異類婚姻譚 「河童の嫁取り」
河童という響きのなんと奇妙で愛らしいことか。
目の前にある緑色の頭をべちべちと叩きながら、そう思う。
「いたっ! 痛い! 痛いです本当に!」
しかし目の前の河童はいただけない。何故現代だからといって、漫画かぶれのイケメン顔をしているのか。緑の頭に目の男だなんて全く面白味がない。
泳ぎは異常に上手だし、手にも水かきらしきものがあるし、頭と目は緑。しかしそれだけで河童を名乗るのは全くもっていただけない。
「私の婿になりたいなら、甲羅と皿のひとつでも見せろ」
「む、無理ですってばああぁ……」
そう、こいつは私の婿になりに来たというのだ。
正しくは私を嫁に取りに来たが、生憎私はこの家を離れられない。何故かと言われても、跡取りだから仕方ないだろう。
河童は好きだから構わないが、こやつでは意味が無い。胡瓜の無駄遣いだ。
「おい」
「はいぃぃ」
「そもそもお前、妖怪のくせに何故そんなに情けないんだ」
うつ伏せの状態で背中を椅子にされている河童もどきは、うええと泣きそうな声。
「水の力が使えますけど、室内じゃないですか」
「そうだな。で?」
「で、って……濡れたら嫌でしょうに……」
「妖怪のくせに」
情けない。
「すいませんすいません調子乗ってすいません……」
「情けない奴だ」
「で、でも、好きなんですよう……」
……情けない。
「そんなに好きなら、自力で攫え。ロリコン」
「え、あ」
「言っておくが、このナリでも私は跡取りだぞ。妖怪退治の大御所に勝てるならば連れていっても良い。情けない河童よ」
「ほ、ほ、ほんとですか!?」
ばっといきなり起き上がられたものだから、顔から畳に突っ込みかける。
危ないと思ったその時、腹を何かが支えた。
「じゃあそうします! ありがとうございます!」
「……っな」
水の手だ。攻撃されたと感じ、手は自然に懐にある札を取ろうとする。しかしそれは既にびしょ濡れになり、使い物にならないほど滲んでいた。
……情けないくせに中々やる。壁際に立てかけてある薙刀を取ろうとして、
「させません!」
「くっ!?」
体が水に絡め取られ、水球に閉じ込められる。息がと思うと、「息できますよ」と声が掛けられた。言葉に従い吸い込んでみれば、自然に肺の空気と交換されて酸素の変わりになる。……そういう液もあると聞いたが、普通の水にしか見えん。
「……やるではないか。うちのジジイどもに勝てたら、連れ去るが良い」
「はいっ?」
「何だ、私だけに勝てばいいとでも思ったか? 情けない河童だ」
ずがんと音がして壁に穴が開く。ひっと顔を青ざめさせた河童の前に、逆光で見えぬ人影。髭をもっさりと生やし、和服を着た老人……うちのジジイその1だ。
「河童よ!」
「はいいいっ!」
「孫を嫁に貰うというのなら儂を倒してゆけえいっ!」
「そうさせていただきますうううっ!!」
そっちなのか。そっちなのかジジイ。跡取りの件はいいのか。いいのか!?
「こういう事もあろうとっ! 分家の雅則めに目をつけておったわいッ!」
「おいジジイ最初から期待しておらんのではないかあああっ!!」
「はんっ! 言っておくがのうっ、武術は天才じゃが霊力が弱すぎるんじゃ孫おっ!」
「どちくしょぉおおおおおおおおおっ!!」
――河童は情けないが、強かった。
祖父、曽祖父、叔父、父母、弟、分家の雅則(恨むぞこいつ)らを謙虚にも謝りながらバッタバッタと薙ぎ倒し、見事河童の里に連れ帰った。
そんな訳で、貰った薬で寿命を延ばしてもらい、現在私はこやつの妻である。
「夫殿。飯が出来た」
「あ、ありがとう」
情けなさは変わらんが、丁寧語は抜けた。しかしまあ、何故こんなに情けない性格なのか分からん。その割に度胸はあるが。
人のなりを出来る妖怪というのは力が強いらしい。強すぎて河童の姿では抑えきれぬというのが真相だ。遊びにきたこやつの友人に聞いた。
しかし屋敷は実家より大きいし、住み心地はよい。しかも河童が沢山いる此処はまさしく楽園だ。よく考えてみると、嫁に来て良かった。
「仕事はどうだ?」
「ちゃんと出来てるよ」
にまにまとだらしない顔をしていたので、頭を叩く。情けない所はこれから矯正して行けばよかろう。
……にしても、薬はもう少し後に飲めばよかったと思う。何せ、私は。
「美味しいなあ。よくできたね」
「馬鹿にしているのか」
まだ8歳と5ヶ月なのだから。
……嫁には来たが、子供が作れるかは怪しいな。そもそも作り方も知らんぞ。
とある河童の手記
先日河主が連れてきた嫁御はとても可愛らしい。しかし可愛すぎるというか、幼すぎる気がするのは気のせいか。跡取りを作れと散々言われていたのに子作りどころでない年を選んできたのは一体嫌がらせなのか。いや、あの様子じゃ普通に惚れたんだろうとは予想できるが、河主の未来と性癖が大変心配である。
嫁御――初香様は、切り揃えた髪に巫女の服を着た大変お可愛らしい方で、なんとなく古めかしい喋り方をする所が座敷童みたいだ。陰陽だなんだとかいう家系の方だそうだが、感じる力はそんなに強くない。むしろ、腕っ節の方が驚異的だ。
里の子供らと相撲に興じている様子が多々見られるが、1度たりとも負けない。ガキ大将が早々にひれ伏したというのだから恐ろしい。
そして、並々ならぬ河童好きなのだそうだ。
それは良いのだが、嫁御様に可愛がられた河童が河主に報復されるのが怖い。1週間きゅうり抜きだとか、三日川に入らないとか、本当にやばい。死にかける。
情けないくせに嫁御様が絡むと怖い。本気で怖い。いつものへらへらした顔で告げられてトラウマになる河童が続出だ。
……早くもっと仲良くしていただきたいものだが、どうにも初香様は男女の事に疎い。
「のう、子供はどこから来る? シキュウというのは腹にあるのだろう? どこからどうやって腹に子供が入るんだ」
しかも知識が微妙にあるものだから説明しにくい事この上ない。
「それはですな……」
言いよどんでいると河主様が現れた。もう見るだけでビクッとしてしまう自分が憎い。ちなみに私が受けた罰は天日干しの刑だ。自分は乾いても平気だからってこの仕打ち!
「それはね、初香」
「何だ仕事をさぼって」
「い、いいじゃないか。ちなみに初香、子供はね」
「うむ?」
聞きたくないので逃げた。法螺を吹くのか、あるいは体で教え込むのかは知らないがこちらのトラウマに残るのは確実だ。「僕と君が愛し合うと出来るんだよ」「ふむ。どうやって愛し合うんだ」「じゃあ寝室に」なんて会話は聞いていない。聞いていないぞ! 私は児ポ法で逮捕される河主なんて見たくない! 見たくないんだ! 見たくな――
(ここで手記は掠れたような字と共に途切れている)
ロリコンの河童の話。
でもよく考えたら、そもそも妖怪はみんな長生きなので、8歳でも18歳でも大して変わらないとも言える。
……幼女と青年やオッサンの組み合わせは素敵ですよね!