始まり
私の名前は吉田奈穗。今年度から高校2年生になったばかりです。
去年の今頃は緊張して1人教室のそばでそわそわしていたけど、今はもう仲のいい友達や可愛い後輩達ができて、何か新鮮な感じです。
教室の中では男子達がふざけあい、反対側では女子達がファッション雑誌を見ながら、互いのアクセサリーを自慢しあったりして盛り上がっています。
去年と同じ様な、でも少しだけ皆大人っぽくなっていて、ようやく自分も高校2年生になったんだなって感じがします。
「ねえねえ、今日転校生が来るって知ってる?」
1つ空席を挟んで隣の席から1人の女子生徒が話しかけて来た。
彼女は滝本来夢ちゃん。彼女は私の親友で、幼稚園児の頃からの幼馴染です。一人称が特徴的で、自分のことを『あーし』もしくは『来夢』と呼んでいます。
「そうなんだ。男の子?女の子?」
「そこまでは聞いてないけど、あーしは男子がいいな。イケメンなら最高なんだけどね」
「私はどっちでもいいかな。男の子でも女の子でも、仲良くできたらいいな」
そう言うと同時にホームルーム開始のチャイムが鳴り響いた。教室の扉を開け、担任の谷本憲幸先生が入ってくる。
「それじゃー皆、席についてよー。今からホームルームを始めます。その前に、新しく皆の仲間になる転校生を紹介します」
棒読みのような口調で谷本先生は言った。
「男子?女子?できればイケメンで!!」
拝むように来夢が手を握っている。他の生徒も、どんな人が来るのか楽しみにしているようだ。
「それじゃー入ってきて」
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ホームルームが始まる直前。
谷本先生に連れられ、広い校舎の廊下を歩く。去年通っていた鹿児島の学校より広かった。
窓からは暖かい日差しが差し込み、満開の桜が、あわい薄ピンク色の桜の雨を風に漂わせている。
窓を開ければ、やわらかい風と共に数枚の花弁が顔に向かって舞い落ちて来る。
そんな穏やかな風景とは反対に、緊張のせいで心臓が荒々しく拍動を刻む。
「呼ばれるまでここで待っててよ」
そう告げて谷本先生は教室に入っていった。
「………いよいよだ」
ドクン…ドクン…と自分の心臓の音が耳に届く。その音がさらに緊張感を増幅させた。
「それじゃー入ってきて」
いよいよだ。心臓が普段の数倍もの速さで動き出した。
扉の前で深呼吸を繰り返す。
「よし!」
ガラガラガラ!
教室の中に足を踏み入れる。一斉にクラス全員の視線がこちらに向けられた。谷本先生の横に立ち、黒板に名前を書く。
「鹿児島から転校してきました。谷川海斗です。皆さん、今日からよろしくお願いします」
「えー彼が今日から皆と同じクラスに転校してきた谷川海斗君です。皆仲良くしたってよー。ほいじゃ海斗君は、えーっと、あ、あそこの席に座って」
谷本先生が指差したのは、教室の1番後ろの列の、窓側から2列目の席だ。
示された席に着席する。
「私、吉田奈穂です。よろしくね。困ったことがあったらなんでも言ってね」
「あーし、滝本来夢。これからよろしく」
両サイドの女子が気さくに話しかけてくれた。おかげで緊張感がスッと和らぐ。
「こちらこそよろしく」
少々ぎこちないが、笑顔で2人に話しかける。2人も笑顔を返してくれた。
「ほいじゃ日直さん、ホームルームお願いします」
「はい。起立、礼、着席」
……………………
「ねぇ海斗君、今からちょっとついてきて。学校を案内してあげるね」
「え?あ、ありがとう」
ホームルームが終わってすぐの休み時間。海斗は奈穂と来夢の提案により、学校をひと通りまわる事になった。
校舎を1階から3階まで、順番に案内される。
「案内してくれるのはありがたいけど、1限目に間に合う?」
「大丈夫大丈夫。うちの学校って、他と比べて授業時間が長いから、開始時間が遅くて休み時間が長いの」
「だからホームルームサボって部活の朝練してる人もいるしね」
「へえ、凄いねここの学校」
「あ!そうだ!今から部活の朝練見に行こう!」
来夢が目を輝かせながら唐突に言った。
「海斗君もこれから部活入るでしょ?早いうちに見学しといた方がいいと思うよ」
「そうだね。俺もどんな部活あるか知りたいし」
「でももうすぐ1限目始まるよ?時間大丈夫?」
奈穂の忠告も聞かず、体育館めがけて走り出した来夢と海斗。その後を呆れながら奈穂が追う。
体育館のドアを開ける。しかし、そこには大きな分厚い走り高跳び用のマットが敷かれているだけで、人はいなかった。
「あれ?やっぱ今日誰も朝練してないか」
「それじゃ、もうすぐ1限目始まるし戻ろっか」
奈穂が教室へ戻ろうと振り返った。しかし、それとは逆に、来夢はマットに向かって走り出した。勢いよく背中から飛び込み、寝転がる。
「2人も来なよ!一緒に遊ぼう!気持ちいいよー!」
「は、はーい」
遠慮がちに海斗も来夢の隣へ寝転がる。窓から差し込む日の光で、マットは若干暖かくなっていた。
「本当だ。何か眠たくなってくる」
「奈穂もおいでよ!」
手を大きく振りながら来夢が言った。
「ハァ……仕方ないな〜」
奈穂も、海斗の隣に寝転がった。ボフっとマットが気持ちよく弾む。
(あれ?何だろう、この感じ。すごく落ち着く)
その後数十秒の沈黙が訪れる。3人ともボーーっと天井を見上げていた。
「……………………」
「……………………」
「今日はどうもありがとう。えーっと、吉田さんに滝本さん」
「来夢でいいよ。そんな他人行儀じゃ仲良くしにくいし」
「私も苗字じゃなくて名前で呼んで。私も海斗君って呼ぶから」
「じゃ、じゃあ……来夢…さんと、奈穂さん。何か恥ずかしいな」
3人とも、ちょっと照れくさくなってくる。出会ってものの数分で、3人仲良さげに寝転がっている事を考えると、尚更恥ずかしさが増した。
気まずい、と感じ伸ばした手の指先が、奈穂の手と触れ合った。
「「あ、ごめん」」
向き合って2人同時に、一語一句違わずに言った。
「ハモった。2人とももう仲良いね〜〜」
冷やかすように来夢が言った。お互いを見つめあってるうちに2人とも顔がだんだん紅潮していく。
(あ〜〜恥ずかしい。顔が熱い。何でだろうすごくドキドキする。他の事考えよう!えーっと…………)
両手で顔をおおい、赤くなった顔を隠す。他の事を考えようとするが、なかなか頭が回らない。マットの上で1人火照っていると、突然来夢が何か思い出したかのやうに言った。
「あ!そういえば1限目の時間やばいんじゃ……」
「「あっ」」
3人同時に上半身を起こしたところで、1限目の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「あ、あははははは!まぁいっか。どうせもう遅れてるしゆっくり行こ」
笑いながら、来夢が起き上がった。その後すぐ奈穂も起き上がる。そんな2人を海斗は呼び止めた。
「あの、2人とも!」
「ん?どうしたの?」
どうしても言っておきたいことがあった。転校してすぐで、緊張していた海斗に対して、真っ先に優しく関わってくれた2人に、これだけは言っておきたかった。
「あの、2人とも、これからよろしくお願いします!」
2人に向かって頭を下げ、両手を出す。2人は数秒黙ったが、その後大きな声で笑い出した。
「あははははは!いきなりどうしたのかと思ったら、そんな事?さっきも言ってたじゃん!しかもその手、何か告白みたいやし」
「そうそう!急に言うからビックリしちゃった!」
妙な行動をとったのは重々承知していたが、改めて言われるとやはり恥ずかしい。
顔を赤く染め、独特の表情を浮かべる海斗に対して、2人は笑顔で手を握り返した。
「「うん!こちらこそよろしくね」」