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異類婚姻譚 「赤鬼のマーチ」









 妖怪というものを、私は信じておりませんでした。いえ、というか信じている方も珍しいでしょう。……しかし、彼らが確かに存在するという事を私は知りました。だって、


「そ、その、百合。大事無いか」

「はい、あなた」

「そうか。そ、そうだ、これを! 土産だ。途中で買ってきたっ」

「まあ、素敵な櫛ですね」


 ウェンディングドレス姿で結婚秒読みだった私を攫ってくれたこの方の頭には、本物の角が生えておりますから。

 ええ、信じざるを得ません。触ってみれば確かに頭皮から生えています。両耳の数センチ上から生える角は滑らかで象牙のようです。かなり敏感だそうで、触ると恥ずかしそうにしておられますが。


「そうだ。そ、そのだな、明日は休みなんだ」

「それは良かったですね」

「お前がっ、暇だったらだが! 少し、隣の山にでも、散歩に!」

「勿論、構いませんよ」


 燃えるような赤い髪と目から察するに、赤鬼さんなのでしょう。名前を椿さんと仰る夫は、背は高く筋肉質で、顔立ちは鋭い刃物で切り開いたようなすっと通る切れ長の目や鼻筋、薄い唇、輪郭もスマートで大変お美しいです。

 ……この冷たげな美貌の主が、どうしてこう不器用で無骨な方なんでしょうね?

 ちなみにこの、巷で言う細マッチョな見た目ですがとてつもない強力の持ち主です。攫われた時、車どころかトラック1つ引っ繰り返した所を目撃しました。


「そうか!」


 にこにこと笑う顔が、怜悧な美貌に明るい色を添える。ええ、いい方に嫁ぎました。人外ですが、全く異論ございません。

 結婚する筈だった相手の方ですが、あまり好みではございませんでしたし。というか、10も年上のお腹の出たおじさまを好む20代女性もあまりいらっしゃらないと思いますが。

 その点椿さんは200くらい年上ですが、美形で性格にも問題ありませんし、可愛いです。

 ええ、とてもお可愛らしくていらっしゃいます。何せもう、


「では、お弁当を作りましょうか?」

「弁当!? ……っそ、そうだな! それがいい」


 喜色満面。もうなんと言いますか、にぱー、と笑っています。胸がいっぱいになりますね、この笑顔。君の瞳は100万ドルだよとか言いますが、この方の笑顔は100万ドルどころではありませんね。日本の借金総額くらいは軽いです。


「櫛、ありがとうございます。夕食になさいますか? お風呂を先に?」


 なんとなく悪戯心が湧いて、お約束の一言を追加。


「それとも私になさいますか?」


 髪と同じ程に顔を真っ赤にして硬直する椿さんは可愛らしいと言っておきましょう。

 というか何度目でしょうね、これ。



 夕食を終え、それぞれ風呂に入ります。まだ眠るには早いので、私は大抵編み物か縫い物、読書でもする時間です。

 此処に来るまでは使った事のなかったコタツに向かい合わせで潜り、テレビを横目に眺めつつあみあみあみあみと単純作業。ええ、良いですねえ。憧れてましたこういうの。

 というかテレビがあるんですよ、ここ。もちろん人間のテレビも見られますが、妖怪放送というものがあります。つまり妖怪のテレビなんですが、これが中々面白いのです。


『人界不介入の条約が改正され、限定的に介入を許可する方向に――』


「これ、どなたが放送してらっしゃるんですか?」

「ん? ……狐と狸の連中だ。機材に化けられるんだ」

「まあ、凄いですね」


 妖怪社会も近代化真っ最中だそうです。ちなみにこの付近では、山神様に最終的な承認や任命を頼み、その下に数の多い妖怪の頭が集まる議会制だそうですよ。椿さんもそのうちの1人だそうですよ。鼻高々です。


『今回の改正をリードした天狗族の――』


「他にも人間がいらっしゃるんですね」

「あ、ああ。……ええと、会いたいか?」

「お会いしたいとは思いますが、みなさんお若いようですし……お話に入れるかしら」


 テレビに映る、黒い翼のある男性の横には制服姿の少女が立っております。近年初の妖怪と人間の夫婦だそうです。うっかり条約を破って誘拐してしまったため、逆に条約の方を変えたという情熱的な方です。

 楓さんと椛さん、ですか。そのうちお会いしたいとは思いますが、なんだか画面の向こうの方という感じが強いですね。芸能人みたいです。


「まあ、凄い年の差の方ですね」

「そ、そうだな。まあ、差で言えばこっちもあまり変わらん、が」

「そうでした」


 次に映ったのは、改正を全力で後押ししたという河童族の方。隣にはほんの小学生くらいの女の子の姿。巫女装束を着て、とても愛らしいです。

 お名前は蓮さんと初香ちゃんだそうです。夫婦というより親子に見えますけどねえ。法律とか大丈夫でしょうか? いえ、そもそも8歳児は結婚できないと思いますが。人間の法律は関係ないという事ですね。


「……あら、この方は?」

「こいつは……議会の目付だ。覚だから、嘘を吐いていないか見る」

「サトリ、ですか。聞いたことのない妖怪さんですが」

「人の心が読める」


 比較的若い、中学生か高校生くらいの少年が目付さんらしいです。顔立ちは可愛らしく、髪と目は明るめの茶色で、いかにも今時風ですね。

 そしてカメラが横にずれると、憮然とした顔で立っている高校生くらいの女の子。こちらは染めた感じの茶髪を巻いて化粧もちゃんとしていますし、可愛らしいです。怒ったような顔が残念ですが。さとるさんと舞さん、街を歩いてても違和感ないです。


「色んな方がいらっしゃるんですね」

「……あ、ああ。そうだな」


 というか、あれだけ派手な事をしたのに外でニュースになっていないのが驚きですね。

 妖怪の術とやらは凄いです。


 ――一ヶ月前、お腹が些か出すぎた感じのある30代男性との結婚式前。控え室でぼんやりと待っていた時、突如轟音が響き渡りました。

 なんと、壁に大穴が開いていたのです。

 しかもそこから背の高い、角の生えたシルエットが覗くものですから仰天いたしました。

「まあ、どなたですか?」

 とりあえず聞いてみると、埃が晴れて現れた赤い髪の美丈夫が言ったのです。

「つ、椿だ。お前をっ、む、迎えに……っ!!」

 思えばあの時からもうカミカミでしたね。どなたと聞かれて正直に名前を答えるあたりも面白いです。面白かったので、なんとなく抵抗しませんでした。いえ別に結婚が嫌だった訳ではないですよ? ただ好みじゃなかっただけでして。ええ、本当に。

 聞きつけて来た人たちは悉く非現実的な光景に驚いておられました。そのまま外に駆け出て、目の前にあったトラックの横腹を蹴り倒し、相手方のものらしいリムジンをぶっ飛ばしつつド派手に誘拐。屋上に飛び上がった時とか、大変面白かったですが。

 そのまま妖怪の住む場所に直行、鬼の里に連れ帰られ、翌日には白無垢姿で婚姻を結んでおりました。まあなんて手の早いお方でしょうと思いましたが、終始照れっぱなしでしたので許します。

 ちなみに妖怪の里はよく分からない場所にございまして、人間の住む人界とはほんの少しずれていて、普通の人間や動物は自然に逸れてしまうそうです。出入りするには少々面倒な手順があるだけで、私はもう何度も行き来していますが。


「そろそろ、ね、寝るか」


 顔を真っ赤にしながら、椿さんが言う。夫婦ですから、寝るという意味は勿論額面通りではありません。そろそろ慣れてもらいたいものですけれど、この人の照れ屋は筋金入りなのでゆっくり矯正していきたいと思います。……何せ、人生まだ長いですから。

 人間五十年、現代では80歳くらいが日本での平均寿命かと存じておりますが、妖怪はなんとびっくり千年の長きを生きるとのことで、私も寿命を延ばす薬を飲んでいます。


「はい、あなた」


 嬉しい事に老化もストップするそうで、この先800年くらいはこのままの姿だそうです。

 まあ、50年後くらいには照れないようになっていて欲しいですが。


「灯、消しますね」

「あ、ああ」


 妖怪が持っている妖力というもので点灯する狐火のような灯りを消しても、月明かりで部屋はぼんやりと明るいです。中庭に面していて、障子を明ければ夜空が見えます。

 テレビを始めとした電化製品はありますが、電気ではなくやはり妖力で動いているらしく、家の周りにも電線や電柱といったものはありません。放送や通信もやはり妖力で行われているそうで、機械を経由する必要も無いらしいです。

 ……田舎での生活、憧れておりました。それに、人間の技術と比べてなんとエコロジーな生活でしょう。私も練習すれば霊力というもので似たことが出来るらしいですが、どうにも想像が付きません。しかしそういう事より、ずっと。


「そ、その、いいか?」


 暗闇でも分かるほど顔を赤くして手を伸ばしてくるのを見て、思わず笑みが零れます。

 初心な男を育てるというのも、女の甲斐性だと思いませんか?


「はい」


 控えめすぎる手を取って自分に押し付けつつ、そう思うのでありました。







 頭領が奥方を攫ってきたと聞いて、赤鬼の里が揺れた。激震した。だってあの頭領が……血の似合う赤の頭領が! 『血染めの椿』とか呼ばれてるあの人が! 「敵対すると椿のように首を落とすから椿」と専らの噂なあの人がだ!

「ゆ、百合、どうだ。綺麗か?」

「はい、とても綺麗ですね。湖に落ち葉が浮いて、なんと風情のあることでしょう」

 奥方を前にすると顔まで真っ赤の赤鬼だなんて!

 ……おお、未だに信じられない。何せこの大人数で尾行しているのに気づかないだなんて衝撃的だ。いつもなら後ろに回るだけで回し蹴りが飛ぶというのに。

 しかも奥方――百合どのは、今時珍しいほどに“よき妻”を体現したような方だ。ますますどうしてあの荒くれ頭領の嫁にとは思うが、びっくりするほど大人しい頭領はでれでれしながら奥方の手を握ろうとして引っ込めている。ああっ、また!

 百合どのは黒髪を後ろで纏めてばれったとかばてれんとかいう現代風の髪留めで留めた、うなじの綺麗な女性だ。うなじも良いが、胸も尻もしっかり出ていて大変すばら……けしからぬ体形でいらっしゃる。そういう所に惚れたのだろうか、頭領。案外巨乳好きだな、頭領。河童の所のあれみたいに幼女誘拐したり、鴉の頭みたいに女子高生連れてくるより健全な趣味かとは思うが。

 頭領がいつ百合どのに惚れたかというと、テレビで偶然見たそうだ。なんでも有名会社のご令嬢で、父親が何かやらかしたらしく記者会見でインタビューに答えていた。すっかり気の抜けてしまったらしい母親とは逆に、批判にも好奇の目にも心揺らさぬ不動っぷりに一目で惚れ、その後結婚すると聞いて居ても立ってもいられずに突っ込んでいった。

 ……いや、なんつーか凄い人だ、両方。会社? 援助してくれる筈だった結婚相手の会社諸共倒産したらしい。知っているだろうに平然としているのがまた凄い。

 あとこの前抗争で血みどろになりつつ百合どのが心配すぎて駆け戻って行った時も、俺たちの心配とは裏腹に平然と「まあ、少々お待ちください」とタオルを持ってくるような奥方だ。流血沙汰の多い鬼の里に住むには適しているかもしれん。

「あなた」

 百合どのが苦笑して手を伸ばし、ゆらゆらとしていた頭領の手を取る。おお、やっと繋いだ。しかしまあ、うちの頭領はウブだな。

「! ゆ、百合」

「手、繋いでくださいませ。転んでしまいそうですから」

 なんて出来た嫁なんだ。いいな俺も欲しいっつーか結婚してくれ奥方ー!






照れ屋の脳筋さんを翻弄するお嬢様、というのも使い古されたパターンのような気がしますが、書いてて楽しいです。

鬼の里の頭領と、倒産した会社の令嬢という謎の組み合わせ。えーとつまりエセ中世風に言えば傭兵団の団長と没落貴族の娘みたいな。


題名は赤鬼と青鬼のタンゴリスペクト。そのうち青鬼も書く予定。

歌詞的には角1本が赤鬼で角2本が青鬼ですが、逆になった。

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