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6.瞳の中の夢


 夏の太陽が真上に上った時に、わたしは散歩がてらにジュースを買いに行った。

 わざわざ暑い中、と自分でも思う。

 駄菓子屋の角にある自動販売機のそばには、小さな女の子がいた。

長い髪を一本の三つ編みにして、麦わらぼうしをかぶって。六歳くらいかな。

 ここまでは普通だと思うが、少女は小さな手を、眩しいぐらいの青空に向かって、まるで差し出すようにかかげている。

 暑いからなぁと、失礼なことを思いつつ、コーラを開けながら(ふっていたのか、泡が出て来た)、その少女を見る。

「とどきそうなんだけどなぁー」

 って言ったのは、その少女である。

 は? 何? 何言ってるの?

「どういう意味?」

 わたしは口を開いてしまった。

「わっ、びっくりしたー」

 目を大きく開けて、胸をなでおろす。そして両の手をひっこめる。

 いや、それはわたしのセリフなんだけど。

 もう一度訊いてみる。「どういう意味?」と。

 そうしたら、その子の方が驚いた表情をして、わたしを見つめる。

「何で……? だって、とどきそうだよ、ほら?」

「だから。何に」

 わたしは言いながら、財布からお金を出して「何がいい?」と、ジュースをおごる。

 嬉しそうにジュースをかかえて、『ありがとう』と言った。

 驚いた。

 こういう子は、最近の子供は、お礼なんか言わないのに。

 ジュースを開けながら、少女は説明してくれた。

「空って広いから、夢があると思うよね」

 え? 空に?

「夢に、とどきそうだったんだ」

 わたしは、コーラを飲む手を止めた。

 夢だって? こんなに小さい少女が?

「お姉ちゃんは、夢、ある?」

 ごっくんとジュースを飲みながら、今度は背伸びをする。

 変わった子だな」

「ね、ある?」

「ないよ」

 わたしはあっさりと答えた。

「そうなんだ」

 小さく少女が呟く。淋しそうに。

 そう、夢なんかない。小学校の頃“将来の夢”に普通に生きるって書いたはず。

 だって夢なんか、大きくなるにしたがって、どんな夢さえ叶わぬことを知る。それだったら、ないほうがいい。苦しみたくないし。

 現実はそんなに甘くない。

 もちろん、小学校の時には、そこまで分からなかった。ただ夢がなかっただけだけど。

 その思いがわたしの頭を駆けぬける。けれど、そしらぬ顔して一応訊いてみる。

「どんな夢? 何になりたいの?」

「絵かきさん!」

 即答して返ってきた言葉に、わたしは微苦笑した。

「そう。どんな?」

「んーとね、“いわさきちひろ”って知ってるでしょ? ああいう絵、描きたいんだっ!」

 少女の瞳に輝きが増した。夢が瞳に映っている。

「いわさき……ちひろ……?」

「うん。……知らないの……?」

 悲しそうに聞き返す。

「知ってるよ」

 わたしは笑った。

 セミの鳴き声を遠くに聞きながらも、少女は大きな笑顔を見せた。

 そして急に大きな声を出した。

「あっ。今何時?」

 訊かれてあわてて、時計を見ながら答える。

「えっとね、二時過ぎ」

 太陽の光で時計が光る。太陽が広がって行く気がする。

 少女はジュースを一気に飲んで、カンをカン入れに捨てた。

「もう行かなくっちゃ。ピアノのおけいこがあるし……」

 その後、わたしに向き直り『ありがとう』と言って、急いで背を向け手を振る。

「ばいばい。お姉ちゃん」

「気をつけるんだよー」

 大きく頷き、少女が走るその姿を見ながら、今時珍しい子だと思う。

 生ぬるい風がわたしのコーラをぬるくする。

 そして空を見上げっる。

 …………夢か。


 あれから四年が経ち、わたしは少女に言った通り、普通のOLを新人ながらも頑張っている。

 だけど、あの名前も知らぬ少女は夢に向かって一歩一歩っ進んでいるのだろう。

 だって、あの少女の瞳に映る夢を見れば、世界中の誰だってそう思うに違いない。


――夢。今からでも遅くないのかな――――――。




   《終》


《初出》

1997年9月23日発行「瞳の中の夢」

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