ハロウィンの話 中
ハロウィン。
日本に来てからも、毎年欠かさず参加する行事。
密かな楽しみは、あの人の手がほんのちょっとだけ触れる瞬間だ。
6歳の時日本に来て、8歳の時ここに越してきた。
元々舌っ足らずにしか喋れず、日本に来て日本語ばかり喋っていたらますます英語が覚束なくなって。
それでもハロウィンやクリスマスはやりたかった。
新しいパパとママは日本人。アメリカで天涯孤独の身となったあたしを、引き取ってくれた優しいひとたち。貿易会社のパパと、専業主婦のママだ。
ママにハロウィンをしたいといった時、始めはその存在すら知らなかったらしくて、随分と苦労させてしまった。
でも地域の子供会に掛け合って、みんなでやることになった。
その日あたしは、なかなかTrick or Treatを覚えられない友達を置いて、とっとと隣の家に行ってお菓子をせしめることにしよう、とインターホンを押した。
「うーい」
カラカラと、引き戸の玄関が開く。中から出てきたのは3つ4つくらい年上の、あたしからしてみればお兄さんだった。
子供会は自由参加だし、このひとは参加していないのだろう。
お兄さんは目をぱちくりとさせて、「魔女ぉ?」と小さく呟いた。
「とりっくおあとりーと!」
チラシは回してあった筈だ。そこでやっと思い出したようで、お兄さんは少し慌てたように引っ込んでいく。
「あいよ、お菓子」
少ししか年上に見えないのに、何だか大人びた人だった。お兄さんがくれたのはファミリーサイズの大きなチョコの袋で、でもその人から貰ったことに、なんでかすごく嬉しくなって。
子供だったあたしは、その気持ちが何だかも知らないで無邪気に喜んだ。
毎年、毎年、お兄さんのくれるお菓子はお徳用。他の子には小袋であげるのに、あたしだけは何でか大きな袋のままくれる。特別扱いしてくれているみたいで、ちょっと嬉しい。
でも多分、あたしが最初に来ているからそういう扱いなんだろう。大きいお菓子をくれるお兄さんは子供達の間で大人気で、でもあたしは毎年1番にお兄さんにお菓子を貰った。
今年はちょっと背伸びして、あの毎年だるそうな顔を崩せるかな、と猫耳と尻尾を付けてミニスカートを履いてニーソックスを装着。アキバ系? っぽい感じに仕上げてみた。
何のおばけなんだかよくわからないけど、日本には猫娘というやつが居るのだ。なんて素晴らしい! あたしは喜び勇んで、いいかげん卒業しろよと言ってくる当時からの仲間を鼻で笑い飛ばした。
でも、もし、駄目だったら今年でやめる。
だっていいかげん、呆れられちゃうかもしれないから。
お兄さんはもう大学生。今日は家にいると窓から確認し、作り物の尻尾を揺らしてインターホンを押す。
昔よりは喋るようになったけど、でもやっぱり緊張する一瞬だ。
「Trick or Treat!」
お兄さんはあたしの格好を見て、停止した。
「……おにーさん?」
ぎぎぎと音がしそうな動きで顔を上げる。そして手に持っていたファミリーサイズのルマンドの袋をガサッと放り投げた。……え、くれないの? っていうかまたブルボ●なの!?
「今年は、無いんだ。お菓子」
「へ」
いい笑顔で言われて、唖然とする。いや、今持ってたよね!? お菓子!
「で、イタズラはしてくれるわけ?」
カボチャ型の籠がどさっと玄関先の床に落ちる。持っていた腕を引かれて、ぐわんと視界が揺れて、うしろでガラガラっていう音がして、
「……っふきゃああ!?」
気づいたら、ぎゅって、抱き締められていた。