないだろう。

 となれば、老人と俺の約束を黙認しているか、あるいは老人と俺の約束などハナから守る気がないかのどちらかだろうか。

 もし後者だった場合は俺たちの人生が終わるわけだが、果たして老人にその保障はできるのか。


「じゃあ、その約束に訂正と追加をお願いしたいんだが、その前に一つ聞いておきたい」

「ふむ?」

「そっちの男が今の約束を守る気があるのかを聞いておきたい」


 顎をしゃくり、男へと視線を集める。

 老人は「そうじゃな」と頷いて、腕を組んだままの男へと向き直った。


「坊。守れるな?」

「……」

「坊?」

「――ハァ…………わかりました。()()()様の言うことですから信じます」

「すまんな、坊。全てが終わったら、葵とも話してみてくれ」

「“老師”ならあの程度の人間、問題ないと思いますがね」

「どうかな。ワシももう老いた。坊を教えていた頃よりもな」


 寂しげに呟いて、老人は男からこちらへ向き直った。


「さて。今のでよいかの?」

「ありがとう。じゃあ本題に入るけど、まず訂正したいのは、男に襲わせないのは俺だけじゃなく、俺の仲間全員にしてくれ」

「構わんよ。なぁ、坊?」


 老人の問いかけに、男は腕を組んだまま渋々と言った様子で頷いた。

 それを確認してから、老人は視線で続きを促してくる。


「じゃあ次。あんたと戦うのは、俺と結愛の二人だ」

「……ふむ」


 俺の言葉を基本的には快諾、あるいは即答で返してきた老人が、初めて間を開けた。

 “思考”が誰にでもわかるくらいにっきりと存在するのがわかる。

 やがて、老人は閉じていた口をゆっくりと開いた。


「そこのお嬢ちゃん。名前は?」


 いつの間にか、こちらを押し潰すようなプレッシャーは消えていた。

 けれど、初めて老人に視線と言葉を向けられたことで、結愛の体は少しだけ強張ったのを感じる。

 大丈夫だと、言葉ではなく手を握ることで教える。

 俺がいるから大丈夫だと、言葉も、視線も交わさずに伝える。


「……結愛です。板垣結愛」

「……そうか」


 ゆっくりと、だがしっかり答えた結愛に、老人は柔らかな笑みを浮かべて頷いた。


「いいだろう。葵と結愛。二人と戦いワシが負ければ、先程の条件通りにすると約束しよう」


 老人はわかりやすく、そう宣言してくれた。

 もしこれで約束が守られなければこちらが負う被害は尋常ではないものになるが、そうはならないだろう。

 確信を持ってそう言える。

 故に、心配すべきは約束が果たされるかどうかではなくその前。

 竜人である目の前の老人をどう倒すか、だ。

 結局のところ、戦う相手が変わっただけで、“竜人”を倒さなければ俺たちの命の保証がないことに変わりはない。


「葵くん、どうするの?」

「……さっきの作戦で行こう」

「わかった」

「シルフ。苦労かけるけど、そのままでお願い」

「こっちは心配しないでいいわ」


 シルフの頼もしい返事に頷いて、俺たちは構える。

 結愛が『無銘』を正眼に構え、俺は結愛の手を握ったまま隣で老人へと視線を向ける。

 俺たちが“やる気”になったのを確認してから、老人はゆっくりと腰を落として構えた。

 右足を前方に体を半身にして、右掌を指先を上にして、腕も伸ばして真っ直ぐ向けてくる。

 左手はやはり掌をこちらへ向けたまま、指先を下に向け左脚の付け根付近に固定している。

 得物を持っていないのとこの構えから察するに、老人の戦い方は徒手格闘だろう。

 男が師匠と口を滑らせていたから、おおよその戦闘スタイルはあの男と同じ。

 しかし、油断はできない。


「では始めようか。マキの両面を継ぐ者たちよ」


 こちらを圧倒するプレッシャーとともに放たれた言葉が、戦闘開始の合図となった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ