本日も、お憑かれさま。 番外編「お盆のはなし」
短編作品、本日も、お憑かれさま。の番外編です。
できれば本編をお読みの上でどうぞ。
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お盆。
慧都はその時期を意識した事がなかった。何故なら母方父方共に親戚というものに会ったことがないし、家に仏壇もないからだ。
1度だけ、稲川家之墓と書かれた墓の前で手を合わせた事はある。今思えば人目を偲んでのことだったのだろうが、早朝の墓地は暗く、びくびく震えて母親にひっついているだけで終わった。
あれがきっと、悠二と玲二の眠る墓だったのだろう。場所も覚えてはいないのだが。
「……え、本当に戻ってくるの?」
「うん。見えないだろうけど、道なんてもう渋滞してるからね!」
慧都はその時期には絶対に外に出ない事に決めた。
霊感はひどく曖昧なものらしい。慧都は玲二のことは感じ取れるが、他の幽霊は全く見えない。また、力の強い――人間の形を保った霊ほど見えにくいようだ。
青白い手だとか、火の玉、黒い手、そういったものは低級霊である。玲二がそれを活性化させることで、一般人の目にもそれなりに見えるようだ。
けれど慧都も一応稲川の血が流れているので、たまに声が聞こえてしまう。
無視できるほどメンタルが強くないので、結局ガタガタ震えていた。
「……あ!」
そんな時に突然玲二が声を上げて、びくりと肩が跳ねた。
「な、な、な、何……!?」
「悠二さんだ」
「え!?」
悠二。つまり、戸籍の上では父親であった人だ。
自分が生まれる前に死んだし、本当の意味での父親は啓二だとはいえ、母親と結婚していた者である。慧都は小さく顔を上げ、玲二の見る方向を辿る。
窓の外、所在なさげに立つ男の姿が見えた。彼はこちらを見ると、温厚そうな微笑みを浮かべる。
「玲二、久しぶりだね」
玲二より深みのある、落ち着いた声がした。
「……久しぶり」
「元気だった? いや、残ってる時点で霊としては不健康なんだけど――おや?」
布団を被って体育座りしていた慧都は、突然顔を覗き込まれてびくついた。
しかしその顔立ちが、啓二というより玲二に似ていた所為か、緊張が緩む。
他の稲川一族と比べれば整ってはいないが、人に安心感を与えるような笑みが印象的だ。
「俺の娘だ!」
「……あ、は、はい」
一応そうだ。残念ながら厳密に言えば違うのだが。
「ああ、勿論知っているけどね、啓二がやらかしたって。お盆にも結界張られて近寄らせてくれなかったから、結局何も言えなかったけど……でも、大きくなったね。生まれた時はお盆じゃなかったけど、特例で帰郷させてもらえたんだ。あの時は真っ赤で、まだしわしわの顔だったなあ」
「ずるい……」
「ずるいって、君は何年間もべったりだろう。君がずるいよ」
びしりと指先を突きつけると、玲二が唇を尖らせて悔しげな顔をした。
慧都はあの玲二に対して一歩も引かない態度に、悠二をかなり尊敬した。
「都子にそっくりだね。よかった、啓二には全然似てない!」
そこは根に持っているらしい。
「そこは同意」
こちらもだった。
「慧都、だよね?」
「……はい」
「どうせだから、都子との馴れ初めとか聞いておく? どうせ何も話してないだろうしね。昔の恋の話ってとことんしないタイプなんだよ」
思いもよらぬ言葉に、慧都は目をぱちくりとさせた。
「都子と出会ったのはね、大学の頃なんだ。お互い経済学部で、やたら講義が被るなあとは思ってたんだけど――惚れたのは、大学の外で遭遇した時かな」
「ほ、惚れた?」
「俺は一目惚れだったんだけどね。偶然県外で遭遇するだなんて、運命だと思ってね」
「県外で……?」
「同じ日に同じ場所に旅行に行ってたみたいでね。お互い一人旅で、旅館の隣の部屋で、偶然廊下でかち合ってびっくりしたよ」
確かに凄まじい奇運だが、一目惚れするあたりがやはり血筋を感じさせる。
「……で、一夜一緒に過ごしたんだよね?」
「やだなあ、娘の前でそんな話。まあ事実だけど」
慧都は頬を染めて目を泳がせた。大学生で、しかもあの母である。何もなかったとは思えない。
「でも都子ってば一夜きりだと思ってたらしくて。でもこっちはどうしても欲しくなっちゃって、まあ色々危ない事もしたなあ。若さって凄いね、まあもし老人だったとしても同じ事をしただろうけど」
「気持ちは分かる」
慧都はずざざざと後退った。やはり稲川家の男にはそういう血が流れているらしい。
「最終的にはもうメロメロ」
「よくもまあ、あんな事して好きになってもらえたよね」
何をしたのか聞く勇気は慧都にはなかった。
「もしあの時点で都子さんに彼氏が居たら、下手すると啓二さんよりえげつないよ」
「いやあ、照れるなあ」
「褒めてない! ……でもまあ、都子さんも大変だよね。兄弟揃って、ねえ」
「病気でさえなかったら絶対にあんな事させなかったんだけど。……あーあ、でも死ぬほど痛めつけてやれなかったことが悔やまれるなあ」
「ごめんね、取っちゃって。でもあいつがいつまでも都子さんと慧都の写真持ち歩いてチラッチラ見てる所為で誘拐事件なんて不愉快な事になったし。もう放っておけないと思ってね」
「それは言えてるね」
双方目が据わっている。
慧都はもうこの2人が兄弟と言った方が正しいんじゃないかとすら思った。
というか、よく啓二はこんな危険人物を纏めて殺せたものである。
「それで、慧都は彼氏とか居ないの?」
「僕だよ僕僕」
「あ、……う、えーと、その」
「僕だよね? あれ? 浮気? やだなあ慧都ってばそんなに目玉抉られたいだなんて」
「こら、脅さない。……まあ、慧都の子供も見たかったけど、同意の上でなら許してあげるよ」
慧都は思い切り顔を逸らしたままこくこくと頷いた。
「元々死んでる身だし、話せただけで僥倖だ。……ねえ、お父さんって呼んでみてよ」
「え……お、お父さん」
悠二が満面の笑みでガッツポーズをした。
「満足だ。残り期間は都子にくっ付いて回るから、じゃあね!」
「……他の男とイチャイチャしてるところしか見られないと思うけど」
「大丈夫! きっちり追い払うから!」
いい笑顔のまま悠二は壁をすり抜けて出て行った。
慧都は毎年お盆の時期にだけ「変なことが起こるのよねー」と首を捻りながら帰宅する母を思い出して、なるほど、と空笑いするのであった。
都子さんの夫です。
強気系ギャルにがっつり攻める見た目温厚男子とかたまりません