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揃って装いを整えて荘厳な百貨店に訪れたのには、仕事半分遊び半分の用件があった。
「式典?」
「ああ」
言葉を繰り返したアンリエッタに、一人執務椅子に座ったロランが頷く。
話題が切り出されたのは昼食時で、ちょうど事務所二階の居室で留守番をしているレームとルウィヒを階下へ呼び寄せた所だった。
事務所の中央に出した食卓で出前の料理を取り分けるレームと、グラスを出すアニー、それとアンリエッタと共に椅子を運んでいたルウィヒが、各々彼に注目を集める。
「『ボン・リシェス』。君も、名前くらいは聞いたことがあるんじゃないか?」
「あの、サン・マル地区にある」
「そう、百貨店《デパート》だ」
毎度の週末、中央市場は客足でごった返すわけだが、それと同じくらい人が集まる場所である。
ロランは頷いて、机の引き出しから一通封筒を出す。
「開業五周年の式典でな、演奏会《コンサート》があるそうだ。カルゴの姉妹店から音楽隊を呼ぶらしい」
帝国首都、カルゴ。文化・経済の中心地である都市は当然ながら娯楽と消費の中心地でもあって、周辺国の中でも類を見ない大規模総合商店、即ち百貨店もまたそこで生まれた。『ボン・イスタ』と、その名に国家の名を冠する事実は決して飾りではなく、文字通り帝国全土の物品と出会うことが可能である。
そして、アンリエッタたちの住む地方都市マティルドにも、それに連なる百貨店が存在する。様々な意味合いで怪物的であるボン・イスタの分家とも言うべき姉妹店、それが、今しがたロランの口から名前の上がった、ボン・リシェスなのである。
「仕事のご縁、ですか?」
「そうだ」
アンリエッタの問いには、肯定が返される。
「独立する前のことだがね。本店との営業提携に関する契約と、建設に要する土地の取得に協力した」
さらっと言ったが、かなり大きな仕事である。
「その実績で、一等公書士の資格と独立を?」
耳に聞いた取得時期から推測して訊ねてみれば、ロランは軽く肩を竦めた。
「まあ、流れとしてはそうだ。別に仕事の規模に関連するものでもないがね。君も細かな実績を重ねれば、同じ歳になる頃には上位の資格へ挑戦する条件を満たす」
「いや、そんな、軽く仰いますけども」
一等公書士に認定される資格者は年間当たり一桁を超えないのだ。そもそも受験者の母数が少ないというのもあるが、それにしても細々と仕事を続けてどうにかできるものでは……というのが、春から三等公書士見習いとして働き始めたばかりのアンリエッタの感触だった。
まあ資格の件はさておいてだ、とロランは脇道に逸れる話を打ち切る。
「そういう縁があって、あちらの支配人から招待があった。『ご家族ご友人も奮って御来訪を』とのお墨付きを添えてね」
「それってさ、あれだよね。本店の店員さん達が演奏するっていう」
確認に頷いたロランに、アニーは「ヒュー!」と歓声を上げる。
曰く、ボン・イスタの音楽隊といえば社員教育の一環で組織された異色の楽団とのことだが、出自とは裏腹にその腕前は手習いの域を超えており、人気に至ってはプロ顔負けだという。
「結構さ、流行りの曲なんかもやってくれんだよね。眠くなる古典ばっかりじゃなくってさ」
きらきらと愉快そうにするアニーにしばらく語らせた後、ロランは口を開いた。
「では五人、参加ということで良いかね?」
「え?」
とアンリエッタが声を上げ、まだ食べないのかと机と天井を眺めていたルウィヒとレームも、彼に目を向ける。
「よろしいんですか、この子たちも?」
「大人だけが楽しみに行くのも酷だろう。音楽鑑賞の入門としてもちょうど良いはずだ」
兄妹二人が「いいのっ?」「おてんき!」と揃って歓声を上げるのと共に、アンリエッタは平身低頭に礼をする。
「ど、どうもありがとうございます! わざわざお気遣いを」
やり取りの裏でアニーも、わざとらしい身振りで子どもたちを促す。
「ほれほれあんた達も。優しいロランおじさまにお礼言っとけー? 放っとくと拗ねちゃうから」
「アニー」
からかいを咎めた声に、アニーは「おっと」と口許を手で隠し目を逸らしてみせてから、悪戯に笑い返す。
子どもたちがどたどたとアンリエッタに並んで感謝を示すと、ロランは一つ肩を竦めた。
「決定だな」
デスクから立って食卓に着きながら、ロランは言う。
「先方に恥をかかせないのが招待者としてのマナーだ。当日は各自、それなりの服装をしてくるように。それと」
指示と共に一言置いたロランは、アンリエッタと目を合わせる。
「君の方は、あまり華美になり過ぎないよう気を付けたまえ。おそらく仕事の依頼がある」




