Tails House
終わらない家事。毎日のパート。挙句に大切に取っておいたケーキを反抗期の子供に食べられて、思わず家をふらっと出て行く。大人気もないのだけれど、この日はなぜだか心に応えた。
行く当てもなくふらふらと歩いていると、路地裏の手前に看板が立っていた。
Tails House
癒しの空間•動物達のカフェ
美味しいケーキと紅茶をどうぞ
その看板に誘われるように路地裏を進み、welcamの文字が書かれたドアを開けると、短いトンネルの向こうに庭園が広がっていた。
庭園を進み煉瓦造りの建物のドアを入ると猫耳の女の子が尻尾を揺らしながら微笑んだ。
「ようこそお客様。お席にご案内します」
頬に垂らした髪で人の耳は見えない。よく出来ているのか、耳や尻尾は本物のように動いている。
「こちらにどうぞ」
柔らかい1人がけのソファに座る。ふかふかで気持ちいい。
「お客様メニューをどうぞ」
おしぼりとお冷と一緒に受け取り、レトロな羊皮紙のメニューを見る。メニューにはスイーツから軽食様々だ。しかし代金が載っていない。
ふと裏面の一番最後を見ると太字の文章を見つけた。
「どちらも好きなだけお召し上がりください。代金は本日ご自身に起こった真実を三つ、カードにお書き下さい。ただし記入に誤りがあった場合には、他のお支払いをお願いします」
こんな変わった趣もあるのだと目を瞬かせる。
それからメニューに目を戻して数分が経った。
「ご注文よろしいですか?」
犬の耳をした執事姿の男性が、尾を揺らしながら微笑んだ。
「えっとじゃあ…森のミックスベリーショートケーキとお好みコーヒーブレンドをお願いします」
「かしこまりました」
男性は爽やかにまた微笑み、メニューを脇に立てて下がる。
店内は程よいざわめきで心地いい。
この店のコンセプトなのだろう。様々な動物の耳と尾をつけたメイド服の女性や、執事姿の男性が丁寧な所作で料理を運び、時折お茶を淹れる。よほど凝った作りなのか本物みたいに耳と尾が動いていた。
スマホを見ると圏外で、困ったなと思った時、店のWi-Fiの案内が書かれていた。
それで電波を繋ぐとお気に入りのweb小説を読む。
「お待たせしました」
数分後、ウサギの耳をしたメイドがケーキを持ってくる。そしてケーキとカップを置くと、そっとポットからコーヒーを注ぐ。
「おかわりもございますので、ごゆっくりどうぞ」
彼女もにこやかに笑うと、可愛らしい丸い尻尾をメイド服から覗かせて立ち去った。
ケーキはクリームがたっぷり使われているのにくどくなく、甘くてふわりと口で溶ける。3種のベリーは心地よい酸味が弾けて美味しい。
カップを持つと香ばしいいい香りがして、木々に囲まれて土の香りと安心感に包まれた。
一口飲めば苦味と旨味が喉を通る。
「美味しい…」
呟くと口から温かなため息が溢れた。
※ ※ ※
帰る時間になり、羊のツノと耳をつけた執事姿に声をかける。
「すいません、お会計を…」
「かしこまりました。名残惜しいですが、こちらに本日のお客様の出来事を3つご記入お願いします」
便箋ほどの大きさの紙と万年筆を渡されて悩む。
1つ、美味しいケーキとコーヒーを食べた
2つ、新しいカフェを見つけた
3つ…
ここで書こうとして何故か指が止まる。
子供にケーキを食べられたなんて大人気ないこと、恥ずかしくてかけない。こんなところに来てまで日常の恥を晒したくない。ここは違うことを書こう。
そう思うのに、他のことが何故か蓋をされたように思い浮かばない。
「こうなったら…」
ペンを持ち直して子供にケーキをあげたと書こうとする。
その瞬間−−
「新入り候補?」
奥からくすくす声が聞こえた。
「静かに」
羊の男性が低く威圧感のある声で奥に囁く。それからゆっくりこちらに向き直り
「失礼しました。どうぞお書き下さい」
背筋に冷たいものが伝い、僅かに手に汗を湿らせながらカードに書いて行く。
3つ、子供にケーキを食べられた。
「以上です…」
そう言うとペンと紙を差し出す。
彼はそれを丁寧に受け取り、恭しく頭を下げた。
「確かに代金を頂戴しました。またのご来店お待ちしております」
店を出るともう暗かった小径に照らされた灯りを頼りに出口へ進む。
振り返ると先ほどの羊の男性が、店先で頭を下げていた。
来た道を戻り家に帰る。すると子供は動画を見ながらソファに寝そべっていた。すぐそばのテーブルにはケーキの包み紙とフォークが乗った皿があった。
「もう! 食べたら流しにお皿下げなさい」
「えー…今やろうと思ってたのにぃ」
子供が頬を膨らませてぶー垂れる。ため息をつきながら椅子に座ると、スマホを見て何気なしにニュースを見た。
「芸能人の密会暴露」「行列のできる店100選」「消える人々」「ストレス社会の闇」「非日常の癒し時間」
どのニュースもいつもと変わり映えのない。特にこれと言って目を引くものはなかった。
「夕飯の支度しよう」
立ち上がってエプロンに手を伸ばした。
end




