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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

選んでほしいのは、君のほう。

掲載日:2026/07/04

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第31弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「優先させるべきは、君のほう。」の後の話です。


 現在の二人の住まいは、5区と7区の境目のあたりにある。

 独身用の借家で、本当に必要最低限のものしかノインは置いていなかった。


 洗濯物に関しても箱にため込んでいたので、通気性が悪いという理由からオルガが布袋を作ってそこに入れて管理をしているのが現状である。


 肌着や下穿きは毎日洗うが、そのほかのものは休日にまとめて洗濯する。かなりの重労働になるからなのだが。


「終わったー!」


 洗濯物を全部干し終わると、横でノインが微笑む。


「お疲れ様です」

「…………」


 いや、あのね?


「何回も言ってるけど、手伝わなくていいんだよ!?」


 思ったより丁寧に洗うし、テキパキ干してくれるのも助かるけど!


「今日は多かったので手伝ったほうが早く終わると判断したんですが……ダメでしたか?」


 うっ。


(そ、そんな顔してもダメだ……けど、うぅ)


 すぐこちらを手伝おうとするのは……嬉しいけど、困る。


「ダメじゃないけど……」

「それに今日は新居の家具を買いにいきますから。早く終わらせたほうがいいです」

「そ、そうだね!」


 ノインが買った新しい家!


 中古ではあるけど修繕をしてるし、見た感じ、とても良かった。


(まあ……鍵が多いのはちょっと気になるけど)


 なにより。


(裏口から歩いてすぐに井戸があるのが嬉しい……!)


 今は共同井戸を二往復して、家の(かめ)を満たして水を使用している。


 思い出して、へへへ、と笑ってしまう。


 風に揺れる洗濯物から視線を動かし、ノインが小さく笑った。


**


 歩く石畳は、昼前だというのにもう熱を持っている。


 空は高くて、雲は薄い。

 夏の光が建物の壁を白く照らしている。


「なに買うの?」


 暑さから額の汗を手の甲で軽く拭うと、隣を歩くノインが日陰側に位置を変える。

 つられるようにオルガがそちらに寄ったので、自然と日陰に入った。


「君が使うものや、欲しいものを買います」

「……そ、そうだけど」


 家具なんて買ったことないし。


 なんだか落ち着かない。


(家具って、買うものって感じがないっていうか)


 村でもそうだったし、今の借家も元々家具はあるし。


 不便だと思ったことも、新しいものを欲しいと思ったこともない。


「べつにいま使ってるのでも……」

「もう少しです。通りの角を曲がれば、家具屋が見えますよ」


 ぼそぼそ言っていた言葉は届かなかったようだけど、オルガはノインの言葉に下がっていた視線を上げた。


 急に怖くなる。


 曲がり角と、ノインを交互に見た。


「ほ、本当に私が選ぶの?」

「そうですよ」


 なんでそんなに平気そうなの?


(ノインが全部選んでくれていいのに)


 出かける前の気分は、ずいぶんとしぼんでいる。



 ここかあ。


 古い木の看板が揺れている。


「どうぞ」


 ノインが扉を押して、先に通してくれた。


 乾いた木の香りが広がる空間に驚きよりも、恐怖が先に立つ。


 思わず一歩後退しそうになった、けど。


「転びますよ」


 背後から軽く支えられて、小さく頷くしかない。


 天井まで積み上がる棚と、磨かれた机や椅子、そして戸棚。

 窓から差し込んでいる光が、木目をなぞっていた。


「わあ……」


 どれも、今の借家にあるものより立派だ。


 きょろきょろと興奮しながら見回してしまう。


 横で「くっくっくっ」と小さく喉をノインが鳴らしているのに気づいた。


「は、初めてなんだからしょうがないでしょ!?」

「ゆっくり見ても大丈夫ですよ」

「いいよ! なに買うの?」

「食器棚を見ましょうか」


 奥へと視線を向けられ、あっちかな、と歩き出す。


 並んでいる戸棚をあれこれと見るものの、違いらしいものがあまりわからない。


 二人で使うのだし、小さくてもいいかな。

 贅沢をこんなところでしたいとは思わないし。


 立派だなあと眺めていて、ぎょっとする。


「ひっ」


 思わず身を引くと、すぐ隣のノインにぶつかってしまう。


「どうしました?」

「……」


 くいくいとノインの服を引っ張って耳打ちする。


「これ、村の一年分の麦より高いよ」


 こわいね、という意味で言ったのに。


 視線の先を確認したノインが言う。


「買いましょうか?」


 なんでそうなるの!?


「こんな高いのいらないよ!」

「…………そうですか。いいな、と思える棚はありましたか?」


 お店の人には申し訳ないけど、高すぎるものは委縮してしまう。


「こ、これ?」

「小さいですね」

「……じゃあ、こ、こっち」

「小さいです」


 うう。


「今の借家のより小さいのはダメです」


 そんな!


 借家にある棚は腰の高さほどで、皿がぎりぎり収まるだけの簡素なものだ。


 ショックを受けていると、ノインが優しく促す。


「使いやすそうで、ほかにも収納できるものを、と考えたらいいのでは?」

「ほ、ほかにも?」

「薬箱や、裁縫箱などを入れたりすることを考えたら、どうです?」

「…………」


 そ、それなら。


「値段は見ないように」


 うっ!


 視線を動かし、指差す。


「あれですね」

「…………」


 罪悪感が、すごい。


 またも小ぶりになってしまったが、ちょうどいいサイズはこれのはずだ。


 棚の前に移動して、隣のノインをうかがう。


「これくらいで足りるよ。今だってそんなに食器とか物もないし」


 正しいことを言っているはずなのに。


 じっと見ていたノインが、視線だけこちらに遣る。


「もっと増えるかもしれませんよ?」

「え?」

「本当はこっちを見てましたね」


 ぎくっとしてしまう。


 最初に目が向いたほうの棚を、ノインが軽く叩く。


(か、観察お化け……!)


「こちらにしましょう」


 いいのかなあ。


「大は小を兼ねますから」

「そ、そうかなぁ」


 戸棚の扉に触れる。

 つるりとした木肌が、あたたかい。


 ん?


 ふいに、家具屋の奥の窓際にある小さな机が目に入る。


 引き出しは二つ。

 脚は細いけど、ぐらつかないように見えた。


「かわいい」


 あ。


 慌てて口を押さえたが、遅かった。


「気に入りましたか?」

「い、いいいい、いらないって! テーブルでやるし!」


 わざわざ別の小さな机なんてなくても。


(新居にあるテーブルで十分だし!)


「君がものを広げたままにできる場所も必要だと思いますけど」

「で、でも……」


 布を断つのも、針を持つのも。


 あの机でやれば……まあ、多少は、気分が……あがるかも、しれないけど。


 …………正直に言えば、もったいないという感情のほうが大きい。


 迷って動けないままでいると、「じゃあ買いましょう」とあっさり言われた。


「え、えぇ?」

「迷うくらいならさっさと買いましょう」

「だ、ダメだよ!」

「いいんです。少しは欲しがる癖をつけてください」


 そんなぁ。



 通りを歩いていると、色とりどりの布が揺れている店が見えた。


「わあああ」


 家具屋と違って、わくわくしてしまう。


 大きな布屋は初めてだ。


(フッ。さっきは気後ればかりしちゃったけど、布屋は違うもんね)


 なにせ、自分の服もノインの普段着も自分が作っている!


 たいしたものではないし、仕立て屋のようなものではないけど。


 店内に入ると、巻かれた布が積まれているのが目に入る。


「どれがいいかなぁ」


 どうせなら、目が疲れない色がいい。


 布に触れながら、選ぼうとすると。


「寝室のカーテンはこちらにしましょう」


 ん?


 厚手の布をノインが指定した。


「ずいぶんとしっかりしてるね」

「朝日が強いと眠りが妨げられますから」

「ふーん」


 まあ確かに、そのとおりだ。


「じゃあそれにしようか」

「はい」


 なんか、ノインの機嫌がいいな。


(ベッドも買ったみたいだし、よっぽどゆっくり寝たいのかな)


 借家は狭いし。


 でも。


(今みたいに狭くても、私はいいんだけどな)


 寝相がいいとは言えないから、ベッドから落ちないか時々心配にはなるけど。


「あ、これがいいかな」

「?」

「居間のカーテンにどう?」


 薄いクリーム色のものだ。


「明るいほうがよくない?」

「……」


 きょとんとしたノインが微笑んだ。


「いいですね」


 良かった!


 笑顔で応える。


 カーテンは選んだが、名残惜しくて店内を見て回る。


「ラグも買いましょう」

「えっ」


 ちょっとそれは予想外だった。


「い、いらない」


 首を横に振る。


「なぜ?」

「も、もういい」


 脳内に、ノインに渡された給料がチラつく。


(へ、減っちゃう……)


「床なんて気にしなくていいよ」

「…………」


 じっと見つめられて、視線を逸らす。


 だって裸足で歩き回るわけじゃないし。


「では一つだけ」

「?」

「暖炉前にこれを」


 ふわりと厚みのあるものをノインが持ち上げる。


「こんな分厚いの……」

「冷えますから」

「…………」


 確かに……冬になると寒い。


 暖炉の前のことを思案してしまう。


 村の冬はとても寒かった。


 先月の魔物討伐後のノインの様子を思い出すと、あったかくして欲しいなと思ってしまう。


「わ、わかった! 買おう!」

「はい」


 拳を握って意気込むと、ノインがにっこり微笑んだ。



「ここにも寄りましょう」


 陶器店だ。


「???」


 いま使っている食器で十分なのに?


 店内にある白い皿や、蒼い縁取りの鉢や素朴な椀を視線でちらちらと確認してから、首を傾げる。


「なにか欲しいものがあるの?」

「新しい食器を買いましょう」


 ぎょっとしてぶんぶんと首を横に振る。連動して手も動いた。


「い、いらない」

「…………」


 目を細められ、腰に片手をそえられた。


「??」

「中に入りましょう」

「ええええ!?」


 棚も買ったし、カーテンも買った。

 余計な買い物は、机とラグだけでもう充分だ!


「…………」


 店の中に入り、オルガの気分がかなり落ちてしまう。


「どうしてそんなに遠慮するんですか」

「だ、だって今の木皿とかでいいし」

「…………」


 ううう。


「気分を変えるために買ってもいいですし」


 ぶんぶん、と首を横に振る。


「なにか不安があるんですか?」

「……た、高いし」

「値段は気にしなくていいです」


 そうもいかない。


 軽く溜息をつかれる。


「買い替えるわけではなく、増やすだけですよ」

「ふ、増やす?」

「来客用と考えればいいんです」


 …………。


 来客なんて想像もできないんだけど。


「そ、それなら」


 おずおずと、店内をゆっくり巡り、見ていく。


「こ、これはどうかな」


 乳白色の素朴な皿を選ぶ。


 手描きの草模様があり、厚みのあるものだ。


「わ」

「わ?」

「割れたらどうしよう……」


 丈夫そうなものを選んだけど、いつも使う木皿とは全然違う。


 ノインが吹き出して顔をあさってに向けた。


「わ、割れたら、か、買い直せばいいんですよ」

「えええ……」

「何枚買いますか」


 尋ねられて、その場で硬直してしまう。


「……い、いち、いちまい」

「足りますか?」

「うっ。…………じゃあ、四枚、だけ」

「ぐっ」


 笑いを堪えるノインを軽く睨んだ。こっちは真剣なのに。


「ふふっ、ふ、す、すみません」


 もういっそ笑ってくれたほうがいい……。


 ぶすっとしていると、なにかを目の前に掲げられる。


「?」


 カップ?


「いりませんか?」

「……」


 じとぉ、と見ると、ノインがとうとう堪え切れずに笑いだす。


「ははは……! 機嫌を直してください」

「家にあるからいいよ。いらない」

「へえ」


 べつのカップを差し出される。


「こっちは?」

「い、いらないってば」

「君は風呂上がりにお茶を飲むでしょう?」


 それは……。


(ノインを待ってる間に……なんか、癖になっちゃったっていうか……)


「木の杯は確かに頑丈ですけど、取っ手がないですからね」

「……」

「熱くて持てなくて、冷めるまで待ってますよね」


 それ、は。


「こっちはどうですか? 君の好きな、やさしい水色ですよ」


 思わず両手で受け取ってしまった。


 淡い水色のカップには取っ手がついていて、それだけで贅沢だと感じてしまう。


「どうですか?」

「…………」


 自分には上品すぎる……。


「増やすだけです」

「う……」


 確かに、家にはこういうものが一切ない。


 あ。


「じゃ、じゃあノインのも買おう? どういうのがいい?」

「…………」


 じっとノインが見てくる。


「俺ではなく」

「?」

「君が、選ぶんですよ」


 私が?


 でも。


「俺に合うものではなく、君が欲しいものを選ぶんです」


 咄嗟に体が震える。


「い、家にある杯でいいよ?」


 そう、いま使っている木製のもので十分だ。


 上に手を重ねられる。自分よりも、大きい手だ。


「大丈夫」

「……」

「ここに、君の選んだものがあるでしょう?」


 ?


 なにそれ、と見上げると、ノインが微笑む。


「俺が、君の選んだ第一号でしょう?」

「…………」

「自信を持って。誰も咎めないですし、責めませんから」


 オルガは黙って手の中のカップを見つめる。


「欲しいですか?」


 こくりと頷くと、小さく微笑まれた。


「新しい家の中は、君の選んだものばかりになっていきますから少しずつ慣れましょうね」


 私の。


(選んだもの)


 少しだけ、手に力を入れる。


 色も好きだし、かわいい。


「まあでも」

「?」


 見上げると、ノインがニッと笑った。


「君の選んだもので一番は、俺だとはわかってます」

「…………」


 きょとんとしてから、オルガも笑う。


「そんな自信満々に……」

「違いますか?」

「ち、違わない」


 あの家の中に、自分が選んだものが増えていく。


(引っ越し、楽しみになってきたかも)


***


 二人で布を抱え、包みを提げて歩く。


 大型家具は引っ越しの日に新居に運ばれるようにした。

 手元にあるのは、すぐ使えるものばかり。


(緊張した……)


 自分たちのための食材なんかを買う時には感じない、緊張。


 帰宅して荷物を置くと、ちらちらとノインを見た。


「? どうしました?」

「…………」


 どうしよう。


 その場で軽く、両手を開く。


「だ、抱きしめて欲しい……かも」


 は、恥ずかしい……。


 ノインは軽く目を丸くしてから、「はい」と返事をすると優しく抱きしめてくれた。


 包み込むようなそれに、嬉しくなる。


(幸せだなぁ……)


 しばらく堪能していると。


「抱きしめるだけでいいんですか?」


 ん?


「キスをねだってくれてもいいんですけど」


 顔が真っ赤になる。


「そ、き、キスしたいのはノインでしょ!?」

「そうですよ」


 そうですよ!?


「し、したいって言えばいいのに」

「俺がしたいからするのと、君が欲しがるのでは意味が違います」


 ???


 よくわからないけど。


「あ、後でね」


 今はまだ、こうしていたい。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。

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