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そんなわけで。
黒の礼服の胸元に濃緑のチーフを飾ったロランと、カーキのワンピースに白のジャケットを羽織り、頭には刺繍とリボン付きの小振りなファシネーターを載せたアンリエッタは、百貨店の上層階は応接間へ通されている。
「あらまあ」
入室を察して立ち上がったこちらを一目すると、支配人であるマダム・ユエはそんな声を上げた。
「ずいぶんと、可愛らしい同伴者が現れたものね」
まなじりを柔らかくしつつ口にして、すらりと黒いドレスを着こなす年かさの女支配人が、二人の前に立つ。
「どうも、ようこそいらっしゃいました。支配人のルイーズ・ユエよ。ムッシュ・ロランもお久しぶりね。夫の葬式以来かしら?」
頷き、ご無沙汰しております、と応じるロラン。
「手紙でも知らせましたが、本日は部下も同席させて頂きました」
彼が言葉を切ったのに合わせて、アンリエッタが一礼する。
「アンリエッタ・ベルジェと申します」
「まあ」
と、ルイーズは、人のよさそうな瞳を小さく丸くしてみせた。
「まあまあまあ。いやだわ私はてっきり……だってロランさんってば、大人三人と子ども二人が来るなんて書くんだもの。私ったら、結婚のことも知らせてくれないなんて白状な人ね、でもこうしてご紹介いただけるならまあ良いか、なんて……あ、ごめんなさい、どうぞ座って」
ロランが招待の返事として出した手紙は察するに随分と端的なものであったようで、どうやらアンリエッタは伴侶と思われていたらしい。早口で話し始めたのから我に返って、着席を促すルイーズ。
「やだ、お飲み物がもうないわ――駄目じゃない、早く持ってきて」
「ああいえそんな、どうぞお構いなく。十分頂きました」
後ろに控えた部下に指示するのをアンリエッタが固辞したが、ルイーズはふるふると首を振る。
「でも、暑いでしょう?」
「さっきまでは。ですけど、ここは風が良く通りますから」
六階の室内は、窓から吹き込むということはないにせよ、常に空気の流れを感じる。暦の上で秋になってもまだ昼間は暑熱の残る外と比べて、段違いの心地良さがあった。
ふふ、とルイーズは自慢げに息を漏らし、ずらりと壁に面して張られた窓を見つめる。一部に日よけが設けられるものの、室内は中に取り入れた光のおかげで、しっかりと明るい。
「『お客様に快適を』がウチのモットーだから。景色が良くって、明るくて居心地も良かったら、紹介された品物がとっても素敵に映るでしょう? ……なーんて、建物を高くして狭さをごまかしているだけなんだけど」
腕を掲げて室内を示したルイーズはそんな冗談を飛ばす。唇の前で手を合わせ、こちらを見据えた。
「でも、まだ足りない。自慢のアイスティーを、たっぷりと味わって頂かないと」
示し合わせたみたいにちょうど、お茶のお代わりがサービングカ―トに載せられてやってくる。惜しげもなく使った氷でデキャンタごと冷やされた紅茶は、薄いグラスに注がれると甘い花の香りを辺りへ放って、それだけで初めとは違う種類の茶葉なのだとわかる。さすがと言うべきか、幾重も感覚に訴えかけてくる歓待に、驚きと共に恐縮するアンリエッタである。
「どうも」
と、ロランが配されたグラスを取る。ぐびぐびと音を立てるでもないが、紅茶は机に戻した時には半分より下に減っていた。
「それで。本日は一体、どんな理由でお招きを?」
「あら」
前置きもなく訊ねたのを粗相だったとでも言うみたいに、ルイーズは幾分声を低くした。
「ロランさんともあろう方が、慌ただしいわね。楽しいお喋りが始まると思ったのに。こちらの下心をすぐに明かすというのも、良くないんではなくって?」
「率直なところが好ましい、と以前に仰って頂いたかと」
「うふふふ」
老女の眦が、愉快そうにいっそう細くなった。
「最初にお仕事をしてもらった時だったかしら、憶えていて頂いて嬉しいわ」
ルイーズは言うと、指を二本立てて机上へ示した。
「二つ。用件がございますの。といっても一つは、依頼というよりはお願いになりますけれど」




