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姉の為に。  作者: たかだひろき
第六章 【過去】編
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第五話 【カウントダウン】




「――んっ」


 小さな声とともに、もぞもぞと掛け布団が動く。

 見るからに高級そうな、装飾の施されたベットに横たわっていた女性――皇妃が目覚めた合図だ。


「こんばんは」

「……」

「大丈夫ですか? 何があったか、覚えてます?」


 起き上がり、しかし挨拶への応答がなく、ボーッと顔を見つめてくる皇妃にそう尋ねた。

 ここへ来るまでの経緯が経緯だけに、やはり慎重にならざるを得ない。


「……あぁ、はい。大丈夫です。いつものことですので」


 ご心配をおかけしました、と美しい所作で頭を下げる皇妃は、特に問題はなさそうに見える。

 それに“いつものこと”と言っていたので、貧血のようなものなのだろうか。

 葵は貧血になったことがないのでわからないが、倒れるときは周りから見ていると前触れもなく意識を失っているように見えるらしいと聞く。

 とにかく、何か理由があって倒れたのだから安静にしているのが一番だと結論付ける。


「今、ドミニク様を呼びに行っているので、しばらく安静にしたままでいてもらえると俺の心が安定します」

「……ふふ。面白い言い回しをするのですね」

「自分を人質にすれば、相手を思い遣る心を持っている人の場合、大抵はお願いを聞いてくれますから」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて葵は平然と言い放つ。

 明け透けを地で行く葵に、皇妃は柔らかく微笑んだ。


「こうして挨拶をするのはまだでしたね」


 もう何度か会話を交わしたので今更だとも思うが、葵自身名乗るのを忘れていたことを思いだした。

 確かに失礼だっただろうと思い直し、その流れに身を任せることにした。


「私はラティファ・シュトイットカフタと申します。この国の皇妃をやっております。ラティファと、そうお呼びください」

「……」


 その名前を聞いて、どことなく聞き覚えがあるように感じた。

 この国の皇妃様なのだから、ラディナからこの世界のことを教えて貰った段階で教わっていてもおかしくはない。

 ソフィアやラティーフから聞いた可能性もある。

 だがどうにも、誰からいつ聞いたのかをパッと思い出せない。

 思い出せないのは仕方がないので、この会話の最中に思い出すことにして、今は礼節を果たすべきだと切り替えて頭を下げる。


「俺は綾乃葵。召喚者です。挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません、ラティファ様」


 自分自身に呆れながらも、この流れは逃すまいと正気を取り戻し、葵は少しどもりながら頭を下げた。

 それを気にも留めず、皇妃――ラティファはやはり優しく微笑む。


「いえ、忘れていたのはこちらも同じですから。お会いできて光栄です、葵様」

「えっと……俺のことをご存じなのですか?」


 お会いできて光栄、という言葉は、少なくとも相手のことを知らなければ出てこない言葉のはずだ。

 面識はないはずだが、しかし相手はこちらを知っている。

 そして皇妃クラスの人間が聞く綾乃葵という人物の噂は、ロクでもないことの可能性が高い。

 何せ、初対面で一国の王女(ソフィア)に掴みかかろうとし、協調性などないかのように自分勝手に振舞ってここまで来たのだから。

 実際にクラスメイトとの協調性というものは欠けているが、その全てが葵にとってはやむにやまれぬ事情があったとしても、他人はそんなことなど与り知らない。


 知らないのだから良い印象を持つことなどないだろう。

 となれば、きっとその口からは葵にとってはよろしくない言葉が出るかもしれない。

 他人などどうでもいいと思っていても、やはり真正面から毒を吐かれるのが辛くないわけではないのだから。


「はい。ラティーフ様やアヌベラ様、お父様から召喚者様の話はよく。その中でも葵様は、特化した才能と弛まぬ努力で力を身につけている方だとお伺いしております」


 そんな葵の心配を杞憂だと笑い飛ばすかのように、ラティファは尊敬の眼差しを向けてくる。

 思わぬところで高評価されていることに驚きを感じつつ、嬉しさで頬がにやけそうになる。


 ただ葵は能力とは別に問題児だ。

 初日に王女に掴みかかったり、召喚者との仲が悪く単独行動を取ったりと、中々に面倒なことをしている自覚がある。

 その評価はあくまで人格的なものを度外視したものである可能性が高い。

 そう考えると素直に喜んでいいのかはわからない。


「……それが本当なら嬉しいですね」

「彼らは嘘をつくような人ではありませんよ。人を見る目はありますし、悪人を手放しに褒めたりはいたしません」

「……確かに」


 人付き合いが苦手で、他人の心はわからないからと拒絶されてもいいように一線を引きたがる葵であっても、それは理解できる。

 ラティーフやアヌベラが善人であり、彼らの口から発せられた言葉に嘘はない。

 もちろん、ラティファが全てを語らず、実際には悪く言っていたこともあるかもしれないが、それが葵の耳に届かなければ行っていないのと同じだ。

 面と向かって言われるのは中々に堪えるものだが、そうでなければ何を言おうともダメージにならないのだから。


「それよりも、ドミニク様を呼びに行くとのことですが、おそらくドミニク様は来られないと思いますよ?」

「……? ドミニク様は奥さんが倒れた、と言われても駆けつけないような薄情な人なのですか?」


 不敬ととられてもおかしくない葵の発言に、ラティファは違いますよと微笑んだ。


「私がこうして倒れた時は、おおよそ状況が決まっております。先ほども言った通り、私が生きている限りは切っても切れないことなので、気にしなくてもよいと予め決めているのですよ」

「ああ、そういう――すみません、早とちりしました」

「いいえ。そうして初対面の相手のことも気遣える心は素晴らしいものだと思いますので、謝ることはありませんよ」

「それはそうかもしれませんが、今の謝罪は帝王を貶める発言をしてしまったことへの謝罪です。自分の知り合いが勘違いでもそんなことを言われれば、嫌な気持ちになるでしょうから」


 葵の弁明にラティファは納得したような表情を見せる。

 そして柔らかな笑みと眼差しを向けてくる。


「……あの、何か?」

「いえ。聞いていた以上に優しい方なのだな、と」

「はぁ……?」


 唐突に褒められて疑問が浮かぶ。

 意図も理由もわからないから、どう反応していいのかがわからない。


「それよりもどうして私が倒れたか。その話をしても構いませんか?」

「え? あ、いや。別にどうして倒れたかが気になって付き添っていたわけではないので――」


 言葉の通り、葵はラティファが倒れた理由に興味はない。

 どうしても話したい、聞いて欲しいというのなら拝聴するが、そうでないなら別のことに時間を使いたい。

 時間はいくらあっても足りないのだから。

 この世界に来てから今に至るまで、一切何も変わっていない思考をもとに口にした言葉は、ラティファによって遮られる。


「葵様の未来に関わることであっても、ですか?」

「――どういうことですか?」


 真剣な眼差しが、葵のオッドアイを貫いた。

 それが葵にとって大切なことであると、そう信じ込ませるだけの意志が、その瞳には込められていた。


「私の恩寵は“未来視”。簡単に説明すると、目を合わせた人間の未来を視ることができるというものです」

「……じゃあ俺の未来を視たと?」

「はい。ですが条件もあります」


 そう言ってラティファは右手を上げた。

 顔の辺りまで持ってきた右手の指を一本立てて続ける。


「まず一つ。視える未来はおよそ一年。その一年の間に、私基準で起こった出来事を視ることができます」

「……つまり、俺にとってはイベントだと思ったことでも、ラティファ様がそうは思わなかった場合は視れない、ということですか?」

「その通りです」


 未来視なんて、それこそかなり上等な能力(おんちょう)だと思っていたが、全てが視れないとなると凄みが一気に減少する。

 もちろん未来が視えるというのは凄い能力(おんちょう)であることに違いはない。

 果たしてそんな超級の能力で葵の未来の何が視え、どうして結果的にラティファが倒れることになったのか。

 その説明を聞くために、人差し指に続いて中指も立て、右手でVの字を作ったラティファの言葉に耳を傾ける。


「その二。相手が私に心を許し、未来を視て欲しいと望んだ時にのみ、未来が視えます」

「……ちょっと待ってください。それって互いの合意がなきゃ視れないってことですよね?」

「はい。そうなります」


 未来を視るという恩寵は、思っていたよりもかなりの制限がかかっているらしい。

 使い勝手がよい、というわけではなさそうだが、それでも強力なものであることに変わりはない。

 けれど、葵が気になったのはそんなところではない。


「俺はラティファ様の恩寵が“未来視”だということも、ましてや未来を視てもらうことへの同意もした覚えはありません」

「はい。存じております。それが本題――三つ目の条件になります」


 三本目となる薬指を立てて、ラティファは真剣な表情を一切崩さずに口を開く。


「私の命に関わる場合にのみ、相手の意思に関係なく未来が視えます」

「……じゃあ俺は、一年以内にラティファ様を殺すと?」


 一瞬の思考でその結論を導き出して、言葉にした。

 今現在、葵はラティファに対しての敵意などない。

 初対面でいきなり気を失い、起きたと思えば自分のことを知られていて、でも思っていたより評価が高くて、聞き捨てならないことを言われて話を聞いている。

 ただそれだけの関係だ。

 それ以上でも以下でもないがゆえに、敵意など抱く必要もない。

 だからこそ、そう言われても疑問の心が強かった。


「……どういうことですか? 葵様」


 そのタイミングで、部屋の扉が開かれた。

 唯一の扉から入ってきたのは、ドミニクを呼びに行ってもらったラディナだった。

 ラティファの言葉通り、後ろには誰も連れていない。

 そんなラディナは呆然と扉の前に立ち、葵のことを見ている。

 疑問と懐疑を瞳に宿し、警戒を孕んだ声で話す。


「ラティファ様を殺す……とはどういうことですか?」

「落ち着いてください、ラディナさん。今のは葵様の早とちりです。しっかりと説明をしますから、どうぞ腰を落ち着けてください」

「……はい」


 ラティファに促され、ラディナは椅子に腰かける。

 そしてベッドに腰かけるラティファへと意識を注いだ。


「確かに、私の命に関わる場合は相手の意思に関係なく未来視の恩寵が発動するといいましたが、それは葵様が葵様の意志で私を殺す、ということに限ったことではありません。葵様の行動で意図せず私に命の危険が降りかかる場合もございます」

「……つまりは俺の行動で将来的にラティファ様を命の危険に追いやる、と?」


 葵の言葉にラティファは悩む素振りを見せる。

 視線を逸らし、綺麗な眉を少しだけ(ひそ)めて、言葉を選ぶようにして間を空ける。


「葵様にお訊ねするのですが、黒く長い髪を持った葵様と同年代か少し上の女性をご存じ――」

「知ってます」


 食い気味に答える。

 黒い髪も長い髪も、探せば多くいるだろう。

 この世界の黒髪の割合がいくら低くても、葵と同年代でそれらの特徴を持った女性は多くいるはずだ。

 それが結愛である確証なんてない。

 でもなぜか、それが結愛であると疑わなかった。


「その方は今どこに?」

「……わかりません。この世界に来てから行方不明になっているので」

「それは失礼をしました。では詳しいことは後回しにし、先に視えた未来だけをお教えします。――どうか、落ち着いて聞いてください」


 今までにないくらいの真剣な眼差しだ。

 念を押す、という言葉をその言葉だけで理解させるほどに、葵へ釘を刺してくる。

 だからこそ、葵もきちんと向き合う。

 何を言われても、取り乱しはしないように。




「今から一年以内にその方が死に、葵様は世界を滅ぼす最悪の敵となります」




 葵は心臓を握られたような気がした。




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