第一話 【あっさりとした契約】
召喚者たちを一先ず神聖国に送り、ソフィアたちを王国へと避難させるために再度帝国の土を踏む。
国のトップが敵に寝返ったことで混乱の真っただ中にある現在の帝国では、ほんの数分先に自分の身に何が起こるかはわからない。
とは言え、たった数分――転移による時差を鑑みたところで一時間にも満たない程度の時間で何かが起こるはずもなく、無事にソフィアたちを王国へと避難させられた。
避難前に帝国の現状を聞いてみたが、実力至上主義国家と言うだけあってか帝国軍の大半は既にこの国にいないらしく、首都に限って言えば軍の『ぐ』の字も見当たらないそうだ。
今後、帝国民がどう行動するかは不明だが、有力者には逃げようとするのなら王国は受け入れる準備があると伝えて回ったらしいので、その伝言が周知されれば未だ混乱の最中にいる国民たちの中からも行動をし始める者も現れるだろうとのことだ。
尤も、実力至上主義国家の帝国における有力者とは、イコール実力を持つものであるが故に、ラティーフが対話した有力者は真の意味での有力者足り得ないわけだが。
「すまんな、葵。お前に無理をさせてしまった」
「無理なんて何も。それよりも、お二方には次の大戦でも活躍してもらわなきゃなりません。この調子だと、召喚者の中でまともに戦える人数は、今回の大戦よりも減ると思い――いや、減ります」
「断言か……根拠を聞いても?」
「まず知っての通り、皇帝は裏切った。ラティーフから聞いた話だと、おそらくは帝国軍そのものが寝返ったと言っていいでしょう。すると言わずもがな、味方が減り敵が増えると言う純粋な不利が生じます」
大戦――戦争において、数は大きな力だ。
一人の質も大切な要素ではあるが、よほどずば抜けていない限りは物量で押しつぶせるのは道理と言える。
「次に、俺たちが戦った――あー、十魔神? はおそらく本気ではなかった」
「本当か?」
「間違いなく。俺は天の塔でかなりレベルアップした自覚があったのですが、圧倒できなかった。もちろん、まだ天の塔で得たモノを全開で行使できるわけではないですし、そもそも一対一ならばその限りではないでしょうが、少なくとも今回の大戦と同じ戦力で戦えば、負けるのは俺たちです」
俺の断言に、ラティーフ、アヌベラに両名は唸る。
今回の大戦は、人類の勝利で終わった。
が、快勝だったわけではない。
師匠はこの大戦で命を落としたし、俺は左目と右腕を失った。
俺の知らないところで他にも被害はあっただろう。
圧倒的に、余裕を持って勝利したわけではない大戦。
次に勃発する大戦は間違いなく、今回よりも厳しいものになる。
「召喚者を強くする土台は用意しました。後でラティーフさんたち実力者にも同じことをしてもらうつもりですので、次の大戦で勝つためにもそこは了承しといてください」
「人類の勝利のためならば、むしろこちらから頭を下げてお願いしよう」
いくら召喚者が才能の塊で、きちんと鍛えればラティーフたちよりも強くなれるとは言え、身体も精神もまだ子供だ。
まして精神に至っては、根本的な部分から弱い。
覚悟という面で言えば、この世界の一般人にすら劣るだろう。
例え強化された魔人と渡り合うだけの実力を身につけても、覚悟がなければ意味はない。
もちろん、覚悟だけあっても実力がなければ意味はないが。
「――ソフィアにやってもらいたいことがあるんですが」
「――! はい! 何でしょう?」
俺の言葉に嬉しそうな反応で答えたソフィアは、その表情も声音の通りに何やら嬉しそうだった。
何がそんなに嬉しいのかと少しだけ思考を巡らせるが、それよりも話を前に進めることが優先だと一旦その思考を頭の片隅に追いやる。
「また、使いっ走りみたいなことになるのですが……」
「構いませんよ。私にできることなら何でもします」
「今何でも――ってネタは通用しないな。えー……で、まぁお察しかもしれませんが、治癒魔術のスクロールの作成が主にお願いしたいことです」
「そのくらいならお安い御用です。最近はライラちゃんの成長が著しいので、手伝ってもらえれば前回よりも量産できると思います」
「ありがとうございます。それともう一つ。調べているかもしれませんが、ラティファさんの安否に関してです」
「……はい」
ソフィアの表情に影が差す。
数瞬前の嬉しそうな笑顔は一瞬で消えて、嫌なことを思い出したように沈んだ。
思い出させた張本人が何を言ってるのか、と言われるだろうが、必要なことだと己の行いを正当化する。
「ラティファさんは生きていますよ」
「! 本当ですか?」
「確証があるわけではありません。ですが、確信を持って言えます」
「……理由を、聞いても?」
当然、気になるところはそこだろう。
これが気休めの発言ならば、上げて落とすとか言う最悪の行為だ。
もちろん、冗談でもなければ嘘でもない。
「ラディナが皇帝の娘って言うのは知ってますか?」
「……いいえ、知りませんでした――え、と言うことはまさか――」
「はい、そのまさかです。ラディナは皇帝の娘で――ラティファさんの娘でもあります」
それは即ちソフィアとラディナは叔母と姪の関係で。
ラティファとラディナという一見関わりの薄かった関係が繋がる。
そしてその繋がりは――
「色々とゴタゴタしてて言い忘れてましたが、ラディナは皇帝に付きました」
「えっ……?」
言い忘れていた責任は俺にある。
ラディナと言う人材が相手に迎えられたことによるデメリットは、正直なところかなり大きい。
戦力的な面でもそうだが、それ以上に情報的な面が不味いことになる。
ラディナは俺の側付きで、少なくとも召喚者の実力に関しての知識がある。
それこそが、次の大戦で戦える召喚者の数が減る理由の一つでもある。
だが、今説明するべきはそれではなく。
「ラディナが皇帝側ーー魔人側についた。つまりそこには、それなりの理由があるはずだ」
「……それが、ラティファお姉様であると?」
ソフィアの問いに頷いて肯定する。
もちろん、その確証はない。
ラディナは俺の為に魔人側につくと、そう宣言していた。
実際、皇帝にもそう説明したのだろう。
本心は生憎と視れなかったが、それ以外の理由がないと断言する理由にもならない。
故に、ラディナが魔人側に寝返る理由が他にあるとして、それを考えた時に真っ先に思い浮かぶこと。
「第一王女様が人質に取られている可能性、か」
「その通りです」
ソフィアが言うより早く、ラティーフが深刻そうな表情で答えた。
それに頷き、ソフィアへと視線を向ける。
「ラディナは今まで、無駄なことなんて何一つしてこなかった」
今までそうだったからと言って、これからもそうであるとは限らない。
けれど、推理材料がないのなら、今ある情報ーーつまり今までを参照するしかない。
「もちろん、魔人たちに洗脳されている可能性は捨てきれない。もしそうだったらこの会話は全て無意味だが、それは考えない」
数日前。
中村隼人の側付きによって召喚者の何人かが洗脳されたように。
魔人たちに捕まっていた二月近くの間で洗脳されていないとは言い切れない。
その場合、魔人側に寝返ったラディナとアフィだけが洗脳されて、寝返らなかったソウファが洗脳されていない理由を考えなければならないが、まず洗脳はないと断言する。
「……では洗脳については一旦無視して考えるとして、つまり葵様はラディナを信じているから、ラティファ姉さまが生きていると?」
「はい」
俺の顔を、ラディナはジッと見つめてくる。
表情から俺の真意を見抜こうとしているのか、ただただ無言で真っ直ぐと。
「――ありがとうございます」
嬉しさを滲ませた言葉で感謝を述べて、ラディナは微笑んだ。
決して嘘ではない。
だがそうである確証もない。
魔人側に寝返った理由がラディナの言っていた通りならば、今挙げた推論の全ては無に帰すだろう。
「じゃあ、伝えることも伝えたと思うんで俺は戻ります。お二人は何かありますか?」
「俺は大丈夫だ」
「私も大丈夫ですね」
ラティーフとアヌベラに最終確認を取ってから、王様によろしくお願いしますとだけ伝えて、神聖国へと転移した。
* * * * * * * * * *
「――っと」
最初こそ転移に若干のラグのようなものを感じていたが、ここ最近で何度も使っていたことで、そのラグも失われつつある。
まだ地面に直接着地ができないが、それもいずれはできるようになるだろう。
練度を上げるには、質も大事が量も必要だなと再確認しつつ、先にこちらへ送っていた召喚者たちと合流するために首都カノンを歩く。
魔人の襲来により壊滅した首都カノンだが、今はどんどんと復興が進んでいる。
あちらこちらに飛散していた瓦礫はもうほとんどが撤去され、住居を失った住民たちの仮住居が点在している。
土魔術によりガラスのない窓があるだけの箱だが、仮住居としては雨風を凌げるだけで役割を果たしていると言えるだろう。
魔術による元の世界よりも早い復興を目の当たりにして、ここが異世界であることを改めて実感しつつ、精霊の森へと寄り道せずに向かう。
急ぐ必要があるわけではないが、慣れの為に精霊の森がある南へと転移する。
「おっ、完璧じゃん」
「――主様!」
おおよその座標を設定して転移をしたところ、湖の畔に着地できた。
魔力枯渇ギリギリではあったが、俺の魔力の回復速度ならあまり気にならない程度だろうと視線を上げたところで、俺に気が付いたソウファが駆け寄ってきた。
「ただいま。どう? 精霊には会えた」
「おかえりなさい! 皆さん色々と試しているようですが、精霊さんにはまだ会えてないです……」
申し訳なさそうに俯くソウファの頭を撫でながら、視線を辺りへと散らす。
仲の良い人たちで固まっているのか、幾つかのグループに分かれた状態で方々へと散って精霊との交信を試みているらしい。
全ては精霊の気紛れで決まる精霊との契約に、決まっている手順などは存在しない。
自分のやりたいようにできる一方で、簡単には契約ができないということでもあるのだが、そればっかりは俺がどうこうできる問題でもない。
「戻ったのか、綾乃葵」
「たった今な。それより、勇者の精霊に他の精霊との取り次ぎとかお願いできないのか?」
「できないことはないっぽいな。ただオレの精霊は水と土の系統を得意としている精霊でな。呼び掛けるとその系統の精霊が主になるし、属性とか性格とか諸々、相性の合わない術者と契約しても意味はないそうで、精霊が気紛れで見つけてくれるのを待った方がいいそうだ」
「そういうものなのか。ちなみにその二柱の精霊は今ここにいるのか?」
「二人には町の復興を手伝ってもらっているから、ここにはいないよ。呼ぶかい?」
「いや、大丈夫だ。それより、結愛はどこにいる?」
魔人の襲来で危うく命を落としかけ、持っていた切り札で一命を取り留めた結愛は、首都の復興が始まってからすぐに目を覚ました。
おおよそ一日ほど眠っていた結愛はすっかり元気になったようで、心底安心したことを覚えている。
ただ、魔人の手によって自分が死にかけたこと、俺に助けてもらったこと、それらはしっかりと覚えていたようで、精神的に非常に不安定になっていた。
そこは大地さんと真衣さん勇者の仲間のフォローがあって持ち直したが、結愛の性格なら表面上はそう見えなくともしばらくは引き摺るだろうことは容易く予想できる。
たが、そのフォローをできる立ち位置に俺はいない。
だから、大地さんと真衣さんと勇者の仲間にフォローを任せ、俺は俺にしかできないことをやって回っていた。
結愛のことを疎かにしているわけではないが、状況だけ見ればそう取られてもおかしくない。
時間的にも丁度いい塩梅になっただろうし、これからは結愛とともに行動できる機会も増えるはずなので、早速実践しようと勇者に結愛の居場所を尋ねた。
「結愛なら召喚者たちに掴まってたな。今頃、一緒に精霊を探しつつ元の世界の話で盛り上がっているんじゃないか?」
丁寧に俺の質問に答えてくれる勇者だが、俺の意識は既にそこにはなかった。
発現の途中で即座に“魔力探査”を展開し、結愛の魔力反応を探る。
ものの一秒足らずで結愛の場所を把握した俺は、探査のおかげでより枯渇気味になった魔力を総動員し、“身体強化”を施して結愛の元へと直進する。
魔素や魔力が元であり生命源である精霊がいるこの森で、周囲の魔素を吸い取り己が魔力とする“鬼闘法”を使わないだけの理性があることを認識して逸る気持ちを抑える。
湖を挟むようにしてほぼ対角線上にいた結愛の元へ一分足らずで駆けつけると、結愛は超特急でこの場に赴いた俺のことをキョトンと眺め、結愛と一緒に精霊を探していたであろう小野さんと二宮、佐伯さんと木村さんがゆっくりとこちらを振り向いた。
「あ、綾乃くん。ソフィアさんたちどうだった?」
未だに、結愛が俺のことを忘れているという事実をクラスメイトに隠そうとしているのかはわからない。
わからないが、何となく俺はそうしたいと思っている。
その為には、俺が来るまでにどんな会話がされていたのかを知る必要があるが、生憎と過去は遡れない。
心を読めても、こと今に限って言えば意味はない。
つまり、これからの会話で何を話していたのかを探らねばならないと言うことだ。
他人との駆け引きと言う得意分野でも何でもないそれを実行できるのか、と言う不安を抱えながら、それらを瞬時に思考して小野さんとの会話へと意識を戻す。
「――問題はなかったよ。ちゃんと王国まで送ってきた」
「それはよかった」
「綾乃くんって意外と働き者だよねぇ」
「うん。意外だった」
佐伯さんが独特な語尾を伸ばしながら俺を褒め、木村さんが短くそれに同意する。
それに困った笑顔で答えながら、頭では会話から色々なパターンを想定し思考する。
「生徒会ではいつもそれくらい働いてたよ――と言うよりは、結愛会長に働かされてた、かな」
視線を上へと向けながら、思い返すように小野さんが言った。
それを聞いた二宮、佐伯さん、木村さんの三名は、仲睦まじく笑った。
いつもなら、そんなことはないよと否定でもしていた場面だろうが、俺が会話を探るより早く過去の結愛との話題を出された。
結愛がその発言に違和感を持てば、会話ができる距離にいる全員が疑問を抱くだろう。
誰もそれを掘り下げなければ俺の目的は達成できるが、掘り下げないという確証はない。
何かいい手はないかと今までにないくらいの速度で思考する俺より早く、結愛が口を開いた。
「そんなことないわ。私は誰でも平等に仕事を与えていたもの」
「えー、そうでしたかー? 私の仕事も綾乃くんにやれって言ってたような気がしますけどー?」
「それは日菜ちゃんの気のせいよ。さ、そんなことより早く、精霊と会いましょ? このままじゃ日が暮れちゃうわ」
そう言うや、結愛はスタスタと湖の外周を沿うように歩いていく。
小野さんたちはそんな結愛を見てフフッと微笑むと、すぐに後ろをついていく。
その様を最後尾で眺めながら、今起こった出来事を整理する。
元の世界の俺との話題を出された結愛は、それに対して的確な答えを出していた。
記憶があるかのように違和感なく、だ。
いや、そもそも――
「結愛の記憶から抜けてるのは俺だけ、なのか?」
今まで確認してこなかったし、俺が忘れられているという事実が重大すぎて確認すらも忘れていたが、どうやら今言ったことは事実である可能性が高いらしい。
小野さんのことを『日菜ちゃん』と呼んでいたことからも、おそらくそれは正しいのだろう。
もしかしたら、久しぶりに会って呼び名を忘れたからとかなんとか理由をつけて擦り合わせた上での『日菜ちゃん』かもしれないが。
ともあれ、まだ結愛が俺のことを忘れていることはバレていないらしい。
そもそもバレているのなら、小野さんたちからもう少し俺に配慮とか遠慮とか、そう言う類の感情が見えてもおかしくないはずだ。
「――ねぇ」
「――ッ!」
そう結論付けて、頭を切り替え、結愛の後を追おうと一歩を踏み出した瞬間、背後から呼び止められた。
そう、背後から。
“魔力感知”で常に全方位を把握しているはずの俺の背後から、気取られずに声をかけられる存在。
つまりは“格上”。
前に跳び、アルトメナから汎用性の高い“魔術喰”の名を冠する刀へと変えてながら『無銘』を取り出し構える。
魔力で気配を気取れない以上、五感しか頼れない。
“身体強化”で視覚能力を向上させて、場合によっては“鬼闘法”を行使することも辞さない覚悟を決める。
しかし、視線を向けた先には誰もいなかった。
この一瞬で背後を取られた可能性も考慮し、次に声がした瞬間にそちらへと刃を振るうと、構えたまま全神経を集中させる。
「そんなに警戒しなくてもいいよ。私はただ、あなたに聞きたいことがあるだけだから」
臨戦態勢を整える俺に対し、声の主はのんびりと俺に言った。
声の出所。
森の中とは言え、ある程度は音源がわかるはずだと思っていたが、それは相も変わらず背後――振り向いた今は真正面――から聞える。
姿が見えないのは魔術か、あるいはそういう恩寵なのかと思考を巡らせながら、対策を幾つか思い浮かべる。
「……君の左目なら、私が見えるんじゃない?」
呆れたように、声の主はトーンを下げていった。
確かに、“見えないものを視る”師匠の魔眼であれば、透明な声の主を視認することはできるかもしれない。
だが、それを相手側から提示するメリットがわからない。
「面倒だね、君。初代勇者と繋がりがある、って言ったらいい?」
何かの策か、と警戒するが、それも見透かされたのか声の主はそう呟いた。
先ほどよりも濃く呆れの感情を込めた発言に、何かを間違えているような気持ちになる。
尤も、これが相手の策でないという保証はないので、どうすべきか迷っていると声の主は小さく溜息をついた。
「もういい。真希に似て頑固なのね」
声が聞こえた瞬間、目の前が淡く光り出す。
黄緑のような薄緑のような淡い光が、周辺の森を照らす。
同時、緩やかな風が光を中心に渦巻いて、森の木々を揺らした。
警戒を強め、目の前を見据える俺の前に、光の中から小人が現れる。
俺の想像と違わない見た目を持つ、しかしこの場においては全く以って想像もしていなかった存在。
「初めまして。歓迎するわ、真希の継承者」
「――精霊……?」
片手で握り潰せそうな小さい体を持つ目の前の存在を前に、俺はなぜか気圧された。
おそらくは害意も敵意もない。
けれど、動けば何かしらの被害を被ると、直感が告げている。
その小ささからは想像もできないほどの圧倒的な存在感。
強者のプレッシャーが、魔の前の精霊からは感じ取れた。
「初めて精霊と会ったみたいな顔してるけど、あなたウィンディとノームの二人と接点があるんじゃないの?」
「……察するに水と土の精霊のことだよな? 生憎と、精霊を右目で見たいことがないんでね」
「なるほど。あの二人は契約者以外に姿を見せていないのね」
視線を他所へやって、面倒なことをするわ、と呟いてから改めて目の前の精霊はこちらに向き直る。
切れ長で、全てを見透かすような薄緑の瞳で俺を見据えて腕を組む。
「あなた、真希とは会った?」
「……会ったには会った。が、それが本人かどうかはわからない」
「真希の残した記憶と会ったってことね。天の塔にも行っているみたいだし……都合がいいわね」
こちらの一の発言から十を理解するかの如く、精霊は一人で会話をポンポンと進めていく。
会話で、しかもその会話の当事者であるはずなのに、なぜか蚊帳の外に置かれている気分を味わう。
そんな俺の気持ちを理解する気もないのか、精霊は頷いて『いいわ』と前置きする。
「真希の遺志を継ぐ覚悟は、あなたにあるのかしら?」
「……あそこまで知った以上、無視するなんてできないし、するつもりも毛頭ない」
俺の答えを聞いて、精霊は『ふーん』と呟く。
どういう感情が込められたのかがイマイチ分かり辛い『ふーん』だが、その真意を読んでいる暇はないだろう。
もし目の前の精霊が気を悪くして対話ではなく対決を挑んでくるのなら、俺は全力で挑まなければならない。
転移の多用でただでさえ魔力が枯渇し戦闘能力が半減している今、余力を無駄なことに割いている暇はない。
そんな思考を他所に、精霊は緩慢な動きで首を動かし、辺りを見回す。
そして最後に俺へと視線を戻し、小さく息を吐いた。
「まぁいいわ。どうせ、あなたが最後のチャンスだし」
「もっと言い方ってもんがあるだろ」
思わずツッコみを入れてしまったが、精霊は気にした様子もなさそうだ。
透けている羽を動かしもせずに空中を移動して、俺の眼前までやってきた。
「私は風の精霊。名前はシルフよ。あなたは?」
「綾乃葵だ」
「そう、じゃあアオって呼ばせてもらうわ」
「……まぁいいけど。俺はお前をなんて呼べばいい?」
「シルフでいいわ。真希を助けるまで、一先ずよろしくね。アオ」
「ああ。まぁよろしく――って待て。もしかして今の契約か?」
「勿論よ。あなたには真希の為に生きててもらわなくちゃならないもの。私が守るのは当然でしょ」
「マジか……」
召喚者のみんなが一時間はかけたであろう精霊との邂逅と、あまつさえその契約を結んだなんて知られたら、またやっかみが増えるかもしれない。
最近でこそようやくダイレクトに負の感情をぶつけられることがなくなったのに、と悪態の一つでも付きたかったが、ここで精霊――もといシルフにそれをぶつけても意味はない。
大人しく溜息一つで我慢して、先へと進んでしまっているであろう結愛たちの元に、精霊を引き連れて向かった。