本日も、お憑かれさま。番外編「新年早々」
高校3年の、1月。
いよいよセンター試験という時期だが、既に目標の大学に合格していた慧都は、比較的のんびりとした正月を過ごしていた。
ちなみに大晦日は母と過ごした。最近の若者らしからず、オーソドックスに紅白を見て、しかも年越し前に炬燵で寝てしまったのをベッドに運ばれるという小学生並の過ごし方だった。
そして1月1日、母・都子は新年のパーティに呼ばれているとかで朝早く出かけていった。今頃、新年早々派手な格好で男たちを従えているところだろう。
慧都は八時過ぎに起きて、寝ている間に玲二が作ったという雑煮を食べながら、適当に付けた正月のバラエティ特番を眺めていた。
「おっと、不適切不適切」
――が、ほんの少しでも下ネタが入る度に目と耳を塞がれるので、碌に楽しめてはいない。
尤も、聞こえた所で理解できるか訳ではないが。
「……チャンネル、変える?」
「そうだね」
結局、新年早々NHKを眺める事になった。
――が、それで耐えられるのは慧都だけであり、途中から飽きた玲二が慧都をいじり始め、テレビどころでなくなったのは言うまでもない。
「そうだ、初詣でも行こうか。着物着せてあげるよ」
「う、うん……いいけど、その、……やっ、だめ、手……!」
「まあ、その前に姫始めってとこかな」
姫始め? と首を傾げた慧都に、耳元でその意味を囁く。
ぼんっと音を立てんばかりに赤くなった慧都は、もごもごと言葉にならない言葉を口の中で呟きながら炬燵の中に引っ込む。
「ああ、やっぱり着せてからにしよう。――はあ、想像するだけでたまんないね! じゃ、着物出してくるから待ってて!」
「へ? ……え?」
ひとまず目の前の危機からは逃れたが、後回しにされただけで、間違いなく後で実行されるだろう。
慧都は赤い顔を座布団に押し付けて、はあ、と熱っぽい溜息を漏らすのだった。
◆
実を言うと、慧都は着物を何枚も持っている。
母が世話になっている路善社長が、先行投資だの母へのポイント稼ぎだの誕生日のお祝いだのクリスマスプレゼントだのと、何かと理由を付けて服をプレゼントしてくれるからだ。
他の服も多いのだが、着物が一番多い。――都子が和装を好まないからだと慧都は予想している。
さておき、玲二のドレスアップは完璧だった。
つややかな黒髪を結い上げ、どこから出して来たのかきらびやかな髪飾りを付ける。もちろんメイクにも余念が無い。着物に負けないように、いつもの数倍は気合を入れたようである。
振袖は赤地に四季折々の花々や御所車を描いた華やかな柄で、帯もそれに合わせたものだ。
元々の容姿が和風寄りなだけあって、恐ろしく似合っている。――いや、玲二の執念の賜物かもしれないが。
「……ちょっと外に出したくないね! あああ可愛い、どうしようねこれ」
化粧と髪型が崩れないように注意しながら、器用にも抱きついて頬ずりする。
その時、バッグに入れた携帯電話が鳴った。
「あ、美っちゃん」
送られてきたメールには、暇だったら一緒に着物を着て初詣に行かないか、といったことが書かれていた。
伺うように玲二を見ると、彼はにこにこと笑いながら「いいよ」と許可をくれた。
その瞬間、慧都の表情がぱあっと明るくなる。とろけるような笑顔を見て、玲二が思い切り悶絶した。
「ああああああかわいいいいいいもうだめもうだめ僕もう死ぬ、あ、もう死んでたっけ」
もはや怨霊である。
どこかに引っ掛けそうで怖いので、待ち合わせ場所までタクシーで向かった。
そこには既に美佳が待っていた。現代らしいタイプの、ピンクを中心にした振袖を着て、髪にも派手な花の飾りが付いている。
「あー、慧ちゃん。わ、すっごい似合うね」
「ありがと。美っちゃんもかわいいね」
ほんのりと頬を染めてお礼を言う。
美少女2人は仲睦まじく手を繋いで、神社の境内に向かって歩き始めた。
大きな神社ではないのでさほどの距離はないのだが、5メートルごとに写真を撮っていいかと声を掛けられ、10メートルごとにナンパされ、とかなり時間はかかった。もちろん、下心のありそうな男性カメラマンはもれなくカメラを落とすハプニングに見まわれ、ナンパした男は滑って転んで恥をかいている。
どうにかお参りを終えた時には、30分ほどが過ぎていた。
「あとで甘酒飲もうねー」
「うん」
御神籤を引いたり、お揃いのお守りを買ったりと、女子高生らしく楽しむ。
普段はどちらかというとクールな(※怯えた)表情の慧都がにこにことしているので、美佳も誘ってよかったと満足し、甘酒を配っている場所へ向かおうとした。
――その時、誰からぶつかられた慧都が、ふらりとよろけた。
美佳に支えられて事なきを得たものの、
「きゃっ」
「何? ……って、バッグ! 盗られてる!」
「え、ええっ!?」
手の中から消えたバッグに気づき、慧都がおろおろとしながらあたりを見回す。
「ど、ど、どうしよう」
泣きそうな顔でひったくり犯を探していたが――ひゅ、と何かが空を切る音がした。
「ぎゃっ」
10メートルほど先で、若い男の悲鳴が聞こえた。
どうやらそれが犯人だったらしく、すぐ周囲に居た者に取り押さえられたようだ。
「よ、よかった……」
「よかったねえ、まったく新年早々バカが出るもんだ」
「それにしても、どこから飛んできたんだ? 破魔矢なんて」
片目を押さえて悶絶している犯人の横に、破魔矢が落ちていた。
どうやら先端が目に刺さったらしい。
失明するかもしれないので救急車が呼ばれたが、しっかり警察にも電話してある。
「神様の前でそんな事するから、罰が当たったんだよ! ちなみにこの神社は八幡宮だから、祀られているのは応神天皇、武運の神様ね! 多分、卑怯者が気に入らないんだよ」
「……なんか、生き生きしてるね」
「当たり前でしょ。神様がいるって事はお化けも居る!」
――ほぼ間違いなく玲二の仕業だ、とは言わないでおいた。
予定通り甘酒を飲んでから別れ、行きと同じくタクシーで帰宅した。
友達と初詣に行くのが初めてだったからか、にこにこと上機嫌だった慧都は――この後起きるであろう事を、すっかり頭から飛ばしてしまっていた。
「やー、転ばなかったね」
「うん!」
「慧都がうれしそうで良かったよ。――じゃ、せっかく着物着てるし、このままね」
「へ?」
ひょいと抱き上げられたかと思うと、するりと足袋を抜かれる。
そのまま何故か二階に運ばれたかと思うと、帯を外され、振袖を脱がされる。
あっという間に襦袢だけにされ、ベッドに寝かされた。
「いやあ、振袖は流石に汚しちゃまずいからね。でも襦袢だけでも十分そそるなあ」
「へ? え? え、やっ」
襟から手を差し込まれ、ひんやりとした感触に背中が跳ねる。
「な、な、なん――きゃっ」
「じゃ、姫始めいってみよう!」
「ひきゃあああっ!」
新年早々、腰が立たなくなったのは言うまでもない。