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新年あけおめ略の番外 「佐藤信文、その生涯」

新年あけましておめでトリップ1999

(http://ncode.syosetu.com/n8244x/)

の番外編です







 佐藤信文は2歳の妹が可愛くて仕方の無いごく普通の高校生だった。18歳、男盛りというか遊び盛り。受験勉強もしていたが、やはり遊ぶ方が楽しかった。

 彼女も居たし、友人も多い。家族にも恵まれて、まさにこの時期は彼の幸せの絶頂だったのだろう。

「しの、健太の所行くか」

「あい」

 2歳の妹・志信は愛らしい。目に入れても痛くない程だ。そして健太は隣の家に住む、やはり2歳の子供である。一纏めにして信文が面倒を見る事が多かった。

 ――日常が壊れたのは、何の変哲も無い夏の日。

 一枚だけ出し忘れた、遠く離れた所に住む友人への葉書。昨年転校して行った彼に向けての暑中見舞いを、すぐ其処にあるポストに出そうと思い、一歩家を踏み出した。

 瞬間、世界が変わった。


 信文は勇者として異世界に召喚された。ザルベリグン王国とやらが危機に晒されており、彼は魔王を倒さねばならないらしい。信文は最初こそ突っぱねた。当たり前である。彼は分別ある18歳で、正義感だけで動けた10歳のどこぞの誰かとは違う。けれど結局、自分に付けられた侍女の懇願に、絆された。あまりにも哀れだった。

 3年間の修行。ザルベリグンの魔法技術はケイオスティには及ばず、魔法による補正が低く時間がかかった。けれど殆どの技能が完成されれば、彼は勇者と名乗るに足る、絶対的な力を得ていた。

 戻る時には時間を戻してくれると、そういう話だった。


 旅は順調だった。仲間は、剣士がひとり、魔女と巫女。信文は誰にも好かれ愛され尊敬され、各地を平和に戻していった。

 それは、物語の勇者そのもの。

 だから、華々しく終わるものだと――無事に帰れるものだと思っていたのだ。けれど、現実は彼に厳しかった。


 魔王を倒して帰還した王城は、一変していた。

 王族は元々、国王派と王弟派に二分されていた。信文は知らなかったが、彼らは王位継承の時にも散々揉めたのだ。

 そして今、二度目のクーデターが起こったのだ。城に帰ってみれば、まんまと信文は捕らえられた。何も知らなかったのだ。

 玉座には王弟が座っている。

 それは此処に引っ立てられる前に十分理解していた事だ。

 しかし信文はそれ以上に――その横に居る人物を見て、驚愕した。

「嘘だろ……」

 媚びるように腕を絡める、派手なドレスの女。しかしその顔は、忘れようにも忘れられない。あの日、愛する家族を亡くしたのだと、何も無いのだと泣いた女。メイドだった女が其処にいた。

「何が?」

「ふん、教えてやるがよい」

「ええ……国王陛下」

 どきりと心臓が鳴る。この先を聞いたら戻れないのだと信文は理解したが、聞かされる。魔法も腕も封じられており、もう打つ手は無い。

 仲間は、と視線を彷徨わせる。

「来ないわよ」

 ぎくりとする。女は唇を歪めて笑うと、残酷な言葉を紡いでいく。

「あたしは最初から、こちら側よ」

「……」

「全部、嘘。家族なんて元々いやしないもの」

 ぎり、と歯を噛み締める。信じたくなかった。あの涙が全て嘘だとしたら、自分は何のために旅をしたのか分からない。

 ……いや、違う。最初は問題じゃない。救ってきた人々の笑顔のため、そう思えばいい。

 そう自分を誤魔化そうとした所に、追い討ち。

「ノブフミ・サトー。馬鹿な男」

 ごろん、と何か目の前に投げ込まれたものがあった。それが何なのか、信文は一瞬理解できず――そして、理解したくなかった、とその直後に思った。

「そ……んな、そんなっ、」

 剣士の、首。

 その両脇から、ひたり、と白黒のブーツが二組見える。もう、見なくても分かるくらいに見覚えがある。手の震えが止まらない。がたがたと震え、唇は青ざめていた。

「サキア、ツェーリ、よくやった。褒めてつかわす」

 サキア。魔女の名前だった。高飛車で意地っ張りで、けれど努力家だった。

 ツェーリ。巫女の名前だった。温厚で心優しく、誰よりも民を案じていた。

「ま……マークスっ……お、お前ら、何で」

 マークス。剣士の名前だった。豪快で勇敢で、親友とも言えた。

 物言わぬ首は、ただ信文を睨みつけている。食いしばった唇に寄せた眉根。怒った様な顔で、殺されている。

「まだ理解できませんか」

 哀れむような巫女の言葉。

「あったま悪いわね」

 嘲るような魔女の言葉。

 全てが理解できない。ぼうっとしているうちに、公開処刑とする、と告げられて牢にぶちこまれた。

 不可視の悪魔が、耳元で甘く囁いて理解させてくる。――裏切られたのよ、と。


 信文は無気力だった。もう逃げるつもりもなく、いっそ殺して欲しいと思った。元の世界に戻る術など知らない。何もかもが敵に回ってしまえば、勇者はもう勇者ではない。

 外では自分は裏切り者として扱われているのだと、牢に居た兵士が戯れに教えた。

「可哀想なこったな。まあ、俺は王弟……や、王か。そっちに賛成だが」

 兵士同士の話し声。彼らにとっては、どちらが王だろうが大差ないのだろう。

「何でだ? つーか何で今更」

「勇者を召喚したのはまあいいんだが、湯水のように金使ったしな。給金増えるに越した事はねえわ」

「あー、それはあるな。大体何で国の危機にあんな派手なパレードとかやるんだっつーの」

「警備も大変なのによー、給金は減る一方だし」

 彼らにとっては、末永い平和よりも貰える給金こそが現実的で好ましいのだ。

 自分のしてきた事がひどく空虚に思えて、耳を塞ぐ。

 そうして1日2日と過ぎていった時、不意に兵士が騒ぎながら外に出て行く音がした。ずっと俯いていた顔を上げると、其処には闇のような男が立っている。

「ゆーうしゃっ」

 フードから覗いた口元が楽しげに笑っていた。チェシャ猫のようなその男は、両手に血塗れのナイフを持ってくるりと回す。

「何だよ。まだ暗殺しようってのか」

 彼は修行していた時期に何度も信文を殺そうとしてきた、殺し屋だった。彼はフードを落として派手な紫の頭を露にし、真っ黒な目を細めて哂っている。

「助けに来てあげたんだけどー?」

「嘘臭ぇよ。いらないし」

「善意じゃなくて悪意だからさあ。いいじゃん、ほら。来いよ」

 がらんと音がして鉄格子が全て細切れになった。腕を引っ張られ、拘束具の数々もすぐに地面に落ちる。相変わらず人外じみている、と溜息を吐いた。

「俺はもう、助かる気なんてない」

「嘘つけ。だったら舌でも噛んで死にゃあいいのになー」

「死に際くらい人任せにしたい」

「おーおー」

 笑いながら、強い力で引き摺られて仕方なく歩く。城内は慌しく、明らかに彼の侵入が問題になっていた。信文は溜息を吐く。

 何故か人にも遭わずに、城下町まで出る。何事もなく、平和な町だ。人の気も知らないでと思いながら、信文は放り出された。

「じゃーな、影ながら見てるよ」

「はあっ!? お前――」

 音もなく消えた殺し屋に、溜息を吐く。どうすればいいのだろうか。脱獄したと追われるに決まっているし、街でどうなっているのかも分からない。

 呆然と路地裏に立っていると声が掛かる。

「あんた、勇者様じゃないかい?」

「……あ」

 宿屋のおかみだ。しまったと一瞬思ったが、逃げるのも可笑しいだろう。武器も何も無いが気絶させる程度なら出来る。しかし、躊躇する気持ちが強かった。

「やっぱり勇者様! 心配してたんだよ、逃げてきたんだろう? うちで少しなら匿ってあげられるさ」

 その言葉に顔を上げる。信じてくれるのかと、むしろこちらが信じられないような気持ちになる。磨り減った心は、あっさりと彼女を信用した。

 けれど、それは間違いでしかなかった。人間というものは、いくら信用する人間だとしても――そうそう罪人を守ろうとはしない。

「……あんた、早くっ」

「わ、わかった。これで……」

「そうだよ。うちが手柄だっ」

 夜中、トイレに行こうと部屋を出た時に階下から聞こえた声に、硬直した。

 耳元で悪魔が囁く。裏切られたよ、また。――違う、違う。喉が乾いて言葉も出ない。階段を駆け下りて、信文は椅子を蹴飛ばした。俺は、ここにいる、と。

「ひっ」

 悲鳴。脅えられている。そのことに、何より心臓がずきりと痛むような気がした。

 何を言おうとしたのか。崩れていく心を撫でるような、見えない悪魔の睦み言。

 ――ねえ、もういいでしょ?

 びきりと地面が罅割れる。武器が無いから、何だ。戦ううちに膨れ上がった膨大な魔力は、どす黒く色を変えている。信文はふらりと体を一歩前に動かし、感じる痺れに薬を盛られた事を悟る。

 ――恨もうよ。呪おうよ。

 兵士たちが駆けつけた時には、そこには。

 頭を割られ、ぴくぴくと痙攣している死に掛けた女しか居なかった。


 空が曇る。雷撃が町を穿つ。魔王は孵った。絶望を胸に、世界を呪い。魔神の声に魔物が咆哮し、魔族が喜びも露に笑う。笑う。笑う。

 地獄の中で、かさついた心を抱き締めて、ただ無気力な日々。

 そして。

「奇遇だけど、私も佐藤。佐藤志信」

 泣き笑いを浮かべた勇者は。最後の最後に、与えられた救いだった。

「ごめん」

 殺せ殺せ殺せ。敵側の魔族がみな、そう言う。止まらない。止まれない。

「殺せ、早く」

 いびつな救いだ。涙を散らしながら、白い鎧に包まれた聖なる女は剣を振るう。抵抗など一切もなく、首を刈られる。強く、育ったものだ。

 殺されても、裏切られてはいない。

 確かに残る肉親の情に、信文はどこか満足した笑みを浮かべながら、この世を去った。




 ノブフミ・サトー、悲劇の勇者であり元魔王である彼は、やがて前世の記憶を持ったまま転生した。なんと、第182代魔王シノブ・サトーと夫エリオットの第5子として。

「てめえエリオット!」

「息子のくせに口出ししてんじゃねーよっ」

「ああ!? 兄上と呼べっ!」

 父親=弟という奇妙な状況ながら、彼は今度こそ幸福に人生を全うしたという。

 これにて、終幕。






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