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姉の為に。  作者: たかだひろき
第六章 幕間
106/202

【朗報と凶報】




「生徒会長が見つかった!?」

「本当なんですか?」


 三十人近い人間が一堂に会する部屋に、驚きの声が響いた。

 その場にいた人たちの気持ちを代弁する声に、驚きの情報を齎した張本人であるラティーフは頷く。


「本当だ。ついさっき、神聖国の教皇から連絡があった。人伝ではなく自ら目撃した情報だそうだから、まず正しい情報だと考えていいだろう」


 教皇という人物がどういった人間かは知らない。

 けれどラティーフが嘘をつかない人間だと言うのが半年程度の付き合いでわかっているからこそ、その言葉は召喚者にとって信用に足るものだった。


「しかし、教皇様は会長の顔をご存じなのですか?」

「ああ。葵の情報を元に似顔絵を描いて、それを各国に回してある。教皇ともなれば、一度見た顔は忘れないだろう」


 当たり前の疑問を口にした龍之介は納得の表情を見せた。

 そして同時に、安堵の溜息をつく。

 この世界に召喚された唯一の大人として、教え子ではないものの守るべき生徒の一人である優秀な少女の安否はずっと気がかりとして心に残っていた。

 大戦という召喚された目的を達成してもなお、ずっと心に残っていた不安。

 その報告を諦めかけていたからこそ、その生存の報せを聞いて心の底から安堵できた。


「綾乃は?」

「既に神聖国へと発っている。だから龍之介たちは王国で待っていてくれ。彼女の保護が完了次第、元の世界への帰還を行う」


 ラティーフの言葉を聞いて、その場にいた誰もが喜びの笑みを浮かべる。

 召喚者が暮らしていた日本という国は、昔に比べれば多少治安は悪くなっていた。

 それでも一学生でしかない翔たちは、命の危険に侵されることなく暮らしてこられた。

 治安が悪くなったと言っても所詮はその程度の差でしかない。

 しかしこの世界に召喚され、望まぬ形で命を張らざるを得なくなった。

 治安が良いとか悪いとか、それ以前の問題だったのだ。

 それがようやく終わりを告げる。

 召喚当時は雲を掴むような遠い未来のことだと思っていたことが、手の届くところまで来ている。

 その事実が、召喚者たちに歓喜を齎した。


「あ、でも、魔王軍に囚われている“転移者”? の方々はどうするんですか?」


 思い返したように、幸聖は疑問を口にした。

 “転移者”とは、この場にいる召喚者とは違い召喚でこの世界に喚ばれた人ではなく、何らかの事故に巻き込まれこの世界に来てしまった人のことを指す。

 要は意図してこの世界に喚ばれたかそうでないかの違いしかない。

 そんな転移者は、召喚者と同じ世界(ちきゅう)からこの世界へと来ている。

 国こそ違うようだが、それでも同じ世界(ちきゅう)への帰還を目的とするのなら、同時に送ってしまうのが楽でいいはずだ。

 何度もポンポンと帰還に費やせるわけではないと聞かされているからこそ、その疑問が湧く。


「本当なら同時に帰してやりたい。が、それはできない」

「必要になる魔力量から考えると、一度に送れる人数に制限ができてしまうからですか?」


 人を別の場所へ転移させるとなると、多大な魔力が必要になる。

 それはこの世界で魔術というものを習った召喚者ならば誰でもわかっていることだ。

 各国の魔術師の九割近くを動員して三十人近い人数の人間を召喚した前例から考えて、倍近い人数になるととても一度の魔術起動で賄いきれなくなる。

 それを瞬時に理解した日菜子が疑問という体で回答を提示する。


「それもある。行方不明という実例を出している以上、慎重になるのは当然だろう」

「ならば、足りない魔力分を私たちから補うというのは? それなら人数が倍になっても足りないことはないのでは?」

「理論上はそうだな。でもそれはできない」

「なぜ?」

「召喚者である日菜子たちから魔力を徴収すれば確かに事足りる。しかし転移場所の微調整は俺たちにはできない。召喚時の逆算から惑星の位置までは把握できても、お前たちを還した先が元の世界の見知らぬ土地である可能性も捨てきれない。その微調整は――」

「私たちにしかできない、と」


 ラティーフが頷く。

 確かに、納得できる意見だ。

 還された場所がたとえどこであれ日本に辿り着ける自信はあるが、そうなれば厄介なことになるのに変わりはない。

 半年以上も一クラスの人間全員が行方不明になっているのだから今更かもしれないが、面倒ごとをわざわざ増やす必要もない。

 問題は――


「――微調整(そんなこと)ってできるんですかね?」

「召喚と転移は似て異なるものだと言うのが俺たちの見解だ。俺たちは実際に召喚されたことがないから確かめようはないが、召喚と転移、そのどちらも体験したやつもいるだろう。どうだ? 違いはあったか?」


 唐突に体験談を問われても、すぐには答えられない。

 そんなことは百も承知なのか、すぐにラティーフは気にしないでくれと前言撤回する。


「たとえそこがネックにならずとも別の問題が浮上する。どのみち、一緒に送ってやることはできない」

「別の問題?」

「ああ。彼ら転移者は、帝国で匿われている人間が全てではない。この世界に来てから体調不良を訴え、治療に当たっている人間がまだ魔王軍(あちら)側に取り残されている」


 衝撃のカミングアウトに、召喚者の誰もが唖然とする。

 それは即ち、召喚者が目指していた全員での帰還を転移者は物理的に叶えられないという宣告に他ならないのだから。


「……どうするおつもりですか?」

「どうも何も、話が通じる相手でもないし、そもそも会話ができん。取り戻しに行くしかないだろう」

「魔王の元へと攻めるということですか?」

「そうなるな。と言っても、もう魔王はいない。主力も潰せた。海遊龍の機嫌を損ねずに海を渡る術さえ手に入れられれば、問題はないだろう」

「それが難しいんですよね」


 人間が覇権を握る大陸と魔人が覇権を握る大陸の間には大きな海がある。

 その大海を棲家にしているのが海遊龍。

 世界の調停者であり守護者。

 一部では現人神と呼称され信仰される三大龍人の内の一つ。

 そんな最強種族の一つが棲家としている海を越えるのは至難だ。

 それを知っているからこそ、ラティーフは肩を竦める。


「魔人が大戦の度に海を越えていることから何かの渡航手段はあるんでしょうけど」

「それが簡単にわかるのなら苦労しないさ」


 わかっていれば大戦の度に魔王軍を待つのではなく、人間側から攻めるという作戦も立案可能となる。

 というか、魔王の成長をわざわざ待つよりも、そちらの方が明らかに効率的と言える。

 魔人が暮らす大陸の地理、環境と言ったものが推測の域を出ない上、不利になる可能性も捨てきれないが、魔王が完全に成長し切るよりはマシと言える。

 尤も、その作戦を実行に移せない以上は机上の空論でしかないのだが。


「ま、そのことはこちらで考える。お前たちはもうすぐ訪れる帰還のことと、その後のことを考えておいてくれ」


 伝えたいことは以上だと告げて、ラティーフは部屋を出ていく。

 仲のいい友人同士が顔を見合わせ、呆気に取られた顔で呆気に取られた顔を見つめ合う。

 部屋に沈黙が落ちる。


「うぉっしゃああああああ!!」

「やっと帰れる!!!」


 次の瞬間、爆発的な歓喜が部屋に轟いた。

 手を取り合い、抱き合い、中には異性を抱えてくるくると回りだす輩まで現れた。

 口々に違う言葉が部屋に飛び交う。

 そのどれもが歓喜に満ちている。

 待ち望んだ未来。

 先ほどの歓喜の数倍の歓声が、召喚者たちの気持ちをありありと表している。


「ようやく帰れるな」


 つい先ほどまで佐伯雪菜とはしゃいでいた翔が日菜子の元に寄ってそう呟いた。

 そちらを見てみれば、一番仲の良い木村舞と手を取り合ってはしゃいでいる。

 召喚者にとって、地球への――日本への帰還はそれほどまでに喜ばしいことなのだ。

 もちろん、それは日菜子にとっても変わらない。


「うん。やっと、お母さんとお父さんに会えるんだ」

「特に怪我なんかもせずによかった」


 そう言葉にした翔の表情は、喜びよりも安堵が大きく表れていた。

 表情の――心の内側を察せる唯一の立場にいる日菜子は、少しだけ寂しそうな顔をした。

 いつまでも過去(むかし)に囚われて、今を――未来を捨てている。


「綾乃くんと重ねちゃったのかな……」

「何か言った?」


 小さく呟いた声ははっきりと聞き取れなかったようで、首を傾げて訊ねてくる。

 おそらく無意識的に、だが確かに己に刻まれた罪悪感が、勝手にその生き方を強要している。

 きっかけがない限り、永遠に変わることのない呪縛。

 そのきっかけを、当事者である日菜子では作れない。


「ううん。なんでもない」


 罪悪感と責任を抱えた加害者に、被害者が何を言っても無意味。

 いや、意味がないことはないが、少なくとも二宮翔という一個人に関して言えば意味を為さない。

 だから笑って誤魔化した。


「帰ってからのこと考えなきゃね」


 日菜子の言葉に、翔はゆっくりと頷いた。






 * * * * * * * * * *






「説明は?」

「してきた。扉を隔てても聞こえるくらいに喜んでた」

「私たちが強要したことからようやく解き放たれるんだ。当然だろう」

「だな。お前こそどうだ? 陛下にはきちんと伝えられたか?」

「抜かりない。これから俺は送還魔術の構築に王国へと戻るが――」

「俺は召喚者たちを連れていく。とはいえ一週間くらいはゆっくりさせてやりたい。まだ転移者たちがどうするかも決めていないしな」

「わかった。では一足先に戻らせてもらう。あ、そうだ。王女(ソフィア)様が()()()と会えなくて寂しがってたから、出来るなら話を聞いてやって欲しい」

「了解した」


 アヌベラは立ち上がり、何も言わずに部屋を出ていった。

 ここで何も言わないのは、純粋にラティーフを信頼しているからだ。

 何も言わずとも、やるべきことを為してくれると知っているからこそ、無言で後を任せられる。


「さて、んじゃま、俺もやるべきことをやりますかね」


 アヌベラへの報告は終えた。

 と言っても、召喚者の護衛兼大戦の立役者、功労者として帝国で開かれたパーティーに招かれたという立場であるラティーフが背負う義務はない。

 ないが、個人的に動きたいことはある。


「まずは……ドミニクに葵の話を話しておくか」


 今日のお昼。

 昼食を共にした葵から聞かされた、使われている様子のない水路に関する依頼。

 一から十まで全てが謎だったと、魔王をも倒した綾乃葵という人物が不気味がっていた一件だ。

 尤も、魔王を倒したからと言ってその肝っ玉が据わっているとは限らない。

 少なくともラティーフから見た綾乃葵という人物は、大事な人が関わるか、肝心な時にこそ力を発揮する、普段はどこか抜けていて空回りをするお茶目な人間だ。

 そう言った場面に出くわしたわけではないが、三十年に満たない程度の人生で出会ってきた人たちの傾向からそう感じる。

 そんな人間の忠告ともとれる言葉。

 わざわざそれを聞き逃すのは些か気が引けた。

 それに第六感とでも言うべき部分が放置は危険だと警鐘を鳴らしている。

 かつて気のせいだと誤魔化して一生後悔することになった第六感の言うことだ。

 今のラティーフには、その二つだけで信じるには十分だ。


 部屋を出て、廊下を歩く。

 既に夜の帳が下りて久しい時刻でも、すれ違う人々は全員が敬意を示してくれる。

 帝国という実力至上主義の国家においては、自身より強い相手に敬意を示すのが当たり前で、ラティーフという個人は世界で見ても三本指に入る実力者なのだから当然と言えた。

 律義に挨拶をしてくれる彼らに会釈をしつつ、目的の場所である皇帝の執務室を目指す。

 数分歩いて辿り着いた部屋の扉をノックし、一拍の後に発せられた許可の言葉を受けて扉を開ける。


「夜分遅くにすみません。折り入って、お耳に入れておきたい話がありまして」

「お前の敬語はいつ聞いても聞き慣れんな。ま、つっても数回会った程度の間柄で、しかも立場があるとなりゃ仕方がない、か。で、話だったか。茶は出せないが聞こうか」


 まだ若い――と言ってもラティーフより一つか二つ下程度の差しかない皇帝は、革張りの高そうな椅子の肘掛けに肘を置き頬杖をつく。

 王国の騎士団長と言う名のある立場の人間と対峙しているにしては傲岸不遜な態度だが、この帝国には自分より実力が下のものに対して媚び(へつら)うという習慣はない。

 それが教義のようなものであり、小さな時から教えられる常識だからだ。

 ましてそれが国を治める皇帝ともなれば、そう言った態度になるのは必然と言える。

 皇帝――帝王ドミニクという存在は、人類最強の名を欲しいままにする男であるがゆえに、誰に対しても同じ態度を取り続けるだろう。


「今日の昼前。召喚者の一人が組合の依頼を受けたそうなのですが」

「依頼を受ける自由な召喚者ってことは例の魔王殺しのか」


 実名を出さずとも今ある情報からその人物を名指しし当てるあたり、流石実力者というべきなのか。

 あるいは件の召喚者である綾乃葵という個人が他の召喚者に比べ自由行動を取っているとして有名なだけか。


「その通りです。それで、受けた依頼が少しおかしなものだったらしく、念のために帝国へ報告しといた方がいいんじゃないかって相談を受けてな」

「ほう?」


 その言葉がドミニクの興味を引いたのか、頬杖を止めて椅子の上で身を乗り出す。

 興味をわかせられたところで、この会話は八割方成功と言える。


「まず、その依頼を出した依頼主が、依頼を一旦終えた後に会おうとしたら既にいなくなっていた。依頼を完了したわけでもないのにそんなことがあり得るのか? とね」

「確かに不自然だな」

「次に依頼内容。地下水道に依頼で向かった時、透明な魔物に襲われ形見の指輪を落とした。それを取ってきて欲しいと」

「んで?」

「結局指輪は見つからなかった。依頼主を襲ったとされる透明な魔物はいなかった。だが全身が黒っぽい羊には出会った。その魔物に幻覚のようなものをかけられた。その幻覚でよく知らない女性っぽい声に助けられた」

「……ほぅ」


 葵から聞いた話をラティーフは羅列していく。

 その言葉から色々と推察を組み立てているのか、ドミニクは何かを考え込むように額に指をあてる。


「続けても?」

「ああ。気にせず続けてくれ」

「葵が気になったのはまず地下水路のこと。水路であるのにその水の行方が分からない。下水にしては水が綺麗で放置されていた形跡もない。かといって誰かが定期的に清掃を行うようなものでもないはず」

「そうだな。そもそも上水は許可を得た整備員しか入れないようになってる。一般人が気軽に入れたらそれこそ大問題だ」

「だからこその疑問。あの謎の水路は何なのか、とね」


 額をトントンと突いていたドミニクはそれを止める。

 顔をあげ、ラティーフの顔を見てゆっくりと口を開いた。


「わかった。その水路とやらをこちらでも調べてみよう。それで、ソイツが他に気になったことってのは?」

「依頼主の失踪。依頼の喪失。形見の指輪が無くなり、今すぐにでも探しに行きたいが自分たちは怪我をしているから探しに出られない。だから捜索を依頼したのに、ほんの小一時間で姿を晦ました」

「不自然だな、明らかに。その組合員の名前は?」


 ドミニクの質問にラティーフは首を振る。

 肘掛けに肘を置き、両手を腹の辺りで組んで落ち着いた声で語る。


「生憎と、名前は聞いていなかったそうだ。ただ姿は話せる」

「聞いておこうか」


 葵から聞いていた依頼主の姿をドミニクへ伝える。

 机の上の紙面にラティーフの言葉を書き連ねていく。


「――以上だ。気にはなるが葵個人としてはどうでもいいとのことだから、暇なら程度に思ってくれていいそうだ」

「自分には関係ないのに他人を思いやって行動に移すなんて大した野郎だな。わかった。頭の片隅には置いておこう」


 葵の行動に気を良くしたのか、ドミニクはニヤリと笑みを浮かべて頷いた。

 ドミニクの返事を聞いて、ラティーフは立ち上がる。


「もう一週間ほどこちらに滞在させてもらう。そのあとは召喚者を連れて王国へ戻る予定だ」

「わかった。ゆっくりして行ってくれ」

「心遣い感謝する」


 ドアノブを下げ、扉を開ける。

 そこで思い出したように顔をあげ、ドアノブに手をかけたまま振り返る。


「そうだ。もう一つ聞いておきたいことがあったんだ」

「何だ?」

「王妃様と話をしておきたい。うちの王女様が会えなくて寂しがっていたそうだから、せめて様子くらいは伝えておきたくてな」

「それは大切だな。あいつも久しく家族には会ってないだろうから話が利けるだけでも喜ぶだろう。今は自室にいるだろうから行ってみるといい」

「感謝する」


 そう告げて、ラティーフは執務室を後にした。

 そして王女(ソフィア)の姉である皇妃(ラティファ)の元へと向かうのだった。




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