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終幕 『事実の裏にある、更なる真実』

 戦いを終えた翌日、夢大は一人でシスターの拠点があるビルへと赴いていた。夢大は、警備会社の方ではなく、シスター側の応接室へと通され、メグがやって来るのを待った。

「会いに来てやったの?」

「そういう約束だからな」

「締め切りもそれくらい遵守してあげれば、担当も喜ぶんじゃない?」

「記録と締め切りは、破られるためにあるんだ」

 メグは夢大を連れて、特別強固に作られている部屋に向かった。いわゆる監禁部屋だ。窓一つ無く、人が通れるような通気口も無く、凶器となりそうな金属も無い。二重の扉の先にある部屋に入ると、そこには、軽い割には丈夫な鎖で繋がれた、黒髪の女がいた。

「おはよう奈々。会いたかったわ」

 語尾が溶けるような声で、夢大を迎え入れる女。美人でもかわいくもないが、どことなく他人を引き寄せる空気がある。夢大はその女に近寄ると、世間話をするように隣に座り込んだ。

「ストア……昨日、お前の最高傑作だったエクスカリバーを持った少年を日常に返した」

「そんな呼び方じゃ、口利いてあげない」

「……悪かった。名を呼ぶから、こちらを向いてくれ、文香」

 途端に柔らかい笑みを浮かべる元BBのメーカーであり、新任の国語教師であり、夢大の学生時代の友人である岡部 文香。夢大は文香の笑みを見ながら、同じ言葉を繰り返した、

「ふーん……昔のあなたに似てたから、才能あると思ったんだけど……やっぱり奈々が1番ね」

「学校に潜り込み、多感な年頃の若者たち……それも特にホルダーと成り易そうな人間を選んでは、それにあったブックを作るとわな」

「それだけじゃないの。虐めを先導したり、教師を誘惑したり、色々やったのよ?」

 その甘ったるい喋りに、同席しているメグは顔をしかめた。

「……どうしてそんなことをした?」

 夢大の顔に非難めいた色を見て、文香は心外だとばかりに顔を寄せる。

「傷ついた人、欲を抱えた人、不安定な人。私はそんな人を見付けて、ちょっと広げただけよ? どうせ遅かれ早かれ、そうなる人たちを煽っただけ。結末に大差なんてなかったわ」

「その方がホルダーとして覚醒しやすかったからだろう? そして覚醒する度に、あれやこれやと注文して、手駒として使ってきたのだろうが」

「だって、それが私のブックの名前だもの」

 『注文の多いブックストア』。それが、文香が自分に宿したブックの名前。使用者を限りなく限定する変わりに、短期間でブックを作ることが出来るという能力を持ったブック。

 記憶を集めるうちに、青海の学校関係者が多過ぎることに気付いた夢大が辿り着いたのが文香だった。対策会議の時、アンが落書きとして残した監視者の後姿が、文香と一致したことも決め手だ。そして青海たちに『イーターとしての活動はない』という誤情報をカレン経由で伝えている間に文香を捕縛し、勇輝の宿したブックや、一連の事件に関する情報を抜き出すことにした。が、どれだけ夢大が喰闇を放とうと、メグが拷問しようと、薬を使ってですら、文香は落ちなかった。だが文香は、夢大がまた会いに来ることを条件に、情報を提示した。

「これで、手駒も全ていなくなった……閉店だな」

「そうね……でもいいの。目的は達したから」

「……どんな目的があったんだ?」

「その前に、私のブックにあるもう一つの能力を見せてあげる」

 文香はニャァ、と声を出した。すると、その身体がみるみるうちに一匹の黒猫へと変化し、鎖を抜けて、夢大の膝の上に飛び乗った。

「あの時の黒猫か。どうりで注文が多かったわけだ」

 メグが針を出そうとしたが、夢大はそれを制した。黒猫は夢大に飛び移り、鼻を近付けると、不機嫌な声で「他の女の匂いがする」と睨んだ。夢大は猫の首を掴み、膝の上に降ろし、頭を撫でてやった。それが気に入ったのか、文香は頭を摩り付けるようにして喉を鳴らした。

「ねぇ、なんで、私が奈々の家に行ったか分かる?」

「情報収集だろう?」

 黒猫から人間の姿に戻り、両腕で夢大を抱きしめながら、しなだれかかる文香。

「ハズレ……奈々に会いたかっただけよ。青海っていう邪魔者がいないうちにね。なのに毎日のように、メグとかいうのが来るんだもの。何度殺してやろうと思ったかしら」

「なら殺せばよかったでしょ」

「殺してやりたかったけど、奈々が悲しむ顔は見たくなかったの。むかつくけど……あなたは奈々の少ない友人だし、仕事のパートナーでもあるんだもの」

 そして夢大の顔を引き寄せて、唇を重ねた。夢大の顔に変化はない。だが、文香は背筋を震わせながら、夢大の顔をなぞる。

「……私はずっとあなたのことを思ってたの。それこそ、おかしくなりそうなくらい」

「もう十分おかしくなってるわよ?」

「外野は黙ってて!」

 メグに鋭い視線をぶつける文香。対するメグも剣呑な色を滲ませている。だが、外にいる見張りから、面会時間が残り僅かだと知らされると、文香はメグを無視して、夢大に向き直った。

「奈々は……仮に私がどれだけ綺麗でも、かわいくても、絶対に振り向かない。人間が嫌で、人間が苦手で、本の世界に浸っていた奈々が、心から人間の女を愛せるはずがない」

「勝手に決めるな」

「だからね、私は私を作ったの。奈々が愛してくれる私を。かわいいでしょあの子? レンのバカに一次的とはいえ従わせていたのは癪だけど、おかげで私の台本通り、アギをその身体に宿した。そして情が移った今となってはもう、捨てることもできない。ね、そうでしょ?」

 文香の目に、不快なほど深い紫色の光が宿る。イーターとして初めてアギを目の前にした時に見た、あの光と同じ紫色が。

「私はあなたを愛した。あなたは手駒から奪った記憶を通じて私を愛した。そしてこれから私達は、アギを通して、愛して、愛されながら生きるの。私の考えた台本通りにね」

「まさかお前の目的は……」

「最初からただ一つよ。あなたに……愛してもらうこと」

 文香が再び夢大の顔を引き寄せ、その唇に自分の唇を重ねた。そして夢大は、その唇がヌラリと塗れていることに気がついた。

「愛しているわ、奈々。ずっと……物語が終っても」

 にっこりと……全ての幸せをその身に受けたかのような笑みを浮かべ、一連の元凶であった女が……自分で舌を噛み切って死んだ。夢大は死んだ文香の身体をずらし、メグと一緒に部屋を出た。途中、メグが死体の処理を部下に任せる姿を横目に、一足先に夢大がビルの外へと出る。メグは若干遅れてビルから出て来ると、夢大の後姿を眺めてから、隣に並んだ。

「……なんだったの、あいつ?」

「高校の頃の同級生だ……数少ない、気の合う相手だった」

 当時の姿が浮かぶ。その時の文香は、普通の少女だった。今ほど人を惹く空気はなかったが、不快感を与えることもない、物静かな少女だった。本が好きで、自分で物語を綴り、その物語の主人公に、誰かを重ねたりする、少し夢見がちな、でもどこにでもいそうな少女だった。

「当時は、私も煮詰まっていてな。とても自分以外のことに気を回すような余裕などなかった」

「相手の思いに気付いていても?」

 夢大は何も言わず、ただ薄く微笑んだ。

「卒業を機に会わなくなった。それがまさか、こんな形で再会し、別れるとはな……」

「一本小説が書けるんじゃない? ラブストーリーなのか、ファンタジーなのか微妙だけど」

 冗談なのか皮肉なのか分からない、いつもと同じようなメグの発言。夢大はそれに苦笑してみせると、大きく伸びをして、肩を回した。

「いくつになっても、女というのは、分からんもんだな」

「そりゃそうよ。過去何人の男が、女を語った本を書いたと思っているの? あんたがいくら記憶を喰らっても、どんだけ立派なライターになっても、女のことはきっと分からないままよ」

 夢大がメグを見る。メグは、夢大を見ずに続ける。

「でも、悲観することはないわ。女も男のことは分からないんだから。でも……だからこそ互いに惹かれるものでしょ? 最初から全ての成り行きが分かる本なんて味気ないじゃない」

メグは薄っすらと笑うと、ハンカチを自分の唾で湿らせ、夢大の唇についた文香の血をキレイにふき取り、ライターの火でハンカチを燃やした。

「それと、アギちゃんはアギちゃんよ。あいつじゃない。なぜなら私は、アギちゃんは好きだけど、あの女は嫌いだから」

「その気の使いよう……何か裏でもあるのか?」

「泣きそうな男には、優しくしたくなるのよね。こんな女でもね」

 言い残し、メグは背中を向けたまま手を振り、ビルへと消えた。その姿に、むしろ自分より男らしいんじゃないかと、針を投げられそうな感想を抱きながら、夢大もその場を移動した。

 電車に乗って辿り着いたのは、青海が通う高校。放課後を迎え、構内は賑やかだ。夢大は受け付けで青海の保護者であることを告げ、学校見学に来たという名目で、腕章を借りて内部を散策した。そして青海の教室がある廊下に差し掛かったところで、体格のいい三人組みが、一人の少年を囲んでいる姿を発見し、ひっそりとその身体を隠して、様子を伺った。

「おい、ずっと学校サボってどこ行ってやがったんだよ!」

 線の細い少年の身体を突き飛ばす体格のいい男子生徒。線の細い少年は、服についた埃を払うと、落ちついた声で、三人に向かって笑顔で言い放った。

「君たち、人を殺す重みを知りたい?」

 突然のセリフに呆ける三人。

「もし君たちがしていることで、ボクや、ボクじゃなくても、誰かが死んだらどうする?」

「な、そん、なことあるわけ」

「虐められた側の気持ちも理解できないのに、どうしてたいしたことない、って言えるの?」

「だって、実際にたいしたことやってないだろ!」

「でも、たいしたことない、と思ってやったことで、実際に人が死ぬかもしれないんだよ?」

 三人が押し黙る。少年はその姿を見て更に笑みを強めると、止めとばかりに言った。

「じゃ、ボクが死んでみようか? 屋上から飛び降りれば、確実に死ぬよ。そして遺書にしっかり君たちのことを書いておいてあげる。きっと次の日から、君たち有名人だよ。おめでとう。それとも、今日からボクが君たちにやられたことを順にやり返してあげようか?」

 楽しそうに語る少年に、怒りと不気味さ以上の何かを感じ取った三人は、それ以上何も反論せずに、すごすごとどこかに消えて行った。少年は、三人がいなくなると、ふぅと息を吐き出して、特に色の無い表情に戻った。夢大は、そのどこかで見たことがあるような表情の変化や気迫に苦笑すると、拍手しながら少年の前に歩み出た。混乱する少年に、笑う夢大。

「すまないが見物していた。いや、実に見事で、面白かった」

「きょ、恐縮です。あの、それよりその……夢大さんですよね?」

 夢大は頷き、ペンを取り出すと、何か書くものはないかと尋ねた。その意図を察したのだろう。そして少年が出したのは『愚かな勇者様』と銘打たれた一冊の文庫本。

「まさか、この本が出てくるとはな」

「あの、だって、本当に、好きなんで……あ、でも、その、本当にいいんですか?」

「先ほどのやり取りの見物料も兼ねてだ。そにれ、約束だからな」

 言葉に疑問を感じながらも、名前を入れた本を手にした少年は、満面の笑顔を見せた。同じく夢大も笑みを見せると、おまけとばかりに懐からチケットを取り出した。

「知人の劇団で、私の台本で劇をやることになった。暇ならば見に行ってくれ。やつらも喜ぶ」

「ありがとうございます。あの、でも、なんでこんなに?」

「ま、罪滅ぼしだ」

 首を傾げる少年だったが、何よりも嬉しさが勝ったようだ。丁寧にお辞儀をして離れると、じっとしていられないとばかりに、靴を履き替え、校舎から出て行った。それを見送った夢大は、再び青海の教室に向かうと、顔を突っ込んだ。中には、青海を中心に生徒の輪があった。

「で、ずっとコンビニ弁当とかだっていうのよ? ヒッキーなんだから、料理くらいすればいいのに……やっぱりあたしがいないとダメみたいね」

 夢大は気づかれないよう、静かに青海の後ろに近寄ると、その肩を叩いて、声をかけた。その声を聞き、振り向きもせず固まる青海。

「盛り上がっていたようだが……何を語っていたのかな?」

「いや、あの、たいしたことじゃないの、うん」

 生徒たちは青海と夢大の様子を見て、驚きを通り越して呆然としてしまっている。

「どこか遊びにでも行こうかと思って誘いに来たのだが、引き篭もりはおとなしく引き篭もるとしよう。ダメさも極めればネタくらいにはなるというもの」

「あ、ちょ、ま、待って! うそ、行く、遊びに行く!」

 教室を出て行く夢大の後を慌てて追う青海。二人が教室からいなくなった直後、女子たちのテンションは今学期最高潮にまで達し、男子たちはこの世の終わりかと思うくらいの絶叫を上げた。二種の対照的な声を聞きながら、青海と夢大は教室を離れ、学校を出る。

「どこ行くの?」

「……カラオケにでも行こうかと」

 普段なら、青海の行きたい場所リストから適当に決まるはずなのに、珍しく行き先が決まっていることに青海が首をかしげる。

「いや……去年はいろいろあって、歌を聴きに行けなかったからな」

 青海が、あっ、と小さな声をあげる。

「今年は出ないんだろう? コンクール?」

「う、うん……」

「場所は悪いかもしれないが……聞かせてくれるか?」

 青海は泣きそうな顔をしながらも頷くと、夢大の腕を強く掴んでから、これ以上ないほどに微笑んだ。夢大もそれにできる限り優しい微笑みを返す。それはどこからどう見ても、親しい恋人同士の空気だった。が、それを打ち崩す音が鳴った。瞬間、二人の顔が『げっ』という声の無い呟きで満ちる。その音は、携帯の着信音。二人は、その止まらない音に嫌な気配を感じながらも、着信相手がメグとあっては無視することもできず、電話に出ることにした。

『へろう、あなたの天使メグメグよ』

 そのにこやかな語りに、露骨に顔をしかめる二人。

『急な仕事で申し訳ないんだけど、すぐに行って貰いたいの』

「ダメに決まってんでしょ! これからカラオケ行くんだから!」

『あーそー。でも夢大はどうかしら? やってくれるわよねー、猫と本が好きな夢大先生?』

 もはや脅迫だ。夢大はさっきのことがばれて青海に半殺しにされるのと、このまま仕事に向かって青海に怒鳴れるのどっちがマシかを天秤にかけた結果、仕事を引き受けることにした。

『さっすが話しが分かる。じゃ、詳しいことはメールするわ』

 そして切れる電話。同時に切れる青海。

「死ね! ドリアの食べ過ぎで死ね!」

「悪かった。埋め合わせはいつかする」

「いつかじゃなくて、今! ナウ!」

 夢大は騒ぐ青海の手を取ると、上着からブレスレットを取り出して、その腕にはめた。

「今はこれで我慢してくれ」

 青海は目を丸くした。それはだいぶ前の雨の日、アーケードで、最後まで買うか買わないか悩んでいたあのブレスレットだった。

「……夢大」

「な、なんだ?」

「許してあげる!」

 夢大の腕に自分の腕を絡ませ、怒りから一転、これ以上ないほどに微笑む青海。

「……やっぱり女はよくわからん」

 その呟きは、誰の耳にも入らずに、そっと冬の空に紛れて行った。


END

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