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エピソード2 父と私

エピソード2 父と私


 私の父は家に帰ってこない人だった


 飲食店を経営していた為か、店舗の上に居住スペースが有りそこに寝泊まりしていた


 きちんと自宅があるのだから帰ってきてくれと何度言っても帰ってこなかったと、ある程度成長してから母に聞かされるまで私はそれが普通だと思っていた




 かと言って仕事熱心だったタイプではなく、自分が嫌になると何時であろうとも店を閉めてパチンコや麻雀に行ってしまう父親だった


 そのため私は初めて父と同じ家に寝泊まりをしたのは商売を畳んだ20歳になることのことで、その頃になると父を父親、という関係として見ることはできなくなっており、家に知らないおじさんがいるという緊張感とともに過ごすことになった




 子供の頃の父の口癖はいつだって「なんで俺がこんなに働かなくちゃいけないんだ」だった


 時々あう度、機嫌が良ければ楽しそうに歌謡曲を歌う人だったし機嫌が悪ければ物を投げて怒鳴る人だった




 それでも私は子供の頃それをおかしいと思ったことはなく、今思えば子供にそう思わせないように母がどれだけの努力をしたのだろうか


 それでも、記憶の中の二人はいつも喧嘩していたが、それすらもそういうものなのだろうで受け入れていた




 父は田舎の出で兄弟が多く、またその兄弟も跡継ぎの長男を残し残りの殆どが昔で言うところの出稼ぎ、丁稚奉公で近くに出てきていたので殆んどの伯父伯母が近くに住んでいた




 父は、父にとっての兄弟と遊ぶことが何より好きだった


 兄弟の家に行って麻雀をすることが好きだった


 田舎へ帰省して夜通し麻雀をすることが好きだった


 お酒を全く受け付けない体質なのに兄弟で宴会をすることが好きだった


 家族旅行に兄弟とその子供を連れて行くことが好きだった




 そしてその全てに母や私達子供を連れて行くことが好きだった


 今になってもどうして父はあそこまで私達を連れて行くことに固執していたのかがわからない


 連れて行かれてもどこに連れて行ってくれることもなく、話しかけてくれることもなく、父はいつも楽しそうに兄弟と話していた




 それでもある程度成長する頃に気がついたのは


 父にとっての家族とは「親と兄弟」であって「妻と子供」ではないのだということだった


 そして、私達「妻と子供」は父の「兄弟」から嫌われているのだということだった




 何歳だったかは覚えていないけれど、小学校中学年くらいの頃の冬に、父と私だけで父の実家に帰省したことがある


 確かその頃姉と兄が受験を控えていてそれどころではなく、だけど父は家族みんなで帰省をしたがったからという折衷案で私が行くことになったんだった気がする




 その時、祖母がお寿司をとってくれたのだ


 まだ小学生だった私を気遣ってくれて「ごちるちゃんのお寿司はわさび抜きにする?」と聞いてくれた


 当時わさびが苦手だった私はその申し出をありがたく受け入れようと頷こうとして


 その瞬間、父の姉妹に怒鳴られたのだ


「一人だけわさび抜きなんてしたら器が別になって迷惑でしょ」と怒鳴られて


 その後ずっと気の使えない子供であることを怒鳴られ続けていた


 私はといえばたしかにそうか迷惑か、とぼんやりしてしまっていて、結局お寿司はわさび入りになったので一口も食べずに終わったのを思えているし


 当然親族の集まる場、二人きりだったわけではないし、まして私の隣には確かに父が座っていたはずなのに


 怒鳴られている私と相手の間に入ってくれる人は誰もいなかった


 誰もいなかったから、その時の私は、私が気を使えなかったんだなと思って、届いたサビ入りのお寿司を周りが食べるのを眺めて終わった


 ちなみにその際も父から「なにか食べられるものはあるか」の一言はなく、ただ美味しそうにお寿司を私の横で食べていた





 こう書くと父への恨みばかりになっているようでよろしくないので唯一の楽しかった思い出を書こうと思う


 それは、上記の二人で帰省したときと同じ時だったと思う


 父が珍しく車でジャスコ(当時はジャスコだった)に連れて行っていくれたのだ


 なにかセールをやっていて、だからきっと多分お正月の頃だったのだろうと思う




 そこで父がコートを一枚買ってくれた


 今でも覚えている、全てが真っ白でフードと襟と裾にファーが付いていて、フードにはうさぎの耳がついてポケットもうさぎの形をしたコート


 当時の年齢を考えても幼すぎるデザインのそれを、それでも私は一目惚れしてこれがほしいとねだったのだ


 とても可愛くて可愛くて欲しくて試着をした私に父がじゃあそれにしようと言ってくれたのだ


 実家は商売をやっていたので父の給料だけで食べているという状態ではなかったけれど、それでも欲しいものはある程度言えば買ってもらえる家庭だった


 と言っても欲しいと母に伝えて母と買いに行くかお金を渡されるか、ほしいとはいっていないけどある日突然父が景品でとってくるか(当時流行したキックボードはこの景品パターンだった)




 そんなわけで父と直接一緒に買い物をしたのはこのときが初めてで、最後だった




 真っ白でふわふわのうさぎのコートは可愛くてお気に入りで、父の実家から帰ってすぐに母に自慢した


 ねえ可愛い?これ耳も付いてるんだよ




 気がついたときにはもう母は父に怒鳴っていた


 あんな白いコート汚れが目立つ、とかどうやって洗うつもりなのとか、どうしていつもそうやってなにも考えずに行動するのとか


 怒鳴って、父も怒鳴り返してそのまま車に乗ってどこかへ行ってしまった


 今だから思うけれどきっとパチンコに行ったんだろう




 残さえた母は笑って私に可愛いねと言った




 私はその日からそのコートを着るのを嫌がって、嫌がるたびにあなたが欲しがって買ったんでしょと怒られた


 それでもそのコートは、今でも、自分が着ている写真を見ても、とてもとても、可愛いコートだ

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