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異類婚姻譚 「神霊写真 裏側」

※五話同時更新です。





 私はまだ、神としては若輩者だ。妖怪と比べても若い方である。

 劣等感という程ではないが、漠然と、力が足りていないと思っていた。

 そのくせ、力を借りるという事を知らなかった。


 変えてくれたのは、彼女だった。



「皆さんに、お聞きしたいことがあります」


「おお?」

「なんだなんだ」


「――里の、おすすめデートスポットを教えてくれませんか」


 そう言って軽く頭を下げた私に、

 一瞬静まり返った宴会場は――爆発的な歓声に包まれた。







 浴衣から覗いた白い首筋にくちづけ、下に滑らせていくと不明瞭な声が搾り出される。

 ああ、もう、何をしているんだ私は。

 思いながらも、止められない。止めたら最後、逃げられそうな気がした。


「――っす……す、すすすすす、」

「す?」

「す……き……やき!」


 しかし、強情だ。

 この人の性格なら、嫌なら蹴り飛ばしてでも逃げるだろうに。

 酔っていた昨日の夜、そんな話をちらりと耳にした。


「桜さん?」


 笑顔を浮かべて覗き込むと、彼女は口元を引き攣らせて笑った。


「ああああ汗かいたからお風呂入りたいなーとか顔洗いたいなーとか」

「汗を掻くような事、しましたか? ああ、今から?」

「待ってそんな斜め上の回答期待してません!」


 ぶんぶんと振られる頭を抑えて、額に、鼻先に、接吻を落とす。

 ――ああ、神にもこういう欲求はあったのか。

 新しい発見だ。


「桜、さん……桜……桜」

「え、は、はい……あれ、呼び捨て……え?」

「呼びたかっただけです」

「うわああああ」


 手で顔を隠そうとしたので、奪うように指を絡めて布団に押し付ける。

 顔を逸らした彼女は、真っ赤な顔をしていた。


「好きでも、嫌いでもいいです。あなたの気持ちを、聞かせてはくださいませんか」

「逃げたい」

「二択です。いえ、無関心を入れて三択でも良いです。いいかげんにしないとキスしますよ」

「待っ、まっ、ままままま」


 壊れたラジオのようになっていたが、カウントダウンを始めると流石に観念した。

 潤んだ目は真っ直ぐ外を睨んでいるが、確かに、彼女は。


 好き、と、言った。


「桜っ」

「うぐふっ」


 強く抱き締めると、くたりと力が抜けた。諦め顔でぽんぽんと背中を叩いてくる。

 ……なんというか、前から思っていたが、やはり子供扱いされている節がある。


 今は、それでもいいか。





 好きになったのは、いつだろうか。

 やはり、大丈夫だと抱き締めてくれたときからか。

 ――わからない。

 もしかすると、出会った時かもしれない。



「おはようございます」

「おはようござ――あああああっ仕事!」


 ばっと飛び起きた彼女は、わあわあ言いながら服を引っ張り出して纏う。

 私は何時も通り食卓に朝食を並べ、手早く化粧を終えた彼女を椅子に座らせて髪を梳く。


 ――彼女の家に神棚を設置して行き来するという妙案を考えたのは、木霊たちだ。

 里に祀られた、朽ちた柳の幹。その一部を、この部屋に誂えた簡単な神棚に置いた。

 普通なら難しい転移だが、分身に等しいそれがあれば、格段に難易度が下がる。


 私は、彼女の家と里とを往復して生活している。

 彼女が仕事に行けば里に戻り、帰る頃に家に出向く。

 ……どうも釈然としないが、まあ、彼女から仕事を奪いたくはない。

 彼女には、そのままの彼女であってほしい。


 だが、いずれは里に来て欲しいという気持ちもあった。

 人の命は短い。できれば、ずっと共にいて欲しい。

 寿命を伸ばす事は、難しくない。妖怪たちが使う延命薬でもいいし、私の神気を分けるのが1番手っ取り早い――というか、既に多少取り込んでしまっているだろうが。

 自分では気づいていないだろう。近頃髪や肌が艶を増し、より若々しくなっている事を。

 元々そう悪くない容姿なのに、ますます綺麗になってしまってどうする。

 会社までは付いていけないのでとても心配だ。

 ……じゃない。それもあるが、老化しなくなれば長くはここにも居られない。

 出来るだけ早く説得したいとは思うが、変わって欲しくはない。……恋をすると我侭になるものだなと、最近思った。


「いってきますっ!」

「いってらっしゃい」


 首筋までの髪を揺らし、スーツを纏った彼女は飛び出していく。

 ――さて、掃除をしよう。里に戻ったら、今日は会議だったか。

 以前よりも相談や頼みごとを受けることが多くなり、忙しくはなった。

 けれど、以前よりもずっと満たされている。


 ……と、掃除機をかけながら思うのであった。












「通い妻……」


 1人の木霊が洩らした言葉に、ぶ、と全員が噴出した。


「でも良かったよな、貰い手が出来て」

「逆っ、逆だろ……ぶふっ」


 呼応するように笑いが広がっていった。

 主の前でこそ礼儀正しく幼げで従順だが、実の所半数は柳より年上なのである。

 柳は木霊の中でも力が強く成長が早かった、それだけのことだ。

 要するにエリートなのである。


「ほら、あれだろ? 昔は男が通ってただろ」

「夜這い!」

「無理無理」 


 冷静な声に、ますます笑い声が増える。基本的に彼らは無礼であった。

 ちなみに、そもそも彼らは働かされる事は少ない。

 木の精であるため、己の本体の近くで昼寝しているか、集まって騒いでいるかだ。

 かといって別に柳を嫌っている訳では無く、優秀な弟を面白がって眺めている程度である。


「まだキスしかしてねーんだろ?」

「いやいや、わからんぞ。向こうで何してるか」

「つーか見てないけど、あのネエちゃん多分巨乳だよな」

「着やせしてるよな」

「浴衣着てたらボインだったもんな」

「死語だよ」

「パイオツカイデー?」

「もっと死語だよ!」


 話題は「死語について」にシフトしていく。

 そんな感じで、彼らは騒がしく柳の動向を生温かく見守るのであった。






という訳で、へたれ神様と元気なアマチュア写真家娘のお話でした。

若々しいけどなんとなく母性強そうな娘です。



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