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7.あなたへ

 前略

 覚えていますか?

 私とあなたの約束を…………




 初めてあなたに会った日は、私は働いていた花屋から、買ったオレンジのサンダーソニアを手に持って、先には大きな木がある小さな小道を葉桜を踏んでフレアースカートをなびかせながら歩いていた。まだショートカットでいたわたしに、正反対にあなたは、少しウエーブのかかった茶色の髪を一つに束ねて、ギターケースを抱えてたね。

 お互いに道を譲ろうとして、右へ行ったり左へ行ったり、でもかえって私の花とあなたのギターがぶつかった。それを二人で頭を下げて謝った後、同じことをしている自分たちに気づいて、小さく笑ったのよね。

 そのあなたの笑顔、ステキだった。

 優しそうな、屈託のない笑顔。

 今まで、見たことなかったから。

 もう一度、会いたい。

 強くそう思っていた、弾けんばかりのわたしの心。

 不思議ね、三日後また同じ時間に本当に会えるなんて。夕日が傾いた時間、春が過ぎようとしている季節に。

 私は白いお気に入りのピンクハウスのTシャツとジーパンで、ピンクのチューリップを左手に持っていた

 あなたは相変わらずの髪型に流行の重ね着をしていて(白のTシャツの上からグレーのシャツ、下は膝小僧が見える穴が開いたジーパン)、そして右肩にギターを大切そうに抱えていた。

 すれ違う前にわたしはまた、ギターをぶつけてしまいそうになってよろめいて。

「ごめんなさい」

 申し訳なくそう言って、頭を下げつつ、次の言葉が

「ギター弾いてらっしゃるんですか?」

 だったのよね。自分でもびっくりしたわ。唐突に、そんなことを言うなんて。

 一瞬、あなたは目を大きく開けて驚いて、それからギターケースをコツコツと叩いた。

「これとはもう長いんですよ」

 一つに束ねた髪をなびかせながら、そう言って苦笑いしたあなたの、ギターへの愛情がわたしには伝わってきそうだった。

 その後はわたしも持っていた花のことを色々と訊かれて、週に一回は大体会うようになったね。あなたはいつもわたしとは反対側から歩いて来たから。

 これといった約束もしていないのに、自然に会って。ちょっとした世間話もしたよね。

 夕暮れ時、あなたが最初に喫茶店に誘ってくれて、お互いの仕事の事とか詳しく話したの。

 その時のあなたは、まだガソリンスタンドのアルバイトをしながら、バンドを組んでギターを弾いていたっけ。

 言葉なんかなかったのに、どうして魅かれ合ってたことに気づいたんだろう。

 夕方毎日のように会って、そしてあなたはギターを片手に、足でリズムをとりながら歌を歌ってくれた。「下手なのになぁ」って言ってたの、覚えてないでしょう?

 とても輝いていた。夜の月に負けないくらい。

 わたしは、そんなあなたをすごく愛しく思えて、そして自分も好きになれた。

 すぐに夏になり、あなたはTシャツ一枚にジーパンの恰好になり、私はミニスカートをはいたりしてファッションを楽しんでた。

 日曜日に一緒に映画を観に行ったり。ああ、でもわたしとあなたの映画の好みが合わなかったりしたのよね。あなたはやっぱり音楽関係の映画が好きで、わたしはコメディーが好きだったし。大変だった。どっちに合わせるか。

 お互いに言葉が足りなかったのに、あなたはわたしを必要としてくれた。

 それにあなたは、花については本当に無関心で、音楽のことで頭がいっぱいだったから、私がどれだけ沢山花の名前を教えたのかも忘れてるわね。

 ギラギラ太陽が輝く暑い中でお花畑を見に行ったりもした。車でドライブをかねてひまわりを見たり、私はお弁当持って行って楽しく過ごせた。

 本当に好きで好きで、ずっと一緒にいたかった。あなたの全てが長所に見えた。欠点なんか見えなかった。愛しくて。

 電話の時は一時間も喋っていたね。

 わたしはもっとあなたのことを知りたくて、何も言わずに新宿の方にあるスタジオのバンドの練習まで見に行ったら、さすがにあなた、怒ったわね。それも大きな声で『もう来るな』って。メンバーの男の人達は笑っていたのにって心の中で思っていたの。

 音楽の事だなんてあまり知らなかったけど(ギターなんてもっと知らなかった)、あなたの音はわたしの体に心地よく溶け込んできて、わたしはすごく好きだった。珍しくフォークっぽいのを弾いていたり、自分で作曲もしてたんだっけ。

 あの頃は全てが新鮮だった。

 なのにどうして?

 出会ってから半年経ち、秋がきて紅葉が色づく頃、あなたはソロ活動したいって言いだし、時間が取れなくなった。

 怒ったわたしに、あなたは『仕方がない』と言い、一週間電話もくれなかったわね。

 わたしは電話の前でうずくまり、眠れない夜をいくつも過ごしたのに。声を立てずに泣くことを覚えた。

 お互いに大人気なかった。素直に謝りも出来ず、強情を張ったまま、連絡が途絶えた時もあった。

 部屋のベッドの上で、あなたのギターのテープを聴きながら泣いていたのに。

 けれど、それさえも言えなかったね。強がりを通して、悟られぬように意地をはっていた。

 あなたはどうしていたの?

『愛している』

 それがどれだけ大きい重い言葉か。それにも気づかず、相手を傷つける言葉を投げていたね。

 そういう時期、あなたがバイトをやめてニューヨークに行くと言い出して、自分の力を試したいからとバンドを解散してソロで頑張ると言って、あなたはわたしの髪の毛が肩まで伸びたのにも気づかずに、ギターで作曲していた。

 『ニューヨークは遠い』って、わたしは何度も言ったけれど、あなたは髪の毛を赤く染めたように心まで染まってしまったの?

 あなたの笑顔を見なくなった。一人で過ごす夜が多くなった。

 日本を出る最後の夜、渋谷の大きなバーで、あなたは珍しくジャケットを着てた。わたしが複雑な気持ちでジン・フィズを飲んでいた時、あなたは真っすぐに私を見つめて言った。

「三年経って、自分が納得できたら戻って来る。その時にまだ好きでいてくれるのなら、あの一番最初に出会った桜通りの、大きな木の下で待ってて欲しい」

 そんなの、三年経たなくてもわたしの心は決まっていたのに。

 あなたが向こうに行って一年半が過ぎた春、桜も咲き始めた頃、元バンドのメンバーの人が親切に教えてくれた『けっこう頑張ってるらしいよ。認められてるみたい。そのうちCDでも出すんじゃないの?俺も人づてに聞いた話だけどさ』って。

 もう会わない二人。もう会わないわたしとあなた。

 だけど心の底では違っていたのに。

 春が過ぎ夏も過ぎ、あなたと別れた秋の紅葉の季節に、口コミであなたの活躍を聞いて、わたしは決意した。

 あと半年したら、あの桜並木に行こう。

 あの頃のようになりたくて自分に素直になりたくて、シャギーの髪をショートに戻した。

 もう一度、やり直したい。

 あの笑顔をもう一度見たい。

 だからあの、大きな木の下でわたしは待ってます。

 四月の暖かい風が、短い私の髪を優しく撫でる。



 その約束を覚えていますか?

 青く広がる空の、その大きな木の下で、あなたを想い、空に問いかけてしまうわたしです。


    かしこ




   《終》

 「渡せなかった手紙」


ひとつの季節が過ぎ、またあなたと出会った季節になります

今まで何通書いたでしょう


だけど

わたしは出せずにいました


あなたは 忙しくて

音楽だけで

わたしのことなんか きっと忘れているでしょう?

怖かったの それが


だから出せずに 机の引き出しの中に

16通の手紙がたまっているのよ


もうすぐ

約束の3年が経ちます


あなたに会えることを願って

今 手紙を書いています


あの

桜並木を思い出しながら・・・・・



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《初出》

 1997年12月29日発行「あなたへ」


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