異類婚姻譚 「神霊写真 三枚目」
次に訪れたのは、十一月になる少し前だ。
この前の時に聞いたところ、やっぱり十月は出雲に集まると言っていたから。
ちなみに十一日から十七日まで会議して、更に二十六日まで他の場所でも会議。
それからやっと帰ってくるらしい。
ちなみに今回は泊まりの予定!
鞄はいつもよりちゃんとしたリュックサックで、着替えも持って来たし!
「……桜さん!」
いつもの如く山をふらふらしていると柳さんとエンカウント!
山神 が あらわれた!
「あ、柳さん。ご無沙汰です! どうでしたか、会議は」
「散々からかわれました」
「涙のあとでもついてましたか?」
「……泣いてません」
「あ、そういう事になってましたね」
柳さんは子供っぽい仕草で、僅かに頬を染めて顔をそむけた。
相変わらず、天人みたいな見た目しておいてかわいい人である。
「あ、今日泊めてくださいね!」
「……はい?」
ぽかんと口を開け、柳さんは唖然とした顔で固まる。
「冬になったら来づらいので、沢山撮っておくんです。いいですよね?」
「いえ、あの……悪くはないですが……その、……いえ、いいです」
なんか歯切れが悪いなぁ。
額に手を当てて唸る柳さんは、気を取り直したように言う。
「……今日は、私が見せたい場所を案内したいと思うのですが」
「へー。いいですよ勿論! 神様オススメスポットなんて撮り甲斐ありそうですし!」
ぐっと親指を立てる。
ちなみにこの前までの写真も現像して持ってきてあるから、渡しに行かなきゃ。
「い、行きましょう」
「はい」
横に並んで祠に向かう。
ふと横を見ると、柳さんの手がうろうろしていた。
……手でもつなぎたいのかな? 仕方ない、繋いであげようじゃないか。
私は大人の女なのである。
「っ!」
手を握ると、柳さんは肩をびくりとさせ、ぐいっと顔を逸らした。
おお? 初々しい反応だなあ。神様のくせに女性経験無いの?
「で、どこに案内してくれるんです? あ、この前撮った写真を渡して来たいんですけど」
「……それは明日に。泊まっていかれるのでしょう?」
「そうですね。じゃ、明日で!」
行き先は教えてくれなかった。何このロマンチスト。
まあ、妖怪の里の観光スポット、存分に楽しもうじゃないか!
最初に行ったのは、なんやら壮麗な滝だった。
うわすごい! でかい! うわー何もうここ、秘境!?
「綺麗ですねっ! すごい! ちょっと滝に打たれてくれません!?」
「嫌ですよ! それは人間がやることです!」
「え、じゃあ私がやりましょうか?」
「なっ……どうしてそうなるんですかっ!? 馬鹿ですか! やめてくださいっ!」
「ああ、透けますしね!」
「~~ッ、とっとと写真でも何でも撮ってください、早く!」
「はーい」
存分に色んな角度から滝を撮影した。上からも撮りたいと言ったら思わぬところで生身で空中遊泳という人類初の偉業を果たしてしまったけど、よく考えたら清水の舞台で飛び降りれば達成可能だ。
1時間ほど滝を撮り続けて、次の場所に行きましょう、と柳さんが言った。
私は満足しつつ、次の場所とやらに連れていってもらう。
今度は、湖。あまり大きくないけど、両側から包み込むように葉の落ちた木が影を落としている。冬がくるなあ、とぼんやり思うような光景だ。
滝のような強烈な感動じゃなく、しみじみするような。
「落ち着きますねえ、なんだか」
「そうですか。……そのまま、落ち着きある性格になっていただければ」
「やーだ、私、元々落ち着いてますってー」
「……」
「え、無言?」
とりあえず、湖の周囲を回りながらたくさん写真を撮る。
柳さんが居ると幽霊も逃げてくみたいで、まともな写真が撮れていい。
午前はあと一箇所、洞窟みたいな所を見て。
昼になったので里の食堂みたいな場所でご飯だ。
神様とお連れさんだからーとタダにして貰えた。得だね、神って!
「午後はどこに行くんですか?」
「秘密です」
そんな感じに喋りながら、山菜蕎麦をすする柳さん。
元は木だから共食いになるんじゃないかなとくだらない事を考えていると、食堂が俄かにざわついた。顔を向けると、着物姿の大和撫子とホネホネしい痩せ型の白髪美青年。
「あ、撫子ちゃんと薄さんだ」
手を上げて挨拶すると、軽く頭を下げてこちらに寄ってくる。
本日の撫子ちゃんは綺麗に髪を結い上げて、なんともこう――色気がある。体つきは大人になりかけの少女だというのに、ビールのポスターみたいな色っぽさだ。
私の例えに色気が無いのは今更である。何せ本人にも色気がないから。
「こんにちは。写真を受け取りに来たのですが」
「あら、わざわざ来てくれたの。明日行こうと思ってたんだけど」
「いえ……」
その色気は多分、隣に立つ穏やかそうな男のおかげでもあるのだろう。
少女が女になるプロセスには、必ずではないが、大抵それがある。
恋。また、それに連なる行為が。
……ちくしょー羨ましい!
「山神さまと、お2人でお過ごしになるのでしょう」
「え? あ、うん」
「水を差してはならないと思いまして」
にこりと微笑む撫子ちゃんが、自分より年上のように思えた。
え、何、何で!? 別にいいんだけど! むしろ歓迎なんだけど!
「あ、一緒にご飯食べていかない?」
「いえ、今日はご遠慮させていただきます。また今度――山神さまの頑張り次第ですが、機会が出来るでしょうし。ほら、薄、行きますよ」
「ええ。では、頑張ってください」
何を!?
意味深な台詞を残して去っていく2人を見送る。
「……はぁぁぁ……」
柳さんはというと、溜息を吐いて額を押さえていた。ハゲるよ?
その後なぜか、この前写真を撮った人が次々に来た。
おかげで手元にあった写真が全部捌けたんたけど。
……うん? まあいいや。
午後は、柳さんの家に向けてゆっくり歩く事にしたらしい。
やっぱり山の中にあるらしく、結構な距離があるけど、夕方までには余裕で着けるそうだ。
「……あれから少し、里の者に話を聞いたりして。随分気が楽になりました」
「そうですか。よかったですねー」
「あなたのおかげです。ありがとうございました」
神様のくせに、生真面目なものだ。
私の手を握って、転ばないでくださいと言いながら縋るような、子供みたいなひと。
うん、可愛い可愛い。
「やー、私なんて何もしてないですって」
「……そんなことはありません」
ぎゅっと手の力が強まる。幼児かあんたは。
不満げな顔でじっと見てくるからなんやら居心地が悪くなってきた。
「こんなオバサンの言う事、サラッと流しといてってば」
「あなたの年でおばさんと言うのなら、私はお爺さんどころではありません。……本当に、救われたのです。私は神の中ではまだ年若く、先代から受け継いだこの土地を守れるか、自信がありませんでした。……けれど」
不意にこちらを向いて、ふわりと微笑む。
最初の日に見た微笑みよりずっと嬉しそうな、その笑顔。
……やばい、ちょっとキュンってきた! 何それ、イケメンこわい!
「あなたに、会えてよかった。迷っていてくれて、ありがとうございます」
「……な、なんですかそれ、プロポーズ!? あと馬鹿にしてませんか、私方向音痴じゃないですからね!」
「ぷろっ……ッな、あ! 違いますっ、違います違いますからそんなフライング……ッ!」
「はい?」
「うわあああああっ違います聞かなかった事にっ! してください!」
え、な、何、そんなに否定するの!?
ちょっぴり傷付いちゃうなー! ちょっぴり!
――そのまま、なんだか微妙な雰囲気のまま、でも何故か手を繋いだまま歩いた。
柳さんちは、案外普通の家だった。
薄・撫子夫妻の家より少し大きい、立派な日本家屋だ。
「え、洞窟とかに住んでないんですか」
「洞窟はありますが、別に住んではいません。あれは私を祀る場所なのであって、住むのには適しませんし」
「へー……あ、祠とかあるの?」
「ええ」
話しつつ、家に入る。古いけど崩れたりはしていないし、清潔な感じがする。
おおーと思いつつまたパシャパシャと写真を撮りながら、柳さんに続いた。
「部屋は、ここを使ってください」
「旅館みたいですね! わかりました」
「何か不備があれば言ってくださいね。押入れに浴衣と布団があるので使ってください」
「……ほんとに旅館みたいですね!」
「温泉もありますよ」
マジで!? 自宅に温泉って神様すごいな!
「……どうしますか? 食事もすぐに食べられますが」
「お風呂、お風呂先にしましょうっ!」
温泉と聞けば入らずにはいられない。
それが日本人の性という奴である。
浴衣に着替えて道具を持って、言われたところに向かう。
何これどこの旅館!? って感じに暖簾が掛かっていた。
「柳さんも入るんですか?」
「入りますが。……ああ、中は仕切りがありますから」
「あ、ですよねー」
ホッとしたと同時に残念でもある。
この人裸体でも綺麗なんだろうなーと若干わくわくした。彫刻みたいなね!
半裸くらいなら撮らせてくれないかなー!
「じゃ、また中で!」
「はい」
旅館みたいというか旅館そのものの脱衣場で服を脱いで、木で出来た戸をからからと開ける。
……ろ、露天風呂!
ちょ、神様の家は格が違った! 本当に旅館でしょこれ!