傭兵と魔術と食事
目が覚めるとまたベッドの上だった。
「やぁ、目が覚めたかな」
「……あぁ。俺はどうなったんだ?」
「単純に魔力がなくなっただけさ。体力がなくなれば倒れるように魔力がなくなれば倒れる」
「使いすぎには要注意って事か……」
まだ頭がクラクラする。
二日酔いよりひでぇなこれは……。
「そういう事だ。見極めが肝心だぞ。戦闘中に意識を飛ばそうものなら即座に首が飛ぶ」
まるで、教え子を叱りつけるような喋り方だ。
「飛ばしたのはお前だろうがよ……」
悪態を吐くくらいは構わないだろう。
それで追い出すほど狭量でも無さそうだ。
エルフリーデは俺の悪態を受け取ると、フフと笑い続けた。
「いやなに、すまない事をしたと思ってはいるのだよ。まさかあんなに大量に垂れ流すとは思わなくてな。しかし、なるほど。魔術について教わらないとそこまで抵抗しないものなのだな。次は吐き出させる量を少量で固定することにしよう」
「あぁ……是非そうしてくれ」
「寝ていればその状態は改善される。どれ、私は外の魔術を改良してこよう。少し寝ていたまえ」
「そうさせてもらう……」
なんか此処に来てから意識を飛ばしてばっかりだな……。
薄れていく意識を繋ぎ留めるのは大変難しく、失敗するのも止むを得ない事だった。
それから目を覚ましたのは窓から入り込む日の光は傾き反対側の壁を照らすまでになっている。
「寝すぎたか……」
「おはよう。一度魔力が尽きると大体の場合は完全に回復するまで起きないから仕方のないことだと言えるな。お腹は好いているかね?」
「いや、大丈夫だ」
「よろしい、ではもう一度魔力を感じてみようか」
案内されたのはちょっと前に見た刻印魔術とやらの場所だ。
どこが変わっているのかよくわからないが、変わっているのだろう。
線を踏まないように爪先でちょんちょんとつついてみても特に吸い取られるような感覚はない。
「言っただろう。改良したと。さぁ、乗ってみたまえ」
とりあえずいきなりガッツリ来るようなことはないようだ。
乗ってみればなるほど、確かにじんわりと何かが流れ出ているような感覚だが、先程より感覚は弱い。
「そのまま体のどこをどう流れているのかを意識したまえ。見つけるのが遅れるとさっきのようになるから気をつけてな」
「あぁ、分かった」
魔力ってのはぼんやりと体から出てるように感じられたが、意識しろと言われて意識してみれば、だんだんと流れのようなものを感じることが出来るようになってきた。
といっても、まるで視界の端にチラチラと何かが映っていて、そちらを見れば消えてしまうような、ひどくもどかしい感覚だ。
意識して意識しないように何ていうひどく面倒くさい方法で流れを辿っていけば、始まりはヘソのあたりであると分かった。
「気づいたようだね。そう。魔力はヘソのあたりを始まりとしているんだ。これは人体の中心だからという説や母親とと言う一番違い他人と繋がっていた場所で、魔力を流し込まれていたからだとも言われている。まぁ、定かではないがね。さぁ、感じることが出来たら次の工程だ。と言いたいがそれは明日にしよう」
そう言うとエルフリーデは踵を返して家の扉を開けた。
「……?まだ魔力には余裕があるが?」
そう言うと、また特徴的な笑い方をして告げた。
「フフ、このまま続けたら日が暮れるかも知れないからね。感じることは出来たみたいだが、これからが難しいんだ……ふむ、乳が余ってるからシチューにしよう。手伝ってくれるかね?」
「あぁ、喜んでお手伝いさせて頂くよ」
あの味のしない粥はどうやって作られたのか、材料は何か確認してやる。
中に入るとエルフリーデは小振りな釜を用意しており、表のとはまた違った模様が書かれた羊皮紙の上に置いた。
釜の中に何かの乳を入れ、野菜と肉を入れる。
渡された包丁でいくつか一口サイズに切ると釜に放る。
エルフリーデの投げた食材が釜に放り込まれる途中で細切れになっているのは魔術だろうか・・・?
「(なんの肉か、なんの乳か、どんな野菜かを考慮しなければ俺の知ってるシチューの作り方だ……)」
見た感じどれも俺が知っているものだ。
「なぁ。その野菜ひと切れ貰っていいか?」
「ん?別にかまわないが。フフ、そんなに腹が減っていたのか?」
そう言うと人参によく似た野菜を渡してくれた。
「まぁ、そんなところだ」
口に入れてみれば、うん。人参だ。
「(朝のあれは何かの間違いだったんだろう。この過程で味がなくなる想像がつかん)」
エルフリーデは足元に転がっていたガラス瓶の中の粉を少量、釜に入れるとお玉でかき混ぜ始めた。
「何を入れたんだ?」
「万能調味料だな」
「万能調味料?」
「うむ、これを入れることによって美味しくなるように魔力を使って料理を整えてくれるのだ。味覚に作用する魔術と言ったところかな」
「(これだー!?)」
確かに香りは良いものになった。
腹も減ってくる。
味見してみたまえと言うので渡されたスプーンで掬って食べてみれば。
「(味がしねぇ……)」
おそらくあの調味料のせいだろうな……。
くっそまずい保存食とか、生の玉葱よかマシだが、せっかく食べられるんだから旨いものを、いやせめて味のするものを食べたい。
「なぁ、明日の朝は俺に作らせてくれないか?」
「ん?どうしたんだ突然。味付けが気に入らなかったか?」
「(間違いじゃないんだが……)いや、なに、泊めてもらってる以上なにか礼をしたくてな。これでも旅の途中、余裕があれば料理とかしたりしてたから腕には自信があるんだ」
「ほほぅ、それでは明日の料理は君に任せようじゃないか。肉や野菜、卵なんかは用意しておこう。後何か欲しいものはあるかね?」
俺が料理することを伝えると、エルフリーデはそれはもう楽しそうに爛々と目を輝かせた。
「塩を頼めるか?」
「分かった。他人の料理を食べるなんて随分と前のことだ。街に行けば食事どころではないのでな」
「食事どころじゃない?」
「私はちょっとした有名人なのでな。皆が恐縮してしまうのだよ」
「そうなのか」
「そうなのだ。ふむ、そろそろいいかな。さぁ夕餉にしよう」
その日の夕食もまた、味がしなかったことをここに記しておく。