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異類婚姻譚 「神霊写真 二枚目」








 十月になる前に、私はもう1度山を訪れた。

 ……だって十月になったら出雲に行ってるかもしれないし? 和風神様的には。


 という訳で、前回から1週間ほど開けての再訪である。



「また来たんですか……」


 前回会った場所は分からなかったけど、ふらふら迷ってたら来てくれた。

 柳さんは溜息を吐いて、私の頭にくっ付いた葉っぱを取り払う。


「来ました! さあ今日も案内してもらいますよ」

「……はいはい」


 諦め気味だけど、でも面倒見がいい人だよなあ。あ、神だ。

 私は前回と同じく薬を貰い、柳さんに連れられて妖怪の里観光へ繰り出した。



 里に向かう途中、ちらりと里から離れた場所に立つ屋敷が目に入った。

 静かに佇む屋敷は広い。古風な日本家屋も好みだ。


「あのお屋敷を見てみたいんですけどっ」

「…………まあ、良いですが」


 なんか間があいたけど、何だ?

 柳さんは「どうなっても知りませんからね」と言いつつ案内してくれる。

 やだやだ、心にも無いことを。素直じゃないんだから!


「何かあったら助けてくださいね!」

「……もういやだこの人間……」

「いやーん見捨てないでくださいって、ば!」

「ちょっ、やめてくださいっ! ……馬鹿っ!」


 後ろから全力で抱きついた。

 しっかし、神様の罵倒が「馬鹿」とはなんともかわいらしいものである。

 私は、あからさまに女慣れしていない神様を散々からかいながら遠目に見える屋敷に向かった。



 屋敷は近くで見ると、ますます古臭く壊れそうな屋敷。

 人気が無いように思えるが、しかし住民はちゃんと居るらしい。

 なんとなくその雰囲気を壊したくないと思って、静かに表側に回った。


「――!」

「桜さん?」

「静かに」

「あ、はい……」


 ターゲットロックオン。

 私はその光景を崩さぬように細心の注意を払い、抜き足差し足忍び足で接近した。


 人がいなければ廃墟に見えてしまうような、古臭い日本庭園。

 縁側で足を投げ出し、柱に凭れて眠る少女は、和服姿だ。

 膝の上に乗った本のページからぱらりと風に捲れる。

 そしてその横に、少女の手を緩く握って寄り添っている、骸骨男。


 ……っくぅ、ヤバい! 好み! 何これ超好み! ファンタジー!

 和服に黒髪ロングストレート色白華奢属性! あああ手が震えてきた!

 後ろで「病気ですかあなた」と言わんばかりの目を向けてくる柳さんをスルーしつつ、私はその光景を撮りに撮った。


 10枚ほど撮ったあたりで2人は目を覚ました。

 相手の温もりに脅えるように触れ合う若きカップルは、やはり夫婦らしい。……なんか妖怪の里って若い夫婦多くない?

 あ、妖怪側は見た目どおりじゃないのか。いや骨だけど。


「あ、勝手に撮っちゃってごめんなさい、シャッターチャンスだと思って!」

「……あ、はい……?」


 眠そうな少女が居住まいを正している間に、骨の方がみるみるうちに人間の姿に変わる。あーもったいない……いや、イケメンだな。これはこれで。


「それは、カメラというものですか」

「そうですよ。次に来た時に写真もお渡しします」

「はい。ぜひ」


 わくわくしている骨男さんはどうやら、薄さんというらしい。女の子は撫子ちゃん。

 あ、正しくは骨男じゃなく狂骨って言うらしい。


「……あれ……山の、神様ですね。……ご結婚を……?」

「違いますっ!!」

「やーだぁ、神様と結婚とかそんな」

「神と結婚するという例は沢山ありますが……ふぁ」


 撫子ちゃんは華奢な手で口元を覆い、小さく欠伸をする。

 かわいいな! 可愛いなあもう!


「……例えば……日本の神話ならば山幸彦、または火遠理命ホオリ豊玉毘売命トヨタマビメ。豊玉姫とも言いますが……この豊玉姫は海神の娘ですね。まあ、結局は出産時に真の姿に戻った彼女を覗き見てしまい、海に帰ってしまう訳ですが。見るなのタブー、というものです、ね……」

「撫子、眠いなら寝なさい。部屋で」

「眠く、ない、です……」


 眠そうな撫子ちゃんを抱き寄せて、よしよしと頭を撫でている薄さん。

 アツい夫婦だなあ。


「……あ、柳さんも真の姿とかあります?」

「真の姿というか、本体なら。柳の木ですが」

「へー」


 撫子ちゃんはうとうとしながら、ぼーっとこちらを見てつらつらと言葉を紡ぐ。

 語りだしたら止まらないタイプだね!

 

「ギリシア神話のゼウスなど、数々の美女と子供を作っています。ダナエーとの間にペルセウス、アルクメネとの間にヘラクレス、その他色々。しかもヘラクレスの母アルクメネはゼウスの曾孫に当たります。子孫だろうと全く見境無しですね。……しかも彼女を手に入れる時、なんと結婚したばかりの夫の姿に化け、彼が遠征中であるのを良い事に手篭めにしてしまいます。その上、楽しみを長引かせるため、三日の間太陽を昇らせずに続けたと……それにしても、よく三日も耐えましたよね」

「三日って……」

「帰ってきた夫は妻の不貞に気づいて彼女を燃やそうとするのですが、ゼウスが雨を降らせて助けました。もう正直気まずいですよね? ……その後、2人分の種から双子が生まれるそうなんですが、猫じゃないんですから。ねえ」

「その口で生々しいことを言わないでください、撫子」


 なんか突っ込みどころの多い話だなあ。というかよくこんなにつらつらと……

 微妙に唖然としていると、彼女はまだまだ語る。すごいなオイ。


「ゼウスの女好き伝説は留まる所を知りません。ここで登場するのが彼の正妻ヘラですが――これがまた嫉妬深く苛烈な女性。しかも実はゼウスの姉です」

「近親相姦!?」

「彼女は情報収集に長け、ゼウスの浮気を嗅ぎつける事にかけては並ぶ者無しという方ですが……そもそもゼウスは浮気をしていないことの方が少ないと思いますね、私は」

「どうしようもないですね」

「ええ、どうしようもないんです。だからヘラも思わず夫の浮気相手やその子供を苛めてしまうんですね。思わず熊に変えてしまったり。思わず揺り篭に蛇を突っ込んでみたり。……まあ……当然ですからね、それくらい。浮気なんてされたら思わず、ね?」


 ひいっ、怖!

 浮気したらどうなるか分かってますよねと言わんばかりに薄さんを睨みつける撫子ちゃんは、大和撫子というより極道の姐さんに見えた。

 しませんよと言いつつ若干冷や汗を流している薄さんが可哀想である。


「けれどゼウスも、ヘラが嫌いな訳では無かったのでしょう。ゼウスも彼女に惚れて求婚したのですし……まあ既に2人の妻が居たのですが。どうしたら結婚してくれるかと言われ、正妻にしてくれるならと答えるあたり、ツンデレなのでしょうね」


 ツンデレなの!?

 浮気相手を熊に変えたりするってすごいツンデレだね!


「ちなみに1度ヘラが怒って家出した際、ゼウスはさる賢王に智慧を借り、木彫りの女性の像を作って「新しい妻だ」と馬車に乗せて宣伝して回ります。するとヘラはまんまと騙されておびき出されて、元鞘、という訳ですね。なんだかんだといって、現代にもよくある姿でしょうか」


 ……確かに。浮気して怒っても許してしまう彼女……うん、あるある。

 私の友達にも居るしね。


 長い薀蓄話を終えると、ふぁ、と欠伸した撫子ちゃんは再び薄さんの足の上に体を投げ出し、すうすうと寝息を立て始める。

 ……今のが寝言だったらすごいよね!


「あれ、柳さんは」

「……はい」


 微妙にショックを受けた様子の柳さんは、後ろで額に手を当てて首を振っていた。

 大丈夫かこの人。


「どうしたんです?」

「いえ……ちょっと色々とですね、イメージが……」

「ああ、イメージ商売ですもんね。柳さんは見習わない方が良いですよ!」

「当たり前です」


 帰ることを告げると、薄さんは丁寧にお礼を言っていた。

 ……何に? と思えば、面白いものを見た、と。

 うん何が? 私の顔とかじゃないよね!?



 長い薀蓄で随分時間が経っていたらしく、今日は帰る事にした。

 なんとなく無言で並んで歩いていると、今だぐったりしている柳さんが言葉を漏らす。


「狂骨の薄は、かつては怨念に囚われ、暴れるばかりの妖怪でした」


 へえ、あの穏やかそーな人が。

 柳さんは私の反対側に顔を向けて僅かに俯いている。


「開放しようとしても、どうにもなりませんでした。しかし――神の手でどうにもならなかった事が、ひとりの娘との出会いであっさりと、解決されて」

「……はあ」

「今日、改めて顔を見て、驚きました。そして、自分が無力であると思いました。……近頃、どうも問題児に限って人間の女性と出会い、結ばれ、随分と穏やかになったように見えます」

「問題児?」

「例えば河童の蓮は長としてはあまりに器量がないと問題になっていました。鴉天狗の楓は、奔放さが問題でした。覚の人嫌い、赤鬼の喧嘩好き……全て、奥方が出来てからは改善の方向に向かっています」


 言葉にはしないけど、自分に出来なかったことをあっさりと達成されて、複雑なのだろう。

 顔を背けたままの柳さんは、覇気が無い。萎れてるなあ。


「大丈夫ですよ」


 私はぎゅっと抱きついて、上にある顔を見上げる。

 あーあー、なんか母性本能擽られるなあ。


「大丈夫です。出来ないことなんて誰にでもあります! 私だって未だに逆上がりできませんからね! 人助けは人がするもので、神は見守ってればいいんですよ、こう、どっしり構えてね。彼らの力を借りるのだって、何ら恥ずかしいことじゃないですし。扱き使ってナンボですよ」

「……そうですか?」

「はい、そーです。あとですね、私は柳さんに案内してもらえて嬉しかったですよ! 出来ることをすればいいんですから」


 柳さんは無言で私を抱き締め返した。

 泣いてるかどうかは、聞かないであげよう。







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