魔女と魔女
まさか客人が料理を作りたいと言うとは思わなかった。
私の釜を触らせるのも気が引けるし、調達しなくてはな……。
「いやしかし、フフ……人間が私に対してああも自然に話しかけてくる日が来ようとは思いもしなかったぞ」
表舞台に出て灰塵の魔女として世に浸透してからこの50年。
私を見る者の反応は二つだけだった。
怖れるか、崇めるか。
「別に崇めて欲しくて戦に手を貸した訳ではないし、このようなものをもらわんでも何もしないというのに……なんとも人間というものは未知を怖がる」
灰塵の二つ名がついているのは元々は少ない魔力で大きな効果をもたらす魔術の研究をしていたから魔女仲間に付けられただけであって。
別に敵を灰に変えるとか、塵に還すとかそういう意味ではないのだ。
懐の金貨が入った袋をチャリと鳴らすと再び懐にしまいこんだ。
1時間程かけて森を抜ければ街の外壁が見えてくる。
魔物に対抗するために大抵の町は厚い外壁に覆われており、この街も類にもれないということだ。
森の方に開かれている門に向かって進んでいけば、門は開かれている。
「おや、この時間は既にとじているものだと思っていたが……」
歩いて行ってみればこの街の兵士が二人、警備しているのが見える。
近づけば見事な敬礼をしてみせてくれた。
「ご苦労様。なぜこの門は空いているんだ?」
聞けば、緊張した様子だが、はっきりとした口調で答えた。
「ハッ!先見の魔女様より灰塵の魔女様がこちらからいらっしゃるということを聞きましたので、ヴァレンティ・クィードレイト男爵の命により開門しておりました!どうぞ!お通りください!」
これ以上話しかけて緊張させるのも可哀想だ。
ご苦労と一声かけて夜の街へ入っていく。
「全く、先見の魔女にも困ったものだ。未だに保護者扱いをする」
「あ!灰塵の魔女様!すみません!先見の魔女様より封書を預かっております!」
「ん?あぁ、ご苦労」
歩きながら手紙を開いてみれば。
『あなたが危なっかしいから私がまだ保護者のような振る舞いをする羽目になっているのです。そもそも、この時間に街に来てどうするつもりだったのですか。あなたが今日料理に目覚めることは先読み出来ましたが、こんな夜中に来なくてもいいでしょう。もう少し常識をというものを学ぶ必要がありますね。買うものはこちらで用意してありますから、私のところまできてください。話は通してあります。 あなたの保護者 ジュリア・メーディより』
丁寧に折りたたみ、元の形に戻すと灰になるまで燃やし尽くした。
「全く、私が子供っぽいとでも言うのか、これでも40年を生きる魔女だというのに……だが用意してあるのならまぁ、寄って行くとしよう」
先見の魔女が住んでいるのは男爵の屋敷だ。
雇われて住んでいるというべきか、住み着いたというべきか。
街の中央に存在する男爵の屋敷を目指せば、所々に警備隊が徘徊しており、私の姿を見つけると敬礼をして道を譲った。
先見の魔女が居ても、警備に力を入れているところが好感触だ。
だからこそ彼女もここに住んでいるのだろうが。
魔女の力を借りることに執着しすぎて破滅する国や、借りたことで安心して国が傾く話は両手で数えて折り返しても足りるものではない。
「ここか、お勤めご苦労様」
「ハッ!」
よく訓練されている。
強いとは限らないが、伝達などでは十分役に立つであろう練度であることが分かる。
扉を開けると、金髪の女性が待っていた。
腰にまで伸びたまっすぐな髪はまるで汚れを知らないようで、翡翠にも似た両方の目をこちらに向けており、薄桃色の唇が不遜に笑っている。
「いらっしゃい、灰塵の魔女、竜殺し、バカ娘、エルフリーデ」
「こんばんわ、先見の魔女、千里眼、年増、ジュリア」
カチンと来たが表には出さない。
口には出たかもしれないが。
「相変わず可愛げのない娘ね。ほら、こっちよ。いらっしゃいな」
案内された先は二階の彼女の自室だ。
中は見事な拵えの執務机とベッド、後は料理道具と材料ががある意外は特に何もないが、ここに有る全てのものが高品質なものであると分かる。
「相変わらずの高級品好きだな」
私の言葉にジュリアがフッと笑う。
「なんといっても私は魔女ですから、そこら辺の安い女とは違います。私を扱うためにそれなりの対価が必要なのは当たり前でしょう?」
「私は昔からあなたのそう言うところが苦手だよ。何も価値は形あるだけのものではないだろうに。形あるものはいつか崩れると言うだろう?」
「あら、じゃあ形のないものは余計に早くなくなるのではなくて?思いなんていう訳のわからないものより、目に見えるモノの方が記憶に残りやすいでしょう?それに、大事に使えば百年も二百年も持つものよ。思いとは違ってね。それで、なんで急に料理なんて始めようと思ったのかしら?」
その言葉を聞いてほくそ笑む。
「あら、なにが可笑しいのかしら」
「フフ、いや、なに。先見の魔女にも間違いはあるのだなと思ってな」
そう言うとジュリアが眉を顰めた。
「どういうこと?」
「私が料理するのではないのだ」
「では誰が?」
「名前は控えるが、傭兵をやっていた男だ。釜から出てきた」
「……ほんとにどういうことよそれ。どこから呼んだのよ」
「さっぱりわからん。この本に書かれていた儀式なのだが」
持ってきた本を渡せばじっくりと読み始めた。
悔しいことに読解能力はまだジュリアの方が高い。
「………随分と制限された儀式ねぇ……ここに書かれているのを見る限りでは……生命と死に干渉するものね。この通りであるならばどこか別の場所、いえ……世界?から呼んでくることになるわね。難易度的にも常人にはまず出来ないでしょうね」
「まぁ、そこは流石私ということだな」
「そういうことになるわね。あなたの灰塵があなたの命を救ったわね。これ、私が儀式していたら、廃人か消滅か。そうなったとしても成功したかは五分五分ね」
その言葉に随分と驚いた。
先見の刻印魔術も結構な魔力を使うと聞いたが……。
「もしかしたら龍の夜は結構な補助効果があるのかもしれないわね。そうなのだとしたら私も何か試しておくんだったわね……それで、彼が料理を作ると?」
「あぁ、拾ってくれたお礼に明日の朝何か作ると言ってくれてな!只の人間だというのに私を知らないという!こんなに面白いことはないと提案を受け入れて道具を買いに来たのだよ」
「青春してるわねぇ。でも私の予見を外させるなんてちょっと見てみたいわね。私もついていくわ」
「なんだと?彼は私に料理を作ってくれるのだ。お前ではないぞ」
「二人も三人も変わらないわよ。それに言ったでしょう?私を動かすならそれなりの対価が必要だって」
「別に私が頼んだわけではないというのに……」
「いい女は細かいことは気にしないものよ。さぁ、行くわよ。いいでしょう?男爵」
そう声をかけると扉がゆっくりと開いた。
出てきたのはジュリアに負けずとも劣らない見事な金髪をした男性だ。
「聞き耳を立てるつもりは無かったのだが、魔女ふたりが一体何をしているのかと思ってね」
「この子が男を連れ込んだっていうからちょっと見に行くのよ」
「なっ!そういう関係ではないぞ!」
「ははは、魔女ふたりを相手にする男性も大変そうだね。まぁ、私には元々止める術などは持たないし、行ってくるといい」
「配慮感謝しますわ。男爵」
「ではね」
「さて、じゃあ行きましょうか。住処はまだ変えてないのよね?夜が明ける前に行きましょう。どうせなら寝顔でも拝みましょうか」
「待て、話を聞けジュリア!私は貴方のそう言うところが嫌いなんだ!」
まとめてあった調理道具や材料を引っつかむと魔女ふたりは窓から身を乗り出し、夜の街へと降りていった。