【準備の準備】
ゾロゾロと、召喚者で構成された長蛇の列を引き連れて、俺は王城を闊歩する。
「……」
いや。
この状況を“闊歩”と言うには、些か傲慢が過ぎるだろう。
謙虚やら粛々とやらの方が適している。
尤も、その意味合いすら適さないほどに、今に俺は居心地が悪い。
それはなぜか。
そんなものは決まっている。
数瞬前の俺の発言を思い出してみれば、言わずともわかるだろう。
『――皆の覚悟、しかと見させてもらった』
いや誰だよお前! とほんの数分前の己にツッコミを入れてしまうほどに、自分のものでない発言。
ならば誰かの真似をしたのかと言われれば思い当たる節はなく、考えられるとすればアニメやら漫画やらのセリフを切って繋いだようなもの。
ここが異世界で、何やら“それらしい雰囲気”だったが故に、口をついて出てしまった言葉。
その言葉に、主に心がダメージを受けている。
俗に言う“厨二病”を彷彿とさせる言動が、無言でこの集団を引き連れている理由だ。
なぜ誰も、何も話さないのか。
他愛無い雑談でもこれからどこへ向かうのかと言う不安でも毎度急に来ては自分勝手に場を掻き乱して意思など関係なしに強引に手を引いていく俺への不満とか。
「……ねぇ、綾乃くん」
「ん、なに?」
むしろそう言うネガティブな意見があればそっちに意識を向けられたのに、と八つ当たり気味に胸の内でボヤいた矢先、すぐ後ろをついてきていた小野さんが話しかけてくれた。
よもや俺の心を読んだわけではあるまいな、とも思ったが、表情的にそんな風には感じられなかったのでスルー。
無駄話に花を咲かせてもいいところだが、生憎とそんな間柄でもないため、即座に本題へと移る。
「私たちを連れてどこに行くの?」
「えっと、次の大戦を勝利で終わらせるためにも、さっき言ったようにみんなには強くなってもらわなくちゃならない。瞬発的な強さではなく、地力の面での強さをね」
「それ、前みたいに俺たちにくれた銃じゃダメなのか?」
俺と小野さんの会話に割り込んできたのは、意外と言うほど意外でもなかった工藤幸聖。
睨むとも、観察するとも取れるような鋭い目つきで俺を見据えている。
工藤の言う通り、使いこなせる前提であれば銃と言う武器は物凄く強力だ。
この世界の魔術的な要素も相まって、地球では漫画やアニメなどの“現実に存在しない武器”の印象の強い電磁投射砲や電磁加速砲――言い換えるなら、超電磁砲が有名な言葉として存在するレールガンも、比較的簡単に作れる。
「ダメってわけじゃない。縛りを解禁した以上、工場なんかを作って生産ラインを確立すれば、銃の量産も夢じゃないはずだ」
「その言い方だと、それじゃダメみたいに聞こえるぞ」
不満というわけではなく、率直な感想だろう。
工藤にそう言われ、『ダメじゃない』と言っているのにどちらかと聞かれれば『ダメ』寄りの思考をしていることに気がつく。
「そうだな、うん。ダメってわけじゃないけど、良くないとは思ってるかもしれない」
「理由は?」
「んーと……超っ絶、個人的な理由だけどいい?」
「いや、まぁ、責めようとしてるわけじゃないし……」
工藤はそう言って、間接的に俺の発言を許可した。
それに甘えて、自論を述べる。
「銃は確かに強力だよ。だけどそもそもの話、銃は武器であって地力の強化にはならないってのが一つ。次に、俺らの世界での歴史では、銃と言う存在は戦争を加速させた。この世界には魔術がるとはいえ、それは才能ありきの武器だと思ってる。そこに才能がなくとも扱える武器があれば、この世界を悪い方向へと向かせていく気がしてならないってのが一つ。次は……いや、次はないな。その二つが理由だね」
銃が主流になった戦争がいつからなのか、という話を詳しくは知らない。
けれど、銃と言う存在は戦争の隣にあると言っても過言ではないくらいに印象が強い。
そんな代物を俺たちの意思でこの世界に広めてしまうのは、なんとなく嫌だ。
一度銃を使って大戦を行ってしまった以上もう手遅れかもしれないが、“これ以上”をなくすための行動としては有効だと思いたい。
それにこれも今更だろうが、初代勇者が“呪い”として禁止していたものを普及させたくはない。
「――手遅れな気がしてならない」
「これまではともかく、今後はわからないだろ」
自分の思考への呟きに、工藤が反応した。
態度と言葉遣いは優しくないが、かけてくれた言葉は俺のことを慮ってくれているものだとわかる。
あまり仲の良くない相手を気遣ってくれる辺り、工藤の心根が現れているように思う。
「じゃあそれで、俺らの地力を鍛えるためにどこに行くんだ?」
「精霊の森って知ってる?」
「神聖国の南側にある湖を囲んでる森のことだよね?」
「そう。で、そこにいる精霊と契約してもらう」
「えっ……」
俺の考えていた今後の行動を聞かれたとおりに答えたが、一番近くで聞いていた小野さんが驚きの声を上げた。
歩みは止めずに、小野さんへと視線を向ける。
「えっと、精霊との契約ってかなり難しいんじゃないの……? 昔の時代から通して、精霊術師って数えられるくらいしかいないって読んだけど……」
「その通りだよ。精霊と契約して精霊術師となった人物は数えられるくらいしかいない。まぁ有名にならなきゃ認知すらされないから実際はもっと居たかもしれないけど」
「それじゃあ、結局私たちの地力の強化にならないんじゃない……?」
不安そうにしている小野さんだが、その気持ちはわからないでもない。
精霊との契約の難易度は、文献で読んだ程度の知識があればわかる。
少なくとも、俺と小野さんの二人が本で読んだ知識からそう考えているので、的外れということはないだろう。
ただし、それをわかった上で意味の薄いことをさせるほど、俺は余裕のある人間ではない。
「精霊って言ったけど、契約できればともかくできなければ意味はない。だからそれは“あわよくば”程度のオマケで、実戦での訓練が本来の目的だよ」
「実戦での訓練……って、誰かと戦うってこと?」
「そう。地力を鍛えるためには一番手っ取り早くて確実な方法だからね。自論だけど」
「人と、戦うってこと?」
神聖国の精霊の森へと行くのは、言った通り本当にオマケでしかない。
本命は神聖国よりも連合国からの方が近い、人っ子一人立ち入れなかった神域への入り口。
「天の塔で、文字通り対人戦を行ってもらう」
「て、天の塔? 天の塔ってあれだよね? 初代勇者が挑んだって言われてるけど、五千年経った今も見つかってないっていう、あの天の塔?」
「そう。訳あって誰にも認知できなくなってただけで、実際はずっとそこにあったんだ。まぁと言っても、最初は塔付近の広場で互いに戦ってもらうのが最初だけどね」
天の塔にいる天使たちに挑むのはまだ早計だ。
挑むだけならご自由にだし、天使たちはおそらく挑戦者の命を奪いはしないだろうが、攻略失敗で試練の報酬――天恵を永遠にもらえなくなるという可能性はある。
何度でも挑戦できるならまだしも、その保障はない。
ともあれ天使と言う強敵と戦えるなら、そのチャンスを最大に活かせるだけの実力をつけてからの方がより効率的だし実践的だ。
「え、っとつまり……綾乃くんは、天の塔に行ったってこと?」
「うん。まぁなんか色々偶然が重なって行けちゃったが正しいんだろうけど」
実力百パーセントで天の塔へ到達した、と自慢できるほどの豪胆さは持ち合わせていない。
連合国での内乱と道途中にいた竜の存在による進路変更がなければ、塔付近に張られた結界に違和感すら抱けなかった。
更に言うのなら、初代勇者との不思議な縁がなければ塔の開放もできなかっただろう。
「詳しいことは向こうについてから話すよ」
「そ、そうだね。あでも、神聖国には結愛会長がいるんだよね?」
「……いるよ」
唐突に結愛のことを話題に出され、返答に一瞬の間が空いてしまった。
そこをツッコまれなかったのでよかったが、結愛に会えば俺が隠そうとしたことの意味がなくなってしまう。
そもそも、なぜ俺は結愛が俺のことを忘れていることを隠そうとしているのだろうか。
「お待ちしておりました」
その疑問に答えが出ないまま、目的地である帝国の訓練場に到着してしまった。
王国のものよりも大きく広い訓練場は閑散としており、木材でできている床には何やら巨大な魔術陣が敷かれて――否、描かれている。
その入り口で、準備を頼んでいたソフィアが柔らかな笑みで出迎えてくれた。
あの一件以来あまり会話もできていなかったが、何度か話していた印象は明るくなっているように思う。
尤も、仲がとっても良かったとは口が裂けても言えない程度の間柄なので、そう思う程度に留めておく。
「葵様?」
「んっや、何でもない。頼んでいたことは?」
「準備は完了しています。何時でも行けますよ」
「そっか。ありがとう、ソフィアさん」
いえ、と優しく微笑んで、ソフィアは脇に避ける。
召喚者の通り道を確保してからその道を手で誘導する辺り、王女と言うよりは侍女の振る舞いのように見える。
召喚者の位は取り決めで国の二番目だと定められているので、王女のこの態度は決しておかしなものでもないはずなのだが、やはり“王女”という位の人間が下手に出ていることには違和感しか覚えない。
これが取り決めに乗っ取った理性的な行動なのか、あるいは虐められていた経験からくる本能的な行動なのかはわからないが、後者なら治していくのは難しいように思う。
ソフィアは俺のように開き直ることができる性格には思わないので、もしその時はその一端を担った責任を取って精神的な治療の手伝いはしようと心に決めて、今は次の行動へ移る。
「ラティーフさんへの伝言、お願いします」
「はい。葵様もお達者で」
ソフィアの言葉に頷いて、召喚者へと向き直る。
ソフィアの誘導で魔術陣の中へと足を運んだ召喚者たちは、困惑と不安を混ぜたような落ち着かない表情と態度で立っている。
「今からみんなを神聖国に転移させる。ただ俺の魔力じゃ俺一人を転移させるのが精一杯だから、足りない魔力をみんなから貰おうと思う。この魔術陣はその為のもので、ソフィアさんに無理言って用意してもらった」
俺の言葉でソフィアに視線が集まり、視線を集めたソフィアはにこりと微笑んだ。
それが自分に向けられていたものであれば惚れてしまいそうなくらいの可愛らしい笑みを横目でチラリと見てから、説明をの続きを行う。
「魔力は魔術陣が勝手に吸うから、みんなは何もする必要はない。一応、魔力切れで倒れないくらいの量を吸い取るはずだけど……まぁみんなの魔力量は俺よりも多いだろうから気にすることでもないよ」
説明を受けても完全に安心はできないだろうが、それでも今は納得してもらうしかない。
天恵で魔力総量が上がっても、元の俺の魔力総量などたかが知れている。
もしここで断られれば、俺の考えた作戦が根底から覆されてしまう。
が、そんな心配は杞憂だったようで、ほとんど全員は不安そうな表情を崩さなかったが、誰一人として文句を言うことも、魔術陣から出ていくこともなかった。
「説明が終わったら戻ってきます」
「急ぐ必要はありませんので、葵様のやりたいことをしてくださいね」
「はい」
最後にソフィアにそう言って、俺は魔術陣に魔力を注いで魔術陣の上に立っている召喚者たちから魔力を吸い上げる。
それを魔術陣に作られた一時的に魔力を補完していく路へと溜めながら、少しだけ帝国の情勢を考える。
皇帝が裏切った帝国は、今は不安定な状況にある。
今いる首都に限って言えば暴動などは起きていないようだが、今後もそうであるとは限らない。
不安に駆られた人間が何を仕出かすかなんてのは、予想できないことの方が多い。
ラティーフ、アヌベラの王国のトップツーがいるから戦力的な不安は薄いが、逆を言えばそれを突破されればソフィアの身の安全は保障できない。
ソフィアがサポートに回れば、ただでさえレベルの高いラティーフとアヌベラコンビを突破するのは難しいだろうが、やはり確実ではない。
まして、この国は裏切り者が継いだ国だ。
皇帝が戴冠してから十年と少ししか経っていないが、その十年でこの国に何らかの仕掛けを組み込まれていても何も不思議ではない。
だからこそ、大事な人材はとっとと危険域から脱出させておくべきだと思っている。
「じゃあ、行ってきます」
「はい。いってらっしゃいませ」
丁寧に腰を折って、ソフィアは俺たちを送りだす。
それを視界に捉えてから、俺は師匠から継いだ“空間魔術”を行使して、俺ごと召喚者全員を神聖国へと転移させた。