魔女と家
私の家に案内-といっても知ってるはずだが-すれば、開口一番にジュリアがぼやいた。
「相変わらず変なとこに住んでるのねぇ……」
「私がどこに住んでも、それは私の問題だ」
「かつての教え子がこんなところに住んでるなんて知られたら、私の価値が下がるかも知れないじゃないの。まぁ、いいわ。お邪魔するわね」
「あ、こら。勝手に入るんじゃない」
「あら、意外と片付いてるのね。もっと瓶とか本とかバラバラと散らばってるものだと思ってたわ」
「何?」
中を見てみれば、私が出た時よりも明らかに片付いている。
本は棚に、瓶は端に寄せられたみたいだな。
木張りの床も軽く掃いてあるし……箒なんて何年ぶりに見たかな……。
「なにって……まぁ、いいわ。調理道具なんかはどこに置けばいいかしら?」
「うぅむ。いつも釜で作っていたからな。キッチンがないのだ」
「ないの?」
「うむ、ない」
そう言い切るとジュリアが大きくため息を吐いた。
「乙女の家にキッチンがないなんて……」
「食べられればいいだろう。無味無臭でも栄養が取れればいいが私の持論だ」
「貴方はそれでもいいかもしれないけど傭兵はそうはいかないでしょう?しょうがないわね」
そう言うと外に出て懐から取り出した金属の棒でガリガリと地面に刻印魔術を描き始めた。
「何をする気だ?」
「適当に部屋作るわ。材料は土……なのは味気ないから」
そう言うとまた懐から何やら取り出した。
「それは……魔法石か」
「そ、ちょっと散歩した時にトレントから取ってきたのよ。これで木造にはなるでしょ」
刻印魔術の特徴としては刻印を描いた物が出来ることを省略して結果を求める魔術だということだ。
だから土は木にならないし、水は炎にならない。
その原則を打ち破るのが魔法石と呼ばれる、魔力が凝り固まって出来た宝石のようなものだ。
魔法石を使う事によって刻印された物の特性を無理やり捻じ曲げ、他の物質に変えてしまう。
と言っても限界があり、土の塊を金の延べ棒にするにはその黄金よりも貴重な魔法石を使わないといけなかったりとままならない事が多い。
更に価値のあるものを作ろうとすれば刻印魔術を発動するための魔力の消費量も馬鹿にならない。
特殊な刻印として、描いたものに左右されない刻印もあるが省略しよう。
例を上げるなら昼に使った魔力を引き出す刻印だな。
「ここをこうして……ここは石にして……うん。これでいいかしら」
半径5mほどの刻印魔術の上に緑色の魔法石と灰色の魔法石が転がっている。
「ほら、建てるから離れて。巻き込まれても知らないわよ」
「分かっている」
家と合体するなど御免だからな。
私が離れたことを確認すると、ジュリアが手に持っていた金属の棒を通して刻印魔術に魔力を流す。
するとみるみる内に木が生え、バキバキと形を変えて一戸建ての家を作り上げた。
「なかなかいい出来栄えじゃないかしら?」
「中身を見ないことにはなんともな」
見てみれば広さは申し分ない。
石で出来た竈が二つあり、空いたスペースにテーブルと椅子があるのが見える。
ここまで指定するとは、流石魔女といったところか。
「全部石材でも良かったんだけど、コストがねぇ。石の魔女でも呼んでくればよかったかしら。でも彼女はのんびり屋だから……」
「3年は待たないといけないだろうな。ふむ、まぁまぁの出来だな。これなら倒れることもないだろう」
「あっ、ひっどーい!先見の魔女の魔術に言うセリフじゃないわよそれ!」
「どのような達人にも失敗はあるのだ。そう教えたのはジュリアだったはずだが」
「そうなのだけど、もう少し言い方というものがあるでしょう?」
「考えた上での発言だ。さて、私は寝るとしよう」
「じゃあ私も寝るわ。久々に水入らずで添い寝してあげましょうか?」
「残念でもないが、ベッドには傭兵がいるからな。立って寝るか椅子に座って寝るか選びたまえ」
「新しく出来た家で寝るわよ。木でも使って簡単なベッドでも作りましょうかね……」
「ふむ、悪くない考えだな。私もそうするとしよう」
本当に何でもないかのように適当な木を選ぶとそこに刻印を書き込み、発動させる。
すると木は形を変えて質素なベッドへと形を変えた。
それを家の中に運び込み、元々の家から予備の毛布を引っ張ってくる。
「あ、それはずるいんじゃないかしら?」
「ジュリアの分もある」
「気が利くじゃない。素敵だわ」
そうして二人で眠りに就いた。
話すことは得にはないし、やることもなければ寝ることが一番有意義だからだ。