ハロウィンの話 上
ハロウィン。
それは俺があの子に会える、1年にたった1度の日だ。
「とりっくおあとりーと!」
そう言ってあの子が俺の家の玄関で笑ったのは、もう十年も前の話だ。
きらきらと輝く金髪の上に大きな黒い帽子を被って、緑の眼を煌かせていた。
「……あ、えーっと。ちょっと待ってて」
正直なところ、ハロウィンなんて忘れていた。大体ここは日本で、そんな文化が浸透しているとは言えないのだ。
慌ててリビングのテーブル上に放置されていたお徳用のチョコレートを引っ掴んで舞い戻る。何故だか気分が高揚するのを、抑えられない気がした。
「わーっ、おっきいの! やったあ!」
そう言って浮かべた嬉しげな笑顔に、落ちた、と思った。
それから毎年、ハロウィンが近づくとスーパーでお徳用のお菓子を買い込む。まあ、ルマンドとか、アルフォートとか、エリーゼとか……ロアールとかアルチュールとか、要するにブル●ン製品ばっかりだが。よく特売で売ってて安い。
あとホワイトロリータを渡した時には密かにどきどきした。あの少女を現しているような名前だ。
10年。8歳の彼女が越してきて、ようやく18歳。今年は来るだろうか、と期待しながらも。
ハロウィン、それは彼女に会える日だ。
……最近はそうでもない。時々挨拶も会話もする。でもやはり、ハロウィンは特別な日だ。
「Trick or Treat!」
年齢故に舌足らずだった彼女のその台詞も、この年になると流暢だ。
「……おにーさん?」
暫く黙っていた俺を、怪訝そうに見る。3つ上の俺は、お兄さんと呼ばれていた。しかし。
「今年は、無いんだ。お菓子」
「へ」
今年からは、是非とも名前で呼んで頂きたい。
「で、イタズラはしてくれるわけ?」
「……っふきゃああ!?」
よりによって猫娘の格好で理性をトばせてくれた彼女を、ぐいっと家に引き込んだ。