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「というと?」
ロランが続きを促す。ルイーズの話し振りは、牧歌的であった先ほどとは打って変わって、冴え冴えとした隙のないものに変わっている。
「クーポンの不祥事があったでしょう。あの騒動で商業組合本体が勢いを落としていてね。助けてあげようと思って」
「商売敵に塩を送ると?」
短い問いに、澄ました顔で目を瞑るルイーズ。
「そこまで破格のものになるかはわからないけれど。一言で言えば、業務提携といったところかしら」
口ぶりからして、ボン・リシェスは組合には加入していないのだろうと察するアンリエッタである。まあ、分家とはいえ全国級の規模を誇る商店の系列なのだ。いち地方都市の寄り合い組織の互助や支援など無用の長物と言えば、実際そうなのだろうと納得できる。
ルイーズの説明によれば、ボン・リシェスと商業組合の間には深い断絶があるらしく、組合に所属する地元業者との直接的な取引関係がない状態だという。そこを解消し、販売機会の提供であったり、客の消費行動の喚起であったり、提携事業の創出であったりといったキャンペーンを組みたいというのが、彼女の言わんとする業務提携の内容なのだった。
「何らか契約を交わすことになれば、双方と縁のあるあなたに依頼が行くでしょう? あちらばかりでなく私たちの味方もしてねと、そういうお願いというわけ」
「……公書士の仕事は文書の作成と証明です。内容の検討はその埒外だし、あなた方の判断だ」
「どうかしらね。契約書の文言の扱われ方に関する予測は少なくとも、私たちよりも精度が高い。それに組合には、あなたの考えを重く見て参考にしようと思う人もいるようじゃない? それこそ、先日の一件がそうだったのではないかと思うのだけど」
知っているのかと思うアンリエッタである。話の流れからして、先日の一件というのはアンリエッタ達が組合の事務局長と一計案じた件だ。市内で正規・不正規に利用されているクーポンの内部処理に不正があり、その責を巡る紛糾で組合と銀行に生じかけた断絶と市況の混乱を解消すべく、数人がかりで暗躍し事態を鎮静化した。
ほとんど知る者のいないこの事実を知るには、直接関係者から話を聞く必要があるはずだ。
「――いったい、だれから?」
「!」
ゆっくり思考をなぞる言葉が目前から飛んで来て、アンリエッタは知らず下へ向けていた目線を上げる。
こちらを見つめていたらしいルイーズが、くすくすとおかしそうに笑みをこぼしていた。
「ねえ可愛らしいお嬢さん? そんな、深刻そうな顔をするのはいけないわ」
「あっ」
指摘されて、はたと自身の頬に触れてしまう。
「それじゃそうですって認めているようなものだもの。考え込んでみせてはダメだし、考えているのだと悟らせるのもダメ。それだけで、思っていることのほとんどが相手に伝わってしまうの」
くるくると表情を変えて伝えてくる軽快さは、感情の居所を掴ませない。ついついアンリエッタが聞くに任せる状態になってしまっていると、ルイーズはわざとらしく不機嫌そうな表情を作ってみせた。
「あっ、今、他の女のことを考えているな? なーんてこともね」
冗談めかして締めくくった婦人に、ロランは渋い眼差しを向ける。
「……あまり、妙なことを吹き込まないで頂けますか」
「あら、やっぱり男の人ね。浮気に敏感なのは都合が悪い?」
「そちらのことではなく」
「ふふ。いいじゃない、どのみち、あなたには教えて上げられないことよ」
憮然とした目付きでルイーズを見つめるロラン。その態度はいつの間にか、事務所にいる時のものに近くなっている。
(すごい)
と、すっかりとペースを奪われたのに感心するアンリエッタである。
対顧客ということもあってロランは専売特許の皮肉までは口にしないものの、それでも巧みな誘導で彼の素が引き出されてしまっている。気さくなような遠慮ないような振る舞いの中に、熟練した対話術が潜んでいる。
手に取り、ついと傾けたグラスを置くと、ルイーズは改めてこちらを見据えた。
「さて。お願いを聞いて頂いたところで、本題の依頼のお話なのだけど」
「承知した覚えはありませんが」
「言って話して聞かせたでしょう? こちらの希望を、知っておいて頂きたかっただけなのよ」
指摘を受けてもペースを崩さない婦人に、ロランは仕様がなさそうに息をついた。
「それで……なんです? 本題の依頼とは?」
問われた女支配人は、再びにっこりと笑みを作る。




