甘きもの、汝の名は? (1)
バレンタイン短編「甘きもの、汝の名はチョコレートなり」の続編的な蛇足です。
読了済みでないと意味が分からないかと思われます。
3~5話くらいで終わりたい(希望)
バレンタインから、半月近くが過ぎた。
乃木は、表面上はまだいつも通りの様子に“見える”ものの、内心凄まじく苛ついていた。
というのも――あれから殆ど美園と会話できていないからだ。
そもそも乃木は、自由にできる時間が少ない。この学校はサッカー部を強化指定部としており、部費は多めに割り振られるし、試合があれば学校全体で応援に行く事も少なくない。
その期待に応えるためにも、暇さえあれば練習せねばならず、また補習や追試になっては時間が削がれるため学業も疎かにできない。
だから、バレンタインの翌日――終礼から部活までの僅かな時間に、乃木はこっそりと美園をどこかに呼び出して話をしようと思っていたのだ。
ところがその日、乃木は出鼻をくじかれた。
「乃木ー、今日早めに集まれって」
友人の言葉に、今まさに鴫原に伝言を頼もうとメモを手にしていた乃木は固まった。
別のクラスで同じ連絡を聞いた市井も、恐らくは動揺したであろう。
「……え、何で?」
「ほら、先輩たちに色紙渡すじゃん? その説明だって」
卒業する先輩に色紙を渡す部活は多い。特にサッカー部を始めとした運動部は特に先輩後輩の繋がりが強いため、必須事項である。
既に受験を終え、引越しなどに忙しい者も多いが、サッカー部では春休みの半ばに一度集まって壮行会のようなものを開くことになっている。
「あと乃木、次の部長内定だろ? 忙しくなるぜー」
「はは、まさか」
サッカー部の部長は一応投票制ではあるものの、結局は人望が重視されるので、決める前から結果はほとんど見えている事が多い。
圧倒的すぎる場合、早めに引き継ぎをすませるために内々に伝えられることもある。――乃木も既に、部長となったひとつ上の先輩に、覚悟をしておくように言われていた。
もっとも、勿論乗り気ではないが。
「じゃ、伝えたからな。同じクラスの奴にも言っといてくれ」
そう言って去っていく友人を見送ってから、ほんの小さく溜息を吐く。
今日はどうやら、行動できそうにない。
書いたメモをぐしゃりと握りつぶし、ポケットに拳ごと突っ込んだ。
サッカー部は基本的に、下校時刻ぎりぎりまで活動する。
そんな時間まで美園を待たせておく訳にもいかないので、やはり、明日に回すしかない。
難しいものである。
乃木は、極力人前で美園に話しかけたくないし、美園もおそらくは同じだ。
良くも悪くも自分が目立つ事を自覚しているし、美園は顔に“目立ちたくない”と書いてある。――彼女の平穏を壊すことは避けたいのである。
だからわざわざ人づてに、言葉を使わずにひっそりと呼びだそうとしたのだ。
彼は、美園に迷惑をかけないように慎重に行動している。
――けれど、それは裏目に出ることになるのだった。
それから半月近くも同じ状態が続いている。
新しい部長はやる気に溢れ、乃木にとっては不都合なことに昼休みにまで練習(といっても軽いトレーニングではあるが)が入った。
なんとか部活のない日にと思ったが、最近の美園は妙に早く帰宅してしまうし、鴫原も捕まらない。
3月に入り、卒業式も無事に終わり――もうすぐ学期末だ。
修了式まで、あと半月足らず。できればそれまでに、美園との関係を確固たるものにしてしまいたい。
――それが出来ていないために、イライラしているのだが。
「……の、乃木」
部室に入ると、市井が引きつった顔で声を掛けてきた。乃木からあからさまに苛ついたオーラが発されたからだろう。
グラウンド脇にぽつんと建つ部室には、相変わらず2人しかいない。休憩時間だが、戻る体力を惜しんでその場で休む者が多いのだ。
「何だ」
「いや、そろそろ、やばいかなって……悪いな、まったく鴫原落とせなくて」
「……ああ、そうだな」
鴫原を落とせ、と言われたもののあまり芳しくはない。それでも多少距離を近づける事は出来た。それだけで褒めてほしいくらいだが、今の乃木にそう言っても仕方がない。
部室に入った瞬間に表情が消え、あからさまに苛ついたオーラが発されたからだ。
「そ、そうだ。明後日、休みだよな?」
「残念ながら委員会の仕事だ」
「げぇっ」
間が悪い、としか言いようがない。
乃木は部活が忙しいため、委員会はほとんど所属しているだけの状態だ。だが、年度末で忙しいのか、ちょうど部活がオフになる乃木にも声がかかったのである。
「それに、休みになった所で会えるかどうか分からないな」
「……そうだよなあ」
どうも鴫原が、家の事情でしばらくは急いで帰らねばならず、美園も合わせて早めに帰っているらしい。
――だか、それも本当なのか怪しい、と2人は思っていた。鴫原が何を考えているのかは分からないが、どことなく乃木に対して否定的なのである。
実を言うと鴫原と同じ委員会なので、もしかすると彼女が乃木に仕事をさせるように動いたのかもしれない、とも考えていた。
「俺、……一応、鴫原に聞いてみるわ」
「ああ。ありがとう」
丁度そう言ったタイミングで、休憩終了を告げるホイッスルが鳴る。
市井は珍しく素直に礼を言った乃木に驚きつつ、その背中を追いかけるように部室を出て練習に戻っていった。
間に合わなかったのでちまちま放出(予定)
サッカーとか特に詳しくないので適当ですがご容赦ください。
※5/18 修正しました。補修→補習
ご指摘ありがとうございます!