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★西方遊奇伝★~愛しの麒麟チーリン~  作者: 花凛兎
【GO GO WEST!!】
4/4

……からの、緊縛♪

「…………あれ?」



「やっりー! 久しぶりに手足伸ばせたぜー。ヒャホー!」



 満面の笑みで腕をグルグル回し、烈がクルリと後ろに宙返りをする。



「なんだ……脅かさないでよ。山が潰れちゃうのかと思った」



「ああ? 面白い事言うじゃねえか。確かにこの山には恨みつらみもあるしな。よし、復活記念に潰しとこう」



「はあっ!? 冗談はやめて。この山って人間界と妖界の境目なんでしょ? 人はこの山を目安に、西には近づかないようにしてるって聞いた……」



「知るか。どっちにしても術がちゃんと使えるか試してみたいしな」



 烈が不敵に笑って静かに目を閉じる。そして二本の指を立てて額に当てた。



「……我从早上到在什都没吃,肚子得不得了……」



 何事かを唱えながら二本の指が宙に複雑な図形を描く。すると再び大地が揺れ始め、両界山が震え出した。



「ちょっと……本気なの?」



波打つ地面がめまいのような感覚を呼び起こす。


 山の奥底から今度こそズズズッと不気味な音が聞こえ、頂からバラバラと岩や土が滑り落ちてくる。



「ほお……重力を使った術か。姫、彼は本気のようですよ」



 浄の言葉に、リーファは唇を噛んで烈の横顔を見つめた。



「実はね、烈……天帝様は山に封印されてるやつは単細胞で暴れん坊で扱いにくいからって、あたしにだけ特別にコントロールできる力をくれたの」



「誰が単細胞だ! しかもこの俺様をコントロールぅ!?」

 


 ブワッと烈の髪が逆立つ。慌ててリーファは浄の後ろに隠れた。



「ほ、ほら! そうやってすぐ怒ったり、お供を嫌がって逃げようとしたりとか、そういう時の為にって……」



「天にも地にも俺様を制御できる奴なんかいない。俺は俺の意思で、必要だと思うときに暴れるだけだ。誰の指図も受けん」



「うーん。聞きしに勝る俺様体質ですねぇ。いいじゃないですか姫、天帝様にもらった力、試してみたらいかがです」



 この期に及んでものんびりと目を細める浄に鼻を鳴らして、烈がリーファに歩み寄る。



「たとえ天帝の息がかかったとしても、人間ふぜいに止められるような俺じゃない。何だか知らねえがやってみろよ」



 取り付く島もないと判断し、リーファは大きく深呼吸をした。



「……あのね。あたし、さっき始めてあなたを見た時思った事があるの」



「なんだよ、時間稼ぎか。無駄だぜ。どうやら力はほぼ戻ってる。次の陣を描けばこの山は崩れ落ちる」



 またもや言葉ともつかない何かをつぶやきながら、烈が二本の指を頭上高く掲げる。



「その時、あたしが思った言葉がそのままあなたを縛る呪文になるんですって」



「……何?」



 リーファはギュッと目をつぶり息を大きく吸い込んだ。



「おサルのおしりは真っ赤っか!!」



「てめ、そんなクソ失礼な事思っ……くわあああああっ!?」



 突然、烈が頭を押さえてその場に崩れ落ちる。


 同時に地面の揺れがピタリと止まった。



「ちょっ……待て……! これ……この額当て……!」



 先ほどの額当てがギリギリと烈の頭を締め付けている。それこそ、見た目にもわかるほどに、キツく、強く。



「おサルおサルおサル! おしりおしり、まっかーー!」



「ぎゃああーーーー! やめろ! やめる、やめるからーー!」



「なるほど、だから(きん)箍児(こじ)と言うんですね……。というか姫、彼の頭、ひょうたんみたいに変形してますけど」



「……はっ?」



 夢から覚めたようにリーファが目を見開いた。


 身体をくの字に折り曲げたひょうたん頭の烈は、すでに半分白目をむいたまま動かなくなっている。



「きゃーー! 烈、しっかりして烈ぅ! やりすぎだよ浄!」



「え、私ですか。それより術を解く呪文は?」



 慌てて駆け寄って烈の肩を揺するリーファの手が固まった。



「解除の呪文……って言うか方法……。あるにはあるんだけど、ちょっとやりにくいんだよね……」



「そうなんですか? まあ、死にはしないでしょうし、姫が嫌ならほっとけばいいでしょう。じきに気が付きますよ。頭はへこんだままですけど」



 のほほんと言って浄が微笑む。



「んー……こんなひょうたん頭じゃ怒るだろうし。仕方ないなあ……」



 戸惑いがちにリーファは烈の耳元にそっと唇を寄せた。



「……カプ」



 耳にかじりついた途端、へこんでいた烈のこめかみがポコッと元の通りに膨らむ。



「おや、うらやましい。そんな解除方法なんですか」



「うん。天帝様がそう言ったんだもん。耳を噛んでやると元に戻るって」



「…………う……」



 目の前の烈が薄く目を開けて、ぼんやりとリーファを見上げる。



「烈……大丈夫? ひどいめにあったね……」



 烈の金の瞳が潤んだように揺れる。そして震える手を差し伸べ、その指先がリーファの頬に触れた。



翡翠(フェイツィ)……」



「……え?」



 聞き返すと、突然烈は目を見開いてガバッと起き上がった。



「あっ……痛ってえ……。まだうずいてやがる……。リーファ! お前、なんちゅうえげつない物を俺様に……しかも取れない。それになんだ、あの緊縛呪文は!」



 こめかみを押さえながら、烈が頭を振る。



「だって最初見た時、なんかその言葉が浮かんだから」



「わーかった! もういい。ようするにお前が嫌がる事はしなきゃいいんだろ。それにな……」



 ふとリーファから視線を逸らし、烈が空を見上げる。



「俺は、お前の護衛を放り出して逃げたりはしねえんだよ」



 トクンとリーファの胸の奥がまた鳴った。



「どう……して?」



「うるせえな、どうしてもだ! ああもう、しのごの言わずに俺を連れて行け。必ず守ってやるから!」



 その乱暴な言葉がなぜか嬉しくて、リーファはニッコリ笑ってうなずいた。



「はい。よろしくお願いします」



「なんだよ、そんなに素直な女とは思わなかった」

 


 烈も不敵に笑って立ち上がり、リーファに片手を差し出す。



「それ、ほめてくれたのよね?」



「さあ、どうかな」



 烈の手に自分の手を重ねると、ふわり軽々と引き起こされる。

 その力強さに、本当にこの先怖いものなどないように思えた。


 ただひとつだけ、リーファの心に気がかりな言葉が影を落とす。



(翡翠って宝玉だよね……みどり色した綺麗な石……。いったいなんの事……?)



「さて、行くか! リーファ、お前、自分の使命はキッチリわかってるんだろうな?」

 


 元気が有り余っているような烈に、その影もすぐになりをひそめてしまった。



「もちろんだよ。西の最果ての森に、この世を平和に導く神獣を探しに行くの。あたしにはその動物を見極める力があるんですって。天帝様に選ばれるなんて大抜擢なんだから!」



 嬉々として答えたその時、どこからかギャギャギャ……とおかしな声が響いてきて三人を取り巻いた。

見ると、道の前方や左右の崖の上に犬のような耳を持つ奇妙な連中が次々と姿を現す。



「おや、出ましたね」

 


 ふんわりと微笑む浄を、烈が片眉を上げて見つめた。



「なんだよ、こいつら」



「いやあ、たいした事じゃないんです。今まで通ってきた人間界にもちらほら妖怪はいましてねぇ」



 ふむふむと烈がうなずく。



「そいつらみんな、姫の肉を食べたいらしくて。どうやら、『天帝の命を受けて旅をしている娘がいて、その肉を食らうと不死になる』って変な噂が流れているみたいです」



「へえ」

 


 気の無い返事をかき消すように、崖の上からまた下卑た声が降ってくる。



『ギャギャ……天帝の命により旅をしてる娘とはお嬢さんの事かギャ?』



『早いもの勝ちだギャ……』



『なんか変なのが一緒にいる……これも食べていいかギャ……』



 周囲をグルリと見渡し、浄がポンと手を叩いた。



「ああ、思い出した。これは(シーチュ)(エン)ですね。普段は地中にいるはずの犬の妖怪です。では、烈さんよろしく」



「あん? 俺がやるのかよ、こんな雑魚どもを」



「いいじゃないですか。五百年のブランクがあるんですから、ちょうどいいリハビリになるでしょう」



「二人とも……これ雑魚なの? でもこんなにたくさん……」



 リーファが震える声で小さくつぶやくと、烈の大きな手がポンと頭に乗せられた。



「準備運動にもならねえよ。……おい、クソ犬ども。残念だがウチの姫君の肉はやれねえよ。ちょうど腹が減ってたんでな、逆に俺がてめえらを食ってやる!」




 烈の口が、クワッと耳元まで裂けるほどに笑った。



 それはまさに、妖怪のごとく──。

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