依頼1 野田島を始末しろ
野田島と言う男がいた。
彼は殺人者だった。
野田島はいつも懐に、奇妙なものを隠し持っていた。
生体と機械が混ざり合った、不思議な装置。
起動させると野田島は『変身』する。
変身した姿は気味の悪い虫の姿。
奇妙な甲殻類の外骨格が幾重にも折り重なり、
野田島の全身を覆っている。
その強度は至近距離でのライフル銃ですら貫通できない。
野田島はその強靭な体で何人も人を殺して来た。
時に殺しを見られた事もある。
しかし、人外の手段で葬り去っている以上、
人の法律では裁けない。
野田島は自由な男だった。
無数の人間から恨みを買っているが、そんなものは意に返さない。
歯向かってくる人間もいる。自分の命を狙って来る人間もいる。
しかしそれらは全て返り討ちにして来た。それが野田島の日常だ。
今日だってたった一人で自分を殺しに来た人間を殺すところだ。
相手は疲れきって座り込み、諦めの表情を浮かべている。
角で心臓を突き刺して殺す。
怯える表情。いいねえ。これが女ならもっといいんだが。
命のやり取りにおいて、常勝不敗。
野田島は彼の人生において無敵だった。
----------------人物--------------------------
加島 将太 27歳男性 神事請負人(定職なし)
中宮 真心 21歳女性 神主
野田島 英夫 37歳男性 中小企業の社長 裏の仕事あり
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日本で言うと神奈川県あたりに。巨大で荘厳な神社があった。
その神社の本殿には、非公開の裏口があり……一人の怪しげな男がこっそりと入った。
男の名前は加島将太と言い、知る人からは『請負人』と呼ばれている。
(一方、知らない人間からはニートと呼ばれているが)
加島は本殿の奥に行き、
一般の人間が見る事のできない、神器を磨いている女に話しかけた。
加島「おい『まころ』。今日の依頼の話、詳しく聞かせろ」
加島が話しかけた女の名前は中宮真心。
日本で例えると神社の神主にあたる。
普通、この国では巫女から神主に出世するものだが、
まころだけは別格で生まれた時から神主職だった。
子供の頃から様付けだった。
まころはきょとんとした表情で加島に問いかける。
まころ「……何?何しに来たの?」
加島「何って、呼んだのお前だろ!?」
まころ「何なのよもう……困る」
加島「お前が『依頼』をしたから、俺が手を上げたんだろ!」
まころ「えー困る。本当に困る。他の人がよかった……」
加島「ふっざけんな!」
まころ「帰って、もう」
まころは加島と話しながら、棚に隠していた書物を取り出し、
見ながら話しかけた。
まころ「で、ちゃんと準備はしてきた?いいんですかー?
今回は一対一。いつものように加島さんのお仲間はいませんよ?」
加島「まどろっこしい。内容は当然知ってるわ。
さっさと詳細の説明をしろって言ってんだよ」
まころ「はぁー……はい。
今回の『依頼』は一人の男の殺害……お金のために人殺しなんて最低ね」
加島「お前がそれを言うのか!?無駄口はいいから続けろよ」
まころ「対象の男は37歳で名前は野田島英夫。
表向きは不動産業の社長。裏ではどんなド外道な仕事を請け負うゲス野郎なの!」
加島「お、おう」
まころ「ちなみに会社は従業員8人の小さな会社。
地域一体の53の神社と神主以下末端まで含めると3000人を統括する私の足元にも及ばないけど、
ニートの加島さんよりは遥かに上の社会的地位があるわね。
不等号で表すと私>>>越えられない壁>>>>>野田島さん>>>>>∞>>>>>加島さん」
加島「うるせえ!」
まころ「野田島は『器の力』を所有していますが、どんな能力かは不明。
『器の力』を持った仲間はなし。
依頼人は、殺された息子の復讐という『大義』によって依頼。
報酬は300万円」
加島「情報すくねー」
まころ「住所と野田島さんの基本的なタイムスケジュールはこのメモに書いてあるので、
よく読んでください。
依頼の説明は以上。はい、もう帰ってください。
不浄なるもの加島さんがいたら、神社が穢れますから」
加島「相変わらずのクソ女だな……」
加島は神社の敷地外へ行き、
人気のない場所でメモを読み終えると、
野田島が社長として仕事している事務所へと向かった。
暗殺の依頼。
全て自己責任の仕事だ。
慎重な人間なら綿密に調査し、
100パーセント安全かつ確実な仕事を目指す。
しかし、加島はそれを面倒と感じて即日仕事を終わらせる……という怠惰なタイプの人間だった。
加島「ここが野田島のいる会社か……」
加島は野田島の会社に到着した。
町工場みたいな、小さな建物だった。
加島は事務所の周囲を見回し、人がいない事を確認すると、
事務所の窓から覗き見する。
7人の従業員が職場で静かに仕事をしていた。
加島は顔を見たが、野田島はいなかった。
奥にある全体を見渡せる大きな机は空席だったが、
恐らくあそこが社長の席である。
加島「もしかして、今日は不在か……?」
壁を伝って建物の裏側にある窓を覗く。
そこは個室となっており、野田島がいた。
電話をして何やら話をしている。
加島「おお、こりゃ運がいい」
通常なら先ほど見た大きな机で社員を監視しながら仕事をするはずである。
個室で仕事をしているのは、黒い仕事をしているためか?
いずれにせよ幸運である。
今から加島の『仕事』に取り掛かれるからだ。
加島「こう言う状態なら、仕事は簡単だぜ。
うーん、そうだな……1、2、3……右に7つ、下に2つだな!」
加島は窓から見て、野田島のいる位置を記憶した。
そして、ちょうど野田島の頭の位置の『直線上』にある壁の前に移動した。
取り出したのは、まころから借りている不思議な機械。
この機械は神社に奉ってあり、
『神器』と呼ばれている過去の文明の遺産だ。
それにこの時代の神秘的な技術を加え、
起動させると常識を超えた能力を授かる事ができる。
加島はこの『神器』を起動した。
蛍から虫部分を除いた様な、キラキラと光る神秘的な発光体が加島に集まって行く。
主に目と手と足に集まり、加島の体の中へ入った。
加島「ここがちょうど野田島と『直線上』だな。よし」
加島は手で壁を静かに押した。
すると壁は奇妙な事に……正四角形の形で綺麗に切断された。
切断された壁の破片は、室内にゴトリと落ちた。
加島「あー、今日も仕事して疲れたわ。
どれどれ、ちゃんと野田島の首は落ちてるか?」
加島は壁の穴を覗いて確認する。
さっきまで野田島が座っていた席に、野田島は『いなかった』。
加島は悪寒を感じ、すぐにその場から離れて臨戦態勢を取った。
ブオンと空振りする音がして、加島の顔面に強い風が当たる。
?「チッ」
全身が珍妙な虫のような甲殻で覆われた、人型の生き物。
一見してこの奇妙な生物が何かは普通の人間では解らないだろう。
しかし経験豊富な加島は確信した。
こいつは野田島だ。
野田島も『神器』を起動させて姿が変わったのだ。
全身を覆う装甲。力強い動きに加え、スピードもある。
普通に戦ったら非常に強いタイプだなと加島は思った。
野田島「壁に穴開けやがってよォ……お前、刺客だよな?確定でいいか?」
暗殺しに来て、ターゲットに逆に発見されるという体たらく。
しかも殺意が見破られ、攻撃まで受ける。
とんでもない大失敗だ。
加島「……なぜ俺の攻撃が解った?」
野田島「監視カメラにも気付かねーとは、とんでもねえ無能暗殺者だなオイ」
加島は建物の上の部分を見て、今更ながら監視カメラに気付く。
加島「ぐっ……そういう事か」
野田島「少し観察すりゃわかるだろうがな。お前、仕事できないタイプだろ?
暗殺者の割には、観察ができてねーなぁ」
加島は普段こういった状況把握を『味方』に任せっきりにしていた事を後悔した。
加島「うるせえ!」
加島は目の前にあるブロック状の空間を押し、
その直線上にある空間をスライドさせた。
加島の『器の力』は非常に強力なものだった。
加島の目には世界がブロック状に区切られた姿で映っており、
それを触れて動かす事ができた。
加島が目の前の空間のブロックを押して動かすと、
その後ろにあるブロックも一緒に動いた。
普通のブロックなら普通の挙動だが、空間のブロックがそこだけ動くと、
そこにある物体もブロック状に『スライド』し、結果的に切断されてしまうのだ。
その『スライド』の範囲に人体の重要部位があれば、いかなる防御も無意味。一撃必殺。
『器保持者』相手にも仕事をこなせる能力であり、
そのため『まころ』からの信頼も厚かった。
しかし野田島は加島の能力を一度見ていた。
壁を押し、切断。壁の中の物も同時にスライドし、切断される様子を。
正確な能力そのものは解らなくても、
その押すと言う動作が、どういう結果をもたらすかは知っていた。
だから野田島は加島の能力を避ける事が出来た。
野田島の後ろにあった木に正四角形の穴が出来る。
加島「な、何ッ!?俺の攻撃が……」
野田島「お前が押す直線上にいるとやばいんだろ?」
加島「俺の動作は押すだけだぞ!?体全体で避けれるのかよ!?」
野田島「それほどお前の動きが遅えーんだよ!俺に比べてな」
加島はその後何度も空間ブロックを押してスライドさせるが、
野田島は超人的な速さで避ける。
野田島「なんとなくお前の能力の性質、解ってきたぞ。」
加島は野田島が避ける動作を取るたびに後ろに下がって距離を取った。
しかしどんどん距離を詰められて行く。
野田島「お前の能力、正確な所はいまいち解らんが……斜めに弱いな」
加島「……!」
これは野田島の指摘の通りだった。
加島は空間がブロック状に見えて、それに対応する動きしかできない。
なので空間のブロックの配置に対し斜めにいればスライドの攻撃を受けない。
加島「ハァッ……ハァッ……」
加島は能力を使いすぎて疲労し、ついには座り込んでしまった。
額に大量の汗が流れる。
野田島は加島の前に立った。
もう加島は逃げられない。確実にしとめられる位置だ。
野田島「何座り込んでんだ?疲れちゃったのか?お前、極端に暗殺向きだなぁ。対峙すると弱い」
加島「うるせぇ……」
野田島「お前みたいな器の装甲すらない雑魚相手に使う必要はねーかもしれんが、
俺は全力を尽くすタイプなんでな」
甲殻類特有の角や棘を作り出した。
野田島「見た通りの能力。虫の武器である角や棘を作り出す。
だからこそシンプルに強い。
厚い装甲がある『保持者』の場合、銃も刃物も通用しない。
でも俺の角は武器として使える。装甲を打ちぬけるんだ。
俺だけが武器を持っている状態になる。だから強い!」
加島「ハァハァ……へーそうかい」
野田島「お前とは経験が違うんだよ!……俺はもう3人は殺ってる」
加島「へへっ!はははははは!」
野田島「何へらへら笑ってんだ?恐怖でおかしくなっちまったか?」
加島「経験で言うなら、俺は13人は殺ってるぞ」
野田島「はったりだな。
能力はともかく、お前みたいな慎重さもない諦めの早い弱者がそんなに殺れるか?
今まで生きて来れたのも、運がよかっただけだろ」
加島「諦めてねーよ。この体勢が最善なんだ。
……お前の『位置』もな」
加島は言い終わると、座った体勢から野田島の足を払う蹴りを放った。
『不可解な蹴り』。
人の打撃では装甲に傷すらつけられない。
しかし足でもこの空間ズレを引き起こすかもしれないため、
用心して野田島は跳躍して避けた。
野田島「なんだこのカスみたいな蹴りは?もう殺す距離だぞ!!」
野田島は腕に作った長い角で、加島を突き刺した。
加島の心臓を突き刺す、決着の一撃。
野田島「これで4人目か。毎度の事ながら、あっけないもんだな」
しかし、それは野田島のイメージの中での話しだ。
現実には、野田島の意思と反して腕は動いていない。
野田島は人生で初めて自分の言う事を聞かない体を不思議に思った。
野田島「あれ?どうなってんだ俺の腕?」
野田島が『自分の腕があるはずの場所』を見ると、そこには何もなかった。
かわりに野田島の両腕は地面にポトリと落ちていた。
野田島「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!!?」
ブロックで満たされた空間を想像して欲しい。
その中でブロックを一個分押すとどうなるか。
前にスライドするだけでなく、
一個分のブロックの隙間を埋めるために上からブロックが落ちてくるだろう。
空間のブロックでも同じで、
加島の蹴りにより、ブロックは一個分以上スライドした。
そのため空間が『上から下へスライド』したのだ。
結果として野田島は両手をもぎ取られた。
即死せず恐怖したのは不運である。
加島「おお、すまん。すぐ楽にしてやるぜ」
加島は野田島の頭の位置にあるブロックを押し、
野田島の首を落とした。
野田島の生首が転がり、『器の力』を持つ者同士の殺し合いは決着する。
加島「野田島……。お前が自信のある男で助かったぜ」
加島は野田島の体を一箇所に集めた。
加島「もし途中で逃げられたら、俺の足では追いかけられなかったからな」
加島は空間ブロックを思い切り踏みつけ、破壊した。
するとその空間にあった野田島の死体が、全て消滅した。